(ちょっと面白かったよね…)
あの新聞記事、と小さなブルーが浮かべた笑み。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
それがちょっぴり寂しいけれども、おやつの時間に読んだ新聞。
「お国自慢」という記事の内容、国と言ってもこの地域。
遠い昔は日本だった辺り、其処に新しく出来た島。
地球が滅びて、青い星へと蘇る時に。
古い大地を燃やし尽くして、不死鳥のように蘇った地球。
青い水の星に生まれた陸の中にあるのが今の日本で、けして大陸ではないけれど。
昔の日本と同じくらいに小さいけれども、日本と名乗っている地域。
けれど、日本は広いから。
小さいながらも、南北に長く伸びているから、北と南で全く違う。
冬になったら寒い雪国、それが北の方。
雪の季節でも雪は降らない、暖かい場所が南の方。
此処だと、丁度、真ん中辺り。
四季のバランスが取れている場所で、高い山も聳えていないから…。
(多分、一番、いい所だよね?)
そんな気持ちがするのだけれども、そうでないことも良く分かる。
新聞の「お国自慢」を見たら。
国というのは日本ではなくて、日本の中での様々な場所。
雪がドッサリ積もる所や、雪など全く降らない所。
色々な所で暮らす人たち、誰もが愛する自分が住んでいる所。
「こんなに美味しい料理があります」と誇る場所やら、美しい景色が自慢の所。
何処に住む人も「此処が一番」、そう思うのが故郷で「お国」。
生まれ育った場所となったら、なおのこと。
此処が何処より素敵な場所だと、料理も、それに景色だって、と。
「お国自慢」の記事の中身は、いろんな所の良さを紹介してゆく文章。
インタビューもあったし、写真も沢山。
記者があちこち飛び回って書いた、其処の自慢の郷土料理や名物などや。
(…ぼくが知らないヤツも一杯…)
行ったことのない場所の料理は、殆ど知らないものばかり。
名物のお菓子にしても同じで、美味しそうだと思っても…。
(其処へ行かないと食べられない、って…)
量産しないから、その場所だけで売り切れてしまう名物のお菓子。
朝、店を開けて、「今日はこれだけ」と並べてゆく分、それでおしまい。
よく売れそうな日は多めに作っておくらしいけれど、夕方には全部売り切れて終わり。
だから他所には出荷しないし、食べたかったら買いに出掛けるか…。
(…その町の人にお願いして…)
お土産に買って来て貰うこと。
食べるための方法はその二つだけで、注文しても送って貰えない。
大量生産していないことが、その店の誇りなのだから。
仕入れた材料を新鮮な内に使い切ること、味の秘訣がそれだから。
(…なんだか残念…)
きっと記事になったお菓子の他にも、そういったものがあるのだろう。
この町とは違う町に行ったら、その町が誇る名物のお菓子。
小さな店でも、味は何処にも負けないと。
何処へ土産に提げて行っても、けして恥ずかしくはない味だ、と。
(お菓子、一杯あるんだよね?)
日本だけでも、とても沢山。
「お国自慢」に取り上げられそうな、美味しくて量産していないお菓子。
記事になって評判を呼んだとしたって、きっと山ほど作りはしない。
「今日はおしまい」と出される「売り切れ」の札。
大量生産に向かないお菓子は、ほんの少しの数だからこそ、味を保てるものだから。
いつか色々食べたいけれども、その日はまだまだ遠そうな感じ。
チビの自分は十四歳にしかならない子供で、身体も弱い。
(…旅行、滅多に行けないし…)
この地球でさえも、一度も離れたことが無い。
宇宙から地球を見てはいなくて、地球の上でさえも…。
(遠い地域なんか、殆ど知らない…)
幼かった頃に親戚の所へ行った程度で、長い旅行はしていない。
その上、旅の疲れで熱を出したという有様。
両親も充分に知っているから、旅行自体が珍しいもの。
名物のお菓子を食べにゆく旅など、思い付くわけがない両親。
「行ってもブルーは熱を出すでしょ?」と、言われることもあるだろう。
遠く離れた所なら。
日帰りは無理で、行くだけでも半日かかりそうな場所。
そういう所を希望したなら、「とんでもないわ」と。
(…パパやママだと、そう言うんだから…)
行くとなったら、両親ではなくて、ハーレイに頼むべきだろう。
もっと大きくなってから。
前の自分とそっくり同じ姿に育って、結婚出来る時が来てから。
二人で一緒に暮らし始めたら、旅の約束があるのだから。
ドライブにだって行けるのだから。
(好き嫌い探しの旅をしよう、って…)
前にハーレイと約束したこと。
世界中を回って、色々なものを食べてみる。
「これだけは無理!」と叫びたくなるような不味い料理や、とても美味しい料理を探して。
好き嫌いの無い二人だから。
前の生で食べ物に苦労し過ぎた思い出、それを引き摺っているようだから。
記憶が戻る前から、そう。
ハーレイも自分も同じだったから、好き嫌いを探しに旅をする予定。
二人で暮らすようになったら、色々な場所へ。
(…日本から始めたっていいよね?)
