忍者ブログ

選んでいい服

(明日はあいつに会いに行く日、と…)
 土曜日だしな、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 自分はブルーの守り役だから、いつでも行けるのだけれど。
 仕事が早く終わった時には、いそいそ出掛けてゆくのだけれど…。
(やっぱり週末は特別だってな)
 午前中からブルーに会える。
 会うだけだったら、学校でも朝から会えるとはいえ…。
(学校の中じゃ、俺はハーレイ先生で…)
 ブルーは教え子、話す時にも教師と生徒。
 小さなブルーは敬語を使うし、自分も恋人扱いは無理。
 あくまで守り役、聖痕を持つブルーのための。
 だから出来ない特別扱い、出来るわけがない恋人扱い。
 平日に「恋人の」ブルーに会うなら、仕事が終わった後にだけ。
 夕食の支度に間に合う時間に、ブルーの家に着けた時だけ。
(それも幸せではあるんだが…)
 ブルーの部屋で、二人で過ごすティータイム。
 大抵は紅茶、それと夕食に差し支えない程度の菓子をお供に。
 けれど、ブルーと二人の時間はそれでおしまい。
 夕食が出来たら家族団欒、ブルーの両親も一緒の食卓。
(食後のお茶をブルーの部屋で、ってことになっても…)
 そうそうゆっくりしていられないし、帰る時間を気にせねば。
 翌日もブルーは学校があるし、自分も学校で仕事だから。


 その心配がまるで要らない、土曜と日曜。
 朝食が済んだら、適当な時間に家を出る。
 早すぎる時間に着かないように。
 ブルーの母に迷惑をかけないようにと、注意しながら。
 天気のいい日は歩いて出掛けて、雨の日は愛車を走らせる。
 曇り空なら、車だったり、たまに路線バスに乗ったりと。
(明日の天気は良さそうだしな?)
 今の所は予報は晴れ。
 自分の勘でも、明日は雨など降りそうにない。
 ブルーの家までのんびり歩いて、時間があるなら回り道もいい。
 ゆっくり歩いたつもりでいたって、早すぎる時もよくあるのだから。
(大股なのが悪いんだ、うん)
 体格に見合った大きな歩幅。
 ジョギングで走り慣れている足は、歩く時にもキビキビと動く。
 自分にそういうつもりがなくても、せっせ、せっせと動く足。
(…早すぎちまったら、ミーシャに会いに行くのもいいな)
 回り道をしていて、顔馴染みになった真っ白な猫。
 子供時代に母が飼っていた、白い猫に見た目がそっくりのミーシャ。
(俺が勝手に名付けてるだけで…)
 他の名前があるだろうけれど、知らない間はミーシャでいい。
 天気のいい日は、家の表で日向ぼっこをしているミーシャ。
 早すぎたらミーシャを撫でてゆこうと、ちょっと遊んでゆくのもいいな、と。


 上手くミーシャに会えるといいが、と思考が寄り道するくらい。
 ブルーから逸れて、猫のミーシャへ。
 勝手にミーシャと名付けただけの、通りすがりに会うだけの猫に。
(それだけ時間がたっぷりあるんだ)
 明日は一日、ブルーと二人で過ごせるから。
 夕食も含めて数時間だけ、そんな平日とは違うから。
(朝から晩まで、ってわけにはいかんが…)
 それに近いよな、と心が弾む。
 ブルーに会ったら何を話そうか、どういう一日を過ごそうかと。
(ミーシャがいたなら、その話もいいな)
 そっくりの猫に今日も会ったぞ、と話し始めて。
 隣町の家で飼っていたミーシャ、本物の方の思い出話をしてやって。
 きっとブルーは笑顔で聞いてくれるから。
 「もっと聞かせて」と強請るから。
 ブルーにとっては、隣町の家はまだ夢の家。
 本物の家を見られはしなくて、話だけしか聞けないから。
 いつか大きく育つ時まで、連れて行ってはやれないから。
(あいつが前のあいつと同じ姿に育ったら…)
 ドライブなんだ、と決めている。
 隣町にある、子供時代を過ごした家へ。
 今も両親が住んでいる家へ、自分が車を運転して。
 育ったブルーを助手席に乗せて、颯爽と。
 「この道を真っ直ぐ行ってだな…」などとガイドしながら。
 次は右だと、その先の角をこう行って…、と。
 庭に夏ミカンの大きな木がある、両親の家が見えて来るまで。
 「あの家だ」とブルーに教えてやって。


