(ほほう…?)
こんなのがあるのか、とハーレイが眺めた一種の新聞。
ブルーの家には寄れなかった日、夕食の後で。
町の住人に配られる新聞、催しなどが載っているのだけれど。
(誕生花なあ…)
お知らせだけでは、誰も読んではくれないから。
ザッと目を通して捨てるだけだから、読んで貰おうと色々な工夫。
目を留めた記事もその一つ。
「あなたの誕生花を御存知ですか?」という見出し。
たったそれだけ、幾つかの花の写真も添えてあるけれど…。
(なにしろ一年分だしな?)
ズラリ並んだカレンダー。
十二ヶ月分、一年分の日付けを書いて。
曜日の代わりに花の名前で、一日に一つ。
(こいつは全く知らなかったぞ)
誕生石なら聞くんだが、と苦笑い。
そっちの方なら、まるで無縁ではなかったから。
(…俺が贈ろうってわけじゃないがな)
友人たちに「彼女」が出来始めたら、耳に入った誕生石。
一月から始まる十二ヶ月には、それぞれ石があるらしい。
「彼女」の誕生日に贈りたいけれど、どうしようかと。
(高いのから安いのまで、あるんだっけな?)
さして興味は無かったけれども、その部分だけは覚えている。
「俺の彼女のは高いんだよ!」と嘆く声だの、「俺は安くて助かった」だの。
そういうものでもなかろうに、とクックッと笑う。
好きな人から貰った物なら、値段なんぞ、と。
そう思ったのが誕生石。
あの頃も今も、意見はまるで変わっていない。
自分にも恋人が出来たけれども、今でも同じ考えのまま。
(あいつ、宝石は要らないだろうが…)
男だから、というのはともかく、ブルーの性格。
自分を飾りたいタイプではないし、きっと宝石など要らない。
それでもブルーに贈るとするなら、誕生石かもしれないけれど…。
(高いヤツなら、俺の予算に見合ったヤツで…)
安い石でも同じこと。
ブルーのためにと選ぶのだから、心をこめて。
予算の範囲で、ブルーに一番似合うものを、と選ぶだけ。
「高い」と顔を顰めはしないし、「安い石で良かった」と思いもしない。
選んでブルーにプレゼントすること、それが大切なことだから。
(高すぎる石で、うんと小さくなっちまおうが…)
安い石だから大きいものが買えたとしようが、愛の大きさは変わらない。
愛の深さは、石の大きさで測るものではないのだから。
貰う方だって、ちゃんと分かっているのだから。
(…ところで、あいつの誕生石って、何なんだ?)
とんと知らんな、とコツンと叩いた額。
三月の石は何だっけか、と。
(はて…?)
考え始めて、吹き出した。
そもそも一つも知りはしないと、自分のだって知らないと。
縁が無い上に興味もないから、覚えようともしなかった。
だから知らない誕生石。
「高いのもあるし、安いのもある」と、知っているだけで。
(その点、こっちの方だったら…)
花なんだしな、と見ることにした誕生花。
一日に花が一つずつ。
誕生石なら一月まとめて同じだけれども、こちらは違う。
(諸説あるのか…)
どういう花を持ってくるかは、様々な説があるらしい。
載っているのはその中の一つ、「他にも色々ありますよ」と。
誕生花だけで本が一冊作れるくらいに、花は幾つもあるらしいけれど…。
(まあ、これだけで充分だってな)
プレゼントする予定もないし、と思い描いた恋人の顔。
十四歳にしかならないブルーは、まだまだ子供。
花を贈るには早すぎる。
(貰えば喜ぶ筈なんだが…)
喜ぶ顔が見えるようだけれども、如何せん、子供。
ブルーの両親も変に思うに決まっているから、花は当分、贈れない。
小さなブルーが前と同じに育つまで。
デートに行ける年になるまで、花はお預け。
そうは言っても、気になる花。
ブルーの誕生花は何だろうかと、きっと綺麗な花なのだろうと。
(前のあいつは美人だったし…)
とても気高く美しかったし、凛と咲く一輪の花のよう。
(何の花か、と訊かれりゃ困るが…)
でも花なんだ、と言い切れる。
前のブルーは美しかったと、本当に花のようだったと。
さて…、と眺めたカレンダー。
小さなブルーの誕生花は、と三月の欄を覗き込んで。
(三月三十一日、と…)
なんの花だ、とブルーに相応しい素晴らしい花を期待したのに。
胸を高鳴らせて調べてみたのに、其処に書かれていた花は…。
(イチゴだと!?)
