(ハーレイ、来てくれなかったよ…)
ちょっと残念、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかった恋人、前の生から愛したハーレイ。
会って話をしたかったのに。
大きな身体に抱き付いて甘えて、温もりに酔いたかったのに。
そういう気分だったから。
甘えん坊になりたい気分で、甘やかして貰いたかったのに…。
(来てくれなくって、独りぼっち…)
パパもママもいるけど独りぼっち、と見回した部屋。
両親の部屋は別にあるから、本当に自分一人だけ。
これから夜が更けてゆくのに、もうすぐ灯りも消すというのに。
常夜灯だけを残して、全部。
机の上のも、天井のも。
(ベッドに入っても、独りぼっちで…)
ハーレイは側にいてくれないよ、と悲しい気持ち。
前の生なら、けして一人ではなかったのに。
いつもハーレイが側にいてくれて、眠る時は温かな腕の中。
逞しい胸に身体を預けて、幸せな温もりに包まれていた。
そして降って来た「おやすみなさい」という言葉。
おやすみのキスと一緒に、いつも。
「おやすみなさい、ブルー」と、穏やかな笑みも。
恐ろしい夢を見ないようにと、側で守ってくれたハーレイ。
恋人同士になってからは、ずっと。
前の自分が深い眠りに就いてしまうまで、夜はいつでもハーレイと二人。
青の間に置かれた大きなベッドで、キスを交わして、愛を交わして。
眠る前には「おやすみ」の言葉、「おやすみなさい」と言ったハーレイ。
ソルジャーには敬語で話していたから、「おやすみなさい」と。
今のハーレイが言うのだったら、「おやすみなさい」ではないだろう。
年下のチビに敬語を使いはしないし、「おやすみ」という言葉に変わるのだろう。
前の自分がチビだった頃に、ハーレイがそうしていたように。
部屋に遊びに来てくれた時は、「おやすみ」と告げて帰ったように。
(今のハーレイでも「おやすみ」だよね?)
きっとそうだ、と考える。
その挨拶を耳にしたことはないけれど。
「おやすみ」という言葉でさえも。
たまに病気で休んだりしたら、ハーレイがベッドの側にいてくれて…。
(ゆっくり眠れよ、って…)
額を、髪を、そっと撫でたりしてくれるけれど、大きな手が気持ちいいけれど。
「おやすみ」の言葉を貰えはしない。
見舞いにと寄ってくれたのが仕事の帰りでも。
とうに日が暮れて夜になっていても、「おやすみ」と言ってくれたりはしない。
帰る時には「またな」だから。
それがハーレイの挨拶なのだし、「おやすみ」の代わりに「またな」と出てゆく。
ベッドの住人になった自分に、「またな」と、「ぐっすり眠るんだぞ」と。
しっかり眠って早く治せ、と優しい心は伝わるけれど。
温かな想いに包まれるけれど、「おやすみ」の言葉は貰えない。
ハーレイは自分の家に帰るから、「またな」が相応しい挨拶だから。
「また来るから」という意味の言葉が「またな」。
その「また」が次はいつになるかも、本当の所は分からない。
いくら病気で欠席したって、ハーレイには仕事があるのだから。
毎日見舞いに来られるかどうか、それはハーレイにも分からないから。
「また明日な」という意味で「またな」と言っても、仕事が入れば来てくれない。
会議だったり、顧問をしている柔道部の用事だったりと。
だから「またな」も曖昧な言葉、次がいつかは分からない。
「またな」しか言って貰えないのに。
「おやすみ」とは言ってくれないのに。
その上、自分は独りぼっちで、「またな」も貰えなかった今日。
「おやすみ」の言葉があるわけがなくて、一人、ベッドに入るしかない。
誰も言ってはくれないから。
ハーレイは此処にいてくれないから、側で抱き締めてはくれないから。
(パパとママには言ったんだけどな…)
お風呂から上がって、部屋に戻る前に。
リビングにいた二人を覗いて、「おやすみなさい」と寝る前の挨拶。
「ああ、おやすみ」と返したのが父で、母も笑顔で「おやすみなさい」。
「暖かくして寝るのよ」と。
「夜更かししたら駄目よ?」とも。
(…えーっと…)
こうしてベッドの端に座っていること、それも夜更かしになるのだろうか?
上着も着ないでベッドにチョコンと、そしてつらつら考え事。
「おやすみの言葉が貰えないよ」と、「ハーレイは言ってくれないよ」と。
どうなんだろう、と時計の方に目を遣ってみたら…。
(嘘…!)
いつの間に、と驚くくらいに経っていた時間。
さっきお風呂から戻った時には、時間はもっと早かったのに。
時計の針が指していた時刻、確か自分の記憶では…。
(一時間以上も前だったよ?)
