(ふうん…?)
こんなのがあるんだ、と小さなブルーが眺めた新聞の一種。
学校から帰って、おやつの時間にダイニングで。
この町の住人に配られる新聞、中身は町の催しなど。
けれど、それだけでは呼べない読者。
必要なことだけチェックした後は、捨てられてしまうのがオチだから。
そうならないよう、あれこれ凝らしてある工夫。
目を惹かれたのも、その一つ。
(誕生花…)
あなたの誕生花を御存知ですか、という見出し。
それにカレンダー、十二ヶ月分がズラリと並べられて。
(一日に一つ…)
誕生花というのがあるらしい。
自分が生まれた日付けに合わせて決まる花。
「紙面の都合で一つだけです」とも書かれていた。
誕生花には様々な説があるから、その中からの一例です、と。
(花だけで本が一冊出来るの…?)
一冊作ってしまえるくらいに、誕生花は色々あるという。
同じ日付けでも、違う花を挙げる説が沢山、それを集めて編んだなら。
(えーっと…?)
ぼくはなあに、と覗き込んでみた誕生日の欄。
三月三十一日の花は、と。
そうしたら…。
(…イチゴ?)
花じゃないよ、と捻った首。
イチゴは果物なんだけれど、と。
この花は変、と思ったけれども、いくら眺めてもイチゴはイチゴ。
(赤い実だけど…)
自分の瞳も赤い色だから、イチゴなのかもしれないけれど。
赤いイチゴは実の方なのだし、「イチゴの花だ」と言われたら…。
(白くて、ちっちゃい…)
あれがイチゴ、と思い浮かべたイチゴの花。
母が庭で育てたことがあったし、イチゴ狩りにも出掛けた記憶。
とても小さくて、目立たないのがイチゴの花。
摘んで束ねても花束は無理で、野の花を摘んで来たような感じ。
(…この記事、ハーレイが読んだって…)
貰えないや、と零れた溜息。
誕生花を集めた花束は無理と、イチゴの花の花束なんて、と。
(どうせ花束、貰えないけど…)
チビの間は、強請っても。
どんなに欲しいと頼み込んでも、花束はきっと貰えない。
「子供にはまだ早いしな?」と、笑うハーレイが目に見えるよう。
もっと大きく育ってからだと、デート出来る頃になったらと。
それまで花束を贈りはしないと、チビのお前には早すぎると。
(イチゴの花でも駄目だよね…)
地味で小さな花束でも。
野に咲く花を集めたみたいな、イチゴの花の花束でも。
花束には違いないのだから。
それをプレゼントするとなったら、恋人用になるだろうから。
(だけど、大きくなったって…)
イチゴの花だよ、と残念な気分。
せっかく素敵なものがあるのに、イチゴでは、と。
誕生花の花束を貰えば嬉しくなりそうだけれど、イチゴじゃ無理だ、と。
貰えないよね、と諦めるしかない誕生花。
イチゴの花では絵にならないから、ハーレイがこれを読んだって。
「こいつはいいな」と目に留まったって、「なんだ、イチゴか」と思うだろう。
これでは駄目だと、花束は贈れそうにない、と。
なんと言ってもイチゴだから。
イチゴの花など、花屋にも置いていないから。
(…ぼくのは駄目…)
じゃあ、ハーレイは、と気になったのが誕生花。
ハーレイの誕生花は何だろうかと、花束が似合う花だろうかと。
(ぼくは花束、贈らないけど…)
贈る方ではないと思うけれど、自分はイチゴの花だから。
野に咲く花と変わらない地味な花だから、ハーレイの花を調べなければ。
(花束が似合う花だとか…?)