それは花ではないのでは、と思ったイチゴ。
果物だろうと、花じゃないぞ、と。
(あいつらしくはあるんだが…)
赤いからな、と思い浮かべた艶やかなイチゴ。
甘酸っぱい味の綺麗な宝石、みずみずしいイチゴはブルーの瞳と同じ色。
そう考えれば、イチゴも似合いかもしれない。
ブルーの瞳は二粒のイチゴ、甘酸っぱくて美味しいのだし、と。
(まだ食べられやしないがな…)
キスも駄目だ、とチビのブルーを思ったら。
子供らしい顔を思い出したら、ふと浮かんだのが膨れっ面。
「キスは駄目だ」と叱った時の。
「ハーレイのケチ!」と唇を尖らせた時の。
見事に膨れるブルーだけれども、その唇。
桜色をした愛らしい唇、あの唇も…。
(考えようによってはイチゴ色か?)
色づき始めたイチゴだったら、優しいピンクの部分もある。
真っ赤な果実に熟す前には、ほんのり桃色。
緑から赤に変わる途中の僅かな期間。
ほんの一瞬、淡い桃色。
(ふうむ…)
イチゴでもブルーに似合いの花だ、という気になった。
赤い瞳はイチゴの赤だし、桜色をした唇だって。
期待した花とは違ったけれども、イチゴも充分、似合うじゃないかと。
(しかし、花束は贈れんなあ…)
甘いイチゴを詰め込んだ籠と、花束はまるで違うから。
籠にリボンをかけたとしたって、花束に見えはしないから。
(プレゼント向きではないってか…)
せっかく似合っているんだが、と零れた溜息。
誕生花の花束は贈れないなと、贈るにしたってずっと先だが、と。
(イチゴの籠を抱えて行っても…)
花とは思って貰えまいな、と考えた所で気付いたこと。
赤いイチゴは花ではないと、あれはイチゴの実なんだ、と。
(花が咲いた後に、実が出来るわけで…)
記事の見出しは「誕生花」。
「誕生果」とは書かれていないし、花はイチゴの花だろう。
赤いイチゴが実るより前に、イチゴが咲かせる幾つもの花。
そっちの方だと、イチゴの花の方だった、と。
(…イチゴの花なあ…)
白い花だ、と辿った記憶。
自分は育てていないけれども、何度も見て来たイチゴの花。
隣町の家で母が育てたこともあったし、イチゴ狩りにも行ったから。
イチゴが実る畑に行ったら、イチゴの花も咲いていたから。
(俺は白しか知らないな…)
野イチゴの花も白いんだ、と子供時代の記憶を手繰る。
畑のイチゴと同じで白いと、おまけに小さな花なんだが、と。
イチゴは色々あるけれど。
栽培品種も、野生のイチゴも見て来たけれども、どれも赤い実。
ブルーの瞳を思わせる果実、甘酸っぱくて赤い宝石のよう。
(本当にあいつにピッタリの実で…)
その割に地味な花なんだよな、とイチゴの花を思い出す。
赤い宝石、それが実るとは思えないほどに小さな花。
けして目立ちはしない花。
(可憐と言えば、そうも言えるが…)
どちらかと言えば健気だろうか、と白いイチゴの花を思った。
誰も目を留めてくれないくらいに、華やかさの欠片も無いのだけれど。
イチゴの花を摘んで集めても、花束にしては地味すぎるけれど…。
(…それこそ、あいつみたいな花か?)
チビのブルーはイチゴだろうか、と愛くるしい顔と重なった花。
今は小さな花だけれども、いつか大きく開くから。
二粒の赤い宝石の瞳、それが煌めく美しい人に。
白く可憐な花を咲かせる時期が過ぎたら、誰よりも気高く美しい人に。
(…そうか、イチゴか…)
今のあいつはイチゴの花か、と浮かべた笑み。
子供の間は白くて可愛い花を咲かせて、育てば凄い美人に、と。
(けっこう当たっているかもしれんな)
あいつのための誕生花、と「イチゴ」と書かれた欄を見詰める。
地味だけれども、ピッタリだと。
ブルーにとても似合いの花だと、チビのあいつはイチゴの花、と…。
あいつの誕生花・了
※イチゴだったらしい、ブルー君の誕生花。実の方が先に浮かびますよね、イチゴの場合。
ハーレイ先生も同じですけど、似合うと思ったみたいです。赤い実も、白くて小さな花もv