(よし、今日も一日、頑張ったよな)
俺の仕事はきちんとやった、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
ブルーの家から帰って来た後、夜の書斎で。
コーヒー片手の寛ぎの時間、いつも通りのお楽しみ。
休日も平日もそれは同じで、この一杯から生まれるあれこれ。
仕事の段取りをするにしたって、「こうすればいい」と閃くアイデア。
机に向かって唸っていたって、出て来ないような素敵なものが。
(コーヒーから生まれるわけじゃないんだが…)
酒を一杯、という時にだってポンとアイデアは降って来るから。
翌朝見たって充分に使える、真っ当なものが。
(多分、こいつで切り替わるんだな)
頭の中のスイッチが。
「完全に俺の時間だ」と。
やるべきことは全部終わって、コーヒーを飲んだら後は寝るだけ。
酒の方でも同じこと。
飲みながら本を読むにしたって、もう完全に自由な時間。
日記を書くのも自由時間の内に入るし、何をしたっていいのだから。
(考え事をしようが、飲み終わったら寝ちまおうが…)
誰も文句は言いに来ないし、誰にもかけはしない迷惑。
「ハーレイ、酷い!」とブルーがプンスカ膨れもしない。
「ぼくを放っておくなんて」と。
「本を読むより、ぼくを見てよ」とか、「なんでコーヒー?」とか。
小さなブルーはコーヒーが苦手で、一人前の恋人気取り。
こういう時間があると知ったら、きっと膨れてしまうのだろう。
「ぼくがいないと自由時間なの?」と。
きっとそうだな、とクックッと喉を鳴らして笑う。
ブルーがいたなら、こんな風にはいかないと。
書斎でのんびり出来はしなくて、引っ張り出されるリビングだとか。
「ぼくを放っておかないでよ」と。
仮に書斎にいられたとしても、隣か後ろにいるだろうブルー。
「まだ終わらないの?」と言いはしなくても、チラチラ視線を向けながら。
自分も本を読んでいるけれど、本のページは進まないままで。
(そいつはそいつで、かまわないんだが…)
もしもブルーが此処にいるなら、きっと自分は幸せだから。
自由時間を全部奪われても、本望というヤツだから。
(今度こそ、あいつを離さないんだ…)
そう誓ったから、それでいい。
一人きりで寛ぐ夜のひと時、それを失くしてしまっても。
素敵なアイデアが浮かぶ時間が無くなっても。
(アイデアなら、きっと浮かぶしな?)
ブルーが側にいるだけで。
どんなに邪魔をされたとしたって、「コーヒーは駄目!」と禁止されたって。
「ぼくと一緒に紅茶にしようよ」と、ダイニングに引っ張って行かれたとしても。
誰よりもブルーを愛しているから。
二度と離すまいと思うのだから、ブルーがいれば何でも出来る。
仕事のアイデアも次から次へと浮かぶのだろう。
ブルーと話している内に。
「今日はな…」と報告している間に、空からポンと降って来る。
机に向かって考えていても、浮かばないようなアイデアが。
「その手があるな」と、自分でも感心するような。
そうに違いない、という確信。
夜のコーヒーが飲めなくなっても、代わりにブルー、と。
(俺のミューズというわけだ…)
芸術とはまるで無縁だけれども、たとえて言うなら、そういった所。
ブルーが側にいてくれるだけで、アイデアがポンと浮かぶなら。
一人でいるより二人の方が、ずっといいのだと言うのなら。
(コーヒー無しでも、酒も駄目でも…)
酒もやっぱり苦手なブルー。
小さなブルーは飲める年にはなっていないし、なったとしたって、多分、無理。
前のブルーは酒もコーヒーも駄目で、どちらも苦手だったから。
今度もきっと、という予感。
ブルーと一緒に暮らし始めたら、酒もコーヒーも駄目だろうな、と。
たまに飲ませて貰えたとしても、ブルーの冷たい視線とセット。
冷たい視線を浴びせられなくても、「まだ飲んでるの?」と呆れた視線。
「ぼくを放っておくなんて」と。
「コーヒーの方がそんなにいいの?」と、「ぼくよりお酒の方が好き?」と。
もちろんブルーの方が好きだし、そう言われたなら…。
(酒もコーヒーも放り出すってな)
そしてブルーを抱き締める。
「コーヒーの味…」と嫌われようが、顎を捉えて贈るキス。
