(ハーレイ、今頃、どうしてるかな…)
ぼくのこと、忘れちゃってるのかな、と小さなブルーがついた溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は一日、ハーレイと一緒に過ごしたけれど。
午前のお茶から、夕食の後のお茶まで一緒だったのだけれど。
(…やっぱり帰って行っちゃった…)
夜になったら、夕食の後のお茶を飲み終えたら。
「そろそろだな」と時計を眺めて、立ち上がって帰って行ったハーレイ。
玄関を出たら、「またな」と軽く手を振って。
庭を通って門扉の所へ、其処から表の通りへと出て。
(一緒に帰りたかったのに…)
ハーレイが「またな」と口にする度、いつも思ってしまうこと。
「ぼくも一緒に帰りたいよ」と。
けれど、ポツンと残される。
前の生から恋をした人は、けして連れて帰ってくれたりはしない。
言葉に出しはしないけれども、その顔を見れば書いてあること。
「お前の家は此処だろうが」と、「チビは早めに寝るんだな」と。
今の自分はチビの子供で、両親の家で暮らしているから。
十四歳にしかなっていなくて、結婚出来はしないから。
(…分かってるけど…)
でも寂しいよ、と零れる溜息。
せっかく巡り会えたのに。
青い地球の上でまた巡り会えて、前と同じに恋人同士。
なのに自分は置いてゆかれて、ハーレイは家に帰ってしまう。
何ブロックも離れた所に建つ家へ。
いくら窓から覗いてみたって、屋根さえ見えない遠い所へ。
今夜も帰って行ったハーレイ、とうに家には着いている筈。
夕食は一緒に食べていたのだし、もう一度食べはしないだろう。
きっとコーヒー、熱いのを淹れて。
この家では滅多に出されないから、「これが美味い」と。
(…ぼくはコーヒー、苦手だもんね…)
前の自分もそうだったけれど、今の自分もコーヒーは苦手。
独特の苦味がどうしても駄目で、飲むなら砂糖とミルクをたっぷり。
ホイップクリームもこんもりと入れて、やっとなんとか飲めるコーヒー。
母も充分知っているから、よほどでないとハーレイが来る日に出したりはしない。
「この料理にはコーヒーが合う」と母が思った夕食、そんな時しかコーヒーは出ない。
今日も一度も出されないままで、ハーレイはきっと「コーヒー切れ」。
前の生から好きだったから。
本物のコーヒーがあった頃から大好きだったし、それが無くなってもコーヒー党。
合成品でも好んだコーヒー、後の時代は代用品。
キャロブと呼ばれるイナゴ豆から作ったコーヒー、キャロブには無いカフェインを足して。
(ホントに何処が美味しいんだろ…?)
今でも謎だ、と思うけれども、ハーレイは今もコーヒー好き。
朝には家で飲んだろうけれど、それきり飲めずにいたわけだから…。
(コーヒーは絶対、飲んでいるよね)
リビングか書斎で、のんびりと。
この一杯が飲みたかったと、これに限ると。
(…ぼくのことなんか…)
忘れてるかも、と思ってしまう愛おしい人。
コーヒー片手に新聞でも読んで、それっきり。
あるいは何か本を広げて、そっちで頭が一杯になって。
なにしろ自分はチビだから。
「またな」と置いてゆかれるだけで、連れて帰って貰えないチビ。
ハーレイの家に自分はいなくて、本にもコーヒーにも負ける。
其処に「在る」もの、それに敵いはしないから。
ホントに忘れちゃってるかもね、と悲しい気持ち。
こんなに好きでたまらないのに、ハーレイに想いは届かない。
キスを強請っても、「駄目だ」と言うのがハーレイだから。
「俺は子供にキスはしない」と、「前のお前と同じ背丈に育つことだな」と。
それが出来たら苦労はしないし、此処で寂しい思いもしない。
とうにハーレイと一緒に暮らして、この時間だって側にいる筈。
ハーレイがコーヒーを飲んでいたって、「ぼくには紅茶!」と我儘を言って。
書斎に行こうとしているのならば、「ぼくも行くよ」と、くっついて行って。
本を読もうと取り出したならば、「それ、面白い?」と覗き込む。
「そんな本より、ぼくを見てよ」と。
ぼくの方を見てと、ぼくは恋人なんだから、と。
(ハーレイ、困りそうだけど…)
困らせたってかまわない。
それが一緒に暮らす自分の特権だから。
ハーレイの時間を好きに使って、大きな身体を独り占め。
キスを貰って、愛を交わして、心も身体も、丸ごと、全部。
(…早く一緒に暮らしたいのに…)
その時が来たら、もうコーヒーにも、本にもハーレイを盗られないのに。
もしも盗ろうと顔を出しても、「ぼくを見てよ」と、ハーレイをきっと振り向かせるのに。
(だけど、今だと…)
チビの自分は、ハーレイに放っておかれるのだろう。
