(んーと…?)
本当に似合わないのかな、と小さなブルーが傾げた首。
ハーレイが訪ねて来てくれた日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ハーレイに薔薇…)
似合わないぞ、とハーレイが言って、自分も笑った。
前のハーレイを、白いシャングリラで暮らした時代を思い返して。
ハーレイのお蔭で蘇った記憶、あの白い船と薔薇の花。
シャングリラの薔薇から作られたジャム。
(とっても素敵なジャムだったんだよ)
萎れ始めた薔薇の花から、船の女性たちが作ったジャム。
そのまま枯れて駄目になるより、花びらを集めてジャムにしようと。
香り高い品種を植えていたから、そういう花でも充分に出来た薔薇のジャム。
口に入れたら、ふうわりと薔薇の香りがしていた。
スコーンに塗ったり、紅茶に入れたり、楽しんで食べた薔薇のジャム。
前の自分は、いつも一瓶貰えたから。
新しい薔薇のジャムが出来たら、女性たちから届いた瓶。
少ししか作れなかったのに。
薔薇のジャムが欲しい他の仲間は、クジ引きするしかなかったのに。
(そのクジの箱が、いつも素通り…)
クジを引けずに見ていただけなのが、前のハーレイ。
「薔薇のジャムは如何ですか?」と、ブリッジにクジの箱が来たって。
ゼルまでがクジを引いていたって、ハーレイの前を箱は素通り。
薔薇の花もジャムも、前のハーレイには似合わないから。
女性たちはそう思っていたから、ハーレイも呼び止めなかったから。
ハーレイと二人、笑い転げた思い出話。
前のハーレイの前を素通りした箱、薔薇のジャムが当たるクジの箱。
ゼルも常連だったのに。
薔薇のジャムのクジがやって来たなら、「運試しじゃ」と手を突っ込んだのに。
(ハーレイ、ホントに似合わないから…)
そうなっても仕方ない、薔薇のジャムのクジ引き。
ジャムを作った女性たちは「似合わない」と考えていたし、前の自分だって。
(薔薇の花、ぼくには似合っていたらしいけど…)
キラキラと零れた、薔薇のジャムを作る女性たちの思考。
「ソルジャーには薔薇の花が似合う」と、「薔薇のジャムもよくお似合いになる」と。
恥ずかしい気分になったけれども、否定したりはしなかった。
彼女たちがそれで幸せならばと、心が弾んでいるのなら、と。
(それとセットで、前のハーレイ…)
薔薇が似合わない人と評されていた。
彼女たちは口にはしなかったけれど、心から零れていた思考。
「キャプテンは薔薇が似合わない」と。
薔薇の花が似合うと思われた自分と、似合わなかったハーレイと。
その組み合わせが可笑しかったから、前のハーレイとも何度も笑った。
薔薇のジャムが届いて、食べる時には。
青の間で二人、紅茶を淹れて、スコーンに薔薇のジャムを塗り付けて。
(ホントだったら、ハーレイ、食べられないんだから…)
薔薇のジャムが当たるクジさえ素通りするハーレイ。
クジを引かないと当たらないから、ジャムを食べられるわけがない。
けれど、ハーレイは食べていた。
届いたばかりの薔薇のジャムを。
クジに当たりもしていないのに、前の自分が貰った分を。
薔薇も、薔薇のジャムも、似合わないと言われた前のハーレイ。
作っていた女性たちはそう考えたし、クジも素通りして行ったのに。
そのハーレイは、前の自分と恋人同士。
青の間に薔薇のジャムが届けば、前の自分が淹れていた紅茶。
「ジャムが届いたから、食べよう」と。
薔薇のジャムにはスコーンが合うから、それを厨房から届けて貰って。
ハーレイと二人、薔薇の香りを楽しみながらのティータイム。
何度も二人で笑い合っていた。
「本当に酷い組み合わせだ」と。
薔薇が似合わないと言われるハーレイ、その恋人が前の自分だから。
「ソルジャーは薔薇がお似合いになる」と、薔薇のジャムを届けて貰うのだから。
なんとも酷いと、女性たちだって夢にも思わないだろうと。
この組み合わせで食べているとは、まさか恋人同士だとは。
(いつもハーレイと笑ってて…)
前のハーレイも、「いたたまれない気持ちになりますね」などと言っていた。
「これでは、せっかくの薔薇のジャムが…」と、「私の胃袋行きなのでは」と。
女性たちの気持ちも、薔薇のジャムの方も台無しだと。
だから二人で笑い合いながら食べたジャム。
「また貰えたよ」と、「ところで今度は、誰が当たりクジ?」などと。
クジ引きの話を持ち出したならば、ハーレイがプッと吹き出すから。
「今度のですか?」と報告しながら、「ハズレの人は御存知でしょう?」と。
「私にだけは当たりませんよ」と、「クジも引かせて貰えませんしね」と。
でも今回も当たりましたと、こうして食べていますからと。
前の自分が貰っていたから、ハーレイはいつでも当たりクジ。
クジの箱に手を突っ込まなくても。
運試しなどはしなくても。
強運とも言えた前のハーレイ、クジを引かずに食べていたジャム。
