(ん…?)
まだ夜中か、とハーレイが見上げた暗い天井。
ベッドで目覚めて、瞼を開けて。
何のはずみか浮上した意識、ぽっかりと覚めてしまった目。
時計を見れば本当に夜中、真夜中と言っていい時間。
(こいつは流石に…)
起きるにはかなり早すぎだ、と思う時間で、明かりを点けるにも不向きな時間。
下手に明かりを点けてしまったら、そのまま朝になりそうだから。
身体が朝だと勘違いして、眠り直すことは多分出来ない。
やりたいことが次から次へと湧いて出て。
(本でも読むか、って方に行ったら…)
次はコーヒーが欲しくなる。
淹れに行ったら、コーヒーの香りで目覚める身体。
カフェインは抜きで、その香りだけで。
(コーヒーを淹れたら、ちょっと飯でも食いたくなって…)
きっと胃袋が騒ぎ始める。
何か食べようと、トースト一枚でかまわないからと。
(トーストを焼こうって方に行ったら…)
もう間違いなく、朝の始まり。
カーテンを引いた窓の向こうは、真っ暗でも。
空には星が瞬いていても、始まるだろう自分の一日。
(本格的に作っちまうんだ…)
普段通りの朝食を。
まだ新聞も来ない時間から、卵料理も、サラダもつけて。
今日はずいぶん早く起きたと、何をしようかと考えながら。
それもたまにはいいけれど。
出勤の前にジョギング出来るし、ジムにだって行けるのだけれど。
今日はそういう気分ではなくて、眠り直したい気分の方。
(サボろうってわけじゃないんだが…)
気が乗らない時は、自分の気持ちに従うのが吉。
知らない所で、無理をしたかもしれないから。
自分では全く自覚が無くても、頭や身体を使いすぎたということもある。
なにしろ仕事だけではない日々。
以前だったら、仕事と運動、それに趣味だけで良かったけれど…。
(あいつに割いてる時間ってヤツが…)
増えた分だけ、忙しくなったことだろう。
前の生から愛した恋人、今は教え子の小さなブルー。
聖痕を持ったブルーの守り役、そういう立場。
それを生かして、仕事のある日も訪ねてゆくのがブルーの家。
仕事が早く終わったら。
ブルーの両親も一緒の夕食、それの支度に間に合いそうな時間なら。
(俺にとっては楽しい時間で、充実してて…)
晩飯も作らなくてもいいし、と思うけれども、心配してくれる同僚たち。
「今日も行くのか」と、「お疲れ様」と。
あんまり無理をしないように、と誰もが声を掛けるからには…。
(傍目には大変そうだってことだ)
そう見えるのなら、使っているだろうエネルギー。
ブルーのために割く時間の他にも、それを捻出するためのあれこれ。
仕事を効率よく終わらせるとか、急ぎ足で歩いているだとか。
(走ってることもあるからなあ…)
柔道部の指導を終えた直後に、「まだ間に合う」と。
此処で走れば、と体育館から職員室へと、職員室から駐車場へと。
日々の疲れが溜まっていたって、けして不思議ではない生活。
ブルーに会えたら幸せでも。
来られて良かった、と胸が弾んでも、それと身体の疲れとは別。
(しっかり休んでいるつもりだが…)
こうして気になる自分がいるなら、何処かで無理をしたのだろう。
起きちゃ駄目だな、とベッドで過ごすことにした。
その内に眠くなる筈だから。
身体が眠りを欲しているなら、いずれ眠気が訪れるから。
(…あいつのためなら、無理をしたって苦にならないがな)
今度は俺が守るんだから、と小さなブルーを思い浮かべる。
前の生でも何度も「守る」と誓い続けて、約束したのに果たせなかった。
ブルーと自分の力が違い過ぎたから。
前の自分は守られる方で、ブルーは守る方だったから。
(あいつの心の方はともかく…)
守ってやれなかったブルーの身体。
ただ一人きりのタイプ・ブルーで、ソルジャーだった前のブルー。
ソルジャーという肩書き通りに、前のブルーは本当に戦士。
たった一人で船を守って、船の仲間を守り続けた。
白いシャングリラを、ミュウたちを乗せた箱舟を。
(俺はあの船を動かしただけで…)
