(…ハーレイ、帰って行っちゃった…)
今日も一人で、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
仕事の帰りに寄ってくれた恋人、前の生から愛したハーレイ。
この部屋で二人で過ごした後には、両親も一緒だった夕食。
それから食後のお茶の時間で、幸せな時が終わったら…。
「またな」と帰って行った恋人。
チビの自分を置き去りにして。
この家に独りぼっちで残して、何ブロックも離れた場所へ。
ハーレイが住んでいる家へ。
(…本当は独りぼっちじゃないけど…)
両親と暮らしているのだけれども、独りぼっちな気分になる。
前の生では、こんなことになりはしなかったから。
夜はいつでもハーレイと一緒、恋人同士で眠ったもの。
青の間で、あるいはキャプテンの部屋で。
それなのに今はポツンと一人で、ハーレイとは遠く離れたまま。
「会いたいよ」と呟いてみても、けして届きはしない声。
不器用な自分は思念さえロクに紡げはしないし、どうにもならない。
こうして独りぼっちでいるだけ、自分の部屋に一人きりで。
ハーレイと一緒に帰りたくても、連れて帰って貰えないから。
二人で帰れはしないから。
(…ぼくが子供じゃなかったら…)
良かったのに、と眺める細っこい手足。
もっと大きく育っていたらと、前の自分と同じなら、と。
そしたらハーレイとキスが出来るし、二人で暮らすことだって。
「またな」と置いてゆかれはしないし、いつだって一緒。
ハーレイの家で暮らすのだから。
結婚だって出来る筈だから。
なのに自分は小さな子供で、十四歳にしかならない子供。
チビで、おまけに年も足りない。
結婚出来る年は十八歳。
今の学校を卒業しないと、その年の誕生日が来てくれないと。
(…まだまだ先だよ…)
結婚出来る年になるのも、前の自分と同じ背丈に育つのも。
その時が来てくれない限りは、一人きりで置いてゆかれる自分。
ハーレイだけが「またな」と家に帰って行って。
自分は一緒に帰れはしなくて、部屋にポツンと独りぼっちで。
もっと大きく育っていたなら、事情は変わっていたろうに。
前の自分と同じ姿で、結婚出来る年でハーレイに会っていたなら。
(…そしたら、何もかも変わっちゃう…)
再会して直ぐに、周りも認める恋人同士。
アッと言う間に結婚も出来て、ハーレイの家で暮らす日々。
もしも大きく育った姿で、ハーレイと出会えていたならば。
結婚出来る年になっていたなら。
(ハーレイだって、絶対、断らないしね?)
キスはもちろん、一緒に暮らすことだって。
チビの自分は「キスは駄目だ」と叱られるけれど、育っていたなら話は別。
今の自分も、前の自分と同じ背丈に育った時には、キスを許して貰えるのだから。
そういう決まりで、そういう約束。
今のハーレイが決めたこと。
けれど、自分がチビでなかったら、まるで必要無い決まり事。
ちゃんと育っているのだから。
前の自分とそっくり同じで、結婚だって出来る年。
ハーレイはキスを断らないし、結婚も断られはしない。
チビの自分も、いつか結婚するのだから。
そう約束をしているから。
(ぼくが大きく育っていたら…)
育った姿でハーレイと再会したならば。
どういう出会いになったのだろうか、その先はどうなっていたのだろうか。
チビの子供でなかったら。
キスも出来ない、チビの自分でなかったならば。
(…ハーレイと結婚出来る年だし…)
何処で出会うかは謎だけれども、今の学校は卒業している筈。
きっと上の学校に通う学生、そういった所なのだろう。
だから出会いは教室ではなくて、ハーレイと偶然、すれ違う場所。
道を歩いていたら会うとか、入った本屋でバッタリだとか。
その瞬間には、やはり聖痕が出るのだろう。
右の瞳や左右の肩に。
激しい痛みと大量の出血、育った自分も倒れてしまいそうだけど。
(きっと、ハーレイが…)
駆け寄って来て、懸命に抱き起こしてくれるのだろう。
「大丈夫か!?」と。
そして二人とも記憶が戻る。
前の自分は誰だったのか、目の前にいるのは誰なのか。
(…やっぱり気絶しちゃうだろうけど…)
ハーレイと再会出来たわけだし、もう最高に幸せな筈。
今の自分がそうだったように、大きく育った姿でも。
子供ではなくて、上の学校の学生でも。
(帰って来たよ、って…)
いつ言えるだろう、再会出来たハーレイに?
痛みと出血で薄れゆく意識、その中でも伝えられるだろうか?
