(ハーレイ、とっくに帰っちゃったし…)
後は寝るだけ、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日も来てくれた、愛おしい人。
前の生から愛したハーレイ、今も愛しているのだけれど。
(ぼくはホントにハーレイが好きで…)
今もこうして想っているのに、世の中、上手く出来てはいない。
十四歳の子供でしかない、小さな自分。
ハーレイと一緒に暮らせはしなくて、いつもこうして置いてゆかれる。
夕食の後のお茶が済んだら、帰って行ってしまうハーレイ。
「またな」と軽く手を振って。
のんびり歩いて帰って行ったり、停めてあった愛車に乗り込んだりして。
今日もやっぱり残された家。
ハーレイは自分の家に帰って、呼んだって声は届かない。
何ブロックも離れた所に、声が届きはしないから。
思念を紡いで届けようにも、今の時代は難しいそれ。
人間が全てミュウになった今は、何処の家にも施されている仕掛けがあるから。
白いシャングリラのようにはいかない、他所の家へ思念を届けること。
あの船だったら、簡単に届けられたのに。
「ハーレイ?」と呼べば応えて貰えたのに。
今の時代の仕組みもそうだし、今の自分の方も問題。
(…とっても不器用…)
とことん不器用になったサイオン、思念波もろくに紡げないレベル。
だから仕掛けが無かったとしても、此処からハーレイの名前は呼べない。
呼んでも決して届きはしなくて、ポツンと独りぼっちの自分。
ハーレイに巡り会えたのに。
今も愛して、恋しているのに。
なんとも悲しい、今の状況。
すっかり慣れたと思っていたって、何かのはずみに思い出す。
今の自分の幸せな恋は、ちょっぴり欠けているのだと。
とても幸せに恋していたって、前のようにはいかないのだと。
(キスが出来ないのもそうだけど…)
ハーレイに「駄目だ」と叱られるキス。
前の自分と同じ背丈に育つまでは貰えない、唇へのキス。
いつだってキスは頬と額だけ、ハーレイがそう決めたから。
どんなに強請ってもキスは貰えなくて、代わりに叱られてしまうだけ。
「俺は子供にキスはしない」と、「何度言ったら分かるんだ」と。
キスも貰えない有様なのだし、恋人同士の時間は持てない。
抱き締めて貰ってもそれでおしまい、二人でベッドに入れはしない。
(…前のぼくたち、本物の恋人同士だったのに…)
今はそうではなくなった恋。
「俺のブルーだ」と言って貰えても、それっきり。
キスは駄目だし、溶け合えもしない自分たち。
だから、こうして置いてゆかれる。
「またな」とハーレイが帰って行って。
独りぼっちでベッドにチョコンと座るしかなくて、ハーレイに声も届かない。
夕食の後のお茶が済んだら、お別れの時間。
前の自分とハーレイだったら、それからが大切だったのに。
キスを交わして、愛を交わして、朝まで一緒。
同じベッドで二人で眠って、目覚めた時にはハーレイの顔。
「よくお休みになれましたか?」と。
おはようのキスを贈って貰って、其処から始まっていた一日。
ベッドから出たら、恋人同士の時間は終わってしまっても。
ソルジャーとキャプテン、そういう二人に戻らなくてはいけなくても。
誰にも秘密で、隠し通した前の自分とハーレイの恋。
そうしなくてはいけなかったから、誰にも言えずに終わった恋。
けれど、確かに幸せだった。
ハーレイに恋して、愛されて。
いつも心は寄り添っていたし、呼べばハーレイが応えてくれた。
ブリッジで舵を握っていたって、「どうなさいました?」と。
「後でそちらに伺いますから」と、用を作って来てくれもした。
ハーレイは多忙だったのに。
教師をしている今のハーレイより、遥かに忙しかったのに。
(…ハーレイの時間は、前よりたっぷり…)
キスも出来ないチビの自分を、わざわざ訪ねて来てくれるほど。
「仕事が早く終わったからな」と、学校のある平日だって。
休みの日ならば、午前中から来てくれる。
二人で一日一緒に過ごして、夕食の後のお茶の時間まで。
ハーレイが割いてくれる時間は、前よりもずっと多いのに。
多い筈なのに、それは昼間の間だけ。
太陽が沈んで夜になったら、近付いてくるのがお別れの時間。
今もこんなに愛しているのに、ハーレイは「またな」と帰ってしまう。
「行かないでよ」と言えはしなくて、見送ることしか出来ない自分。
