(今日はホントに会えなかったよ…)
一度も会えなかったんだけど、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わってしまった、愛おしい人。
前の生から愛したハーレイ。
本当に一度も会えずじまいで、姿さえも見てはいないまま。
いつもだったら、何処かで会えるものなのに。
家を訪ねて来てくれなくても、学校の中の何処かで、きっと。
(…だけど、今日は駄目…)
どうしたわけだか、会えないままで終わった一日。
朝は張り切って登校したのに、運が良ければハーレイに会える筈だったのに。
あの時間なら、バッタリと。
柔道部の指導をして来た帰りのハーレイに。
スーツではなくて、柔道着を着た恋人に。
(柔道着のハーレイ、カッコいいしね?)
出会えたらもう、最高の気分。
「ハーレイ先生、おはようございます!」と言えたなら。
「おう、おはよう」と声が返ったら。
とてもツイている一日の始まり、そういう気分になれるひと時。
それを期待していたというのに、朝は会えずに、始まってしまった授業の時間。
今日はハーレイの授業が無い日で、教室で会えないのは確かだったけれど。
自分のクラスで待っていたって、ハーレイは入って来ないけれども。
(他のクラスの授業はあるから…)
きっと会えると思っていた。
学校にいる間に、校舎の中とか、渡り廊下で。
声を掛けられる場所にいなくても、姿くらいは見られる筈、と。
普段だったら、そうだから。
何処かでハーレイに会えるのだから。
なのに会えずに、そのまま放課後。
キョロキョロしながら、校門までの道を歩いた。
ハーレイの姿が見えはしないか、あちこち視線を投げ掛けて。
何度も後ろを振り返って。
(…ハーレイがいたら、戻らなくっちゃね?)
柔道部や会議に急ぐ時でも、挨拶はして貰えるから。
「すまん、急いでいるんでな」と言われはしたって、大好きな声が聞けるから。
だから学校を出る瞬間まで、探し続けていた姿。
もしも見えたら戻ってゆこうと、「ハーレイ先生!」と呼ばなくては、と。
声が届いたら、ハーレイは立ち止まって待ってくれるから。
必死になって走らなくても、「慌てなるなよ?」と声を返してくれるから。
それでも、きっと走ってしまう。
息が切れても、弱い身体に負担をかけてしまっても。
少しでもハーレイの側にいたいし、少しでも長く話したいから。
(…何度も後ろを見てたのに…)
校門から外へ踏み出す時には、端から端まで見回したのに。
ハーレイの姿はチラとも見えずに、呼ぶ声だって聞こえて来なかった。
他の生徒が呼び掛ける声。
柔道部員や、たまたま姿を見掛けた生徒が「ハーレイ先生!」と呼ぶ声さえも。
姿が無いなら、当然だけれど。
ハーレイが辺りにいないのだったら、呼ぶ生徒だっていないけれども。
(…今日の学校は、そういう学校…)
たまに、そうなる日だってある。
同じ学校の中にいたって、バッタリ会うことが全く無い日。
今日はそれだ、と肩を落として出た校門。
けれど、残っていた望み。
学校の中では会えないままでも、仕事の帰りに訪ねて来てくれる日も多いから。
ハーレイの仕事が早く終わりさえすれば、家でゆっくり会えるから。
そうだといいな、と帰った家。
制服を脱いでおやつを食べたら、後はひたすら待っていた。
二階の自分の部屋に帰って、本を読んだりしながらも。
何度も窓の方を眺めて、耳も澄ませて。
ハーレイが鳴らすチャイムの音が聞こえないかと、高鳴らせた胸。
学校で全く会えなかった分、余計に募ってしまった想い。
(会いたいよ、って…)
早く来てねと、待ってるからねと、心で呟き続けたのに。
思念波を紡げはしないけれども、何度も何度も繰り返したのに。
ふと気付いたら、過ぎてしまっていた時間。
ハーレイが家を訪ねてくれる時刻は、とうに過ぎたと教える時計。
(…ハーレイ、来てくれなかったよ…)
会えないままになっちゃった、と今も溜息が零れるばかり。
夕食を済ませて、お風呂に入って、後は寝るだけの時間でも。
どう転んだってハーレイに会えるわけがない、夜の帳が下りた今でも。
(ツイてないよね…)
なんでこうなっちゃったんだろう、と視線を投げた窓の方。
もうカーテンを閉めてあるから、その向こうにある庭は見えない。
ハーレイが訪ねて来てくれていたら、あの窓から手を振れたのに。
門扉の所に立つ恋人に。
ハーレイだって、こちらに向かって大きく手を振ってくれるのに。
けれど会えずに終わった恋人、門扉の脇のチャイムはとうとう鳴らないまま。
