(ハーレイのケチ!)
今日もやっぱり断られたし、と小さなブルーが尖らせた唇。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日はハーレイに会えたのだけれど、家を訪ねて来てくれたけれど。
(キスは駄目だ、って…)
お決まりの文句を貰ってしまった。
唇にキスを貰う代わりに、「駄目だ」と叱られて小突かれた額。
「俺は子供にキスはしないと言ったよな?」と睨まれて。
前と同じ背丈に育たない内は、キスは額と頬にだけだ、と。
(ハーレイ、ホントにケチなんだから…)
キスをしたって、唇が減りはしないのに。
幸せな気持ちになれる筈なのに、いつも断られてばかり。
今日もプウッと膨れたけれども、ハーレイは知らん顔だった。
「勝手に膨れていろ」とばかりに、のんびり紅茶を飲んでいただけ。
プンスカ怒ってやったのに。
恋人がプウッと膨れているのに、まるで知らない顔のハーレイ。
(お詫びのキスも無いんだから…!)
前のハーレイなら、ちゃんとキスしてくれたのに。
膨れっ面なんかしなくても。
「すまん」と唇にくれていたキス、お詫びのキス。
ブリッジでの仕事が忙しすぎて、青の間に来るのが遅れた日とか。
ゼルやヒルマンと酒を飲みながら話し込んでいて、すっかり遅刻した日とか。
いつも貰えた、お詫びのキス。
けれど今では、それもくれない。
自分がプウッと膨れても。
恋人の機嫌を損ねてしまって、「ケチ!」と睨み付けられても。
本当にケチな今のハーレイ。
キスをしたって、減らない唇。
なのに、お詫びのキスさえしない。
なんとも酷くてケチな恋人、こんな夜には、ほんのちょっぴり…。
(猫になりたくなっちゃうよ…)
ハーレイの家で飼って貰える猫に。
前にハーレイに、「猫になりたい」と本気で言ったことがあったほど。
自分が猫なら、キスだってして貰えるから。
ハーレイと同じベッドで眠って、一緒に暮らしてゆけるから。
生まれたばかりのチビの子猫でも、ハーレイに見付けて貰えたら。
「俺のブルーだ」と、ハーレイが気付いてくれたなら。
もう早速に連れて帰って、飼って貰えるだろう猫。
キスを貰って、おやつも貰えて、眠る時にもハーレイと一緒。
(…猫は駄目だ、って言われちゃったけど…)
いくら幸せに暮らしていたって、猫の寿命は長くない。
長生きしたって、二十年ほどでお別れだから。
またハーレイを置いてゆくから、猫は駄目だと分かったけれど。
猫になっていたら、前の自分と全く同じに、ハーレイを泣かせてしまうけれども…。
(ハーレイが猫のぼくを失くしちゃっても…)
次のぼくを見付ければいいじゃない、と我儘なことを思ってしまう。
キスもくれないケチな恋人、だったらハーレイも頑張ればいい。
猫の自分を失くしてしまって、次の生まれ変わりを探し回って。
(…猫のぼくなら、キスは山ほど…)
子猫の時から貰えるだろうし、ちょっぴり猫になりたい気分。
駄目だと分かっているけれど。
またハーレイを置いてゆくから、きっと悲しませてしまうから。
そうは思っても、魅力的な猫。
自分が猫に生まれていたなら、キスを貰えて、一緒に暮らして、一緒に眠って。
(ぼくが猫なら、とっくの昔に…)
ハーレイとキスして、ハーレイのペット。
そっちがいいな、と欲張りな我儘、ケチのハーレイも猫には甘そうだから。
仕事が済んだらいそいそ帰って、せっせと世話してくれそうだから。
(猫だと、お喋り出来ないけれど…)
それでも気持ちは通じるだろうし、きっと幸せな恋人同士。
ハーレイに毛皮を撫でて貰って、「食べるか?」と美味しいおやつも貰って。
膝の上で丸くなって眠って、夜はハーレイのベッドに入って。
(幸せだよね…)
猫だったなら、と考える。
何処かでハーレイに見付けて貰って、記憶が戻って、恋人同士。
(猫のお母さんが、「まだチビだから」って止めたって…)
まるで気にしないで、ハーレイと一緒に行くのだろう。
兄弟猫にも、お母さん猫にも、「さよなら」と元気にミャーミャー鳴いて。
「ぼくはハーレイと暮らすんだから」と、本当に幸せ一杯で。
ハーレイの家に着いた時には、眠っているかもしれないけれど。
次の日の朝に目が覚めた時は、「誰もいないよ」と泣いてしまうかもしれないけれど。
ママもいないし、お兄ちゃんたちも、と。
(でも、ハーレイが撫でてくれたら…)
直ぐに泣き止んで、きっと幸せ。
うんと甘えて、ハーレイに身体をすり寄せて。
ハーレイの手や顔をペロペロと舐めて、「キスをちょうだい」とお強請りして。
そうしたら、チュッと貰えるキス。
チビの子猫でも、唇に。
「俺のブルーだ」と抱き締めて貰って、唇にキス。
幾つも、幾つも、幸せなキス。
甘くて優しい、ハーレイのキスを貰い放題、自分がチビの猫だったなら。
そっちの方が幸せだよね、と欲張ってしまう我儘な自分。
ケチなハーレイに「キスは駄目だ」と言われたから。
チビの自分は、チビの子猫でも貰えそうなキスが貰えないから。
(猫のぼくでも、ハーレイは見付けてくれるんだから…)
そして一緒に暮らすんだから、と思ったけれど。
猫でもいいや、と考えたけれど、不意に頭を掠めたこと。
自分が猫なら幸せだけれど、逆だったならば、どうしよう…?
