(明日はあいつに会いに行けるな)
もう間違いなく会えるんだ、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
愛用のマグカップに淹れたコーヒー片手に。
(…暫く寄れなかったしなあ…)
上手くいかなかったスケジュール。
学校の帰りに立ち寄れなかったブルーの家。
(立ち寄るどころか、居座るんだがな?)
門扉の横のチャイムを押したら、そのまま夜まで。
最初はブルーの部屋に通され、テーブルを挟んで二人でお茶。
ブルーの母が焼いたケーキや紅茶などで。
食の細いブルーの分は、小さめの菓子になるけれど。
(あいつ、帰ったらおやつを食べているからなあ…)
それが小さなブルーの習慣、学校から家に戻ったら、おやつ。
「食べない」という選択肢は持っていないのがブルー。
(…俺が必ず寄るとは限らないからな?)
「一緒に食べよう」と待っていたなら、食べ損ねる日も多そうなおやつ。
だから一足お先におやつで、その後に自分が訪ねて行ったら…。
(あいつの菓子は小さめなんだ)
そうでなければ量が少なめ、そういった感じ。
ケーキだったら小さく切られて、クッキーなどなら少なめの量。
それでも必ず出て来る菓子。
自分はペロリと平らげるのだから、ブルーの母は「どうぞ」と出す。
来客なのだし、当然のように。
時には「好物でらっしゃいましたわね?」とパウンドケーキを。
もちろんブルーも欲しがるわけだし、ブルーの分は小さめで。
ティータイムをのんびり過ごした後は…。
「今日はこれで」と帰りはしない。
お茶が済んだら、お次は夕食。
ブルーの両親も一緒のテーブル、一階のダイニングに出掛けて行って。
いつの間にやら、出来ていた決まり。
仕事の帰りに寄った時には、夕食を御馳走になるということ。
一家団欒のテーブルに自分も席を貰って、賑やかに食べて。
食事の後には、出て来るお茶。
テーブルでそのままコーヒーだったり、ブルーの部屋で紅茶だったり。
そんな調子でゆったり過ごして、「またな」と家に帰ってゆく。
(まさに居座るって感じなんだ)
一旦、足を踏み入れたら。
門扉の横のチャイムを鳴らして、ブルーの家へと入ったら。
(そいつがあるから、こう、迂闊には…)
寄れないんだ、と思い返した今週のこと。
仕事の帰りに寄ろうとしたのに、急な会議が入るとか。
柔道部の指導に熱が入って、いつもより遅くなったとか。
(…寄るだけだったら、寄れるんだがなあ…)
車を飛ばして、ブルーの家へ。
「今日はお茶だけでいいですから」と、ブルーの母に断って。
文字通りにお茶だけ、そういう時間。
夕食の時間が訪れる前に、「じゃあな」と席を立てばいい。
「俺も帰って飯にするから」と、「また今度な」と。
けれど出来ない、その選択は。
ブルーの母が止めるだろうから。
小さなブルーも「食べて行ってよ」と言うだろうから。
せっかく訪ねて来てくれたのだし、夕食を、と。
簡単なものしか出来ないけれども、是非どうぞ、と。
そうなるのだと分かっている。
ブルーの両親は、もう最初からそのつもり。
小さなブルーと自分が出会って、守り役ということになった時から。
彼らが愛する一人息子が、ソルジャー・ブルーだと知った時から。
(…恋人同士だったってことは、今も知らないままなんだが…)
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ、今の時代は伝説の二人。
白いシャングリラで地球を目指した、初代のミュウたち。
彼らを導き続けた長と、右腕だったキャプテンと。
仲がいいのは当然のことで、積もる話も尽きたりはしない。
それを知るのがブルーの両親、語り合うための時間を作ってくれる。
ブルーと二人で過ごせるようにと、気を配って。
(俺たちが話せる時間ってヤツは、長いほどいいに決まってるしな…)
小さなブルーもそれを望むから、一人息子の願いだから。
ブルーの家を訪ねて行ったら、「立ち寄る」だけでは済まない自分。
玄関先で帰れはしないし、通されるのがブルーの部屋。
そうこうする間に出来てしまうのが夕食の支度、「ご一緒にどうぞ」と。
初めの間は、もう本当に御馳走だった。
