(目が覚めちゃった…)
こんな時間に、と小さなブルーが瞬かせた瞳。
枕元にある目覚まし時計が指している時間、それを眺めて。
薄暗いとは思ったけれども、もう少し遅いような気がしていたのに。
曇った日ならば、そういう朝もあるものだから。
(…ワクワクし過ぎちゃってたの?)
今日は土曜日、ハーレイが来てくれると分かっている日。
弾む心で目覚ましをかけた昨日の夜。
学校は休みでも、寝坊しないで早めに起きて、と。
部屋をきちんと掃除して待とうと、ハーレイがやって来るのを窓から見ようと。
(だけど、早すぎ…)
よく見回したら、薄暗いどころか暗いと言ってもいいほどの部屋。
カーテンがほんのり明るいだけで、窓の外はきっと、太陽さえも昇っていない。
夜が明ける前の薄明り。
まだ地平線の下に隠れた太陽、それが届ける朝の先触れ。
時計の針も、そういう時間を指していたから。
夜明けが早い夏ならともかく、今の季節は日の出も遅くなりつつあるから。
(ママだって起きていないよ、まだ…)
こんなに早い時間では。
それに土曜日、父も仕事に行かない日では。
(起きて行っても…)
きっとガランとしたダイニング。
トーストが焼ける匂いもしなくて、卵料理を作る匂いも。
父の朝食にと母が添えている、ソーセージやベーコンを焼く匂いだって。
人影も無くて、テーブルだけ。
カーテンだってまだ閉めたままで、新聞だって…。
誰も取りには行っていないから、テーブルの上は空っぽの筈。
庭で咲いた花を生けた小さな花瓶が、真ん中にポツンとあるだけで。
起きて行ったら、何かあるならいいけれど。
沢山食べられはしない朝食、それがあるならいいのだけれど。
(…トースト、ぼくが下手に焼いたら…)
焦げちゃうんだよ、と無い自信。
普段、自分で焼いていないから、「このくらい」と分からない加減。
ほんの少しだけ目を離した隙、その間にすっかり焦げそうなパン。
(それに、ホットケーキ…)
もしかしたら今朝は、母はホットケーキな気分になるかもしれない。
休日なのだし、せっかくだから、と。
チビの自分の胃袋に合わせて、小さめに焼いてくれるそれ。
「一枚だけより、この方がいいでしょ?」と、小さいのを二枚、お皿に重ねて。
焼き立てのホットケーキにポンと乗っけるバター。
それにたっぷりのメイプルシロップ、焦げたトーストより、断然、そっち。
(ぼくがトースト、焦がしちゃってたら…)
母は焼き直してくれるだろう。
「ママを起こせば良かったのに」と言いながら。
トーストを食べたいみたいだから、とホットケーキな気分も消えて。
そうなったとしたら、とても残念。
(ホットケーキな気分かどうかは、分からないけど…)
残しておきたい可能性。
自分で下手にトーストを焼いて、焦がして消してしまうよりかは。
まだカーテンさえ開いていない時間、そんな時間に一人で出掛けて失敗よりは。
(…ホットケーキ…)
それが駄目でも、こんがりキツネ色のトースト。
いつもの母の朝食がいい。
父も揃ったテーブルがいい。
薄明るいだけの、カーテンも閉まったダイニング。
其処へ一人で下りてゆくより。
このままベッドにいよう、と決めた。
眠気は戻って来ないけれども、顔を洗っても着替えても…。
(すること、何も無いもんね?)
せいぜい本を読むくらい。
何度も時計の針を眺めて、「まだ早すぎ」と考えながら。
「ママだって、まだ起きて来ないよ」と、「パパもぐっすり寝てる筈だよ」と。
母が起きたら、階段を下りる音がするから。
トントンと下りる軽い足音、それが聞こえて来る筈だから。
(…ホントに早く起きすぎちゃった…)
きっと心が弾んでいたせい。
今日は土曜日、ハーレイと一日過ごせる日だ、と。
「早く明日にならないかな」と、胸を高鳴らせて寝たものだから。
夢の中できっと、目覚まし時計が鳴ったのだろう。
全く覚えていないけれども、そういう幸せな朝が来た夢。
(だからパッチリ目が覚めちゃって…)
身体もシャキッと起きてしまって、ハーレイを待つ準備は万全。
もちろん、心と身体だけが。
着ているものはパジャマのままだし、顔だって洗っていないまま。
今、ハーレイがやって来たって、迎える準備は出来ていないも同然の自分。
病気でもないのに、パジャマだなんて。
顔も洗わずに寝ているだなんて、何処から見たって無精者。
けれども心と身体はシャッキリ起きているから、少し悲しい。
せっかく早く起きたというのに、時間を無駄にする自分。
ハーレイが来てくれる日なのに。
それに備えて何かしたいのに、一人ではトーストも焼けないから。
たとえトーストが焼けたとしたって、時間が早く流れはしない。
ハーレイは早くやっては来ないし、何処かでぽっかり空いてしまう時間。
本を読むとか、新聞だとか、そういった時間つぶしだけ。
無駄になっちゃった、と思う早起き。
ベッドから出ても時間つぶしに本を読むだけ、たったそれだけ。
ハーレイの家が隣だったら、「もう起きたよ」と合図出来るのに。
部屋の窓から手を振って。
きっと早起きだろうハーレイ、朝一番にはジョギングをしたり、ジムに行ったり…。
(してる日だって、あるんだよね?)
