(明日はハーレイに会えるんだよ)
ホントのホントに間違いなく、と小さなブルーが浮かべた笑み。
ハーレイが訪ねて来てくれなかった日に、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
明日は土曜日、午前中からハーレイが家に来てくれる。
チビの自分に会うために。
キスも出来ない恋人だけれど、十四歳にしかならないチビだけれども。
(でも、本当に恋人だしね?)
前の生から、今の自分になる前から。
蘇った地球に生まれ変わって、また巡り会えた愛おしい人。
前の自分の記憶が戻って、恋人のハーレイもついて来た。
出会った途端に取り戻した記憶、前の自分が誰だったのか。
誰を愛して、どう生きて死んでいったのか。
(…ソルジャー・ブルー…)
そう呼ばれていた前の自分。
遠く遥かな時の彼方で、前のハーレイと恋をしていた。
キャプテン・ハーレイと呼ばれた人と。
ミュウの仲間たちを乗せた箱舟、シャングリラの舵を握っていた人。
そのハーレイに恋をしたけれど、ハーレイも応えてくれたけれども。
…恋は宇宙に散ってしまって、前の自分は泣きながら死んだ。
もうハーレイには二度と会えないと、泣きじゃくりながら。
最後まで持っていたいと願った、右手に残ったハーレイの温もり。
それを失くして、たった一人で。
冷たく凍えてしまった右手が、とても悲しくて死よりも辛くて。
独りぼっちになってしまったから。
ハーレイとの絆は切れてしまって、二度と繋げはしないから。
前の自分の悲しすぎた最期。
今でも夢に出て来るメギド。…前の自分が命尽きた場所。
その瞬間を夢に見る度、悲鳴を上げて飛び起きるけれど。
今の自分は幻なのかと震えるけれども、これが現実。
チビの自分は生まれ変わって、青い地球の上にいるのだから。
先に生まれて来ていたハーレイ、愛した人とも、また出会えたから。
(…だけど、暫く会えていないよ…)
誰よりも好きなハーレイに。
少しでも長く、側にいて欲しい恋人に。
ハーレイが家に来てくれないから。
首を長くして待っていたって、チャイムは鳴らなかったから。
来客を知らせる、門扉の横にあるチャイム。
それをハーレイが鳴らしてくれたら、始まる恋人同士の時間。
キスは駄目でも、唇へのキスは貰えなくても。
ハーレイが部屋に入って来たなら、二人きりの時間。
母が運んでくれるお茶とお菓子で、夕食まではティータイム。
色々なことを二人で話して、ハーレイに甘えたりもして。
(…キスを強請ったら叱られるけど…)
それでもきちんと恋人扱い。
学校で会ったら教師と教え子、そんな仲でしかないけれど。
「ハーレイ先生」と呼ぶよりはなくて、話す時には必ず敬語。
話題にだって、気を付けて。
恋人同士の二人なのだ、と誰も気付きはしないよう。
普通の教師と教え子よりかは、親しくて仲のいい二人。
そういう程度にしておかないと駄目だから。
聖痕を持った自分の守り役、それがハーレイの表向きの役目。
守り役だから、気に掛けてくれて当然だけれど、それが限界。
学校の中で会った時には、あくまで教師と教え子だから。
ハーレイが家に来ない限りは、どう頑張っても教師と生徒。
学校で何度会ったとしたって、立ち話だって出来たって。
(…ハーレイにはちゃんと会えたんだけど…)
ハーレイ先生の方だったんだよ、と悲しい気持ち。
優しい瞳は変わらなくても、穏やかな笑顔は自分の好きな笑顔でも…。
(…ぼくの恋人じゃないハーレイ…)
学校の中ではそうなんだから、と分かっている。
恋人に掛ける、甘い言葉を貰えはしない。
「俺のブルーだ」とも言ってくれない。
甘えることだって出来はしないし、抱き締めて貰うことも出来ない。
学校では生徒の一人だから。
いくらハーレイが守り役とはいえ、甘やかしては貰えないから。
それに抱き締めるなど、とんでもないこと。
もっと自分がチビだったならば、それも出来たかもしれないけれど。
(…転んで泣いてて、ハーレイが通り掛かったら…)
「大丈夫か?」と抱き起こしてくれて、涙を拭いて。
「もう痛くないぞ」と抱き締めてくれて、高く抱き上げたりもして。
今よりも、ずっとチビだったら。
幼稚園に通うくらいのチビなら、きっとそういうことだって。
(…ハーレイ、幼稚園の先生になっちゃうけれど…)
それも似合いそうな気がするハーレイ。
大きな身体は、幼稚園児にも人気が高いことだろう。
抱き上げて貰っても、肩車にしても、うんと視点が高くなるから。