豪華なメニューではなかったけれども、来客向けなのが明らかな料理。
「お待ちしていました」といった感じで出された料理。
きっと本当に、きちんと用意をしていたのだろう。
いつ訪ねても、それを作れるように。
日持ちする食材を揃えておいたり、下ごしらえをして保存していたり。
自分も料理をするから分かる。
あれはそういう料理だったと、来客に備えていたのだと。
もしも来ない日が続いたとしても、他の料理に使える食材。
それを幾つも常備していたと、自分が行ったら作り始めていたのだと。
客に出すにはピッタリのものを、テーブルの上で映える料理を。
今の自分は、家族の一員といった扱い。
来客向けの料理の代わりに、普段着の料理が出て来るから。
ブルーの家のいつもの夕食、其処に並ぶだろう料理。
(…そうなったのは嬉しい限りだが…)
やはり今でも、「今日はお茶だけで」とはいかない自分。
小さなブルーが望むから。
ブルーの両親も、息子の願いを叶えたがるから。
(…飯の支度には、遅すぎる時間に寄ったって…)
お茶だけで帰らせては貰えない。
ブルーの母なら、きっと支度を始めるから。
食べる人数が一人増えた分だけ、それを補える料理を何か。
一品増やして、「どうぞ」と迎えられるテーブル。
あるいはシチューの具材を増やして、一人前の量を多くする。
そんな工夫をサッと考え、手早く用意するのだろう。
一人息子が喜ぶように。
「ハーレイも一緒に食べて行ってよ」と、笑顔で夕食に誘えるように。
(…そうなっちまうのが分かってるから…)
寄れずに今日になっちまった、と眺める小さなブルーの写真。
夏休みの一番最後に写した、今のブルーとの記念写真。
(前のあいつとは、こういう写真も撮れなかったが…)
恋人同士だと誰にも明かせないまま、それきりになってしまったけれど。
遠く遥かな時の彼方に、前の自分たちの恋は消えたのだけれど…。
(その代わり、いつでも会えたってな)
会おうと思えば、それこそ仕事の合間にだって。
「ちょっと出て来る」とブリッジを離れて、ブルーの許へ。
口実は何も要らなかったし、いつでも行けた。
ソルジャーの指示を仰ぐキャプテン、そういう立場だったから。
青の間に入って直ぐに出たって、誰も疑いはしなかったから。
(…そうそう、やっちゃいないんだが…)
勤務の途中で抜けること。
ブルーに会おうと、青の間に出掛けてゆくということ。
けれど望めば可能だったし、もちろん夜はいつでも会えた。
誰にも気兼ねしなくて済んだ。
恋人同士だと明かせなくても、会うのは自由だったから。
今の自分とブルーと違って、遠慮しないといけない誰かはいなかったから。
(其処が大いに問題ってヤツで…)
会い損なったぞ、と見詰めるブルーの写真。
学校では顔を見られたけれども、立ち話だってしたのだけれど。
恋人同士で会っていないと、小さなブルーに会えないままだ、と。
(…お茶だけで、っていうのが出来ればなあ…)
それが出来れば、遠慮しないで会えるのに。
学校を出るのが遅くなった日も、ブルーの家に寄れるのに。
ブルーの母の手を煩わせないで済むのなら。
立てていただろう夕食の段取り、それを狂わせずに帰れるのなら。
(しかし、そいつは出来ないわけで…)
俺が寄ったら、どうしても居座ることになっちまうから、と零れる溜息。
申し訳なくて出来はしないのが、そのコース。
ブルーは「来てよ」と言うけれど。
小さなブルーの両親だって、「いつでもどうぞ」と言ってくれるけれど。
(すまんな、ブルー…)
シャングリラのようにはいかないってな、とブルーに詫びる。
写真の中のブルーに向かって、「ごめんな」と。
寂しい思いをさせちまったと、寄ってやれなくて悪かったと。
けれど明日には会えるから。
土曜日なのだし、一日一緒に過ごせるから。
ブルーの写真に向かって微笑む、「明日は会えるな」と。
だから膨れているんじゃないぞと、もう少しだけの辛抱だしな、と…。
明日は会えるな・了
※ブルー君に会い損なっていたらしい、ハーレイ先生。学校で会えても、それっきりで。
明日は訪ねて行けるようです、ブルー君もきっとお待ち兼ね。幸せな土曜日なんでしょうねv