忍者ブログ

もしも一人なら

(明日はハーレイが来てくれるんだよ)
 一日一緒、と小さなブルーが浮かべた笑み。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 明日は土曜日、午前中からハーレイが訪ねて来てくれる。
 そして一日一緒に過ごせる、二人きりではないけれど。
 両親と暮らしている家なのだし、お茶を運んでくれるのも母。
 昼食を届けてくれるのも。
 それに夕食は両親も一緒、ハーレイと二人とはいかない。
 夕食の後のお茶の時間を何処で過ごすかも、両親次第。
 ハーレイと話が弾んでいたなら、食後のお茶はダイニング。
 そうでなくても、コーヒーが似合う料理だったら…。
(…ぼくはコーヒー、苦手だから…)
 やっぱりダイニングになる、食後のお茶。
 両親とハーレイはコーヒーを飲んで、自分だけが飲む紅茶やココア。
 ちょっぴり寂しい仲間外れで、おまけにハーレイと二人でもない。
(パパがお酒を出して来ちゃったら…)
 その時も、食後のお茶の時間はダイニング。
 ハーレイと父は酒を楽しみ、母と自分は紅茶か何か。
 けれど、そういう目に遭ったって…。
(…ハーレイ、明後日も来てくれるもんね?)
 土曜日の次は日曜日だから。
 用事があるとは聞いていないから、ハーレイは家に来てくれる。
 明日の夜に「またな」と帰っても。
 食後のお茶を二人で楽しめなくても、次の日も丸ごとハーレイと一緒。
 それが週末、ハーレイに用事が無かったら。
 明日は土曜日、その週末が始まる日。


 楽しみだよね、と心待ちにする明日の朝。
 ハーレイは朝には来ないけれども、早起きなのだと聞いている。
 ずっと昔からそういう習慣、仕事の無い日も早くに起きる。
 だから自分が目覚める頃には、とっくに起きているだろうハーレイ。
 前の生から愛し続けて、また巡り会えた愛おしい人。
(うんと朝早くに起きちゃったら…)
 ジョギングだろうか、この家を訪ねて来る前に。
 とても運動が好きなハーレイ、今は古典の教師なのに。
 体育の教師とは違うのに。
(でも、柔道も水泳も、腕はプロ級…)
 プロの選手にならないか、と誘いが来ていたほどの腕前。
 なのに、誘いを蹴ったハーレイ。
 教師になろうと決めていたから、そちらの道へと行ってしまって。
 おまけに、この町の学校で教える教師。
 ハーレイが生まれた隣町でも、教師のポストはあったのに。
 この町に引越しして来なくても、教師にはなれていたというのに。
(…ぼくが生まれる町だから…)
 来たのかもな、とハーレイは言った。
 予知能力は持っていないけれども、何か予感があったのかも、と。
 前の生から愛した恋人、その人が此処に生まれて来ると。
 そういう予感に導かれるまま、教師の道に進んだかもな、と。
(…でないと、ぼくに会えないしね?)
 ハーレイが同じ教師になっても、隣町で教えていたならば。
 今の自分が通う学校、其処の教室に来なかったなら。
 プロの選手になっていたって、やはり同じに出会えない。
 いつも試合や練習ばかりで、子供と触れ合うチャンスは無い筈。
 スポーツ観戦の趣味を持たない、自分は会えない。
 試合を見たいとも思わない上、練習風景なら、尚更だから。


(これって、やっぱり運命なんだよ)
 ハーレイと巡り会えたこと。
 「キスは駄目だ」と叱られるけれど、それでも会えた愛おしい人。
 前の生での恋の続きが、青い地球の上で始まった。
 またハーレイに恋をしていて、「俺のブルーだ」と抱き締められて。
 唇へのキスはまだ貰えなくても、結婚出来る日はずっと先でも。
 二人一緒に暮らせる日までは、まだ何年もかかるとしても。
(ちゃんと会えたし、明日も会えるし…)
 明後日だって、と零れた笑み。
 チビでも恋は出来るから。
 ハーレイだって、恋人扱いしてくれるから。
 明日は二人で何をしようか、何を話して過ごそうか。
 天気がいいという予報だったし、庭に出てお茶にするのもいい。
 庭で一番大きな木の下、据えてある白いテーブルと椅子。
 初めてのデートの思い出の場所で、のんびりとお茶。
 母に頼んで、お茶とお菓子を運んで貰って。
(それもいいよね…)
 二人で其処に座っていたなら、どんな話が出来るだろう。
 思いがけなく昔語りが飛び出すだろうか、前の自分たちだった頃の思い出。
 ふとしたはずみに、それはヒョッコリ顔を出すから。
 庭のテーブルでも、色々な話をして来たから。
 白いシャングリラでクジ引きだった、薔薇の花びらのジャムだとか。
 今ではヒラリと庭を舞う蝶、それがシャングリラにはいなかったとか。
(…ハーレイとだから、出来るんだよ…)
 前の生での思い出話。
 遠く遥かな時の彼方で、同じ船で二人、生きていたから。
 白いシャングリラで共に暮らして、恋をしていた二人だから。


