(うん、なかなかに面白かったな)
あの記事は…、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
夕食の後に読んだ新聞、それに載っていた「お国自慢」。
遥かな昔は日本という小さな島国があった、この地域。
日本はとうに消えてしまって、地形も変わってしまったけれど。
龍の形に見えたと伝わる島たちは消えてしまったけれど。
(秋津島、大和の国に大八洲か…)
失われた島国、日本の名前。
それも古典の世界で呼ぶ時の名前。
今では単に「日本」と言うだけ、かつて日本があった地域を。
この辺りだった、と特定できる場所に生まれた新しい島を。
地球は滅びて、不死鳥のように蘇ったから。
何も棲めない死に絶えた星から、青い水の星に戻ったから。
(でもって、日本も広いもんだから…)
昔と同じで、大陸などではないけれど。
地球全体の広さからすれば、猫の額ほどしか無いのだけれど。
それでも、やはり日本は広い。
南北に長く伸びているから、北は雪国、南は南国。
真ん中辺りにある所だって、地形や標高で違いが出るもの。
海沿いだったら温暖になるし、高い山際なら冬はドッサリ積もる雪。
(どんなトコでも、住めば都で…)
其処に住む人たちには最高の場所で、他の場所より「いい所」。
だからこそ「お国自慢」になる。
こんなに綺麗な景色があるとか、美味しい料理では負けないだとか。
記者が出掛けて行った所で、色々と取材して来た記事。
インタビューやら、あちこち回って写真撮影。
同じ日本でも違うもんだ、と興味深く読んだ「お国自慢」。
前から知っていた内容もあれば、初めて目にした代物だって。
景色も、数々の郷土料理も。
(…行かなきゃ食えないモノもあるしな…)
輸送手段が発達したって、流通しない食材もある。
「わざわざ出荷することもない」と、其処だけで消費されるもの。
大して美味しくないだろうから、こんな魚を店に出しても、といった具合に。
(ところが、これが美味いんだ…)
釣り好きの父に連れて行かれた、海釣りの旅。
朝早くから釣りもするけれど、漁港にだって出掛けて行った。
暗い内から船を出した漁師、彼らの漁船が港に帰って来る頃合いに。
水揚げされる沢山の魚、競りが済んでも残った魚。
「売るほどでもない」と港に残された魚、それが漁師たちの朝食になる。
船の上でも食べているけれど、陸に上がって競りが済んだら、ゆっくり食事。
残った魚を豪快に入れて、その場で作る鍋料理。
(魚の名前が、また酷いんだ…)
これじゃ売れまい、と呆れるようなネーミング。
本当の名前は他にあるのに、昔の日本で使われたらしい酷すぎる名前。
明らかに楽しんで名付けたと分かる、遠い昔に日本だった頃の、郷土色豊かな名前の魚。
(美味いんだろうか、と疑っちまうわけだが…)
酷い名前だし、おまけに競りの売れ残り。
正確に言えば、競りに出されずに放っておかれた魚たち。
それをグツグツ鍋で煮込んで、「どうぞ」と盛ってくれた椀。
熱々の汁を口に含んで驚いた。
なんと素晴らしい味がするのかと、いい出汁が出る魚らしいと。
魚の身だって、なんとも味わい深いもの。
誰が食べても美味しいだろうに、売れ残るなど信じられない魚。
(…あれは鮮度が命らしいしな?)
美味いだろう、と笑顔だった漁師が教えてくれた。
水揚げされて直ぐに鍋にするから、とても美味しく食べられるのだと。
柔らかすぎる魚だとかで、競りに出して町に送り出しても…。
(店に並ぶまでなら、なんとかなっても…)
買って帰った人が食べる頃には、すっかり味が落ちるもの。
何処かの店で名物料理に、と考えたって理屈は同じ。
仕入れて直ぐに客は来ないし、どうにもならない魚の味。
(ただの魚の鍋になるなら、まだマシなんだが…)
食べられたものではないらしいのが、鮮度が落ちてしまった魚。
だから漁港で漁師たちが食べる。
獲って来て直ぐに、美味しい間に。
(ああいう魚は、きっと多いぞ)
魚でなくても、果物や野菜。
今の時代は「お国自慢」が記事になるほど、何処もこだわっているものだから。
遠い昔の日本で栽培された野菜や果物たち。
それを作って、まずは地元で美味しく食べて、沢山出来たら出荷する。
(キャベツやトマトなんかだったら…)
何処でも、いつでも売れるものだし、どんどん店に出るけれど。
毎日の食卓に並ぶ食材は、豊富に流通しているけれど…。
(隠れた名物は多いってな)
食材にしても、料理にしても。
其処へ出掛けて、初めて口に入れられるもの。
「こんなに美味いものがあるのか」と、「今まで全く知らなかった」と。
あるいは、噂に聞いていたって、食べる機会が無いだとか。
ドライブするには遠すぎる距離で、日帰り旅行が出来ない所。
「いつか行きたい」と思う場所なら、本当に山ほどあるのだから。
お国自慢の記事のお蔭で、ついつい笑みが零れてしまう。
小さなブルーが大きくなったら、結婚したら旅行だっけな、と。
(好き嫌い探しの旅をしようと約束したが…)
前世の記憶が影響したのか、自分もブルーも、まるで無いのが好き嫌い。
それもなんだか寂しいものだし、旅をしようと約束した。
「これは流石に不味くて食えん」と音を上げるものや、とびきり美味しいものを探しに。
世界中を旅するつもりだけれども、この地域からでも出来そうな感じ。
郷土料理を食べに出掛けて、二人揃って降参するとか。
(不味い、ってのもあるらしいしな?)