「お酒の味だよ」と顔を顰めても、きっとブルーは逃げないから。
じきに綻ぶだろう顔。
自分の方を向いてくれたと、これからは二人の時間だと。
そんなブルーを抱き締めていたら、もう幸せでたまらない時間。
コーヒーを飲んでいるよりも。
どんなに美味しい酒があっても、それを傾けているよりも。
ブルーのためなら迷わず捨てる、と断言出来るコーヒーや酒。
一人きりで寛ぐこの時間だって、捨ててしまってかまわない。
ブルーがいれば充分だから。
邪魔をされても、ブルーがミューズなのだから。
(アイデアは浮かぶし、考え事だって一人でするより…)
二人の方が、断然いい。
想像の翼を広げて飛ぶなら、一人より二人。
ブルーと二人で何処までも飛ぼう、色々な場所へ。
「何が食べたい?」という話題だけでも、きっと大きく広がるから。
本の感想を語るにしたって、どんどん彼方へ飛んでゆけるから。
「ぼくはその本、読んでいないよ」と言われたならば、勧めるだとか。
ブルーの好みの本でなくても、自分の感想を話したならば…。
(面白いね、と言ってくれるとか、信じられないと呆れられるか…)
其処から二人で飛び立つ世界。
好みの違いがあるとしたなら、どうしてそういう風になるのか。
お互いの育った環境なんかを比較してみて、「仕方ないな」と笑い合ったり。
ブルーに柔道の話をしたって通じないけれど、興味を持ってはくれるから。
「ぼくには無理!」と言っていたって、「もっと聞かせて」と煌めく瞳。
だから二人で何処までも飛べる、「もしも」と想像の翼を広げて。
自分が教える、遠い昔の古典の中の世界へも。
ブルーは全く出来ない柔道や水泳、それを取り巻く世界へも。
「お前が柔道をやっていたなら、違う出会いになってたかもな?」と。
学校の教室で出会う代わりに、バッタリ顔を合わせる道場。
もうそれだけで世界は変わるし、羽ばたいてゆける想像の翼。
二人ならきっと、今よりも。
ブルーが側にいてくれたならば、コーヒーも酒も捨ててしまっても。
あいつさえいれば、と傾けた愛用のマグカップ。
今は一人でコーヒーだけれど、いつかはこれも用済みだろうと。
寛ぎの時間が消えてしまっても、きっと自分は後悔しない。
(…あいつがいれば、充分だしな?)
この寛ぎの時間が消えても、代わりにブルーがいるのだから。
ミューズだとも思うブルーがいたなら、何もかも上手くゆくのだから。
(仕事だって、アイデアだけに限らず…)
今よりもずっと、張り合いが出るに違いない。
家に帰れば、ブルーの笑顔。「おかえりなさい」と。
出掛ける時にも、「行ってくる」とブルーにキスを贈って、それから出勤。
とても充実した日々になって、やる気が溢れて来るのだろう。
今もやる気はたっぷりだけれど、それよりも、ずっと。
(本当に俺のミューズなんだ、あいつ…)
小さなブルーと出会えただけでも、人生の輝きが増したから。
「ブルーの家に寄れるといいが」と、仕事を頑張る呪文だって出来た。
もっと効率よく仕事したなら、時間に余裕が出来るだろうと。
同じ書類を作るにしたって、もっと、もっとと理想が高くなるから。
(ブルーさえいれば、何だって…)
どんなことだって出来るってもんだ、と眺めたカップ。
いつも飲んでいる寛ぎのコーヒー、これだって捨ててしまえると。
ブルーがいるだけで人生も仕事も、何もかも充実するんだから、と。
あいつは俺のミューズだから、と緩んだ頬。
ブルーさえいればと、もうそれだけで充分だから、と。
(うん、何もかも捨てられるってな)
間違いないな、と断言出来る。
ブルーだけがいればそれで充分、他には何も望みはしない。
生まれ変わってまた巡り会えた、誰よりも愛した愛おしい人。
今度はブルーを離さないから、ブルーがいれば幸せだから。
コーヒーも酒も、消えてしまっても。
自分一人の寛ぎの時間、それを失くしてしまったとしても…。
あいつがいれば・了
※ブルーさえいれば充分なんだ、と考えているハーレイ先生。それで充分、と。
コーヒーもお酒も捨ててしまってかまわないほど、大切なのがブルー君。愛されてますよねv
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