(…ハーレイ、今日はほんのちょっぴり…)
ちょっとしか会えなかったんだけど、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
仕事の帰りに寄ってくれるかと待っていたのに、来てくれなかった愛おしい人。
前の生から愛したハーレイ。
本当に好きでたまらないから、毎日だって会いたいのに。
休日はもちろん、平日だって。
学校がある日も、仕事の帰りに家を訪ねて来て欲しいのに。
そうすれば二人でゆっくり話せて、夕食だって食べられる。
夕食の時は、二人きりとはいかないけれど。
両親も一緒に食べる夕食、一家団欒の席にハーレイ。
(…それでも、先生じゃないハーレイだしね?)
今日は先生にしか会えていないよ、と残念な気分。
聖痕を持った自分の守り役、古典の教師の「ハーレイ先生」。
そっちにしか会えていないんだけど、と。
恋人のハーレイには会えていなくて、教師の方のハーレイだけ。
学校で後姿を見付けて、「ハーレイ先生!」と呼び止めた。
「元気そうだな」と振り向いたハーレイ、優しい笑顔だったけど。
少し立ち話も出来たけれども、今日はそれだけ。
生徒と教師の会話で終わって、恋人同士の会話は無し。
学校の中では、無理だから。
甘い言葉を交わせはしなくて、ハーレイはただ優しいだけ。
「無理をするなよ?」と、「気を付けろよ」と。
今の自分も、前の自分と全く同じに弱いから。
虚弱な身体に生まれて来たから、ハーレイは気を配ってくれる。
学校の中で会った時にも、「無理はいかんぞ」と。
体育の授業がある日だったら、なおのこと。
今日は無かった体育の授業、弱い自分は苦手な時間。
ハードになると分かっている日は、始まる前から見学組。
そうでない日も、出来ない無理。
少し疲れを感じて来たら、其処で手を挙げて抜けるしかない。
弱い身体は壊れやすくて、すぐに寝込んでしまうから。
「大丈夫だよ」と思っていたって、心と身体は別だから。
(…ハーレイにだって、叱られちゃったし…)
体育の授業で無理をし過ぎて、何回も。
「だから何度も言っているのに…」と、叱りながらも心配する顔。
何度もそういう顔をさせたし、野菜スープも作って貰った。
前の自分が好んだスープ。
何種類もの野菜を細かく刻んで、基本の調味料だけで煮込んだもの。
ハーレイが何度も作ってくれた。
前の自分が寝込んだ時には、何も食べられなかった時は。
(…野菜スープのシャングリラ風…)
今はお洒落な名前になった、あまりにも素朴な野菜のスープ。
地球の太陽と光と水とが育てた野菜で、前よりもグンと美味しくなった。
ハーレイがレシピを変えたのだろうか、と思ったほどに。
(だけど、レシピは変えていなくて…)
変わったものは材料の方。
同じ野菜でも全く違った、地球の恵みで育った野菜。
それを使って作っているから、とても美味しい野菜のスープ。
前の自分が好きだった味を、ハーレイは変えていないのに。
白いシャングリラで作っていたのと、少しも変わらないレシピのまま。
野菜を細かく細かく刻んで、ただコトコトと煮込むだけ。
すっかり柔らかくとろけるまで。
野菜の旨味が溶け出すまで。
今の自分も大好きなものが、ハーレイが作る野菜のスープ。
「シャングリラ風」と名を変えたスープ。
好きだけれども、それをハーレイが作る時には、寝込んでしまっているのが自分。
体育の授業で無理をし過ぎたり、具合が悪いのに登校したり。
それの結果が欠席なわけで、ハーレイの心配そうな顔。
「大丈夫か?」と、「明日は学校に来られそうか?」と。
何度もやってしまっているから、学校でハーレイに会った時には…。
(元気そうだな、って…)
言われることが多くなる。まるで挨拶代わりのように。
今日も同じで、穏やかな笑顔だったハーレイ。
学校では「ハーレイ先生」だけれど、恋人のハーレイには会えないけれど。
それでも気遣ってくれるのは分かるし、ハーレイの気持ちも伝わるから。
元気な姿を見られて良かった、と細められた目だけで分かるから…。
(…ちゃんとハーレイには会えるんだけど…)
恋人だからこそ、大切に思われていると。
「ブルー君」と呼んでいたって、それは「ハーレイ先生」だから。
学校の中では教師と生徒で、その関係は崩せない。
いくらハーレイが守り役でも。
平日でも家に来てくれるほどに、親しい存在だとしても。
(…誰にも秘密で、誰にも内緒…)
恋人同士だとは誰も知らなくて、これから先も、当分は秘密。
学校もそうだし、両親にだって。
ハーレイとの恋は秘密にしないと、きっと引き離されるから。
今のように自由に会えなくなって、寂しい思いをすることになってしまうから。
(…ハーレイ先生にだって、会えなくなっちゃう…)
もしも学校に知れたなら。
教師と生徒が恋仲だなんて、学校も困るだろうから。
ハーレイは学校を追われなくても、授業の担当から外される。
チビの自分のクラスで教えられないように。
きっとそうなる、と分かっているから、言えない我儘。
学校でも恋人扱いして、とは。
自分の方でも、ハーレイを恋人扱いはしない。