友人や同僚たちが揃って、「あれは駄目だ」と嘆く料理を幾つも聞いた。
「地元のヤツらは好きなんだろうが、どうにも駄目だ」と。
けれど、その料理を食べて育った人には美味しい料理。
他の場所や地域に引越しをしても、生まれ故郷に帰った時には…。
(一目散に食いに出掛ける料理で…)
まさしく郷土料理というヤツ、それが無ければ始まらないのが故郷での食事。
遠い星へと引越しをしても、地球に来た時は食べるのだろう。
「あれを食わねば」と故郷に急いで、「来て良かった」と笑顔になって。
きっと、そのために余裕を持たせてある日程。
地球での用事は一日くらいで済むにしたって、故郷の懐かしい料理を食べにもう一日。
人によっては二日とか。
もっと欲張って、三日とか、一週間だとか。
(飯だけじゃなくて、景色ってヤツも…)
たっぷり楽しみたいだろう。
遠い星へと引越したならば、余計に素敵だろう故郷。
「此処で遊んだ」と野原を歩いて、川遊びや山登りなんかもして。
生まれ育った土地の料理や、菓子などを思う存分食べて。
帰る時には、山ほど買っていそうな土産。
「これなら充分、日持ちするから」と、故郷の味を鞄に詰めて。
そんなトコだな、と考える郷土料理の豊かさ、それに「お国自慢」。
自分だったらどうだろうかと、真っ先に何を食べるだろうかと。
(…まずは、宇宙から地球を眺めてだ…)
あそこが故郷(くに)だ、と見詰める日本。
ぐんぐん近付く青い水の星、着陸態勢に入ってゆく船。
その中で胸を弾ませるのだろう、いったい何を食べようかと。
一番最初は何にしようかと、それを食べたら、あれもこれも、と。
(鍋も食いたいし、他にも色々…)
季節によっても変わるもんだし、と幾つも料理を挙げてゆく内にハタと気付いた。
今の自分の故郷は地球で、日本と名乗っている地域。
日本の中でも、四季のバランスが取れた所で、雪国でもなくて、南国でもない。
(丁度、真ん中といった辺りで…)
高すぎる山も聳えていないし、まさしく「住めば都」だけれど。
「ご出身は?」と尋ねられたら、「日本です。…地球の」と当然のように答えるけれど…。
(俺の故郷は、地球だってか!?)
それにブルーも、と見開いた瞳。
前の生では、懸命に地球を目指したのに。
ブルーが途中で命尽きた後も、地球へ行かねばと、それだけを思って生きたのに。
(なんてこった…)
今じゃ地球生まれの、地球育ちってヤツじゃないか、と見詰めてしまった自分の手。
地球で生まれて育ったのだし、生粋の地球の人間な自分。
(…古典の世界じゃ、地球で産湯を使ったってヤツで…)
俺もブルーも、と驚かされた今の現実。
いつの間にやら、地球が故郷になっていたから。
自分もブルーも地球育ちだから、地球で生まれた人間だから。
(大いに誇って良さそうだな、これは…)
今の俺たちは地球育ちだぞ、と。
俺もブルーも故郷は地球だし、青い地球で生まれて育ったんだ、と…。
俺の故郷・了
※自分の故郷は地球だった、とハタと気付いたハーレイ先生。日本以前に、地球なのです。
前の生では辿り着こうとしていた星。其処が今では故郷というのが凄いですよねv