(あるわけないよね…)
ミュウの埋蔵金なんて、と小さなブルーが零した笑み。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ、それは残念なのだけど。
夕食を一緒に食べたかったけれど、学校ではちゃんとハーレイに会えた。
古典の授業の時間だったし、学校で会うなら「ハーレイ先生」なのだけれども。
そのハーレイの授業で出たのが埋蔵金。
生徒が退屈し始めたから、と繰り出して来た得意技。
(ハーレイの雑談、人気だもんね?)
居眠りしていた生徒も起きるという評判。
訊き逃したら損だから。
楽しい話や珍しい話、色々なことが聞けるから。
今日のテーマは埋蔵金。
金銀財宝を手に入れる話、そういう古典を教わっていた時だったから。
(…埋蔵金かあ…)
本物の方もとっくに無いよね、と遠い昔を思い浮かべる。
この辺りにあった小さな島国、黄金の国とも呼ばれた日本。
色々な人が埋めたと伝わる埋蔵金。
誰一人として見付けられずに、時の彼方に消えてしまった。
埋蔵金を掘ろうと挑んだトレジャーハンター、彼らも今では手も足も出ないことだろう。
地球は一度は滅びてしまって、その後に青く蘇ったから。
何もかも燃えて崩れ去った後に、青い水の星が戻って来たから。
すっかり変わってしまった地形。
遥かな昔の歌や古文書、それを頼りに掘ろうとしたって…。
(元の山も川も、全部、消えちゃって…)
何も無いから掘り出せない。
埋蔵金があったとしたって、地球と一緒に燃えたろうから。
それはともかく、ハーレイの授業。
埋蔵金の話を聞いたら、質問を投げたクラスのムードメーカーの男子。
「ミュウの埋蔵金は無いんですか?」と。
白いシャングリラで生きたミュウたち、彼らは埋めていないんですか、と。
思わずパチクリと瞬いた瞳、「それをハーレイに訊くんだ?」と。
もちろん訊いてもいいのだけれども、少しも変ではないけれど。
(…先生に訊くのは普通のことだし…)
そのハーレイが出した話題なのだし、質問は全く可笑しくはない。
ただ、問題はハーレイの中身。
(…ぼくの学校に来る前だったら、あの質問でもいいんだけれど…)
ハーレイの答えも、今日と全く変わらなかったと思うけれども。
「いったい何処にあったんだ?」と逆に尋ねていたハーレイ。
初代のミュウが埋蔵金を埋めていたなら、その場所は何処になるんだ、と。
アルテメシアでは雲海の中で、埋蔵金を埋めには行けない。
赤いナスカで埋めたとしたなら、ナスカと一緒に消え去っただろう埋蔵金。
まず無理だな、とハーレイはバッサリ切り捨てた。
ミュウの埋蔵金などありはしないと、何処にも残っていないだろうと。
(それも間違ってはいないんだけど…)
クラスのあちこちで零れた溜息、埋蔵金に抱いていたらしい夢。
あったら是非とも掘りに行こうと、埋蔵金を見付け出そうと。
それなのに「無い」と言われたわけだし、溜息をつきたくなるだろう。
ハーレイは呆れていたけれど。
「古典の授業も分からんようでは、埋蔵金など掘れないな」と。
謎かけのような歌や古文書、それを解かねば掘れないから。
もっともミュウの埋蔵金には、そんな仕掛けは無いだろうけれど。
(…最初から埋めていないしね?)
それを知るのがキャプテン・ハーレイ、今の「ハーレイ先生」の前世。
だから瞳を瞬かせた。
「本物に向かって訊いているよ」と。
ミュウの歴史の生き証人。
今の時代は超一級の歴史資料の、キャプテン・ハーレイの航宙日誌。
白いシャングリラの舵を握ったキャプテン・ハーレイ、今のハーレイはその生まれ変わり。
誰にも話していないだけのこと、中身はキャプテン・ハーレイそのもの。
(まさか本人に訊いたとは思っていないよね…)
質問していた、あの男子。
「ミュウの埋蔵金は無いんですか?」と。
埋蔵金は無いと聞かされて、彼もガッカリしていたけれど。
もしもあるなら掘りたいと思って、あの質問を投げたに決まっているけれど。
(…ハーレイが「無い」って答えたんだし、間違いないよ)
だってキャプテン・ハーレイだもの、と可笑しい気持ちになってくる。
埋蔵金を埋めていたなら、陣頭指揮はキャプテンだから。
「此処に埋めろ」と皆に指図して、埋める所を見届ける。
埋め終わったなら、謎かけのような暗号だって作るのだろう。
ミュウの仲間にしか解けない暗号、それを作って、練り上げて…。
(航宙日誌に挟むのかな?)