そう聞いているから、隣同士なら、そのハーレイに手を振れる。
「ぼくは起きてるから、早く帰って家に来てね」と。
ジョギングに行こうとしているのならば、「頑張ってね」と応援だって。
(走って行くのも見送れるのに…)
どうして隣じゃないんだろう、と零れてしまった小さな溜息。
ハーレイの家が隣だったら、こんな朝には便利なのに、と。
(お隣さんなら、いつだって…)
合図出来るよ、と考えていたら、不意に掠めた自分の記憶。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が生きていた頃。
(お目覚めですか、って…)
優しく聞こえたハーレイの声。
目覚ましよりも早く起きたら、いつだって。
気配で気付いて起きてくれたのか、尋ねてくれた優しいハーレイ。
「もうお目覚めになったのですか?」と、「お身体の具合は如何ですか」と。
具合が悪くて目覚めることもあったから。
熱があるとか、喉がちょっぴり痛かったとか。
(だから、ハーレイ…)
大丈夫かどうか、いつも覗き込んで確かめてくれた。
ただぽっかりと目が覚めたのか、そうではなくて病気なのかと。
(平気だよ、って返事したら…)
穏やかな笑みが返って来た。
「良かったです」と、「まだお休みになられますか?」と。
そうやって二人、早く目覚めてしまった日。
青の間にあった目覚まし時計が鳴るよりも早く、二人揃って起きた朝には…。
(時間、無駄にはならなかったよ…)
眠り直しはしなかった。
ハーレイはそれを勧めたけれども、「起きていたいよ」と強請った自分。
「このまま君と起きていたい」と、たまには二人で朝もゆっくり、と。
普段だったら、そういう時間は持てないから。
目覚ましの音で起きた後には、戻るしかなかったお互いの立場。
前の自分は、皆を導くソルジャーに。
ハーレイの方は、シャングリラの舵を握って立つキャプテンに。
起きたらシャワーを浴びて着替えて、すっかりソルジャーとキャプテンの姿。
朝食は二人で食べられたけれど、恋人同士の会話も充分出来たけれども…。
(でも、ソルジャーとキャプテンなんだよ…)
二人きりで過ごすベッドと違って、同じに二人きりでも違う。
瞳に映る互いの姿は、ソルジャーで、それにキャプテンだから。
ただのブルーと、ただのハーレイ。
そういう姿は見えはしなくて、ソルジャーとキャプテンがいたのだから。
(…起きてしまったら、そうなっちゃうから…)
ベッドから出ずに二人で過ごした。
愛を交わしはしなかったけれど、「おはよう」のキス。
それから目覚まし時計が鳴るまで、他愛ない話や、色々な話。
「地球を見たいな…」と夢を語ったり、「いつかね…」と未来の夢を描いたり。
白いシャングリラが地球に着いたら、あれもしたいと、これもしようと。
二人一緒に色々なことを、誰にも遠慮は要らないからと。
(地球に着いたら、恋人同士なことだって…)
もう知られてもかまわない。
ソルジャーもキャプテンも要らなくなるから、二人の仲を明かしてもいい。
そして二人で旅に出るとか、山ほどの夢を話した時間。
早く目覚めてしまったら。
目覚まし時計よりも、早く起きたら。
(…ハーレイ、いつも側にいてくれたのに…)
こんな朝には、時間のオマケがついて来たのに、と零れる溜息。
どうして今は駄目なんだろうと、ハーレイの家は隣に建ってはいないのだろうと。
とても残念でたまらないけれど、そのハーレイ。
今日は土曜日で、来てくれるから。
二人きりで一日過ごせるのだから、思い切り甘えてしまおうか。
「やっと会えたよ」と、「うんと沢山待ったんだよ」と。
大きな身体に飛び付くように抱き付いて。
(君に会える日なんだもの…)
ちょっぴり早く起きすぎたけど、と眺める時計。
待った分だけ、今日はハーレイに甘えたい。
まだまだ会えはしないから。
前の生なら得をした分の時間なのだし、その分、たっぷり甘えてみたい気分だから…。
君に会える・了
※早すぎる時間に目覚めてしまったブルー君。朝御飯も自分で作れないのに。
ベッドにいる間に思い出したのが前の生。ハーレイ先生に甘えたくなったようですねv