まさか薔薇とか、と吹き出した薔薇。
前のハーレイには、似合わないと評判だったから。
白いシャングリラで咲いた薔薇たち、その花びらで作ったジャム。
希望者にクジ引きで配られたけれど、ハーレイの前をクジは素通り。
「キャプテンに薔薇は似合わないわよね?」と。
そう思ったのが、薔薇のジャムを作った女性たち。
だからいつでもクジは素通り、その箱がブリッジに回って来ても。
「薔薇の花のジャムは如何ですか?」と、軽やかな声が聞こえても。
ゼルでさえもクジを引いたのに。
「運試しじゃ」と箱に手を突っ込んでは、クジの結果を楽しんだのに。
ハーレイだけが引かなかったクジ。
引けなかったと言うべきだろうか、クジの箱は回って来ないのだから。
薔薇は似合わないと決めてかかって、いつも素通りしていた箱。
もしかしたら誕生花は、その薔薇かもね、と。
ドキドキしながら、眺めた八月のカレンダー。
ハーレイの誕生花は何なのだろう、と。
(八月二十八日だから…)
これ、と見付けた誕生花。
期待した薔薇とは違ったけれど…。
(…ちゃんと花屋さんに置いてある花…)
イチゴの花とは格が違うよ、と肩を落とした「桔梗」の文字。
この家の庭には咲かないけれども、桔梗の花は人気が高い。
暑い季節に凛と咲くから、涼しげな花に見えるから。
(ハーレイ、桔梗の花なんだ…)
ぼくはイチゴの花なのに、と落差にガッカリしたけれど。
まるで違うと、とんでもない、と桔梗の文字を見詰めたけれど。
(イチゴの花なんか、花束にしても…)
ただの野原で摘んで来た花、そういう趣。
けれど桔梗の花ならば違う。
たった一輪挿してあるだけで、周りの空気も違って見える。
洒落た花瓶に生けなくても。
ただの空き瓶、それに一輪挿しただけでも。
(…イチゴの花とは大違いだよ…)
イチゴの花が一輪あっても、誰も気付いてくれないだろう。
桔梗みたいに凛と咲いてはいないから。
夏の暑さを跳ね返すように、涼しげに咲きもしないから。
(蕾の時から目立つものね…)
桔梗の花は、と膨らんだ蕾を思い浮かべる。
盛りだった季節に何度も見掛けた。
風船みたいに膨らんだ蕾、それがぐんぐん大きく育って…。
(もう咲きそう、って見ていたら…)
次の日の朝に咲いていた。
花びらをシャンと、ピンと伸ばして、夏の日射しに負けもしないで。
イチゴの花とは違うんだよね、と零れる溜息。
桔梗だなんて素敵だよねと、花束でなくても映えるんだから、と。
たった一輪あるだけで。
暑い盛りに咲いているだけで、視線を集める紫の桔梗。
(イチゴと違って、ずっと立派で…)
みんなが注目しちゃう花、と考えた所で気が付いた。
今のハーレイはそういう人だと、ぼくよりもずっと凄かったっけ、と。
(…柔道も水泳も、プロの選手並み…)
プロにならないか、と幾つも誘いが来ていたハーレイ。
柔道の道でも、水泳でも。
もしも選手になっていたなら、今頃は有名だったろう。
何処の星でも、きっと評判。
試合に出たなら連戦連勝、柔道も、それに水泳も。
(ハーレイが其処にいるってだけで…)
たちまち周りに人垣が出来て、サインを欲しがる人や、写真や。
ハーレイは快く応えるのだろう、その人たちに。
(憧れてます、って子供が来たら…)
高く抱き上げてみたりもしそう。
「立派な選手に育ってくれよ?」と、「いつかは俺と勝負しような」と。
そういう小さな子供でなくても、誰もが熱い視線を浴びせる。
サインが欲しいと、一緒に写真を撮りたいと。
また素晴らしい試合が見たいと、見に行かねばと大騒ぎで。
(ハーレイ、それにも応えちゃうんだよ…)
次の試合も好成績で。
記録なんかも作ったりして、喝采を浴びて。
今のハーレイはそうだったっけ、と「桔梗」の文字に納得した。
本当にハーレイみたいな花だと、イチゴの花のぼくとは違う、と。
たった一人でも、注目を集められるから。
プロの選手にならなかった今も、柔道部の生徒のヒーローだから。
(みんな、ハーレイ、大好きだもんね?)
クラブ活動以外の時でも、よく囲まれているハーレイ。
柔道部の教え子たちもそうだし、そうではない男女の生徒たちにも。
とても分かりやすい古典の授業は人気抜群、雑談だって。
(ハーレイ、ホントに桔梗なんだよ…)
たった一輪挿してあるだけで、周りの空気も変えてしまう桔梗。
お洒落な花瓶を使わなくても、空き瓶にヒョイと挿してあっても。
(…イチゴの花だと、それじゃ全然…)
目立ちもしないし、何本も摘んで花束にしても、一輪の桔梗に敵わない。
暑い中でも凛と咲く花とは違うから。
涼やかにすっくと咲ける花とは、まるで違うのがイチゴだから。
(ぼくって、イチゴの花だよね…)
弱いし、目立ちもしないんだから、と考えると少し悲しいけれど。
誕生花で作った花束だって、イチゴでは貰えないのだけれど。
(だけど、桔梗はハーレイにピッタリ…)
とても似合う、という気がするから、綻んだ頬。
八月二十八日の花は桔梗と、ハーレイに似合う花なんだから、と。
だから自分はイチゴでもいい。
ハーレイの花は凛と咲く桔梗なのだし、本当にそれが似合うのだから…。
君の誕生花・了
※ハーレイ先生の誕生花は、桔梗。ブルー君のイチゴと違って、見栄えのする花。
けれど、桔梗が似合っていると思い至ったブルー君。自分はイチゴでいいみたいですv