(今日はあいつに会えなかったな…)
本当の意味じゃ、とハーレイが思い浮かべた小さな恋人。
ブルーの家には寄れなかった日、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、夕食の後の寛ぎの時間。
小さな恋人は苦手なコーヒー、「飲むか?」と差し出してやったなら…。
(嫌そうな顔をするんだぞ、きっと)
それとも逆に喜ぶだろうか、「いいの?」と顔を輝かせて。
「ホントにいいの?」と、「ハーレイのだよ?」と。
貰っていいの、と大きなカップを持つかもしれない。
コーヒーはとても苦手なくせに。
こんなに大きなカップに一杯、飲めるわけなどないくせに。
(だが、あいつだしな?)
本当に喜びそうな気もする、「ハーレイのカップ」というだけで。
それにたっぷり満たされたものが、大の苦手のコーヒーでも。
飲んだ途端に顔を顰めて、「苦いよ…」と嘆く羽目になっても。
カップの持ち主が「ハーレイ」だから。
前の生から愛し続けて、今も恋する相手だから。
(チビのくせして、一人前の恋人気取りで…)
何かといったら「キスしてもいいよ?」と言うのが小さなブルー。
唇へのキスを強請るのがブルー。
キスは駄目だと言ってあるのに、何度も叱っているというのに。
「前のお前と同じ背丈に育つまでは駄目だ」と、何度も、何度も。
けれど懲りない小さな恋人、側にいたがる小さなブルー。
だから「飲むか?」と尋ねてやったら、コクリと頷くかもしれない。
まるで飲めなくても、「ハーレイのカップ」を持てるから。
恋人の「お気に入り」に触れる絶好のチャンス、たとえ中身がコーヒーでも。
そういうヤツだ、と唇に浮かべた苦笑い。
十四歳にしかならない小さな恋人、生まれ変わって来たブルー。
今日は学校で顔を合わせただけ、少し言葉を交わしただけ。
「ハーレイ先生!」と呼び止められて。
「元気そうだな」と振り返って。
授業の合間の休み時間に、立ち話だけで終わってしまった。
誰が聞いても「教師と生徒」、そういう二人の会話だけ。
いくらブルーの守り役とはいえ、学校の中では教師だから。
恋人の顔など出来るわけがなくて、「ハーレイ先生」と「ブルー君」。
今日のような日はブルーに会えない、本当の意味で会ってはいない。
(会えたのは、教え子のブルーの方で…)
俺のブルーじゃないんだよな、と寂しい気持ちに囚われもする。
ブルーに会えたのは確かだけれども、恋人のブルーではなかったから。
恋人同士なことを隠して、二人で話していただけだから。
(…なんだか昔を思い出すよな…)
そういう二人がいたんだっけな、と遥かな時の彼方を思う。
遠くに流れ去って行った日々、今は歴史の中の出来事。
青い水の星が蘇る前に、暗い宇宙をブルーと旅した。
いつか地球へと、地球へ行こうと。
白いシャングリラで、ミュウの仲間たちを乗せていた船で。
(…あそこじゃ、誰にも言えやしなくて…)
最後まで明かせなかった恋。
ブルーも自分も、死の瞬間まで隠し通した。
愛おしい人がいることを。
その人と共に生きていることを、その人が世界の全てなことを。
…それが知れたら、おしまいだから。
船の秩序は崩れてしまって、地球を目指せはしないから。
白いシャングリラを導くソルジャー、船の舵を握り続けるキャプテン。
前の自分たちはそういう立場で、シャングリラの命運を左右する者。
恋に落ちたと皆が知ったら、きっとバラバラになるだろう船。
何を言っても、もはや聞いては貰えないから。
「恋人同士で決めたんだろう」と、「自分たちの恋を最優先で」と。
船の進路も、これからのことも。
どんなに真面目に考えてみても、全てを会議で決めていたって。
(…俺やブルーの意見ってだけで…)
きっと色眼鏡で見られてしまって、纏まりはしない仲間たちの心。
ただのソルジャーとキャプテンだったら、皆、従ってくれるだろうに。
船の暮らしに、多少の我慢が要ったとしても。
「すまないが、少し不自由をかける」と言ったとしたって、「いいですよ」と。
それが必要なことならば、と皆が笑顔で応えただろう。
我慢することが未来に繋がるならば。
暫くは不便な日々が続いても、いずれ結果が出るのなら。
(…ジョミーのことでも…)
とんでもない事態になったというのに、誰も怒りはしなかった。
ジョミーを船に迎えたばかりに、戦闘に巻き込まれたのに。
前のブルーは瀕死の状態、船もあちこち壊れたのに。
(…ジョミーに文句を言ったヤツらは多かったんだが…)