紙に書き付けて、日誌の何処かに。
あるいは埋蔵金を埋めた日の日誌、その日の記述に織り込んだり。
(アルテメシアでは埋めてないけど…)
赤いナスカに埋めていたなら、きっと自分も聞けた報告。
一刻も早く脱出せねば、と大混乱だった船の中でも。
「実はナスカに埋めてあります」と、「掘り出す時間は無さそうですが」と。
あんな騒ぎの真っ最中では、とても掘りには行けないから。
埋蔵金は置いてゆくしかないから、きっと眉間に深い皺。
「こんなことなら、埋めずに船に置くべきでした」と、「私の判断ミスでした」と。
ハーレイがそれを言いに来たなら、きっと微笑み返しただろう。
「皆が無事なら、それでいいんじゃないのかい?」と。
埋蔵金よりも皆の命だと、どんなに凄い宝物でも、命に比べたらガラクタだろう、と。
前の自分なら、きっとそう言う。
ハーレイがナスカに埋めて隠した埋蔵金。
それがシャングリラの全財産に等しいものであっても。
ナスカと一緒に無くなったならば、もうシャングリラは一文無しでも。
(…みんなの命の方が大切…)
財産だったら、力を合わせてまた手に入れればいいのだから。
一つしかない命と違って、代わりのものがあるのだから。
命さえあれば、もう一度築けるだろう財産。
ナスカの代わりの大地も見付かる、皆がその気になりさえすれば。
けれど、命は失くせない。
失くしてしまえばそれで終わりで、二度と手に入れられないのが命。
誰の命も、全部かけがえのないものばかり。
ナスカに埋めた埋蔵金なら、消えたとしたって一文無しになるだけなのに、命は違う。
「命あっての物種」と言うくらいなのだし、命が無ければ始まらない。
一文無しでも生きてさえいれば、頑張り次第で、また豊かにもなれるのに。
(だから、埋蔵金、無くなっちゃっても…)
かまわないよ、と前の自分は微笑むだろう。
「そんなことより、ナスカから皆を脱出させて」と。
埋蔵金のことで心を痛めているより、キャプテンらしく皆の命を最優先で、と。
そして自分はメギドに向かって飛び立つのだろう。
全財産よりも大切なものを、ミュウの未来を守り抜くために。
自分一人が命を捨てれば、皆の命を救えるから。
白いシャングリラに、箱舟に乗った仲間たち。
どんな財宝よりも眩く煌めく、皆の命を守らなければ。
(でも、ハーレイの暗号は…)
きっと「見せて」と頼むのだろう、ハーレイから話を聞かされた時に。
冥土の土産にとは明かせないけれど、見れば心が和むだろうから。
(どんな暗号なんだろう…?)
ハーレイがそれを作っていたなら、埋蔵金を埋めていたならば。
前の自分は読み解けたろうか、ハーレイの心を覗かなくても。
「お手上げだよ」と降参していただろうか、「この暗号はどう読むんだい?」と。
ハーレイに答えを教えて貰って、埋めてある場所を思念の瞳で、青の間から眺め回してみて。
きっと自分は笑っていたろう、「流石だね」と、「ぼくにも分からなかったよ」と。
もう回収は出来ない財産、埋蔵金を失くしてしまって、ミュウは一文無しだけれども。
そういう日々が始まるけれども、ハーレイなら、きっと上手くやる。
「頼むよ」と肩を叩けただろう、「君なら出来る」と。
「また頑張って財産を築いてくれたまえ」と。
困り顔のハーレイが目に見えるようで、メギドに飛ぶ前のブリッジよりも…。
(そっちの方が、本当のお別れ…)
二人で笑って、笑い合って。
明日からミュウは一文無しだと、キャプテンが頑張らなければと。
「私がですか?」と呻くハーレイに、「君の責任なんだろう?」と飛ばす軽口。
働き口を見付けて頑張りたまえと、人類の船なら給料もきっと高いだろうと。
それだけ二人で笑い合えたら、思い残すことはきっと無かった。
ハーレイの方では気付かなくても、充分に取れた別れの時間。
キスは無くても、笑い交わしただけの時間でも。
鳶色の瞳を、ハーレイの笑顔を、心に刻み付けられたから。
命と引き換えに守るべき命、ハーレイの命もその中の一つ。
誰よりも愛した人の命を、この宝物をぼくが守る、と。
(ハーレイの命が、前のぼくの最高の宝物…)
船の仲間の誰よりも。
自分の命と引き換えにしても、守り抜きたかった宝物。
ハーレイの命だったから。
いつも守ってくれたハーレイ、そのハーレイが宝物だったから。
(暗号、ちょっぴり見たかったかも…)
ミュウの埋蔵金は無かったのだし、夢物語に過ぎないけれど。
それに失くした筈の命も、何故だか持っているけれど。
(…ミュウの埋蔵金…)
あったとしたなら何処に埋めたか、どんな暗号を作っていたか。
いつかハーレイに訊いてみようか、「ハーレイだったら、どう隠してた?」と。
前の自分の口真似をして。
「ハーレイ、君なら何処に隠す?」と、「ぼくにも教えて欲しいんだけどね」と。
今のハーレイも、大切な宝物だから。
誰よりも好きでたまらないから、ハーレイのことなら、どんなことでも知りたいから…。
宝物の君・了
※埋蔵金の話を聞いたブルー君。無かった筈のミュウの埋蔵金、それを楽しく想像中。
キャプテンの方のハーレイだったら、暗号にも凝っていたでしょう。うんとレトロにv