(…ぼくが猫とは限らないよね…?)
前にハーレイが言ってくれたこと。
「どんな姿でも、俺はお前を好きになる」と。
猫でも、小鳥でも、人間の姿をしていなくても。
ハーレイはきっと見付けてくれるし、自分に恋をしてくれるけれど…。
(…ぼくが人間で、ハーレイが猫ならどうするの?)
学校の帰りにバッタリ出会った子猫のハーレイ。
何処かの家で生まれた子猫で、飼い主募集で、家の前に小さな籠が置かれて…。
(お母さん猫と、猫のハーレイと、兄弟猫と…)
全部が揃って自分を見上げて、ミャーミャー鳴いていたならば。
其処で記憶が戻って来たなら、猫のハーレイをどうしよう…?
(…ハーレイなんだ、って分かるだろうけど…)
迷わずに抱き上げられるだろうか、「一緒においで」と。
「ぼくと帰ろう」と、「今日から一緒」と。
側で見ているだろう飼い主、その人に「飼います」と名乗りを上げて。
しっかり抱き締めて帰れるだろうか、チビの子猫のハーレイを…?
(…凄くヘンテコな模様の猫でも…)
ハーレイなのだし、気にしないけれど。
素敵な毛皮の兄弟猫より、断然、ハーレイがいいのだけれど。
(…ママに訊かなきゃ…)
連れて帰れない子猫のハーレイ。
勝手に貰って帰ったならば、母だって、きっと困るだろうから。
(この子、残しておいて下さい、って…)
猫のハーレイを連れて帰るには、飼い主に頼む所から。
急いで家に走って帰って、「飼ってもいい?」と母に尋ねて、お許しが出たら…。
(ハーレイを貰いに戻って行って…)
抱っこして家に帰るのだけれど、そのハーレイ。
前の自分が恋をした人で、また巡り会えた愛おしい人。
ヘンテコな模様をしている猫でも、まだまだ小さいチビの猫でも。
(キスは出来るけど…)
猫のハーレイは「キスは駄目だ」と叱りはしないし、一緒のベッドで眠れるけれど。
家にいる時はいつでも一緒で、好きなだけ撫でてあげられるけれど。
(…猫のハーレイは、猫だから…)
ギュッと抱き締めては貰えない。
自分がハーレイを抱き締める方で、ハーレイに甘えられる方。
ハーレイがチビの子猫の間は、どう考えても自分が保護者。
立派に育って大人になっても、やっぱりハーレイは猫のまま。
広い背中も、逞しい胸も、大きな手だって、猫のハーレイは持ってはいない。
どんなに抱き締めて欲しい時にも、ハーレイは舐めてくれるだけ。
「大丈夫か?」と声で、思念で訊いてくれる代わりに、「側にいるから」とペロペロと。
元気のない自分の手を舐めてくれて、「元気出せよ」と。
(…そんなの、悲しい…)
ハーレイは側にいるというのに、あの優しい手が無いなんて。
広くて暖かい胸の代わりに、しなやかな毛皮があるなんて。
「寂しいよ」とギュッと抱き締めても、抱き締め返してくれないハーレイ。
ただペロペロと舐めてくれるだけで、心配そうに見詰めてくれるだけ。
人間ではなくて猫だから。
どんなに心が通い合っても、恋人同士でも、ハーレイは猫。
広い背中も、逞しい胸も、大きな手も持っていない猫。
ハーレイのことが好きなのに。
誰よりも愛して、愛し続けて、もう一度巡り会えたのに。
どんなハーレイでも好きになるけれど、きっと自分は恋するけれど。
ヘンテコな模様の猫になっていても、やっぱり恋をするけれど。
(…ハーレイみたいに、自信たっぷりには言えないかも…)
どんな姿でも好きになる、とは。
現に自分は困っているから、「ハーレイが猫なら、どうしよう」と。
好きになっても、ハーレイが猫なら、きっと寂しくなってしまうから。
(前のハーレイと同じだったら、って…)
どうしてハーレイは猫なのだろうと、人間の姿で会えなかったのだろうと、何度も悲しむ。
あの強い腕があればいいのにと、広い背中が欲しかったと。
(…ぼくって、駄目かも…)
ケチのハーレイに敵わないかも、と零れる溜息。
「どんな君でも好きになるよ」と、言ってみたって駄目らしいから。
キスもくれないケチのハーレイでも、抱き締めてくれる強い腕。
それから広くて逞しい胸、広い背中も、大きな手だって、揃っていないと駄目らしいから…。
どんな君でも・了
※自分が猫になるのは良くても、ハーレイ先生が猫になったら困ってしまうブルー君。
「どんな君でも好きになるよ」と自信たっぷりに言えない所が、正直で可愛い所ですv
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