(いい夢を見てくれるといいんだがな?)
幸せなのを、とハーレイが思い浮かべた小さな恋人。
ブルーに会って来た休日の夜に、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れたコーヒー、それを片手に。
今日は一日ブルーと過ごして、「またな」と告げて来た別れ。
夜になったら、帰らなければならないから。
夕食の後のお茶を飲んだら、そういう時間になっているから。
(俺が「またな」って手を振る度に…)
寂しそうな顔になるブルー。
言葉に出しはしないけれども、「帰っちゃうの?」と書かれた顔。
「ぼくも一緒に帰りたいよ」と、「ぼくを一人にしないで」と。
けれども、それは出来ない相談。
小さなブルーは両親の家で暮らす子供で、十四歳にしかならない子供。
一緒に連れて帰れはしないし、二人で暮らすことも出来ない。
いつか結婚するまでは。
前のブルーと同じに育って、離れずにいられる日が来るまでは。
(…まだまだ先のことなんだよなあ…)
チビのブルーは、会った時から一ミリさえも育たないまま。
結婚出来る年の十八歳を迎える頃には、育っているといいけれど。
子供のままの小さなブルーと、結婚式を挙げることにならねばいいのだけれど。
(まあ、その時はその時として…)
今はあいつが幸せならな、と眺める写真。
夏休みの最後にブルーと写した、記念写真のフォトフレーム。
その中にいる小さなブルーに微笑み掛ける。
「いい夢を見ろよ?」と。
悪い夢なんか見るんじゃないぞと、今日は幸せだっただろうが、と。
連れて帰れないブルーだけれども、一緒に過ごせる時間は嬉しい。
一日一緒の休日はもちろん、仕事帰りに寄った日だって。
帰り際にはいつだって思う、「もっと一緒にいられたらな」と。
「またな」と軽く手を振りながらも、平気な風に振舞っていても。
やっぱり少しは寂しくなるから、ブルーはもっと寂しいだろう。
大人の自分が感じるよりも。
まだ小さい分、我慢強くもないだろうから。
(その分、せめて夢ではだな…)
幸せを感じていて欲しい。
小さなブルーが辿る夢路に、自分の姿が無かったとしても。
両親と何処かに出掛ける夢やら、友達と駆け回る夢にしたって。
(…いい夢だったら、それでいいんだ…)
お菓子の山に埋もれていようと、可愛い動物と戯れようと。
夢の世界でブルーが幸せを満喫出来るのだったら、其処に自分はいなくてもいい。
「ハーレイがいない」と気付いて、寂しく思わないなら。
充分に満足しているのならば、ブルーがそれで幸せならば。
(…同じ夢は見られないからなあ…)
サイオンを使って入り込むならともかく、普通ではとても出来ないこと。
夢の世界を共有するなど、ブルーの夢と自分の夢を繋ぐなど。
(サイオンを使って入るとしても…)
それは自分が「起きている」ことが大前提。
しっかりと意識を持っているから、コントロール出来る自分の心。
誰かの夢に入り込んでも、その中に足を踏み入れても。
(俺まで眠っちまっていたら…)
夢の世界は繋がらない。
たとえ直ぐ側で眠っていたって、自分の夢は自分の夢。
ブルーはブルーで別の夢の中で、違う世界は溶け合わないから。
目覚めて夢の話をしたって、お互い、まるで違うのだから。
(そいつは散々、経験済みで…)
前の自分が何度味わったか分からない。
ブルーを苦しめる悪夢の中さえ、眠っていた自分は入れなかった。
もっとも起きていたとしたって、強い遮蔽に阻まれたけれど。
前のブルーの強いサイオン、それが作り出す強固な壁に。
だから起こすしかなかったブルー。
「大丈夫ですか?」と肩を揺すって。
そういう辛い夢はもちろん、幸せな夢も共有出来ないまま。
ブルーが「こういう夢を見たよ」と、後から見せてくれることはあっても。
「君も見るかい?」と絡められた手から、感じ取れたことはあったけれども。
今の自分も、それは充分承知だから。
サイオンがとことん不器用な恋人、あのブルーでも「眠りながらでは」入れない夢。
自分の夢とブルーの夢とは、別だから。
側にいたって、二人一緒に夢の世界には行けないから。
(…夢ってヤツはだ…)
コントロールが不可能だしな、と傾けるコーヒー。
いい夢を見るための「おまじない」が幾つも存在するほど、昔から意のままにならないもの。
人間が全てミュウになっても、それは今でも変わらないまま。