呼び掛ける時には「ハーレイ先生」、そして敬語で話すこと。
恋人同士だと知られないよう、誰も「変だ」と思わないように。
(…なんだか、似てる…)
ちょっぴり似てる、と気付いた時の彼方の二人。
前の自分と前のハーレイ、白いシャングリラで生きた恋人同士。
常に心は寄り添っていても、想い想われて生きてはいても…。
(…誰にも言えなかったっけ…)
恋をしているということを。
ソルジャーとキャプテン、そういう二人だったから。
白いシャングリラを導くソルジャー、船の舵を握っていたキャプテン。
船の未来を左右するから、どちらの立場もそうだったから…。
最後まで言えはしなかった。
ハーレイに恋をしていたことを。
誰よりも大切な人だったことも、ハーレイと共に生きていたことも。
(…ホントに、最後の最後まで…)
誰にも明かせずに終わった恋。
前のハーレイも、死の瞬間まで隠し続けて、地球の地の底で逝ってしまった。
(だから今でも、誰も知らない…)
気が遠くなるような時が流れて、青い水の星が蘇っても。
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ、その名が語り継がれていても。
あくまで初代のソルジャーとしてで、それを補佐していたキャプテン。
たったそれだけ、伝わらなかった本当のこと。
最後まで隠し続けたから。
二人とも、誰にも何も語りはしなかったから。
(…消えちゃった…)
前のぼくたちの恋は今でも秘密、と思い浮かべたシャングリラ。
ハーレイと暮らした白い船。恋をして共に生きていた船。
恋人同士になれた時間は、一日の仕事が終わってから。
ブリッジで勤務を終えたキャプテン、ハーレイが青の間を訪れてから。
まずはキャプテンとしての報告、それをソルジャーとして聞き終えること。
場合によっては質問もしたし、指示を下したことだって。
恋人同士なのだから、と甘えたりはせずに、判断を甘くすることも無く。
必要とあらば厳しい意見も口にしていた、「その件は、改めて皆で検討しよう」とか。
ハーレイが良しと考えていても、船の仲間たちに図るべきなら。
その方がいいと思ったら。
(…だって、ソルジャーだったもの…)
それにキャプテンだったんだもの、と前の自分たちの立場を思う。
恋人同士の感情は抜きで、船の仲間たちが、ミュウの未来が何よりも優先すべきこと。
ハーレイの意見を否定することになろうとも。
逆に自分が口にした言葉、それをハーレイに否定されようとも。
(でも、そういうのが終わったら…)
後は恋人同士の時間で、キスを交わして、愛を交わした。
チビの自分には持てない時間で、とても幸せだったのだけれど。
二人溶け合って、今よりもずっと、満たされた夜を過ごしたけれど…。
(…朝になったら、それでおしまい…)
戻らねばならない、互いの立場。
ソルジャーとキャプテン、誰にも言えない恋人同士。
そういう二人に戻ってしまって、夜が来るまで恋人同士の時間は持てなかったから…。
(いつだって、夜が来るのを待ってて…)
夜が来たなら、一秒さえも惜しかった。
ほんの僅かも無駄にしたくはなかった時間。
次の夜があるとは限らないから。
もしもシャングリラが沈んだならば、次の夜など来ないのだから。
どれほど大事に思っただろうか、あの船で二人で過ごした夜を。
他愛ない話をしていた時にも、それを噛み締めて生きていた。
今はハーレイと二人なのだと、恋人同士でいられるのだと。
明日は無いかもしれないのだから、この夜が少しでも長いように、と。
(…ホントに、何度もそう思ってた…)
この夜がずっと続けばいいと。
溶け合えたままでいられたならばと、いつまでも共にいられたなら、と。
けれど、叶わなかった夢。
夜はいつでも明けてしまって、離れるしかなかった恋人同士。
だから一秒さえも惜しくて、大切な時間だった夜。
常に意識はしていなくても。…忘れていることが多かったとしても。
(だけど、今でも覚えてるんだし…)
そう思った夜が、数え切れないほどにあったのだろう。
何度も繰り返し思ったのだろう、この一秒さえ無駄にしたくないと。
それを思えば、今の自分は…。
(…ハーレイのことは考えてたけど、中身は色々…)
学校のことに、野菜スープに、ハーレイ先生の方のハーレイ。
恋人だけを想っていたとは、言い難いのが現実だから…。
(凄く贅沢…)
同じ夜だけど全然違う、と気付かされたチビの自分の夜。
ハーレイとキスは出来ないけれども、夜を懸命に掴まなくてもいい。
つらつら考え事で潰して、時間が経ってしまってもいい。
今は秘密の恋人同士の二人だけれども、いつか二人で暮らせるから。
その時はいつも一緒なのだし、夜しか恋が出来ないわけでもないのだから。
惜しまなくてもいい時間だから、夜を贅沢に過ごしてもいい。
考える中身がコロコロ移り変わっても、今の自分は何も困りはしないのだから…。
同じ夜だけど・了
※夜につらつら考え事なブルー君。恋人のハーレイに会えなかったとか、他にも色々。
そういう夜は贅沢なのだ、と気付いてしまうと幸せかも。キスが出来ないチビのままでもv