(今日も叱って来たんだが…)
あのチビを、とハーレイが浮かべた苦笑い。
小さなブルーと会って来た日に、夜の書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それをお供に。
(キスは駄目だと言っているのに…)
何度叱っても諦めないのが小さなブルー。
十四歳にしかならない恋人、前の生から愛した人。
青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた運命の人。
けれど、子供になっていたブルー。
遠く遥かな時の彼方で失くした時には、ブルーは大人だったのに。
今の時代も語り継がれる、ミュウの長だったソルジャー・ブルー。
ミュウの未来を、地球を掴もうと懸命に生きて散って行った人。
(今のあいつを見てるとだな…)
面影があるような無いような、と思うくらいにブルーは小さく、幼くなった。
もちろん今のブルーの姿も、自分は知っているけれど。
時の彼方で、あのアルタミラで出会ったブルーは子供だったから。
本当の年齢の方はともかく、姿は今と同じに少年。
ただ、あの時と違うのは…。
(…あいつの中身ってヤツなんだ)
同じチビでも、今のブルーはソルジャー・ブルーの生まれ変わり。
アルタミラで出会った頃のブルーは、ただのチビ。
サイオンはとても強かったけれど、恋などしてはいなかった。
見た目通りに本当に子供、前の自分の後ろをついて歩いたほどに。
「キスして」などと言うわけがなくて、前の自分の「小さな友達」。
それが今では同じチビでも…。
(恋人気取りと来やがった)
一人前の、と零れる溜息。
なんてこったと、同じチビでもこうも違うか、と。
ブルーの辞書には無いらしい言葉、「諦める」という短い言葉。
いくら叱っても、「駄目だ」と言っても、一向に諦めないらしいキス。
強請ってみたり、時には誘惑してみたり。
「キスしてもいいよ?」と誘う眼差し。
子供の顔で、子供でしかない表情で。
だからこちらも余裕たっぷり、「駄目だな」と断れるけれど。
ブルーの額を指先でピンと、弾いてみたりもするけれど。
(…最初はそうでもなかったってな…)
あいつが戻って直ぐの頃には、と思い出す。
小さなブルーに「行ってもいい?」と訊かれて、「いいぞ」と答えた家。
この家に招いてやった時。
大喜びで遊びにやって来たブルー、自分の方でも軽い気持ちでいたのだけれど。
教え子たちを招くのと同じ、そう考えてブルーを呼んだのだけれど…。
(あいつの表情、前のあいつとそっくりで…)
ふとしたはずみに重なった顔。
前の自分が失くした人。
小さなブルーの瞳の向こうに、幼い筈の顔の向こうに…。
(…あいつがいたんだ…)
記憶のままのソルジャー・ブルー。
何度もキスを、愛を交わした愛おしい人。
その人がこちらを見詰めていた。
「帰って来たよ」と、「ぼくは此処だよ」と。
ハッと気付けば、消えてしまっていたのだけれど。
チビのブルーがキョトンとしていて、「どうかしたの?」と愛くるしい顔。
前のブルーは、もういなかった。
(しかしだな…)
重なるからには、ブルーの中には前のブルーがいるのだろう。
当たり前だけれど、最初からそうに決まっているから、ブルーはブルーなのだけれども。
分かってはいても、恐ろしくなった自分の心。
小さなブルーに前のブルーを重ねているのが、愛おしい人を見てしまうのが。
迂闊に二人きりでいたなら、外れかねない心の箍。
チビでもブルーはブルーなのだと、前の自分が愛した人だと。
そう思ったなら、もう止まらないことだろう。
ブルーがチビでも、まだ子供でも。
前の自分が知っていた頃には、友達だったブルーの姿でも。
(あいつが俺を誘って来たら…)
幼い子供らしくない顔、それで誘って来たならば。
きっとブルーを手に入れてしまう、たとえブルーが泣き叫んでも。
子供の身体には激しすぎる行為、無垢な心には惨すぎること。
それをブルーに強いるのだろう、「お前もこうしたかったんだろう?」と。
「キスというのは、こうするもんだ」と、「恋人同士なら、こうして当然だよな?」と。
子供には酷なことなのに。
小さなブルーの身体も心も、きっと引き裂かれてしまうのに。