好き嫌い探しの旅の第一歩。
「お国自慢」の記事を読んだら、食べ物だって沢山あるらしいから。
他の場所まで出荷するほど、大規模に栽培していない野菜や、果物などや。
其処だけで全部食べてしまって、流通網には乗らない食材。
(お料理だって、それを使うから…)
旅をしないと食べる機会が無いらしい料理、郷土料理と呼ばれるもの。
きっと幾つも味わってみたら、思いがけないものに出会える筈。
「これ、美味しい!」とパクパク頬張る料理や、「ぼく、無理かも…」と項垂れる料理。
その土地で生まれ育った人なら、誰でも喜ぶ筈の料理が…。
(美味しくないこともありますよ、って…)
書かれていた記事が「お国自慢」。
誇らしげだった、インタビューを受けた人たち。
「自分たちは好きな料理だけれども、他所の人は苦手みたいですね」と。
頼まれて宿で出してみたって、「作って下さったのにすみません」と、お客に謝られる料理。
注文した客は、一口で「駄目だ」と音を上げるから。
頑張って食べようと努力したって、全部食べ切れはしないから。
(好きな人も、たまにいるみたいだけど…)
大抵は投げ出してしまうらしいから、是非とも挑戦してみたい。
ハーレイと二人で宿で頼むか、わざわざ店に出掛けてゆくか。
(…ぼく、大丈夫な気もするけれど…)
あくまで「そういう気がする」だけだし、挑んでみたら結果は違うかもしれない。
「食べられないよ」と泣き顔になって、「ハーレイ、お願い」と押し付けるとか。
自分の料理が盛られた皿を。
とても食べ切れそうにないから、代わりに食べてしまって欲しいと。
(…ハーレイも困っちゃうかもね?)
自分と同じに「不味い」と思っていたならば。
ハーレイのお皿に盛られた分さえ、食べ切れる自信が無かったなら。
そんな料理に出会えるかも、と広がる夢。
「お国自慢」の記事のお蔭で、ハーレイと二人で旅をする夢。
名物料理やお菓子を探して、いろんな場所へ。
最初の一歩は日本から始めて、旅に慣れたら世界中へと。
(きっとホントに、お料理、色々…)
地球はとっても広いのだから、地域によって文化も料理も違うのだから。
旅の間中、其処の料理を端から試し続けていたら…。
(日本のお料理、食べたくなるかも…)
ある日突然、恋しくなって。
白い御飯とお味噌汁とか、卵焼きとか、そういったもの。
食べたくなったら探すのだろうか、日本の料理が食べられる店を?
それともハーレイに頼むのだろうか、「食べたいよ」と。
日本の料理の店が無いなら、厨房を借りて作って欲しいと。
(ハーレイだったら、きっと、なんとか…)
卵焼きくらいは作れるだろう。
白い御飯やお味噌汁は無理でも、卵焼きなら。
(…お味噌汁は、お味噌が無いと無理だし…)
白い御飯も、お米を食べない地域だと肝心の米が手に入らない。
用心のために、持って出掛けるべきなのだろうか、米と、保存が出来る味噌。
(長い旅行に出掛けるんなら…)
いつもの食事も必要だよね、と考えてハタと気付いたこと。
地球のあちこちに旅に出掛けて、日本の料理が恋しくなってしまいそうな自分。
(…ぼくの「お国」って、日本だよね?)
旅先で誰かに尋ねられたら、「日本から来ました」と答えるけれど。
「地球の、日本です」と答えたら、もっと正確だけれど。
(…ぼくって、地球が「お国」みたいだよ…?)
広い宇宙に散らばる星たち、その中の地球で、その地球の日本。
其処が自分の「お国」で故郷。
前の自分は地球に焦がれて、辿り着けずに、途中で命尽きたのに。
夢に見ていた地球を見ないで死んだのに。
(…その地球が、ぼくの「お国」で、故郷…)
いつの間にやら、そういうことになっていた。
青い水の星が自分の故郷。地球の日本が自分の「お国」。
なんだか凄い、と見開いた瞳、そして見詰めた自分の両手。
「地球生まれの、地球育ちだよ」と。
今の自分は地球で生まれて、地球で今日まで育ったから。
これからも地球で育ってゆくから、もう幸せでたまらない。
今の自分の故郷は地球。前の自分が夢に見た星、その地球が故郷なのだから…。
ぼくの故郷・了
※ブルー君の故郷は地球の上の日本。生まれも育ちも青い地球。これから育ってゆく場所も。
前のブルーが目指した星。其処が自分の故郷だなんて、もう最高に幸せですよねv