(埋蔵金なあ…)
そんなモンがあるわけなかろうが、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
今日の学校、ブルーのクラスでの古典の授業。
生徒が退屈し始めたから、そういう時には雑談に限る。
たちまち瞳を輝かせるのが生徒たち。
居眠りかけていた生徒もガバッと身体を起こす勢い、いつだって。
(まったく現金なヤツらだってな)
起きて来るから良しとするが、と思い返した今日の雑談。
たまたま授業は宝物の話、それがメインではないけれど。
主人公が手に入れる金銀財宝、雑談の種には打ってつけのもの。
だから話した埋蔵金。
遠い昔の地球の伝説、この辺りに日本が在った頃。
黄金の国とも呼ばれた小さな島国、其処で本当に採れた金銀。
それを秘かに埋めたというのが伝説の中身、埋めた人物は実に色々。
滅びてしまった支配者一族、あるいは万一に備えて埋めた者たちもいた埋蔵金。
(そいつを掘るのがトレジャーハンター…)
埋蔵金に挑んだ人々、成功した例は無いらしいけれど。
曖昧すぎる歌や古文書、そういったものを頼りに掘るだけ無駄なのだけれど。
それでも挑んだ人がいるから面白い。
深い山の奥で一人暮らしでせっせと掘ったり、グループを組んで挑んだり。
生徒が好きそうなロマンがたっぷり、特に男子は興味津々。
そして訊かれた、「ミュウが残した埋蔵金は無いんですか?」と。
白いシャングリラで生きた初代のミュウたち、彼らは埋めていないのか、と。
ブルーのクラスのムードメーカー、男子の一人が投げ掛けた問い。
よりにもよってミュウの埋蔵金、それは無いのかと来たものだから…。
「いったい何処に埋めるんだ?」と逆に生徒に尋ねてやった。
シャングリラがいたのはアルテメシアの雲海の中か、そうでなければナスカだが、と。
アルテメシアで埋めるのは無理で、ナスカに埋めていたならばパア。
メギドの炎で星ごと壊れて、何処にも残っていない筈だが、と。
途端にあちこちで零れた溜息、憧れた生徒は多かったらしい。
埋蔵金があるのだったら、掘りたいと。
いつか伝説を解き明かしたいと、ミュウの財宝を掘り当てたいと。
(…どいつもこいつも…)
その前に俺の授業を聞けよ、と呆れ顔で叩いた教室の前にあるボード。
古典の授業も理解出来ないような頭で、埋蔵金が掘れるかと。
謎かけのような歌や古文書、そいつを読めはしないだろうな、と。
「授業に戻る」とクルリと背中を向けたけれども、ふと目が合った小さなブルー。
赤い瞳が笑っていた。
「あるわけないよね」と可笑しそうに。
ブルーは喋っていないのだけれど、思念も飛んでは来なかったけれど。
瞳だけで分かった、小さなブルーが言いたいこと。
「ぼくもハーレイも知っているよね」と、「だって、自分が見たんだものね」と。
埋蔵金など埋めていないということを。
遠く遥かな時の彼方で、共に暮らしたシャングリラ。
あの船でやってはいなかったと。
誰一人として埋めていないし、アルテメシアにもナスカにも無いと。
(…ナスカじゃ、あいつは眠ってたんだが…)
もしも埋めたら、必ず報告していただろう。
ナスカでブルーが目覚めた後に。
大混乱の真っ最中でも、ブルーは確かに初代のソルジャーだったのだから。
(埋蔵金を埋めるも何も…)
シャングリラに財宝なんぞは無いぞ、と自分だからこそ言い切れる。
船を纏めたキャプテン・ハーレイ、それが自分の前世だから。
ブルーと出会って記憶が戻って、今ではすっかり元通りだから。
(忘れちまった記憶も多いが…)
生まれ変わる時に落として来たのか、元々覚えていなかったのか。
あまりに長く生きていたから、忘れ果てたことも多い筈。
けれど大切だったことは忘れていないし、今でも直ぐにポンと出てくる。
埋蔵金を埋めていたのか、埋めなかったか。
そもそも財宝を持っていたのか、そんな代物は無かったのかも。
