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キスを貰える日

(今日も叱られちゃって、おしまい…)
 全然駄目、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれた、愛おしい人。
 前の生から愛したハーレイ、今も誰よりも好きな恋人。
 青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた。
 前の自分は、「もうハーレイには二度と会えない」と泣きじゃくりながら死んだのに。
 遠く遥かな時の彼方で、メギドで独りぼっちになって。
 右手に持っていたハーレイの温もり、それを落として失くしてしまって。
 切れてしまったと思った絆。
 ハーレイと自分を結ぶ絆は切れてしまって、もう繋げない。
 だから会えずにこれっきりだと、独りぼっちだと泣くしかなかった。
 死よりも恐ろしい絶望と孤独、その只中で死んでいったのが自分。
 今の時代は英雄になったソルジャー・ブルー。
(…でも、ハーレイには会えたんだよ…)
 奇跡のように、青い地球の上で。
 新しい命と身体を貰って、すっかり平和になった時代に。
 それは素晴らしいことだけれども、夢かと思うくらいだけれど。
(……ぼくだけがチビ……)
 ハーレイと引き裂かれるように別れた、あの時の自分の身体が無い。
 ソルジャー・ブルーだった自分の、育って大人になっていた身体。
 どういうわけだか、それが戻って来なかった。
(…いつかは戻って来るんだけど…)
 いずれ間違いなく手に入るけれど、それは分かっているのだけれど。
 今の自分は大人の身体を持っていなくて、まだ子供。
 十四歳にしかならない子供で、ハーレイはキスもしてくれない。
 「俺は子供にキスはしない」と、「前のお前と同じ背丈になるまでは駄目だ」と。


 そのせいで今日も叱られた。
 「ぼくにキスして」と強請ったから。
 ハーレイがくれた額へのキス、それで満足しなかったから。
 「キスはしないと言っただろうが」と、コツンと叩かれてしまった頭。
 全く痛くはなかったけれども、ハーレイの褐色の大きな手で。
 拳の形に握られた手で、頭の真上から軽くコツンと。
 「痛いよ!」と叫んでやったけれども、「そうか?」と鼻で笑った恋人。
 「もう本当に痛かったんだから!」と、頭を押さえて睨んでも。
 痛かったふりで、泣きそうな顔をして見せたって。
 「お前の方が悪いんだろうが」と涼しい顔をしていたハーレイ。
 「これでいったい何度目なんだ」と、「いい加減、覚えたらどうだ」と。
(…子供にはキスはしない、って…)
 何度言われたことだろう。
 叱られたことも、頭をコツンと小突かれたことも、額を弾かれたことだって。
 けれど、諦められないキス。
 もしも自分がチビでなければ、キスは貰えていたのだから。
 前の自分とそっくり同じに育っていたなら、キスは挨拶だったのだから。
(…おはようのキスも、おやすみのキスも…)
 キスは貰えて当たり前。
 他にも沢山、降るようなキス。
 唇へのキスを幾つも貰って、もっと他にも、身体中にだって。
(…今でも、ちゃんと覚えているのに…)
 子供の姿だったばかりに、貰えなくなったハーレイのキス。
 せっかく巡り会えたのに。
 前と同じに恋人同士で、前の自分たちの恋の続きを生きているのに。
(俺のブルーだ、って言ってくれても…)
 言葉だけだよ、と悲しい気分。
 本当に「俺のブルー」だったら、きっとキスだって貰えるから。


 今の自分が貰えるキスは、唇にではなくて頬と額だけ。
 両親がくれるキスと同じで、子供でも貰えるようなキス。
 赤ん坊だって貰っているキス、「いい子ね」と。
 それしか貰えないのが自分で、唇へのキスを強請ったら…。
(…ハーレイ、断るんだから…)
 断られる上に、場合によってはお説教。
 とても恋人とは思えない扱い、キスを断って叱るだなんて。
 お説教までするなんて。
(…前のぼくなら、そんなことをされたら…)
 きっとハーレイを苛めただろう。
 「君は暫く来なくていい」と、青の間から外に放り出して。
 ハーレイが仕事でやって来たなら、もう完全にキャプテンとして扱って。
 キャプテンとしての用が済んだら、「早く持ち場に戻りたまえ」と追い払うだけ。
 仕事がとうに終わった夜でも、ハーレイの仕事はもう無い日でも。
 「とても忙しいんだろう?」と、皮肉な笑みを浮かべてやって。
 「ぼくとキスする暇も無いほど、仕事が溜まっているようだしね?」と。
 そう言ってハーレイを追い出した後は、思念で後を追ってゆく。
 ションボリとした後姿を、肩を落として歩く姿を。
(…うんと反省するといいよ、って…)
 余裕たっぷり、青の間から観察していただろう。
 全部ハーレイが悪いのだから。
 キスを断って、お説教までしたのだから。
(ホントに当分、来なくていいしね?)
 心の底から反省するまで、「申し訳ありませんでした」と詫びに来るまで。
 「ブルー無しではいられない」ことを、ハーレイが痛感する日まで。
 そしてハーレイが詫びに来たなら、「キスは?」と意地悪く尋ねてやる。
 「お詫びのキスはどうしたんだい?」と、「それもしないのに、許すとでも?」と。
 途端にきっと、噛み付くような激しいキス。
 それに応えてキスを交わして、愛を交わして…。


