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選んでもいい服

(明日はハーレイが来てくれるんだよ)
 一日一緒、と小さなブルーが浮かべた笑み。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 明日は土曜日、学校は休み。
 午前中からハーレイが訪ねて来てくれる。
 キスも出来ない小さな恋人、チビの自分に会うために。
(今日は来てくれなかったけれど…)
 仕事の帰りに寄ってはくれなかったハーレイ。
 二人きりでお茶は飲めなかったし、夕食の席にも両親だけ。
 少し残念だったけれども、会えない時間はあと少し。
 明日の朝には、ハーレイは家を出る筈だから。
(ぼくが朝御飯を食べてる頃には…)
 もう出てるかな、と考える。
 ハーレイの家までは遠いから。
 何ブロックも離れた所で、チビの自分はとても歩いてゆけないから。
 その道のりを軽々と歩いて、ハーレイは家に来てくれる。
 雨が降ったら、愛車に乗って。
 曇り空の日には、路線バスで来ることだって。
 どの方法を選んだとしても、午前中には会えるハーレイ。
 二人でゆっくりお茶とお菓子で、のんびりと過ごす休日の時間。
 昼になったら、二人で昼食。
 午後も二人でお茶の時間で、両親も一緒の夕食までは…。
(ずっとハーレイと二人なんだよ)
 夕食の後も、この部屋で食後のお茶に出来たら、二人きりの時間がまた増える。
 ハーレイが帰ってゆくまでは。
 「また来るから」と、椅子から立ち上がるまでは。


 明日の土曜日も、きっとそう。
 ハーレイと二人でゆっくり過ごして、甘えて、色々な話もして。
(お土産もあるといいんだけれど…)
 たまにハーレイがくれるお土産、クッキーだったり、時によっては…。
(…前のぼくたちの思い出つき…)
 そんなお土産もあったりする。
 「覚えてるか?」とヒントだったり、そのものズバリの品だったり。
 食べ物と決まっているけれど。
 二人で食べたら無くなってしまう、お菓子などしか貰えないけれど。
(プレゼントにはまだ早い、って…)
 チビの自分は、恋人と言っても名前だけ。
 キスも出来ないチビの子供で、プレゼントは何も貰えない。
 引き出しに仕舞っておけるものとか、机に飾って眺めるものは。
 それでも嬉しい、ハーレイのお土産。
 食べれば消えてしまうものでも、欠片も残りはしないものでも。
(だって、ハーレイがくれるんだものね?)
 思い出つきの物でなくても、ハーレイからの贈り物。
 チビの自分に相応しい物、いずれは貰える物だって変わる。
 もっと大きくなったなら。
 前の自分と同じ背丈に育ったら。
 キスを貰えるようになったら、プレゼントだって変わる筈。
 子供用のお土産はきっと卒業、もっと素敵なプレゼント。
 「俺とお揃いだ」と何かくれたり、「面白いんだぞ」と本をくれたり。
 そうやって幾つも貰った後には、もう最高のプレゼント。
(何をくれるか分かんないけど…)
 言葉の方なら今でも分かる。
 「結婚しよう」とプロポーズ。
 もちろん返事は決まっているから、何を貰っても気分は最高。


 けれど、その日はまだずっと先。
 十四歳にしかならない自分は、プロポーズしては貰えない。
 キスも貰えない有様なのだし、今はまだまだ夢物語。
(…でも、ハーレイの恋人だしね?)
 結婚も出来ないチビの子供でも。
 キスさえ許して貰えなくても。
 そのハーレイと明日は一日一緒で、お茶を飲んだり、食事をしたり。
 もう楽しみでたまらない。
 明日は必ず会えるから。
 天気予報では晴れの筈だし、ハーレイは歩いてやって来る。
 チビの自分は歩けない距離を、楽々と。
 時間調整に回り道したり、途中の家の花壇なんかも眺めながら。
(何か思い出、拾ってくるかな?)
 歩く途中で、ふと思い出して。
 前の自分とハーレイが暮らした、白いシャングリラの思い出の欠片。
 それをハーレイが拾って来た日は、いつも以上に恋人気分。
 「前のお前は…」と懐かしむ目は、確かに自分を見ているから。
 前の自分を見ているにしても、恋人を見る目なのだから。
(…前のぼくと重ねて見てたって…)
 そういう時には気にならない。
 前の自分に嫉妬はしない。
 ハーレイの瞳が見詰めているのは、チビの自分の顔だから。
 チビの自分が大きくなる日を、ちゃんと重ねてくれているから。
(ゆっくり育てよ、って言っていたって…)
 ハーレイだって待っている。
 チビの自分が前と同じに育つ日を。
 キスを交わせる背丈に育って、二人でデートに行ける日を。


