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似合わない薔薇

(やっぱり今でも似合わんだろうな…)
 似合う筈がないな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 ブルーの家へと出掛けて来た日に、夜の書斎でコーヒー片手に。
 愛用のマグカップにたっぷりのコーヒー、それだって…。
(うん、似合わないぞ)
 アレには似合わん、と断言出来る。
 遠い遠い昔、前のブルーと暮らした白い船。
 ミュウの箱舟だった白いシャングリラ、其処に咲いていた薔薇の花たち。
(俺には薔薇は似合わない、ってな)
 そういう定評、前の自分を評する言葉。
 「キャプテンには薔薇は似合わない」という、あの船の女性陣の認識。
 面と向かって言われたわけではないけれど…。
(自然と分かってくるってもんだ)
 どういう風に見られているのか、彼女たちの瞳にどう映るかは。
 キャプテンとしての威厳はともかく、この容貌。
(今の俺とそっくり同じわけだし…)
 お世辞にも「甘い」とは言えない顔立ち、どちらかと言えば「いかつい」顔。
 それからミュウらしからぬ体格、シャングリラの時代は目立ち過ぎた。
 人間は全てミュウになった今の時代だったら、さほど珍しくはないけれど。
 スポーツ選手は立派な体躯が普通なのだし、それを目指す者やアマチュアだって…。
(今じゃ、そこそこデカイんだがな?)
 前の自分のように「デカブツ」とは言われないだろう。
 ゼルがよく叩いた憎まれ口のように、「お前ぐらいだ」とけなされることは。


 そうは言っても、今でもやっぱり…。
(似合わんぞ、薔薇は)
 どう考えても柄じゃない、と思い浮かべた薔薇の花。
 今日も目にしてきたけれど。
 小さなブルーとお茶を飲んでいた庭、其処で開いていたのだけれど。
 庭で一番大きな木の下、据えてある白い椅子とテーブル。
 今のブルーのお気に入りの場所で、初めてのデートに選んだ場所。
(あいつ、今でも好きなんだ、あそこ…)
 据えてある椅子とテーブルが変わってしまっても。
 初めてのデートに使ったものとは、違うテーブルが据えてあっても。
 最初のデートをした場所だから。
 ブルーのためにと持って行ってやった、キャンプ用の椅子とテーブルで。
 何度かそれでデートをした後、今の白い椅子とテーブルになった。
 「運んで来て貰うのは申し訳ないから」と、ブルーの父が買ったお蔭で。
 今日もブルーは「庭でお茶がいいな」と言い出したから。
 午後のお茶は庭で、ブルーと二人。
(いいもんだな、と思っていたら…)
 目に付いたんだよな、と庭の薔薇たちを思う。
 ブルーの母が丹精している、多分、四季咲きだろう薔薇。
 遠い昔に暮らした船とはまるで違って、地球の地面に植えられた薔薇。
 それをお供にお茶の時間で、ブルーと二人。
 なんと平和になったものかと、いい時間だと幸せを噛み締めていたら…。
 不意に頭に蘇った記憶。
 白いシャングリラで咲いた薔薇たち、あの薔薇は…、と。


 自給自足で生きてゆく船、箱舟だったシャングリラ。
 名前通りの楽園にしようと、観賞用の薔薇も植えられていた。
(薔薇が咲くだけなら、まだいいんだが…)
 前の自分がいくら武骨でも、いかつい顔をしていても。
 きっと薔薇とは、誰も比べはしなかったろう。
 薔薇たちはただ、花開いているだけだから。
 前の自分はブリッジに立って、舵を握っているだけだから。
(比較しようが無いってな)
 ブリッジに薔薇は咲きはしないし、花が生けられることも無い。
 そんな場所ではなかったから。
 薔薇を植えようとか、花を生けようとか、そういったこととは無縁なブリッジ。
 なにしろ、船の進路を決めてゆく場所。
 船の心臓とも言える部分で、花を愛でている余裕があったら…。
(仕事だ、仕事)
 操舵はもちろん、レーダーを見たり、他にも色々。
 誰もが船の命を握って、自分の仕事をしていた場所。
 たまに笑いが溢れていたって、薔薇の花を愛でる余裕までは無い。
 けれども、其処に薔薇の花がやって来たっけな、と。
 花そのものでは無かったけれど。
 薔薇の花束がやって来たとか、誰かが生けに来たというわけでも無かったけれど。
(よりにもよって…)
 ジャムだったんだ、と苦笑する。
 そいつがブリッジに来るんだ、と。
 似合わない俺の所にだけは来なかったが、と。


