(えーっと…)
目が覚めちゃった、と小さなブルーが見上げた天井。
部屋の明かりは常夜灯だけ、もちろん窓の外も真っ暗。
けれど、ぽっかり目が覚めた。
何かのはずみに、夜更けの部屋で。
(怖い夢は見てないんだけれど…)
メギドの悪夢を見てはいないし、何かに追われる夢だって。
多分、夢など見ずに眠っていた筈なのに…。
(起きちゃった…)
今は何時、と伸ばした手。
枕元に置いた目覚まし時計を手に取ってみたら、本当に夜中。
夜が明けるには早すぎる時間、まだまだ続く真っ暗な夜。
(お月様や星は、あるだろうけど…)
窓のカーテンを開けてみたなら、庭園灯や街灯も見えるだろうけれど。
そういう光も全部闇の中、周りをぼうっと照らすだけ。
まるで漆黒の宇宙空間、そんな感じがするのだろう。
宇宙に庭は無いけれど。
表の通りも、向かい側の家も、宇宙には存在しないのだけれど。
(地球も宇宙の一部なんだし…)
宇宙にも庭はあるのかも、と考え方を変えてみる。
庭も表の通りも宇宙、と。
向かい側の家も、この町だって、と。
そう考えたら面白い。
何も無い筈の宇宙に沢山、色々なもの。
庭があったり、道路があったり、街灯が幾つも並んでいたり。
暗い間に家を抜け出して散歩している、猫がトコトコ歩いていたり。
そんな宇宙も素敵だよね、と広がる夢。
何処までも広がる漆黒の宇宙、其処に家やら道路やら。
庭も幾つも、それに街灯。
勝手気ままに歩く猫たち、しなやかな尻尾を誇らしげに立てて。
(…宇宙船が来たら、よけるんだよね?)
暗い宇宙を散歩する猫。
ぶつからないよう、大急ぎで。
宇宙船のライトが見えて来たなら、邪魔にならない方向へ。
(通りすぎたら、また戻って来て…)
散歩の続き、と想像してみる。
宇宙船は行ってしまったから、と我が物顔で。
もう大丈夫と、ツンと澄ました顔で。
(今の時代なら、ホントにありそう…)
漆黒の宇宙を散歩する猫も、宇宙に並ぶ街灯も。
庭も道路も、人が住んでいる家だって。
(今の宇宙は、夢が一杯…)
どんな夢を見るのも、夢を描くのも。
技術的に可能かどうかはともかく、夢を見るのは本当に自由。
誰もが好きな夢を見られる、そういう時代。
猫がトコトコ横切る宇宙も、家や街灯が並ぶ宇宙も。
(みんな、好きなように夢が見られて…)
それを実現させたくなって、頑張るのもまた自由な時代。
宇宙に家を建ててみようとか、庭を作ってみようとか。
街灯を幾つも並べたいとか、宇宙を散歩できる猫が欲しいとか。
(…宇宙をトコトコ歩ける猫って…)
猫の世界のタイプ・ブルーかも、とクスッと笑う。
そういう猫なら平気だよねと、宇宙だってきっと歩ける筈、と。
今は幾らでも見られる夢。
想像の翼を広げて飛ぶのも、実現に向かって努力するのも。
誰も咎めに来たりしないし、却って褒めて貰えるくらい。
夢は大きい方がいいから、その方が楽しい毎日だから。
「それ、無理だろ?」と友達が呆れるような夢でも、笑われそうな夢を抱えていても。
呆れられて、笑われて、たったそれだけ。
猫が散歩をしている宇宙も、庭や街灯が散らばる宇宙も。
(…でも、今だから…)
今の時代から、夢を自由に描けるだけ。
実現しようと努力したって叱られないのも、今だから。
前は違った、と前の自分が生きた時代を思い出す。
機械が支配していた世界。
何もかも機械が決めてしまった、あの忌まわしい時代のことを。
(生まれた時から、全部、機械が…)
決めて育てていた人間。
生まれる前からと言ってもいいかもしれない、機械が選んでいたのだから。
どう組み合わせるか、命が生まれる前の時点で。
細胞分裂が始まる前から、交配して命が芽生える前から。
(みんな、人工子宮で育って…)
育った後には、選ばれた養父母。
この子供は此処、と機械が決めて配った。
そうして育って自我が芽生えたら、今度は教育。
夢を持つのは自由だけれども、あまりにも自由に描きすぎたら…。
(…危険思想だ、って…)
そう見做されたら、待っているのは深層心理検査など。
危険とされない夢にしたって、実現しようと思ったら…。
(それが出来るコースに行かないと…)
研究させても貰えないまま。
一般市民に振り分けられたり、違う分野が向いているからと回されたり。
夢も見られない時代だっけ、と零れる溜息。