 でもずっと先、と分かっているのがデートの日。
 当分は家でデートするだけ、初めてのデートをした場所で。
 庭で一番大きな木の下、其処に据えられた白いテーブルと椅子。
(あそこでデートが精一杯…)
 家の外へは行けないから。
 庭が限界、生垣の向こうに広がる世界はお預けだから。
(…朝の公園の体操は行けるらしいけど…)
 夏休みに「俺と一緒に行くか?」と誘われた体操、デートとは違って運動の時間。
 でなければジョギング、二人一緒に運動だけしか今は出来ない。
 家から外へ出るのなら。
 ハーレイと二人で生垣の向こうに行くのなら。
(…体操もジョギングも、デートじゃないよ…)
 弱い自分は疲れてしまって、デートどころではなくなる筈。
 ハーレイの方もそれを知っているから、朝の公園に誘われただけ。
 「俺と一緒に体操しよう」と、「健康的な朝になるぞ」と。
 そんな調子だから、デートは家だけ。
 庭にある白いテーブルと椅子でお茶にするだけ、たったそれだけ。
(…ぼくの部屋だと、デート気分は…)
 ちょっと無理だよ、と零れる溜息。
 普段と全く変わらないから、特別な雰囲気になってくれない。
 ハーレイが何か思い出の欠片を拾って来るとか、思い出のお土産が来ない限りは。
(前のぼくのこと…)
 きちんと重ねてくれたなら、と思うけれども、チビなのが自分。
 何か切っ掛けが出来ない限りは、けしてピタリと重なりはしない。
 前の自分と今の自分は。
 ソルジャー・ブルーだった前の自分に、嫉妬しないで済む形では。


(ぼくの顔、すっかり子供なんだし…)
 重ねてくれと言う方が無理。
 前の自分の面影と。
 ソルジャー・ブルーと呼ばれていた頃、あの頃の顔と。
(目と髪の毛は同じ色でも…)
 見た目が全く違うものね、と残念な気分。
 他にも何処かが同じだったら、重ねて見ても貰えるだろうに。
 「前のお前は…」と鳶色の瞳が、懐かしそうに見てくれるだろうに。
 けれど、何一つ似ていない。
 チビの自分はただの子供で、ソルジャー・ブルーだった頃のようには…。
(…偉そうな服も、マントも無いし…)
 そう思ったら、ふと閃いたこと。
 服だってきっと大切だよねと、前のぼくと同じイメージの服は、と。
(あったかな…?)
 もちろんマントがあるわけがない。
 床まで届いた紫のマント、そんなものを子供が持ってはいない。
(前のぼくの上着…)
 あれに似た服は、と考えるけれど、これまた難問。
 白い服は幾つも持っているのに、銀色の飾りがついてはいない。
 それに形もまるで違うし、前の自分の上着とは似ても似つかない服。
(…アンダーくらい?)
 黒いシャツなら持っているから、その上に白い服を一枚。
 長袖の黒いシャツに重ねて、夏用の真っ白な半袖を。
(…ちょっと変かもしれないけれど…)
 前の自分に近付けるなら、その格好。
 明日はそうするのもいいかもしれない。
 「覚えてる?」と、「マントは無いけど、前のぼくだよ」と。


 やってみようか、と思った着こなし。
 黒い長袖の上に白い半袖、ズボンも黒で。
 ソルジャー・ブルーを連想して貰えそうだし、駄目でもハーレイが吹き出すだけ。
 「なんて服だ」と、「最近はソレが流行りなのか?」と。
 やってみる価値はありそうだけれど、母だって笑いそうな服。
 「ソルジャー・ブルーの真似なの、それは?」と。
 父だってきっと笑い出すから、朝食の時は着て行けない。
(朝御飯は、黒の長袖に…)
 肌寒かったら何か羽織って、暖かかったら黒の長袖だけで充分。
 明日の朝の気温で決めればいいや、と考えたけれど…。
(…選べちゃうの?)
 朝の気温で、と目を丸くした。
 前の自分は選べなかったと、いつでも同じ格好だった、と。
 アンダーの上にはいつだって上着、それからマント。
 起きたら必ず身に着けるもので、ブーツに、長い手袋だって。
 けれど今では、好きに選べる。
 思い付いたからと、前の自分の服に似たのを引っ張り出して。
 変な着こなしになったとしたって、父も母も、ハーレイも吹き出したって。
(…選んじゃっても、笑われるだけで…)
 誰も叱りはしない服。
 選んでもいい服、気分で、気温で。
 ならば本当にやってみようか、せっかく思い付いたのだから。
 黒い長袖に白い半袖、自分でも変だと思う服装。
 けれど今では選んでいい服、それを自分で選べるから。
 前の自分には出来なかったこと、自分の気分で服を選んでいいのだから…。

 

       選んでもいい服・了


※ハーレイ先生に前の自分を連想して貰おうと、妙な重ね着を考え付いたブルー君。
 本当にやったら、笑われるのがオチだと思いますけど…。服を選べることは幸せですよねv





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