「似合わないのですが」と言っていたって、いつも当たった薔薇のジャム。
前の自分が、必ず一瓶貰うから。
「薔薇が似合うソルジャー」にお届けせねばと、女性たちが一瓶くれていたから。
貰う度にハーレイと食べて笑って、クジ引きのことも話題にして。
ハーレイが「また今回も素通りでしたよ」と、「そんな私が食べるのも…」と苦笑して。
そんな風に過ごした、遠い遠い昔。
白いシャングリラにいた、誰にも秘密の恋人同士。
薔薇の花もジャムも似合わないハーレイ、薔薇の花が似合うらしいソルジャー。
とても似合いとは言えないカップル、女性たちが知ったらショックだったに違いない。
最後までバレずに終わったけれど。
前の自分は死んでしまって、それきりになってしまったから。
(…ぼくが死んだ後は、ハーレイ、食べずに済んだよね、って言っちゃって…)
ハーレイをからかって遊ぶつもりが、泣く羽目になった小さな自分。
前のハーレイの悲しみを思い知らされて、ポロポロと。
考えなしの子供だったから。
それでも許してくれたハーレイ。
「涙、一発で止めてやろうか?」と、クジ引きの話を持ち出して。
いつでもクジは素通りだったと、遠い昔のハーレイのように笑ってみせて。
前の自分が死んだ後には、もうクジ引きは無かったけれど。
薔薇のジャムさえ、一度も作られなかったけれども、それよりも前。
前の自分が長い眠りに就いてしまったら、当たりクジを引けなくなったハーレイ。
元からクジは素通りなのだし、薔薇の花のジャムを食べるチャンスは無くなった。
青の間にジャムは届かないから。
眠ってしまった前の自分に、薔薇のジャムは届きはしなかったから。
ハーレイが逃してしまったチャンス。
二度と当たりはしなかったクジ。
遠い昔のように笑い合って、笑い転げてしまったけれど。
今のハーレイにも薔薇は似合わないと、二人揃って笑ったけれど。
(…薔薇の花、ホントに似合わない…?)
お風呂から上がって、ふと思ったこと。
前の自分は、まるで気付いていなかったけれど。
ハーレイと二人で笑っていたから、少しも考えなかったけれど。
本当に薔薇は似合わないのだろうか、ハーレイに?
(…今のぼくだって、薔薇はちっとも似合わないんだし…)
誰も似合うと言いはしないし、自分でも似合わないのだと思う。
チビの自分に、薔薇の花など。
ハーレイに言ったら、「いずれ育つし、前と同じに似合うようになるさ」と返されたけれど。
(似合ってたぼくが、薔薇が似合わない子供になって…)
青い地球の上に来ているのだから、ハーレイの事情も変わっていそう。
前とそっくり同じ姿でも、薔薇の花との関係は。
(…ハーレイ、柔道も水泳もプロの選手並みで…)
選手になる道を選ばなかったというだけのこと。
もしも選手になっていたなら、花束だって貰うのだろう。
優勝したら当然、花束。
ファンの人たちからも、花束。
(薔薇の花、きっと定番だよね?)
それを抱えたハーレイの姿を思い浮かべたら、絵になる感じ。
表彰台に立って、腕に立派な薔薇の花束。
何本あるのか分からないほど、沢山の薔薇を束ねてリボン。
(…カッコ良くない?)
そういうハーレイ。
薔薇の花束を腕に抱えて、首からはきっとメダルを下げて。
いい感じだよ、と思ったハーレイの姿。
薔薇の花束を抱えていたって、何処も可笑しくない姿。
(…もしかして、前のハーレイも…?)
姿は全く変わらないのだし、似合わないと勝手に思い込んでいただけなのだろうか?
前の自分も、ハーレイも。
薔薇のジャムを作った女性たちだって、頭から決めてかかってしまって。
(…そうだったのかも…)
凄く絵になる、と思った表彰台のハーレイ。
大きな薔薇の花束を抱えて、首から金のメダルを下げて。
自分が其処に居合わせたならば、きっと見惚れているのだろう。
ハーレイが優勝した試合の余韻にまだ浸りながら、表彰台の上の恋人を。
とてもカッコいいと、ハーレイは誰よりも凄いんだ、と。
優勝して大きな薔薇の花束を貰えるほどに。
金のメダルを下げて貰って、祝福を浴びているほどに。
(薔薇の花束、ハーレイのだから…)
きっとハーレイに良く似合う。
自分が大きく育っていたって、自分よりも、ずっとハーレイに。
(やっぱり、ハーレイ、似合うんじゃない…?)
薔薇の花がちゃんと似合うじゃない、と思った恋人。
とても素敵で、カッコいいと。
きっとぼくより、薔薇が似合うと。
(みんな、間違えてただけなのかもね…?)
そう思うけれど、恋は盲目という言葉もあるから、自信が無いのが少し悲しい。
薔薇の花なら、ハーレイも似合いそうなのに。
表彰台で花束を抱えていたなら、誰よりも絵になりそうなのに…。
似合いそうな薔薇・了
※今のハーレイには薔薇が似合うよ、と考えているブルー君。ぼくよりも、ずっと、と。
けれども気になる「恋は盲目」。自信はあまり無さそうですねえ、今の自分の眼力にはねv