ハーレイが此処にいてくれたならば、今だってきっと幸せなのに。
キスは駄目でも、二人でベッドに入れなくても。
(…ハーレイがいたら…)
眠くなるまで、話すことは山ほどあるのだろう。
いくら話しても尽きはしなくて、次から次へと浮かぶのだろう。
これを話そうと、次はあっち、と。
ハーレイもきっと相槌を打って、話を楽しくしてくれる。
「其処は俺だと…」と、思いもよらない方へ話を転がしたり。
二人でいたなら、終わりは来そうにない話。
眠くなってベッドに入るまで。
ハーレイが「おやすみ」と言ってくれるまで。
「続きは明日な」と、「ゆっくり眠れよ」と優しい声で。
同じベッドで眠れなくても、ハーレイのベッドは別の部屋でも。
(…ホントに、ちょっぴり欠けちゃってる…)
前の自分の恋に比べて、自分の恋は。
いつでも側にいてくれたハーレイ、離れていたって感じた思念。
それが今では離れ離れで、思念だって家まで届きはしない。
家の仕掛けも問題だけれど、ハーレイは思念を届けようとはしてくれないから。
そんなつもりがあるのだったら、「またな」と帰りはしないから。
(…ハーレイ、好きだって言ってくれるけど…)
「俺のブルーだ」と何度も抱き締めて貰ったけれども、それだけのこと。
前と同じに好きだと思ってくれているなら、ハーレイだって…。
(…離れたくない筈なんだよ…)
自分を独りぼっちにしたりはしない。
独りぼっちにするしかなくても、もっと悲しんでくれる筈。
「俺も帰りたくないんだけどな」と、「すまん」と謝ってくれるとか。
帰り際には手を握り締めて、名残を惜しんでくれるとか。
(…パパとママがいるから、無理にしたって…)
方法はきっと、幾つでもある。
「またな」と軽く手を振る代わりに、握手したなら伝わる温もり。
そうでなくても、見送りに出た時、小さな声で囁くだとか。
「愛してる」と、とても小さな声で。
自分だけにしか届かない声で、あるいは優しい思念の声で。
それなら誰も気付かないのに。
両親は全く気付かないから、きっと大丈夫な筈なのに。
けれども、今日も「またな」とだけ。
軽く手を振って帰ったハーレイ、「愛してる」の言葉は貰えなかった。
握手さえ求めてくれなかったから、温もりだって貰っていない。
独りぼっちで置いてゆかれて、ベッドにポツンと座った自分。
ハーレイが此処にいてくれたならば、それだけで充分幸せなのに。
(…キスは駄目でも、ベッドも別で部屋も別でも…)
眠くなるまで、ハーレイと一緒にいられたら。
他愛ない話を交わし続けて、瞼が重くなってくるまで。
欠伸を噛み殺せなくなってしまって、「チビは寝ろよ?」と言われるまで。
どんなに幸せな気分だろうか、そういう風に過ごせたら。
いつもハーレイと一緒にいられて、「おやすみ」と言って貰えたら。
唇ではなくて、頬にキスでも。
額に「おやすみ」と貰うキスでも、きっと幸せが胸に溢れる。
そのまま一人で眠るだけでも、一人きりで眠るベッドでも。
ハーレイが側にいてくれたならば、眠りに落ちるまでいてくれたなら。
(ホントのホントに、きっと幸せ…)
おやすみのキスしか貰えなくても。
ハーレイと一緒に眠れなくても、今よりもずっと幸せな筈。
なのにハーレイは帰ってしまって、今夜も自分は独りぼっちで…。
(やっぱり、ちょっぴり欠けているよね…)
今の自分とハーレイの恋。
前と同じに恋をしていても、ちょっぴり欠けた月のよう。
きっと自分がチビだから。
ハーレイもチビだと思っているから、「またな」と自分を置いてゆく。
側にいてくれたら、もうそれだけで充分なのに。
唇にキスを貰う代わりに、頬か額に「おやすみ」のキス。
それが貰える毎日だったら、きっと最高に幸せなのに。
(君さえ、側にいてくれるなら…)
いくらでも我慢出来ると思う。
キスは駄目でも、本物の恋人同士の時間を持つことは出来なくても。
いつもハーレイと一緒だったら、と思うけれども、チビの自分は今日も置き去り。
君さえいれば、と頼んでも、きっと駄目だから。
ハーレイは「またな」と帰るだけだから、こんな夜には零れる溜息。
たまに、気付いてしまったら。
今の自分の幸せな恋は、ちょっぴり欠けたお月様だ、と…。
君さえいれば・了
※今のぼくの恋はちょっぴり欠けてる、と溜息なのがブルー君。独りぼっち、と。
ハーレイ先生の気持ちが分からないのは、チビだから。これではキスは貰えませんよねv