前の自分は其処から外れて、転げ落ちたから描けた夢。
子供時代の記憶をすっかり失くしてしまって、生きる権利も失くしたけれど。
ミュウと判断された途端に、全部失くしてしまったけれども…。
(…機械は追い掛けて来なかったんだよ…)
社会から弾き出された後は。
繰り返された人体実験の末に、星ごと滅ぼされそうになった後には。
燃えるアルタミラから逃げ出した船を、機械は追って来なかった。
ミュウが逃げるとは、機械は思っていなかったから。
星ごと消えたと信じていたから、船と一緒に自由になれた。
制約付きの生活でも。
船の中だけが世界の全てで、踏みしめる地面を持たなくても。
(地球に行きたい、って考えるのも…)
自由だったし、ミュウの未来を思い描くのも自由。
もしも人類がそれをしたなら、たちまち機械の餌食だったろうに。
不適切な夢は、記憶と一緒に処理されて。
相応しくないと思われた夢は、無かったことにされてしまって。
(人類は記憶を、消したり、植えたり…)
機械の意のままに翻弄されていた時代。
子供はもちろん、大人だって。
機械にとっては、人間はただの道具だから。
世界を構成するコマの一つで、いくらでも取り替えられたから。
個人の記憶も、持っている夢も。
場合によってはコマの置き場所も、どういう具合に配置するかも。
(…サムも、スウェナも…)
ジョミーの友達だというだけのことで、その後の進路が決まってしまった。
機械が勝手に選んで、決めて。
彼らの夢など、まるで考えないままで。
そういう時代に、前の自分は自由に生きた。
好きなように夢を描いていられた、社会から弾き出されたから。
失くした生きる権利の代わりに、夢を描ける世界を貰った。
(…きっと、幸せだったんだ…)
前の自分が思った以上に、幸せな時を生きたのだろう。
機械に人生を支配されずに、幾つもの大きな夢を描いて。
今の時代は、それが普通の世界だけれど。
宇宙をトコトコ歩いてゆく猫、それを夢見るのも自由だけれど。
(前のぼくも、幸せだったけど…)
今度のぼくは、もっと幸せ、と振り返った自分が描いていた夢。
漆黒の宇宙に庭が幾つも、街灯が並んで、散歩する猫も。
素敵だと思った宇宙の光景、今の時代なら本当に何処かにあるかもしれない。
今の自分が生きる世界は、お伽話の世界だから。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が夢に見た世界。
きっといつかはミュウの時代をと、平和な青い地球が欲しいと。
(前のぼくの夢…)
それをそっくり叶えた世界が、今の自分がいる世界。
ハーレイとの恋も、今度は誰にも隠さなくていい。
結婚出来る年になったら、二人で暮らせる時が来たなら。
(ホントのホントに、夢の世界で…)
血の繋がった両親までがついて来た。
其処までの夢は、前の自分は思い描いていなかったのに。
思い付きさえしなかったのに。
(夢よりも、ずっと素敵な世界で…)
けれど、本物の青い地球。
今の自分が生きている世界、お伽話よりも素晴らしい世界。
其処に自分は来られたのだから、宇宙を歩く猫だって。
漆黒の宇宙に並ぶ街灯、それだって、今なら、今の世界なら…。
(ホントに何処かにあるのかもね?)
でなければ、これから出来るとか。
前の自分の夢が叶って、今の時代があるように。
夢見た以上に素敵な世界が、お伽話の世界が自分を待っていたように。
(…宇宙をトコトコ歩いていく猫…)
いつかハーレイと見られるだろうか、そんなのんびりした光景を。
漆黒の宇宙に散らばる庭やら、幾つも並んだ街灯やらを。
(…見られるといいな…)
見てみたいよね、と考えていたら、小さな欠伸。
それに眠気と、重くなった瞼。
(宇宙を散歩してる猫…)
今は本物の夢でいいから、ハーレイと二人で眺めてみたい。
これから再び落ちてゆく眠り、その夢の中で、ハーレイと二人。
夢の世界なら、どんなことでも叶うから。
前の自分も色々な夢を描いていたから、今の時代はもっと素敵な夢が見られる世界だから…。
夜中に目覚めたら・了
※夜中に目が覚めたブルー君。暗い外の景色を考える内に、宇宙を散歩する猫まで浮かぶ有様。
今の時代ならではの夢なんだ、と気付いたら見たくなったようです。猫の夢、見てねv
- <<どんなあいつでも
- | HOME |
- 夜中に目覚めて>>