まさか読み間違えはしないし、そんな時間なら、多分、両親に急かされた筈。
「もう遅いから、早くお風呂に入りなさい」と。
お風呂に行くよう促される上、「おやすみなさい」と挨拶をしたら…。
(早く寝なさい、って…)
夜更かしは駄目という注意の代わりに、「早く寝なさい」。
遅い時間だから、直ぐ、ベッドにと。
灯りも消してと、明日も学校があるのだからと。
両親はそうは言わなかったから、要は自分が一人で夜更かし。
上着も着ないでベッドに座って、ハーレイのことばかり考えていて。
(大変…!)
風邪を引いちゃうよ、と入ったベッド。
部屋の灯りも常夜灯だけ、もう眠らないと駄目だから。
いつもだったら眠る時刻で、それよりもまだ遅いくらいの時間。
それに明日もまた学校なのだし、寝不足で欠伸していたら…。
(きっとハーレイに叱られちゃうよ…)
もし見付かったら、欠伸の現場を見られていたら。
「ブルー君」と廊下で呼び止められて。
「さっき、欠伸をしていただろう」と、「俺の授業は退屈なのか?」と。
そういう風に叱られないなら、咎められるのは寝不足の方。
「良くないな」と。
「夜更かしは身体に悪いもんだ」と、「本を読むのも、ほどほどにしとけ」と。
どっちにしたって叱られるわけで、シュンと項垂れるしかないのだろう。
学校の中では「ハーレイ先生」、恋人の「ハーレイ」は何処にもいない。
叱られて肩を落としていたって、けして慰めては貰えない。
「分かったか」と念を押される始末で、「反省しろ」とも言われるだろう。
「何故、叱られたか分かっているな?」と、「分かっているなら、二度とするな」と。
そうなることが分かっているから、上掛けの下で丸まった。
急いで寝なきゃと、寝不足は駄目、と。
(…ホントのホントに、叱られちゃう…)
優しい響きの「おやすみ」の言葉、それの代わりにお説教。
学校で「ハーレイ先生」に叱られた後も、もしかしたら、家でお説教の続き。
ハーレイが仕事の帰りに寄って、「今日のお前の欠伸だがな」と。
「俺の授業で欠伸をするとは、いい度胸だな」と、腕組みまでしてジロリと視線。
そう言わないなら、「健康管理が出来ていないな」と叱られる。
ただでも弱い身体なのだし、気を付けろと。
「夜はしっかり眠ることだ」と、「俺は何度も言った筈だが?」と。
叱られるのも、睨まれるのも、どちらも嫌で悲しいから。
「おやすみ」の言葉が欲しかっただけで、夜更かしのつもりは無かったから。
(…早く寝ないと…)
眠くなって、と自分に向かって頼むのに。
瞼が重くなりますようにと、欠伸も眠気も、と祈るような気持ちでいるというのに…。
(…おやすみ、って言ってくれないから…)
眠れないよ、と恨みたくなる、前の生から愛した人。
此処にいてくれはしないハーレイ、「おやすみ」と言ってくれない恋人。
今の自分には、いつも「またな」で、「おやすみ」は無し。
きっと、大きく育つ時まで。
前の自分と同じに育って、ハーレイとキスが出来る時まで。
(…大きくなっても、ハーレイと一緒に眠る時しか…)
貰えないだろうか、「おやすみ」の言葉。
前の自分が「おやすみなさい」と貰っていたキス、それから言葉。
今度は「おやすみ」になるだろう言葉、眠る前に貰える挨拶とキス。
いつかハーレイと暮らす日までは、貰えないままになるのだろうか…?
(…ありそうだよね…)
別々の家で暮らす間は、婚約したって「またな」とお別れ。
ハーレイは帰って行ってしまって、「おやすみ」の言葉は貰えない。
そうなのかも、と思うけれども、貰える日はきっと来る筈だから。
「おやすみ」の言葉も、おやすみのキスも、ハーレイがくれる筈なのだから…。
(…それまでの我慢…)
独りぼっちで寝るのと同じ、と思い浮かべた恋人の顔。
この時間だと起きているのか、それとも眠ってしまったのか。
まるで全く分からないけれど、いつか二人で暮らし始めたら…。
(…おやすみなさい、って…)
きっと自分も言うだろうから、そうっと小声で呟いてみる。
「おやすみ、ハーレイ」と、此処にはいない恋人に。
ちゃんと寝るよと、だから「おやすみ」と。
ハーレイも多分、もう寝てるよねと、だからハーレイもおやすみなさい、と…。
おやすみの言葉・了
※ブルー君が欲しい「おやすみ」の言葉。眠る前に、ハーレイの口から聞きたい言葉。
けれど当分貰えそうにないのが「おやすみ」の言葉。だからハーレイに「おやすみなさい」v