ブルーに文句が行きはしなくて、前の自分にも来なかった。
どちらも船を必死に守って、皆の命を守ったから。
シャングリラは沈められたりはせずに、修理を終えて飛び続けたから。
前の自分も、前のブルーも、必要なことをしようとしただけ。
次の時代を担うソルジャー、それを船へと呼び寄せただけ。
ブルーの命が尽きてしまったら、導く者がいなくなるから。
船を地球まで運ぶためには、次のソルジャーが欠かせないから。
(…物凄い暴れ馬だったんだが…)
ジョミーという名の、次のソルジャー。
船の仲間たちが背を向けたほどに、陰口が長く続いたほどに。
金色の髪に緑の瞳の、ブルーが決めた後継者。
彼を責める者たちは多かったけれど、ブルーと自分は責められなかった。
正しい選択をしたのだろうし、悪かったのはジョミーの方。
勝手に船から出て行った上に、好き放題をした結果が船まで巻き込んだ騒ぎ。
それを乗り越えて船を進めたのが、前のブルーと自分だから。
ソルジャー候補を船に迎えて、皆の未来を繋いでゆこうと懸命に努力したのだから。
(…もしも、俺たちが恋人同士だと知れていたなら…)
きっと自分たちも責められただろう。
よくもジョミーを後継者に決めてくれたな、と。
もっと他にもいなかったのかと、どうせ二人で決めたのだろうと。
長老たちにさえ、ろくに相談しもせずに。
彼らが「否」と唱えたとしても、「これでいいのだ」と押し切って。
ジョミーという名のソルジャー候補は、恋を守るのに都合がいいから。
他の者だと「それは…」と眉を顰める所を、大らかな心で「いいと思う」と言いそうだから。
それでジョミーを選んだだろう、と責められたのに違いない。
いつもそうだと、何もかも二人で決めるのだから、と。
実際はまるで違っても。
恋人同士の二人だからこそ、何かと自重していても。
(…だから、最後まで言えないままで…)
秘密のままで終わっちまった、と前の自分たちを思い出す。
恋人同士で会える時間は、いつも夜しか無かったんだ、と。
キャプテンとしての任務を終えたら、一日の報告に出掛けた青の間。
ブルーは其処で待っていた。
いつも、自分が訪れるまで。
ソルジャーの貌を崩しはしないで、キャプテンの報告を聞き終えるまで。
それから後が二人の逢瀬で、恋人同士で過ごせた時間。
引き離されていた昼間の分まで取り返すように、キスを交わして、愛を交わして。
ほんの僅かな時間も惜しくて、抱き締め合っては、溶け合ったのに。
ようやく二人きりになれたと、もう離れないと互いに求め合ったのに…。
(…いつの間にやら、眠っちまって…)
二人きりの夜は終わってしまって、次の日の朝がやって来た。
離れ難いと思っていたって、夜が明けたら、戻らねばならない互いの立場。
恋人同士なことを隠して、ソルジャーに、それにキャプテンに。
どんなに互いを想っていたって、離れねばならなかった朝。
だから、夜だけが大切な時。
互いのことだけを想える時間で、一秒も無駄にしたくない時。
他愛ない会話を交わしていたって、「これは苦いよ」と、ブルーがコーヒーで困っていても。
一瞬、一瞬を噛み締めて生きて、愛おしい人と味わった時間。
こんな夜をまた持てればいいと、明日も一日、無事に終わってくれればいいと。
そうすれば夜が再び巡って来るから、恋人同士で過ごせるから。
(…いつだって、そういう夜だったんだ…)
たとえ自覚は無かったとしても、毎日思いはしなかったとしても。
それでも何度も思ったからこそ、今でも思い出せること。
夜だけが二人の時間だったと、一秒だって惜しかったと。
ほんの僅かな時間でさえも、無駄にしたくはなかったのだと。
(…それが今だと、コーヒーなわけで…)
のんびり一人で飲んでるわけで、と眺めたカップ。
これが寛ぎのひと時なんだ、と自分が淹れた熱いコーヒー。
ブルーの許へと急ぐ代わりに、夕食の後で。
しかも書斎に運んで来た上、自分一人で考え事で。
(…考えてたのは、あいつのことだが…)
それにしたって贅沢だよな、と零れた笑み。
同じ夜でもこうも違うかと、シャングリラの頃とは大違いだな、と。
一秒を惜しんで過ごさなくても、ブルーとの恋は消えてしまいはしないから。
こうして大切に想い続けて、いつか一緒に暮らせる未来を夢見て待てばいいのだから…。
同じ夜でも・了
※ハーレイ先生の寛ぎの時間、夜の書斎でのコーヒータイム。いつもの一杯。
けれど、のんびり一人で過ごせる夜は贅沢、シャングリラの時代に比べたら。驚きですよねv