ブルーのようには守っていない。
キャプテンとして出来る範囲で守っていただけ、舵を握って立っていただけ。
丸ごと守れはしなかった。
前のブルーがやったようには。
命まで捨てて、メギドを沈めたブルーのようには。
そんな力は持たなかったから。
いくら望んでも、持っていない力を使うことなど出来ないから。
(そのせいで、俺は失くしちまった…)
守りたかった前のブルーを。
何度も「守る」と誓い続けた、自分の命よりも大切な人を。
前のブルーがいなくなった後に、何度涙を流したことか。
追えば良かったと、どうしてブルーを止めなかったと、幾度も溢れた後悔の涙。
もう帰らない人を想って、一人残された悲しみの中で。
(いつか、あいつを追ってゆこうと…)
それだけを思い続けて生きた。
戦いの日々を、地球までの道を。
そして自分の命は終わって、ブルーを追った筈だったのに…。
(どうしたわけだか、地球にいたんだ)
青く蘇った水の星の上に。
今のブルーよりも先に生まれて、三十年以上も自由に生きて。
ブルーを思い出しもしないで、好き勝手に。
今の自分が思うままに。
(…散々、勝手をしちまったんだし…)
こいつはしっかり埋め合わせないと、と考えるのが筋だろう。
今度こそブルーを守ると決めたし、そのように。
小さなブルーの家に行ける日、それを作るために努力することも。
(努力とも言えん代物なんだが…)
前のブルーがやってのけたことに比べたら。
白いシャングリラを、ミュウの未来を守ったことと比べたら。
(子供のお遊び以下だってな)
同僚たちから「大変ですね」と、声を掛けられる毎日でも。
傍から見たなら忙しそうで、本当に無理をしていたとしても。
きっと努力とも、無理とも呼べない。
前のブルーに比べたら。
愛おしい人の小さかった背中、それに背負わせた重荷と比べてしまったら。
なんという強い人だったろうか、と前のブルーの瞳を想う。
強い意志を宿した赤い瞳を、その底に秘めた深い憂いと悲しみを。
その瞳で真っ直ぐ、前だけを見詰め続けたブルー。
ミュウのためにと、ミュウの未来をと。
(あいつ、頑張りすぎたんだ…)
前のブルーは強すぎたから。
ミュウの未来を、白いシャングリラを守る力を持っていたから。
けれども、今のブルーは違う。
前と同じにタイプ・ブルーでも、まるで使えていないサイオン。
とことん不器用なチビのブルーは、きっとこの先も変わらない。
前のブルーと同じ姿に育ったとしても、今と変わらず不器用なままでいるのだろう。
ろくに思念も紡げないほど、タイプ・ブルーと言われても信じられないほどに。
(そういう風に生まれて来たのも…)
きっと神様のお蔭ってヤツだ、と零れた笑み。
自分の願いが叶ったのだと、今度はブルーを守ってやれると。
今の時代は、敵など何処にもいなくても。
ブルーを何から守ればいいのか、悩むくらいに平和でも。
(…とりあえず、今はあいつと過ごせる時間を…)
沢山作ってやらないと、と分かっているから、そのために努力。
キスも出来ない小さなブルーは、待つことだけしか出来ないから。
自分が訪ねて行ってやるのを、家のチャイムを鳴らすのを。
(そいつが当分、俺の役目で…)
ブルーの心を満たしてやるのが、ブルーの笑顔を守るのが。
少々、身体に無理がかかっても、それを無理とは呼びたくもない。
(守ると誓ったんだしな?)
それに今度は守るんだから、と思ったら漏れた小さな欠伸。
何処からか、やって来た眠気。
今は眠りに戻ることにしよう、ブルーを守り続けるために。
小さなブルーに会いにゆく時間、それを作れる健康な身体、それを眠りで養うために…。
夜中に目覚めて・了
※夜中に目が覚めたハーレイ先生。起きるには少し早すぎたようです、まだ真っ暗で。
ベッドの中で思い浮かべる、小さなブルー君のこと。今度は守れる大切な人で、愛おしい人v
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