(…それでも、あいつは…)
泣いて泣き叫んで、敵わない力で抵抗して。
散々暴れて、組み伏せられて、蹂躙されてしまった後には…。
(……俺を許してしまうんだ……)
許すだけなら、まだマシだけれど。
自分の方でもブルーに詫びて、「二度としない」と固く誓うだろうけれど。
(…前のあいつの記憶が残っているもんだから…)
小さなブルーは「これでいいんだ」と思ってしまうことだろう。
恋人同士なら、きっとこうあるべきなのだと。
まだ育ってはいない身体に、酷い負担がかかっても。
辛い思いをするのだとしても、「いいよ」と笑みを浮かべるのだろう。
涙の痕が残った顔で。
それは幸せそうな笑顔で。
きっとそうなる、と確信したから、「家には来るな」と言い渡した。
いつか大きく育つまで。
前のブルーと同じに育って、キスが出来るようになる日まで。
(…そうやって、今に至るわけだが…)
今じゃ見ないな、と思うブルーの表情。
前のブルーと重なるそれを見ていない。
年相応のチビがいるだけ、今のブルーは本当に子供。
「キスしてもいいよ?」と誘惑するのは同じでも。
何かと言ったら「ぼくにキスして」と、強請ってくるのは変わらなくても。
(前のあいつも、消えたわけではないんだが…)
思い出話は出来るわけだし、むしろ鮮やかにもなったろう。
チビのブルーがソルジャー・ブルーだったこと。
時の彼方で生きた記憶は、チビのブルーが遠い昔には誰だったのかは。
(…その筈なんだが、もう見ないよな…)
切ないような、あの表情は。
「やっと会えたのに、ハーレイは、ぼくを忘れてしまった?」という顔は。
前のブルーの心を、想いを乗せた表情。
それが今では消えてしまった、小さなブルーの顔からすっかり。
まるで見ないから、ブルーに会っても余裕たっぷり。
「キスは駄目だと言ってるよな?」と額を弾いて。
いつになったら覚えるんだ、と呆れ返った顔で見詰めて。
そうなった理由は、ブルーが幸せだからだろう。
前のブルーの悲しみが癒えて、今を生きているからだろう。
もっと幸せになれるのだと。
明日は今日よりもっと素敵で、明日の次はもっと素敵だと。
(…メギドの夢は、見ちまうんだが…)
それでも、ブルーが生きている「今」。
優しい両親と共に暮らして、学校に行って、子供らしい日々。
そういった日々を過ごす間に、前のブルーも「今」を手に入れたのだろう。
(…あいつ、自分に嫉妬をするが…)
前のブルーに嫉妬するのが小さなブルー。
「前のぼくなら…」とプリプリ怒って、頬っぺたを膨らませたりもして。
「ハーレイだって、前のぼくならキスするくせに!」と。
けれど、ブルーが嫉妬するブルー。
前のブルーは、今もブルーの中で暮らして、ブルーと全く同じ魂。
子供の自分に満足していて、切ない顔はやめたのだろう。
(そいつが断然、お得だしな?)
今の幸せを味わうこと。
子供ならではの幸せな時を、優しくて温かな日々を。
(…なのに、あいつは分かってなくて…)
今日だってキスを強請っていたし、と零れた溜息。
いつになったら分かるのやらと、まだまだ当分かかりそうだが、と。
チビの間は無理だろうなと、もっと大きく育たないと、と。
(…前と同じに、キス出来る時が来るまでは…)
気付かないだろうか、今のブルーは?
不満たらたらで過ごすのだろうか、「ハーレイのケチ!」と怒りながら。
プンスカ膨れて仏頂面で、「ハーレイは酷い」と睨み付けながら。
(…俺はそれでもかまわないがな?)
ケチのハーレイでいいんだがな、と思い浮かべる恋人の顔。
もう一度巡り会えた恋人、その人が幸せに生きているなら。
前の自分が失くしたブルーが、幸せな日々を過ごして生きているのなら。
(…いつまでだって、待ってやれるんだ…)
前と同じにキスが出来る日、それが何年先になろうと。
何十年と待たされたって、きっと笑って待てるのだろう。
今のブルーが掴んだ幸せ、それを守ってやりたいから。
「ハーレイのケチ!」と睨むブルーは、幸せな今を生きているから…。
キスが出来る日・了
※ブルー君にキスを強請られる度に、「駄目だ」と断るハーレイ先生。ケチと言われても。
何十年だって待てるそうです、ブルー君とキスが出来なくても。愛されています、ブルー君v