(あいつは、どうしようもなくチビで…)
今日もやっぱりチビだったわけだが、とハーレイが思い浮かべた恋人。
ブルーの家に寄って来た日に、夜の書斎で。
愛用のマグカップに淹れたコーヒー、それを片手に。
「またな」と別れて来たブルー。帰り際に軽く手を上げて。
ブルーも「またね」と言ってくれたけれど、小さな手を振っていたけれど。
(顔には書いてあったってな)
本当は離れたくないと。
一緒に連れて帰って欲しいと、「ぼくを一人にしないで」と。
ブルーの気持ちは分かるけれども、出来ない相談。
十四歳にしかならないブルーは、まだまだ子供なのだから。
両親と一緒に暮らす子供で、両親に守られる子供。
連れて帰れるわけなどがないし、こういった日々はこれからも続く。
いつかブルーが大きくなるまで、前の生と同じに育つまで。
それに年齢、そちらも大切。
(いくらあいつが前と同じに育っても…)
今の学校を卒業する年、十八歳までは結婚は無理。
つまりは子供で、まだ一緒には暮らせない。
(当分は、今と変わらないってな)
ブルーの家を訪ねて行っては、「またな」と帰って来るしかない。
愛おしい人を一人残して、自分の方でも一人きりで。
「またな」とブルーに手を振る時には、自分も少し寂しいから。
次に会えるのはいつだろうか、と思う日だってあるのだから。
学校でブルーに会えたとしたって、教え子でしかない存在。
恋人に会おうと思うのだったら、家を訪ねてゆくしかない。
仕事が長引く日が続いたなら、週末までは会えない恋人。
まだ一緒には暮らせないから、連れて帰れはしないから。
前の生から愛したブルー。
青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた運命の人。
間違いなく絆はあるのだけれども、チビだったブルー。
今と変わらないチビの姿も、前の自分は知っているけれど。
(…あの頃はただの友達でだな…)
まだ恋人ではなかったわけだし、チビのブルーに会うよりは…。
(前とそっくり同じ姿の…)
ブルーに出会いたかったかもな、と浮かんだ考え。
もしもブルーが子供でなければ、全ては変わっていただろうから。
「またな」と手を振って別れなくても、二人一緒の帰り道。
ブルーの両親の家を訪ねただけだから。
夕食を皆で賑やかに食べて、食後のお茶が済んだ後には帰るだけ。
ブルーと二人で暮らす家へと、この家へと。
(俺の車で帰ってもいいし、路線バスだって…)
その日の気分で、どうとでもなる帰り道。
家に着いたら、もう一度ブルーとお茶を飲む。
コーヒーを飲みたい所だけれども、苦手なブルーに合わせて紅茶。
ダイニングかリビング、二人でゆったり腰を下ろして。
(…きっと、そうなっていたんだろうな…)
ブルーが子供でなかったら。
前のブルーと同じ姿で、結婚出来る年で出会っていたら。
(何処で会うのか、そいつは謎だが…)
やはり同じに、ブルーに現れただろう聖痕。
そして前世の記憶が戻って、たちまち恋に落ちたのだろう。
きっとその場で、「俺のブルーだ」と抱き締めて。
血まみれになって意識を失くしたブルーを、愛おしい人を。
救急車で病院へ急ぐ間も、ブルーの手をギュッと握り締めて。
記憶が戻るその瞬間までは、ブルーとは他人だったとしても。
自分は単なる通行人の一人、それだけでしかなかったとしても。
そうやってブルーが搬送されたら、何処かの病院に着いたなら。
看護師を何度も捕まえて様子を訊くのだろう。
ブルーはいったいどうなったのかと、命に別状はないのかと。
(とんでもない量の出血なんだし…)
またしてもブルーを失くすのでは、と生きた心地もしない筈。
現に自分もそうだったから。
小さなブルーの付き添いで乗った救急車。
その中で「頑張れ」と叫び続けた。
まさか聖痕とは思わないから、大怪我なのだと頭から思っていたものだから。
(あいつがチビでなくたって…)
心配の量は変わらない。
前の生で失くしてしまった恋人、その人をまた失くすのでは、と。
巡り会った途端に、ブルーは消えてしまうのかと。
(教師ならともかく、通りすがりの人間だったら…)
どうして其処まで案じるのか、と看護師も不思議に思うだろうか。
それとも、教師という職に就いているだけに、責任感が強いと思われるか。
(…きっと、そっちの方だろうな)
現場で全てを見ていたわけだし、何が役立つか分からない。
だから帰らずに病院に残っているのだな、と看護師たちは思うことだろう。
授業のある日だったとしたなら、学校に連絡を入れてまで。
「急病の人に付き添っているから、行けそうにない」と断って。
本当の所は、恋人の側にいるだけなのに。
前の生から愛し続けた運命の人に、再び出会っただけなのに。
(そうは言っても、事実だしな?)