(あの船は、ミュウの箱舟ってヤツで…)
名前通りにシャングリラ。
ミュウの仲間が暮らす楽園、それがシャングリラの全て。
贅沢な物などありはしないし、もちろん財宝だって無い。
白いシャングリラに「宝物」と呼べる何かが、それがあったと言うのなら…。
(…船の仲間の命だってな)
アルタミラからの脱出組に加えて、アルテメシアで救出された者たち。
誰もが拾った大切な命、本当だったら失くす所を。
シャングリラという船が無ければ、たちどころに消えるミュウたちの命。
あの時代には、ミュウは追われる者だったから。
人類の中から生まれる異分子、人ではないとされていたから。
発見されたら処分されるか、研究施設に送られるか。
どちらにしたって失くすのが命、虫けらのように撃ち殺されて。
繰り返される人体実験、その末に命が尽きてしまって。
そうならないよう、皆を守った白い船。
ミュウの箱舟、シャングリラ。
金銀財宝を乗せる代わりに、かけがえのない命を幾つも乗せて飛んでいた船、空を、宇宙を。
前の自分が舵を握って、前のブルーが守り続けて。
あれはああいう船だったんだ、と懐かしく思い出すけれど。
宝物は皆の命だったと思うけれども、中でも一番大切だった宝物。
どんな財宝にも代え難いもの、それを自分は持っていた。
赤く煌めく二つの宝玉、前のブルーの澄み切った瞳。
気高く美しかった前のブルーがそっくりそのまま、前の自分の宝物。
何よりも大事で守りたいもの、命に代えても守ると誓ったブルーの命。
けれど自分は失くしてしまった、前のブルーを。
宝物だったブルーを失くして、独りぼっちになってしまった。
(…他のヤツらじゃ駄目だったんだ…)
シャングリラに幾つ宝があっても、大勢の仲間の命を守って地球への道を進んでいても。
ミュウの未来が開けてゆくのを、自分自身の目で見ていても。
大切だったブルーを失くして、宝物も失くしてしまったから。
行く先々の星で、宇宙で、多くのミュウを解放したって、ブルーは戻って来ないから。
(俺の宝は、前のあいつで…)
それ以外の宝は、あっても無いのと同じこと。
金銀宝玉を山と積まれても、シャングリラで暮らすミュウの命には代えられない。
そのミュウたちの命が幾つあっても、前のブルーには敵わない。
愛した人はブルーだから。
ブルーと一緒に生きていたから、満ち足りていたのが自分の人生。
いつまでも、何処までもブルーと共に。
そう誓ったのに、手から零れた宝物。
前のブルーは腕の中からすり抜けて行った、死へと向かって。
二度と戻れない死が待つメギドへ、別れの言葉もキスの一つも残さないままで。
(前の俺は、あいつを失くしちまって…)
消えてしまった宝物。
失くした宝は取り戻せなくて、ただ死ぬ日だけを夢見て生きた。
死ねばブルーを追ってゆけると、いつか地球まで行けたらきっと、と。
(でもって、俺は死んだわけだが…)
地球の地の底、降って来た瓦礫。
これで終わりだと軽くなった心、ブルーの許へと飛んでゆこうと。
なのに気付けば青い地球の上、小さなブルーが目の前にいた。
失くした筈の宝物が。
とうに命は無い筈のブルー、けれども生きているブルー。
子供になってしまったけれど。
初めて出会った頃と同じに、少年のブルーなのだけど。
(…それでも、あいつは俺の宝物で…)
今度は失くしはしないからな、と教室で会ったブルーを想う。
ブルーの家には寄れなかったけれど、宝物のブルーは生きているから。
今度こそ守って生きてゆくから、ブルーが自分の宝物。
前と同じに、今の生でも。
どんな財宝を積み上げられても、ブルーという名の宝物には、けして敵いはしないのだから…。
宝物のあいつ・了
※財宝なんかは持っていなかったシャングリラのミュウたち、ハーレイの宝物は前のブルー。
そして今でもハーレイ先生の宝物はチビのブルー君。きっと大切にするのでしょうねv