他の子供たちはずっと下の方で、まるで空でも飛んでいるよう。
そういう体験をしたい子たちが群がるハーレイ。
誰もに人気のハーレイだけれど、チビの自分は中でも特別。
本当はハーレイの恋人だから。
前の生から恋をしていて、また巡り会えた二人だから。
幼稚園なら良かったのにな、と思わないでもない、チビの自分が通う場所。
学校よりかは、ハーレイとの間が縮むから。
ギュッと抱き締めて貰っていたって、幼稚園ならスキンシップ。
「いい子ね」と優しく抱き締めてくれた、先生たちも多かった場所。
転んだ時やら、色々な時に。
小さな子供は先生たちに懐くものだし、手だって何度も繋いで貰った。
けれど、学校ではそうはいかない。
幼稚園とは違うから。
勉強をしに行く場所が学校、幼稚園とは全く違う。
先生と生徒の間の距離も、親しさの度合いも、まるで別物。
同じ先生と生徒でも。
似たようにクラス分けがあっても、担任の先生がついていたって。
(…幼稚園なら、恋人同士…)
きっとそういう二人でいられた、他の子たちに遠慮しないで。
「次はぼくだよ!」と突進したなら、ヒョイと肩車で、抱き上げてクルクル回って貰って。
他の子たちにも、譲らなくてはいけないけれど。
順番が済んだら、次の子供にハーレイを譲るのが決まりだけれど。
(それでも、ぼくの順番の時は…)
もうハーレイを独り占め。
肩車で歩いて貰う間や、高く抱き上げて貰っている間。
「もっと、もっと!」とはしゃいでいたって、誰一人として咎めはしない。
他の先生たちはもちろん、他の子たちも。
順番さえきちんと守っていたなら、次の子にハーレイを譲るのならば。
(…幼稚園だったら良かったのにね…)
今の自分みたいに、「会えなかったよ」と寂しがらなくて済むのだから。
幼稚園に通ってハーレイと会ったら、今よりも距離は近いのだから。
「ハーレイ先生」と「ブルー君」でも。
呼び方は今と変わらなくても。
会えなかった、と思わなくても済みそうなのが幼稚園。
ハーレイは抱き締めてくれるから。
肩車だってして貰えるから、高く抱き上げてクルクル回ってくれるから。
(…そっちがいいよね…)
断然そっち、と考えたけれど、幼稚園でハーレイに会いたかったけれど。
同じ「ハーレイ先生」だったら、幼稚園がいいと思ったけれど。
(…幼稚園だと…)
卒園した後、待っているのは下の学校。
其処に行ったら、幼稚園にはもう戻れない。
ハーレイが乗っている幼稚園バスを見付けたとしても、手を振れるだけ。
「ハーレイ先生!」と、精一杯の声を張り上げて。
バスの中のハーレイが気付いてくれても、笑顔で手を振ってくれるだけ。
幼稚園バスは行ってしまって、自分はポツンと取り残される。
もう幼稚園の制服を着てはいないし、鞄だって提げていないから。
ハーレイにとっては「卒園生」で、手を振ることしか出来ないから。
(…やっぱり、今とおんなじだよ…)
恋人のハーレイに会いたかったら、訪ねて来てくれるのを待つしかない。
幼稚園を卒園した後は。
大好きだった「ハーレイ先生」、その先生がいる幼稚園から離れた後は。
(それに、幼稚園の時に会ってたら…)
今の自分の年になるまでに、八年ほどもかかってしまう。
どんなにハーレイのことが好きでも、恋人同士だった記憶が戻っていても。
結婚出来る年になるまでは、更に四年も必要になる。
幼稚園でハーレイと巡り会ったら。
前の生から愛し続けた愛おしい人と、この地球の上で再会したら。
(…卒園してから、十二年も待つの…?)
ハーレイ先生が乗っているバス、幼稚園のバスに手を振りながら。
「此処にいるよ」と、「ぼくは此処だよ」と精一杯に。
そしてやっぱり、家で待つしかないハーレイ。
訪ねて来てくれて、恋人同士で会えるのを。
キスは駄目でも、色々話して、甘えたり出来る時が来るのを。
(…それよりは、今の方がマシ…)
たった四年ほど我慢したなら、ハーレイと結婚出来るから。
二人一緒に暮らせるのだから、学校の先生のハーレイがいい。
家で会えない日が続いても、会える日は何処かでやって来るから。
明日のような土曜や、日曜などや。
(明日は会えるね…)
ちゃんと家まで来てくれるよね、と心で呼び掛ける愛おしい人。
待っているから、早く来てねと。
会いたい気持ちが溢れそうだから、恋人のハーレイに会いたいから…。
明日は会えるね・了
※ハーレイ先生には会っていたのに、恋人の「ハーレイ」に会い損なっていたブルー君。
幼稚園なら良かったのに、と考えてみたようですけれど…。今の方がずっと幸せですよねv