 仲直りになる筈なんだけどな、と時の彼方の自分たちを思う。
 そういう二人の筈だったのにと、そんな喧嘩はしていないけど、と。
(今のぼくだと…)
 もしもハーレイを放り出したら、お詫びのキスは貰えない。
 今のハーレイなら、「そうか、来なくていいんだな?」と帰って行って、それっきり。
 仕事の帰りに寄ってくれる日は消えてしまって、週末だって…。
(…あんなチビのことは知るもんか、って…)
 朝からジムに出掛けてゆくとか、柔道の道場に行ってしまうとか。
 一人でのんびりドライブするとか、他にも出来そうなことが山ほど。
 生意気なチビのことなど忘れて、きっと充実した週末。
 なのに、追い出した自分はと言えば…。
(…ハーレイが来てくれないよ、って…)
 泣きの涙でいるのだろう。
 どうやって謝ればいいだろうかと、どうしたら来てくれるだろうかと。
 謝りたくても、そのハーレイに会える機会が無いのだから。
 学校に行けば会えるけれども、そのハーレイは「ハーレイ先生」。
 恋人同士の会話なんかは出来もしないし、おまけにハーレイは立派な大人。
 トボトボ近付いて行ったとしたなら、爽やかな笑顔なのだろう。
 「おはよう」だとか、「元気そうだな」だとか。
(今日もしっかり頑張れよ、って…)
 そう言ってポンと肩を叩いて、「じゃあな」とクルリと回れ右。
 他にも生徒は大勢いるから、ごくごく自然にそちらの相手。
 「おう、お前たちも元気そうだな」と、「俺の授業はきちんと聞けよ?」と。
 そうやって話し込んでしまって、もう振り向いてはくれないだろう。
 「あのね…」と謝りたくっても。
 「ハーレイ先生」に「あのね」は無理でも、「すみませんでした」と言いたいのに。
 お詫びの言葉を聞いて欲しいのに、きっと笑顔で無視するハーレイ。
 「全部、お前が悪いんだしな?」と。
 「来るなと言ったのは、お前だろうが」と、「俺は言われた通りにしているんだが?」と。


 なんとも悲惨な、今の自分がハーレイを放り出した時。
 前の自分がそれをやったら、自分の方が強いだろうに。
 ハーレイにお詫びのキスを貰って、仲直りをして、きっと幸せ。
 けれども、チビの自分がやったら、身の破滅にしかならないらしい。
 仲直りしようと努力するのは、ハーレイではなくて自分の方。
 しかもチャンスは無いに等しくて、独りぼっちの日が続くだけ。
 ハーレイは訪ねて来てくれなくて、「キスして」と強請るどころではなくて…。
(…ホントのホントに独りぼっち…)
 家にポツンと一人きり。
 両親はいても、きっと涙を流す日々。
 ハーレイの方は、一人で気ままに生きているのに、自由を満喫しているのに。
(…なんで、そういうことになるわけ?)
 チビに生まれてしまっただけで、と悔しいけれども、それが現実。
 今の自分はチビの子供で、ソルジャー・ブルーだった頃とは違う。
 ハーレイに「キスは駄目だ」と叱られてばかり、十四歳にしかならない子供。
 もう何年か経ってくれないと、前の自分と同じ身体は手に入らない。
 どう頑張っても、チビの自分はチビだから。
 十四歳の子供に相応しい身体、それしか持っていないチビ。
(…いつになったら、キスが出来るの…?)
 ハーレイからキスを貰えるの、と考えてみても、「ずっと先」としか分からない。
 いつか貰えると分かっていたって、その日はまるで見えないまま。
 手を伸ばしたってまだ届きはしないし、唇へのキスは貰えない。
 それに立場もとても弱くて、キスをくれないハーレイを放り出したなら…。
(…前のぼくなら、うんと強くて、ハーレイが謝る方なのに…)
 今の自分は酷い目に遭って、泣きじゃくるだけの毎日らしい。
 謝ろうにも、チャンスも貰えないままで。
 ハーレイの方は「次の週末は何をするかな」と、楽しく予定を立てそうなのに。
 それは困るから、とても悲しいから、大人しく待つしかないのが自分。
 ハーレイがキスをくれる日を。
 前の自分と同じに育って、唇へのキスを貰える日を…。

 

         キスを貰える日・了


※ハーレイ先生からキスを貰えないブルー君。恋人用の唇へのキスは、まだまだ禁止。
 おまけに立場も弱いようです、喧嘩を売ったら悲惨な結果に。我慢するしかないですねv





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