「またな」と帰ってゆくのと同じに、「寝る時間だぞ」と言われそう。
子供はとっくに寝る時間だと、お前のベッドで眠って来いと。
ハーレイの家に住んでいたって、「部屋に帰れ」と追い払われて、それっきり。
次の日に「おはよう」と起きてゆくまで。
朝になるまで、ハーレイとは別に過ごすのだろう。
「子供は子供らしく、ってな」と、ケチなハーレイに放り出されて。
「俺はこれからコーヒーなんだ」と、「俺の時間だ」と本やコーヒーに負けてしまって。
きっとそうだ、と嫌でも分かる自分の末路。
たとえ一緒に帰れたとしても、チビの間は「チビらしく」。
ハーレイの家にある子供部屋でも充てがわれて。
「お前の部屋は此処だからな」と、ハーレイとは別のベッドを貰って。
今と同じで、一人、ポツンと。
ベッドの端っこに腰掛けて一人、いくら待っても来ないハーレイ。
もしも扉が開いたとしたら、「まだ起きてるのか?」と咎める目つき。
「寝る時間だと言ったがな?」と。
そしてベッドに入れられてしまうことだろう。
「しっかり寝ろよ」と「いい夢をな」と。
額か頬にキスを落として、灯りだって消して、出てゆくハーレイ。
書斎の方へと戻ってゆくのか、それとも寝室のベッドに行くか。
どちらにしたって、チビの自分は一人きり。
今夜と何処も変わりはしないし、ハーレイとは朝まで会えはしなくて…。
(…会えるとしたら、夢の中だけ…)
おんなじ家にいたってそうだ、と思った所で気が付いた。
夢の中でしか会えないのならば、この部屋でだって会えるだろう。
「またな」と帰ったハーレイに。
チビの自分を忘れてしまって、コーヒー片手に自分の時間を過ごしていそうな恋人に。
(…夢の中なら、会えるものね?)
此処にはいない人だって。
ハーレイが忘れてしまっていたって、夢を見るのは自分だから。
夢の中なら、どんなことでも出来るのだから。
(…メギドの夢は嫌だけど…)
前のハーレイと愛を交わす夢も、前の自分が主役なのだし、目覚めてガッカリするけれど。
チビの自分が主役だったら、きっと素敵な夢になる。
今は此処にはいないハーレイ、そのハーレイに夢で会えたら。
幸せな夢を見られたならば。
最高だよね、と思った夢。
自分で上手くコントロールが出来たなら。
そういう夢でハーレイに会えたら、夢の中で色々なことが出来たら。
(…本当はキスがしたいけど…)
ハーレイが「駄目だ」と言い続けるから、ちょっと危険な気がする夢。
キスが出来る自分になりそうだから。
前の自分がヒョイと出て来て、ハーレイを盗ってゆきそうだから。
(それは嫌だよ…)
夢で幸せな時間を過ごして、起きた途端に「ぼくじゃなかった」と思う夢。
何度もやられた、前の自分がハーレイを奪ってしまう夢。
それが嫌ならチビでいるしかないだろう。
キスは駄目でも、ハーレイと本物の恋人同士になれなくても。
(でも、ドライブには行けそうだしね?)
夢の中なら、きっと助手席に乗り込める。
「何処へ行くの?」とワクワクしながら、ハーレイの車で走ってゆく。
それに一緒に食事にも行ける、気取った店に行くのは無理でも。
柔道部の生徒がハーレイと一緒に行くような店で、周りもとても賑やかでも。
(そういうトコなら、チビのぼくでも連れてってくれそう…)
「チビにはこれが似合いだしな?」と、からかわれながら。
「本物のデートには、早すぎってモンだ」と、額をピンと弾かれたりして。
それでも夢なら、夢で会えたら、行けそうなチビの自分向けのデート。
子供向けの店しか入れなくても、ハーレイと乾杯は出来なくても。
(…どうせ乾杯、無理だもの…)
前の自分はコーヒーばかりか、酒だって苦手だったのだから。
新年を祝う乾杯のワイン、それさえ飲めなかったのだから。
(柔道部員が行くような店で、ジュースでも…)
向かいに座ったハーレイはコーヒーを飲んでいたって、それでもデート。
夢で会えたら、夢の世界で二人で出掛けられたなら。
(…そういう夢が見たいんだけど…)
上手くいくかな、と思い浮かべてみるハーレイ。
夢でデートが出来るだろうかと、前の自分に横から盗られはしないだろうかと。
(運が良ければ、会えるよね?)
ぼくをデートに連れてってくれるハーレイに、とポンと叩いてみた枕。
「ちょっとお願い」と、「夢を見させて」と。
夢でハーレイ会ってみたいから、夢で会えたら、幸せなデートをしてみたいから、と…。
夢で会えたら・了
※夢の中ならハーレイとデートが出来るかも、と思い付いたのがブルー君。
お子様向けのデートでしょうけど、成功するかも。上手くいったら幸せでしょうねv