(…ちょっと無理かも…)
いくら身体が育っていたって、聖痕の痛みは酷いから。
前の自分が撃たれた時と、全く同じに痛むのだから。
再会の場では、告げられそうにない言葉。
きっとハーレイの顔も霞んで、直ぐに見えなくなるのだろう。
急激に薄れる意識と一緒に、真っ暗な闇に溶けてしまって。
(でも、目が覚めたら…)
側にハーレイの顔があるのに違いない。
心配そうに覗き込んでいるか、扉を開けて入って来るか。
たとえ仕事のある日だとしても、ハーレイは帰りはしないだろう。
記憶が戻ったのだから。
前の生から恋をしていた相手が戻って来たのだから。
(…パパとママが病院に来るよりも先に…)
ハーレイに会えたら、嬉しい筈。
最初の言葉は、今の自分が口したのと全く同じ。
「ただいま」と、それに「帰って来たよ」。
前のハーレイには言えなかったこと、言えずに死んでしまった言葉。
「さよなら」も言っていないけれども、「ただいま」も言えはしなかった。
前の自分はメギドへと飛んで、其処で命が終わったから。
ハーレイの所へ戻れはしなくて、それきりになってしまったから。
だから最初の言葉は「ただいま」、前の自分も言いたかったこと。
愛おしい人に、死の瞬間まで愛し続けていた人に。
「もう会えない」と泣きじゃくりながらも、忘れられなかった恋人に。
ハーレイに告げる「ただいま」の言葉、「帰って来たよ」と微笑んで。
ぼくは本当に帰って来たよと、もう離れないと。
(パパもママも、まだ来ていなかったら…)
病室で二人、固く抱き合って、何度もキスを交わすのだろう。
「会いたかった」と涙を流しながら。
また会えるとは思わなかったと、今度こそ二度と離れないと。
チビの子供ではないのだから。
結婚だって出来る大人で、キスをしたっていいのだから。
そうやって二人、出会った後には、直ぐに始まるお付き合い。
両親にだって事情を話して、結婚するのを許して貰って。
(ハーレイ、ちゃんとした大人だものね?)
自分は学生だろうけれども、ハーレイは教師で、家だって持っている大人。
何度かデートを重ねた後には、きっとプロポーズされる筈。
もちろん断るわけがないから、待っているのは結婚式。
通っているだろう学校は、多分…。
(…やめちゃうよね?)
せっかくハーレイと結婚するのに、まだ学生を続けるだなんて、とんでもない。
自分の時間が少なくなる上に、上の学校にもある宿題。
(宿題って言わないかもだけど…)
今の学校の宿題よりも、片付けるのに時間がかかりそう。
ハーレイとゆっくり過ごしたいのに、宿題が山ほど待っていたなら…。
(そっちをやらなきゃ…)
学生の仕事は勉強なのだし、ハーレイの仕事は学校の教師。
義務教育の方の教師でも、きっと宿題には厳しいだろう。
「お前、宿題、あるんじゃないか?」と訊かれて、「ちゃんとやるんだぞ」と。
「明日でいいよ」と言ってみたって、「駄目だ」と教師の貌のハーレイ。
後回しにするのは感心しないと、「そういうのは俺は嫌いだな」と。
さっさと宿題を済ませてしまえと、終わるまで本でも読んでいるから、と。
(絶対、そうなっちゃうんだから…)
ハーレイがコーヒーを飲んでいる間に、自分は宿題。
キスも貰えないで宿題が仕事、学校の生徒のままだったら。
そうならないよう、学校にはもう通わない。
ハーレイとの時間が大切なのだし、やめてしまって結婚式。
それでいいよねと、幸せだよねと思ったけれど。
大きく育った姿で会えたら、そうなったろうと考えたけれど…。
(…前のぼくのことは?)
それから、前のハーレイのこと。
遠く遥かな時の彼方で、共に暮らしたシャングリラのこと。
思い出している暇があるのだろうか、ハーレイと直ぐに結婚したら。
学校さえもやめてしまって、二人きりの暮らしを始めたならば。
(……忘れちゃってる……?)
毎日の幸せに夢中になって。
今のハーレイと生きてゆける幸せ、それだけで胸が一杯になって。
きっとハーレイの方も同じで、見ているのは今の自分の姿。
ソルジャー・ブルーだった前の自分を、思い出しさえしないのだろう。
今の自分がいるのだから。
前の自分とそっくり同じで、見た目は何処も変わらないから。
(…それも幸せなんだけど…)
白いシャングリラで生きた思い出、それを幾つも覚えていたなら、もっと幸せ。
今がどれほどいい時代なのか、どんなに幸せに生まれて来たかが分かるから。
自分がチビの子供だからこそ、ハーレイと話せる沢山の時間。
結婚出来るまでの間に、幾つだって出来る思い出話。
(子供じゃなければ出来ないよね…)
直ぐに結婚してしまったなら、今の幸せで満たされる日々。
前の自分たちを忘れてしまって、今という時代だけを見詰めて。
それはちょっぴり残念だから、チビの自分がいいのだろうか。
幾つもの思い出を抱えてゆけるし、ハーレイの方もそうだから。
前の自分たちの恋の続きを、二人で歩いてゆけるのだから…。
子供じゃなければ・了
※ブルー君が結婚出来る年でハーレイ先生と出会っていたら…。アッと言う間に結婚式。
けれど、思い出している暇が無いのが前の自分たち。チビの姿で再会する方が素敵ですよねv