あんなに待って待ち焦がれたのに、今日という日は終わってしまった。
大好きなハーレイに会えないままで。
愛おしい人の姿も見られず、声を聞くことも出来ないままで。
もう寂しくてたまらないから、涙が零れてしまいそう。
会えずに終わってしまったなんて。
ハーレイの顔を見られないままで、今日という日はおしまいだなんて。
(…ハーレイに会いたかったのに…)
一度も会えていないんだよ、と胸にぽっかり穴が開いたよう。
ほんの少しの時間だけでも、会って話がしたかったのに。
「ハーレイ先生」と呼ばねばならない、学校の中の何処かでも。
そんな話も出来ないとしても、チラリと姿を見たかった。
後姿でかまわないから。
他の校舎へと急ぐハーレイ、うんと遠くのグラウンドの端にいる姿でも。
(今日はホントにツイていないよ…)
一度も会えなかっただなんて、と寂しい気持ちで一杯だけれど。
涙が溢れて来そうだけれども、ふと蘇って来た遠い遠い記憶。
ソルジャー・ブルーと呼ばれていた頃、遠く遥かな時の彼方にいた自分。
その自分が流した悲しみの涙。
(…ハーレイには二度と会えない、って…)
もう会えないのだと、泣きじゃくっていたソルジャー・ブルー。
最後まで持っていたいと願った、ハーレイの温もりを失くしてしまって。
右手が冷たく凍えてしまって、メギドで独りぼっちになって。
(……前のぼく……)
今でもたまに襲われる悪夢。
泣きながら目覚める夜も多くて、今も感じた胸が張り裂けそうな悲しみ。
これで終わりだと、もう会えないと泣いていた自分。
記憶は其処で途切れるけれども、心臓が凍りそうな絶望。
そして囚われた孤独という闇、前の自分はその中で死んだ。
二度とハーレイに会えはしないと、泣きじゃくりながら。
何もかも全て終わってしまって、切れてしまったハーレイとの絆。
ハーレイの温もりを失くした右手は、もう愛おしい人の手に繋がってくれはしないから。
たった一人で死んでゆくだけ、闇の中へ放り出されるだけ。
そんな筈ではなかったのに。
あの温もりさえ持っていたなら、ハーレイと一緒だったのに。
そうだったっけ、と見詰めた右手。
今の自分の右手は小さくなったけれども、ハーレイが何度も温めてくれた。
遠い日にメギドで凍えたのだと、今のハーレイは知っているから。
「ほら」と褐色の両手ですっぽり包み込んで。
家に来てくれた時は、何度も、何度も。
(…ぼくの手…)
今はすっかり温かいから、ついウッカリと忘れていたこと。
前の自分の深い悲しみ、それに孤独と絶望と涙。
二度と会えないと思ったハーレイ、前の自分は泣きながら死んだ。
けれど切れてはいなかった絆、奇跡のように地球の上で出会えたハーレイ。
今日は会い損なったけれども、たまたま運が悪かっただけ。
それも本当に、ほんのちょっぴり。
学校の中でハーレイが歩く道筋、自分が歩いていた道筋。
いつもなら何処かで交わる筈のが、今日はズレたというだけのこと。
ハーレイは違う所を歩いて、仕事の後には家へ帰って行っただけ。
「もう遅いしな?」と、此処へ寄らずに。
きっといつもの食料品店、其処で買い物したりもして。
(…ほんのちょっぴり、ズレちゃっただけ…)
今日のハーレイと自分がいた場所。
もう少しだけ右にズレるとか、左の方にズレるとか。
ハーレイの仕事がほんの少しだけ、早く終わっていただとか。
そうしたら、きっと会えていた。
学校の中の何処かでバッタリ、あるいは仕事の帰りに訪ねて来てくれて。
好きでたまらない笑顔を見られて、大好きな声も聞けたりして。
(…ハーレイ、ちゃんといるんだもんね…)
会えない時だって、必ず何処かに。
同じ地球の上で、同じ地域で、同じ町に住んで。
前の自分は、もう会えないと泣いたのに。
絆はプツリと切れてしまって、二度と会えない筈だったのに。
だけど会えた、と気付いた奇跡。
今の自分の幸せな日々。
ほんの一日、ハーレイに会えずに終わっただけで、寂しくて涙が零れそう。
なんと贅沢な涙だろうか、まだ零れてはいないけれども。
(…ぼくって、幸せ…)
ハーレイは何処かにいるんだもんね、とキュッと握った小さな右手。
会えない時だって、愛おしい人は必ず何処かにいるのだから。
今日は駄目でも、明日は会えるし、明日が駄目なら、明後日はきっと。
だから幸せ、と頬に零れた温かな涙。
ぼくはとっても幸せだよねと、だってハーレイがいるんだから、と…。
会えない時だって・了
※今日はハーレイに会えなかったよ、と寂しいブルー君ですけれど。
考えてみたら、今日は会えなかったというだけのこと。地球の上で一緒なんですものねv