 ずっと二人で生きていたのに、運命に引き裂かれてしまった恋。
 前の自分はメギドへと飛んで、二度と戻れなかった船。
 その上、切れてしまった絆。
 ハーレイの温もりを失くしてしまって、泣きじゃくりながら潰えた命。
 「もうハーレイには二度と会えない」と、「独りぼっちだ」と。
 死よりも恐ろしい絶望と孤独、それに飲み込まれて途切れた意識。
 けれど、気付けば地球に来ていた。
 前の自分が焦がれ続けた、青い地球の上に。
 ハーレイも同じに生まれ変わって、学校の教室でまた巡り会えた。
 その日からずっと、恋をしている。
 明日は来てくれるハーレイに。
 「キスは駄目だと言ってるだろうが」と、睨み付けるケチなハーレイに。
 今のハーレイはケチだけれども、唇へのキスをくれないけれど。
 それでもハーレイのことは好きだし、会えるというだけで心が弾む。
 明日は一日、一緒だから。
 夜には「またな」と帰って行っても、日曜日にまた会えるから。
(…早く明日が来てくれないかな…)
 早くハーレイに会いたいものね、と思い浮かべた恋人の顔。
 明日の朝、自分が目覚める頃には、とっくに起きていそうなハーレイ。
 もうジョギングを済ませた後で、のんびりと朝食の最中だとか。
 朝食さえも終えてしまって、食後のコーヒータイムだとか。
(もっと早くに家を出て来てくれればいいのに…)
 時間つぶしをしていないで、と思うけれども、ハーレイの流儀は仕方ない。
 早すぎる時間に訪ねて来るのは、失礼だと思っているらしいから。
(ちょっとでも長く、ハーレイと一緒にいたいんだけどな…)
 せっかく二人で過ごすんだから、と考えていて、ふと気付いたこと。
 ハーレイとまた巡り会えたからこそ、明日は一緒に過ごせるけれど。
 明後日も一緒なのだけれども…。


(…もしも、ハーレイに会えてなかったら…)
 どうなってしまっていたのだろう?
 ある日、ぽっかり、前の自分の記憶が戻っていたならば。
 聖痕は無しで、ハーレイも無しで。
 ほんの小さな何かの切っ掛け、それで戻って来る記憶。
 自分はソルジャー・ブルーだったと、キャプテン・ハーレイに恋をしていたのだと。
(…思い出すのはいいけれど…)
 見回してみても、何処にも姿が見えないハーレイ。
 学校中を駆け回ったって、家にいたなら、家の近所を闇雲にせっせと歩いたって。
(……それじゃ、「ただいま」……)
 言えないんだ、と見開いた瞳。
 今の自分は、ハーレイにそう言ったのだけど。
 愛おしい人に告げた、「ただいま」と「帰って来たよ」の言葉。
 もしもハーレイがいなかったならば、そんな言葉は口に出来ない。
 記憶が戻って来たというだけ、自分はポツンと独りぼっち。
 まるでメギドにいた時のように。
 もうハーレイには二度と会えないと、泣きじゃくった前の自分のように。
(…そんなの、困る…)
 困るけれども、どうやって探せばいいのだろう?
 見回しても姿が全く見えないハーレイを。
 辺りを懸命に探し回っても、弱い身体が悲鳴を上げるまで走り続けても…。
(…ハーレイ、いるとは限らなくって…)
 何日経っても、手掛かりさえも得られないまま。
 「こういう人を知りませんか」と、新聞に投書してみても。
 友達に端から頼んで回って、心当たりが無いか訊いて貰っても。
(それで見付かるなら、まだマシだけれど…)
 いつか出会えるなら、探した甲斐もあるのだけれど。
 宇宙の何処にもいなかったならば、出会えない。
 同じ時代にハーレイがいなくて、生まれ変わっていなかったならば。


 そうなっていたら独りぼっちだ、と思わずギュッと抱いた両肩。
 もしも一人なら、一人で生まれ変わっていたら。
(…何処を探しても、ハーレイ、いなくて…)
 街を歩く時はキョロキョロしたって、バスの中でも探したって。
 今の学校を卒業してからも、探し続けて頑張ったって。
(…生まれ変わって来ていないなら…)
 けしてハーレイに会えはしなくて、独りぼっちのままなのだろう。
 記憶が戻って来ているからには、ハーレイしか好きにならないから。
 ハーレイを探して、探し続けて、一人きりで生きてゆくのだろう。
 前の自分と同じくらいに、長い長い時を、独りぼっちで。
 「ハーレイがいない」と泣きじゃくりながら。
(…そんなの、嫌だよ…)
 考えただけでも、真っ暗な穴が見えるよう。
 心に開いた深すぎる穴が、落ちたら二度と上がれない穴が。
 ハーレイと巡り会えなかったら、きっと落っこちただろう穴が。
(落っこちずに済んだの、ハーレイがいたから…)
 もしも一人なら落ちていたよ、と思うから。
 泣きながら生を終えただろうから、今の幸せに感謝した。
 キスもくれないケチのハーレイでも、きちんと巡り会えたから。
 いつかは二人で生きてゆけるから、明日もハーレイに会えるのだから…。

 

        もしも一人なら・了


※明日はハーレイが来てくれるんだよ、と楽しみにしているブルー君。土曜日だから、と。
 けれど、そのハーレイがいなかったなら…。生まれ変わって出会えたことに感謝ですよねv





拍手[0回]

PR
COMMENT
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
 管理人のみ閲覧
 
Copyright ©  -- つれづれシャングリラ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]