「こういう夢を見たい」と願ってみたって、その通りの夢は見られない。
辛うじてキーワードが引っ掛かったら、儲けものだという程度。
会いたかった人が夢に出て来るとか、行きたかった場所にいるだとか。
けれど、その先は分からないもの。
会えたと思った人と話せずに目が覚めるだとか、夢見た場所に「居た」だけだとか。
目覚めた後に「こんな筈では…」と悔しくなるのが夢というヤツ。
美味しそうな料理を山と出されて、「いただきます」と言った途端に目覚めるとか。
海に出掛けて「さあ、泳ぐぞ!」と意気込んだ所で、目覚まし時計が鳴るだとか。
ちゃんと分かっているのだけれども、意のままに夢が見られたら。
ブルーの夢とは繋がらなくても、夢でブルーに会えたなら…。
(…幸せだろうなあ…)
昼間の続きで、夢の中でもブルーと一緒。
それが出来たら何をしようか、夢の世界で会ったブルーと。
(デートに行くっていうのもいいな…)
現実の世界では叶わないこと、当分は出来はしないこと。
ブルーが大きくなるまでは。
前のブルーと同じに育って、チビのブルーでなくなるまでは。
(チビのあいつとデートもいいが…)
夢なんだしな、と気付いたこと。
「チビでなくてもいいじゃないか」と。
大きく育って、デートに行くにはピッタリのブルー。
そういうブルーに夢なら会えると、夢で会うならそっちの方が、と。
同じ夢なら、夢は大きい方がいい。
ブルーの姿も、同じに大きい方がお得で、きっと素敵に違いない。
いくらでもデート出来るから。
ドライブにだって出掛けてゆけるし、外で食事も出来るのだから。
(…そうなってくると…)
あいつがいいな、と心に浮かんだ愛おしい人。
前の自分が失くしてしまった、美しかったソルジャー・ブルー。
小さなブルーは、もう充分に幸せだから。
「キスしてくれない」と膨れていたって、いつかは結婚出来るのがブルー。
けれども、前のブルーは違う。
精一杯に生きて、ミュウを導いて、時の彼方で散った恋人。
たった一人でメギドへと飛んで。
前の自分の腕から持って行った温もり、それさえも失くして独りぼっちで。
(うん、あいつだな)
夢の世界で会うのなら。
上手い具合にコントロール出来て、夢の世界に呼べるなら。
(…本物のあいつは、チビのブルーで…)
ちゃんと現実にいるのだけれども、生まれ変わって来る前のブルー。
独りぼっちで逝ってしまった、愛おしい人を呼んでやりたい。
「どうだ、地球だぞ?」と、この青い地球に。
「お前、行きたいと言ってたろうが」と、「今の俺の家は此処なんだ」と。
キャプテン時代の敬語は使わず、今の言葉で普通に話して。
ブルーが着ているソルジャーの服も、「それじゃ駄目だな」と着替えさせて。
「俺が適当に買って来るから」と家で待たせて、シャツやズボンや。
似合いそうな服を急いで見付けて、買って帰ってブルーに着せる。
(ブルーを待たせておく間は…)
好きに読んでくれ、と書斎に案内するとか、菓子と紅茶を置いてゆくとか。
そして大急ぎで帰って来たなら、きっとブルーは…。
(ポカンと外でも見てるんだろうな…)
これが地球かと、庭の木々だの、空を流れてゆく雲だのを。
紅茶はすっかり冷めてしまって、本だって読んでいないだろう。
憧れの地球に酔ってしまって、魂を丸ごと持ってゆかれて。
(そんなあいつを連れてゆくなら…)
何処へ行くのが素敵だろうか、ブルーとのデート。
メギドでの悲しい最期から後は、ポンと地球まで飛んだブルーを。
(あいつが喜びそうな場所なら…)
山ほどあるな、と考えてみる。
地球というだけで、ブルーは感激するだろうから。
其処を歩いて車に乗るだけ、もうそれだけで胸が一杯だろうから。
そう思うだけで会いたい恋人、失くしてしまった愛おしい人。
意のままに夢を見られるのならば、かの人に夢で出会ってみたい。
幸せに出来なかったブルーに、前のブルーに。
ただの夢でも、本物のブルーはチビになってちゃんと生きていたって。
(…会えたらなあ…)
夢で会うなら、今夜はあいつに会ってみたいな、と浮かべた笑み。
どんなデートに連れてゆこうかと、ドライブもいいし、二人で食事に行くのだって、と…。
夢で会うなら・了
※ハーレイ先生が夢の世界で会いたい人。同じブルーでも、メギドで逝った前のブルー。
もしも会えたら、どんなデートに連れて行くのか、夢の世界をちょっと覗いてみたいかもv