血まみれになって倒れたブルーに付き添ったことは。
救急車に一緒に乗り込んだことも、病院の医師たちに状況を説明したことも。
(…長いこと待って、聖痕だって分かったら…)
ようやっとブルーに会うことが出来る。
もう心配は要らないのだから、きっとブルーの病室で。
感動の再会を遂げる時には、出来れば二人きりがいい。
ブルーの両親はまだ来ていなくて、看護師だって席を外していて。
そうしたら二人、固く抱き合って…。
(…あいつの言葉は同じだろうな…)
小さなブルーが言ったのと同じで、きっと「ただいま」。
「帰って来たよ」と、前の自分が聞きたかった声で。
子供らしい響きの声とは違って、懐かしく甘く、柔らかな声で。
その後はもう、言葉になりもしないのだろう。
「会いたかった」と互いに繰り返すのが精一杯で。
涙を流して、何度も何度もキスを交わして。
(あいつの両親には、俺のことを何と言うべきやらなあ…)
チビのブルーは子供だったから、医師が説明してくれた事情。
けれど、ブルーが前と同じに育っていたなら、自分からも話すべきなのだろう。
前世が誰であったかも。
恋人同士の二人だったことも、その場では伏せても、追い追いに。
(…ちと厄介だが、それさえ済めば…)
晴れてブルーと恋人同士。
結婚も出来て、一緒に暮らして、幸せ一杯だろう日々。
「またな」と別れて帰らずに済んで、仕事を終えて帰れば家にいるのがブルー。
玄関の扉を開けた途端に、飛んで来そうな愛おしい人。
休日ともなれば二人でドライブ、あちこち旅行に行くことだって。
(…あいつが子供でなければなあ…)
今頃はそういう日々だったんだ、と思うけれども、そうなっていたら。
果たして自分は思い出したろうか、前の自分が見て来たことを。
前のブルーと生きていた日々を、シャングリラという船で過ごした時を。
遠く遥かな時の彼方を、今とはまるで違う時代を。
小さなブルーと話す時には、何度も話題になるけれど。
あれこれと何か思い出しては、今の時代に繋げてみたりもするけれど。
(…どうだったんだ?)
育ったブルーに出会っていたら、と考えてみる。
今のように長すぎる待ち時間無しで、ブルーと結婚していたら、と。
(…まずは、結婚までにだな…)
デートを重ねてプロポーズ。
それまではきっと、頭の中はブルーで一杯。…今のブルーで。
結婚が決まって婚約したなら、今度は結婚式に向けての準備。
ブルーと二人で色々と決めて、家具なども買って、幸せな日々。
めでたく結婚式を挙げたら、もう本当に二人きりだから…。
(俺はあいつに夢中だろうし、あいつの方も…)
目の前の「今のハーレイ」に夢中、幸せな毎日にすっかり夢中。
今度の休日は何処へ行こうかと、何処で食事をしようかと。
二人で家で食べる食事も、毎日がきっと新鮮で…。
(…前の俺たちのことなんか…)
忘れちまっているんじゃないか、と思わないでもない感じ。
ブルーの右手も、きっと凍えはしないから。
いつも自分と一緒にいたなら、メギドのことなど思い出しさえしないから。
(うんと幸せな日々ってヤツだが…)
どうも値打ちが無いような、という気持ち。
幸せな日々を重ねていたって、今にすっかり夢中なら。
前の自分たちが生きていた日々、それをゆっくり思い出すことが無いのなら。
(だとすると、チビで良かったのか…?)
俺が出会ったブルーの姿、と綻んだ顔。
まだまだ離れて暮らすけれども、前の自分たちのことを鮮やかに思い出せるから。
もしもブルーが子供でなければ、きっと何処かに紛れた記憶。
それを幾つも思い出せるから、今の幸せに二人で繋げてゆけるのだから…。
子供でなければ・了
※もしもブルー君と再会した時、子供の姿でなかったら。結婚は直ぐに出来ますけれど…。
すっかり忘れていそうなのが前世、ハーレイ先生が考える通り、子供の方がお得なのかもv
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