 まだまだ当分先のことだ、と思うけれども、それが夢。
 きっとその日も、土曜か日曜なのだろう。
 前の夜には今日と同じで、心を弾ませるのだろう。
 「いよいよ明日だ」と、「隣町までドライブだ」と。
 両親にブルーを紹介できると、ブルーにも家を見せてやれると。
(はてさて、スーツか、いつもみたいな格好か…)
 どっちだろうな、と広がる想像。
 自分にとっては両親の家で、スーツでなくてもかまわない。
 明日は着ようと思っている服、そういう普通の格好で。
 のんびりと道を散歩しながら、猫を撫でてもかまわない服で。
(しかし、ブルーの方はだな…)
 張り切っていることだろう。
 「やっとハーレイのお父さんたちに会いに行ける」と、ワクワクと。
 初めて会える、新しい家族になる人たち。
 どんな服を着て会うのがいいかと、洒落た服の方がいいだろうかと。
(まさかスーツは着ないだろうが…)
 どうせ制服しか持っちゃいないぞ、と苦笑い。
 それもとっくに卒業済みの、今の学校の生徒の制服。
 カッチリした服はそれくらいだと、スーツなんかは買ってもいない、と。
 「十八歳になったら結婚出来るもの」が、小さなブルーの口癖だから。
 今の学校の卒業式の日、ブルーは十八歳にはなっていないから。
(三月の末が誕生日だしな?)
 それも末日、三月三十一日生まれ。
 卒業式はとうに終わって、多分、ブルーは進学しない。
 上の学校に行きはしないで、そのまま結婚するのだろう。
 ならば要らない、スーツなどは。
 いつか作る日が来るとしたって、隣町の家までドライブする頃には持ってはいない。


(…あいつがスーツを着て来るんなら…)
 自分もスーツになるだろうけれど、ブルーが違うというのなら。
 手持ちの服の中から洒落たのを一着、それを選んで着るのなら…。
(俺の方でも合わせないとな?)
 ブルーが緊張しないようにと、スーツではなくて普通の格好。
 「ちょっとお洒落はして来たんだが」と、新しいのをおろす程度で。
 そんなトコだ、と考える。
 きっと気温でも変わるだろうなと、暖かい日か、冷える日かで。
(春ってヤツは気まぐれだから…)
 多分、ブルーが卒業して直ぐの春になるだろう、隣町への初めてのドライブ。
 年によっては桜に雪とか、そういったこともある季節。
(その日になるまで決まらないかもな?)
 俺が着て行く服ってヤツは、という気もする。
 明日の服だって決めているけれど、単なる心づもりだから。
 起きた時の気分、それで変わりもするのだから。
(その点、スーツは気楽なんだが…)
 シャツの色とネクタイ、考えるのはその程度。
 制服と同じで手間いらずだと、着りゃいいんだから、と思ったけれど。
(…待てよ…?)
 心に引っ掛かった制服。
 前の自分もそれを着ていたと、あれはスーツではなかったが、と。
(来る日も来る日も、キャプテンの服で…)
 それしか着てはいなかった。
 他のを着ようと思いもしないし、他のを持ってもいなかった。
 選ぶ余地などありはしなくて、ただ取り出しては着ていただけ。
 クリーニングが済んだのを。
 そうでなければ、新しく作って届けられたのを。


 選ぶも何も無かったんだ、と気付いた服。
 前の自分は選べなかったと、次の日に着る服さえも、と。
(…天気がいいから、これにしようとか…)
 ブルーと二人でドライブなのだし、何を着ようかと考えるとか。
 まるで思いもしなかった。
 服で頭を悩ませるなどは、何を着ようか迷うかなどは。
 選ぶ余地など無かったから。
 キャプテンの制服に袖を通して、それで過ごすしか無かったから。
(別に困っちゃいなかったんだが…)
 他の仲間も制服だったし、前のブルーもソルジャーの衣装。
 そんな船では「別の服が欲しい」と思いもしないし、夢さえ見てはいなかったけれど。
(今だと選び放題か…)
 ついでに迷い放題なんだな、と綻んだ顔。
 今は色々選べるんだと、スーツの他にも選んで悩んで、と。
 明日の朝にも悩んでみようか、選んでもいいことに気付いたから。
 どれにしようかと選んでいい服、それが幾つもあるのだから。
 気分次第で、あれこれ出して。
 前の自分には出来なかったことを、服を選ぶという素敵な贅沢を…。

 

        選んでいい服・了


※ブルー君との初めてのドライブ、何を着て行くことになるかと広がるハーレイ先生の夢。
 けれども、前はキャプテンの制服だけしか無かった服。明日の服を選ぶことだって贅沢ですv





拍手[0回]

PR
COMMENT
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
 管理人のみ閲覧
 
Copyright ©  -- つれづれシャングリラ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]