 シャングリラの中で咲いた薔薇たち。
 ただ咲くだけで、その内に散っていたのだと思う、最初の頃は。
 その薔薇が、いつの間にやら化けた。
 花が萎れ始める頃合い、それを狙って集め始めた女性たち。
(いったい誰が言い出したんだか…)
 特に興味は無かったけれども、作っていた顔ぶれは今も思い出せる。
 盛りを過ぎた薔薇を集めて、ジャムを作った女性たち。
 香り高い品種を植えていたから、萎れ始めた花からジャムを作っても…。
(充分に薔薇のジャムだったんだ)
 だからブルーに訊いてみた。
 今の小さなブルーに向かって、「あの薔薇の花はジャムにするのか?」と。
 ブルーの母が育てている薔薇、その花びらもジャムになるのか、と。
 キョトンと瞳を見開いたブルー。
 「しないよ、なんで?」と。
 案の定、忘れていたブルー。
 白いシャングリラにあった薔薇のジャムのことを、それを巡っての笑い話を。
(薔薇のジャム、あいつには似合ったんだが…)
 気高く美しかったブルーは、自分と違ってそういう評判。
 「ソルジャーは薔薇がお似合いになる」と、「薔薇で作ったジャムだって」と。
 船で生まれた薔薇のジャム。
 作り始めた女性たちがそれを、「如何ですか?」とブルーに届けてみたほどに。
 試食用にと、出来立てを青の間に運んだほどに。
(でもって、あいつは、それ以来だな…)
 薔薇のジャムを届けて貰える身分。
 「美味しいよ」と評して以来、薔薇のジャムが出来たら、いつも一瓶。
 とても希少なジャムなのに。
 他の者たちはクジ引きなのに。


 薔薇のジャムは沢山作れないから、欲しい者たちはクジを引く。
 クジに当たれば一瓶貰えて、薔薇の花の香りと味を楽しむ。
 そのためのクジが出来上がったら…。
(ブリッジにやって来たってな)
 ジャムそのものが来るのではなくて、クジ引きの箱が。
 運よく当たりを引き当てたならば、薔薇のジャムを貰えるクジ入りの箱が。
 「薔薇のジャムは如何ですか?」と箱を抱えて来た女性。
 欲しい人はどうぞクジ引きを、と。
(あの箱がだな…)
 一度も来なかったのが俺なんだ、とクックッと笑う。
 ただの一度も、キャプテンの所には来なかった箱。
 舵を握っていたならともかく、キャプテンの席に座っていても。
 特に仕事をしてはいなくて、ブラウたちと談笑していた時も。
(似合わないから、仕方ないんだが…)
 いつも素通りしていった箱。
 クジ引きの箱は止まりはしなくて、一度もクジを引いてはいない。
 ゼルでさえもクジを引いたのに。
 如何ですか、とクジの箱が来たら、「運試しじゃ」と手を突っ込んだのに。
(似合わないのは承知だったし…)
 もしも自分が呼び止めたならば、目を丸くする顔が見えるよう。
 「キャプテンもですか?」と、クジ引きの箱を持った女性が。
 そうなることが分かっていたから、あえて呼び止めはしなかった。
 自分の前だけ、クジ引きの箱が素通りしても。
 ゼルさえも常連だったクジ引き、それに参加は出来なくても。
(似合わない俺は、クジを引かなくても食えたしなあ…)
 前のブルーが持っていたから。
 薔薇のジャムなら、いつもブルーと食べていたから。


(似合わない俺が、クジ引き無しと来たもんだ)
 薔薇の花もジャムも似合わんのにな、と今になっても申し訳ない気分。
 クジを引かずに食っていたぞと、それもブルーと二人でなんだ、と。
(あいつは薔薇が似合うからいいが…)
 美しかった前のブルーに薔薇は似合いで、薔薇のジャムも良く似合っていた。
 「貰ったから食べよう」と紅茶を淹れる姿も、それは優雅で…。
(そういうブルーと、俺が恋人同士でだな…)
 薔薇のジャムを食べていると知ったら、あの女性たちはどうしたろうか?
 「信じられない」と悲鳴を上げたか、気絶するほどの衝撃だったか。
 まず間違いなく驚かれたろう、「薔薇が似合わない」自分がブルーの恋人では。
 誰よりも薔薇が似合うソルジャー、前のブルーが恋をした相手。
 それが薔薇など似合わない自分、クジ引きの箱も素通りするような男では。
(どう考えても美女と野獣で…)
 酷いもんだ、と思うけれども、最後までバレはしなかった。
 前のブルーがいなくなるまで。
 白いシャングリラが戦いの道を歩み始めて、薔薇のジャムが船から消えてしまうまで。
(そのまま、バレずに終わっちまって…)
 また似合わない俺がいるわけで、と眺めたコーヒー。
 薔薇のジャムには紅茶だったと、コーヒーなんかは合いそうに無いと。
(…薔薇は似合わない上に、コーヒー好きでだ…)
 もう薔薇のジャムは致命的に似合わないな、と指先でピンと弾いた額。
 なのにブルーとまた恋をしたと、またしても美女と野獣らしいと。
(でもまあ、多分、許されるよな?)
 薔薇が似合わない自分だけれども、今もブルーが好きだから。
 今度こそブルーを離さないから、薔薇が似合う人の手を、二度と離しはしないのだから…。

 

        似合わない薔薇・了


※前のハーレイの前を素通りしていた、薔薇のジャムが当たるというクジ引きの箱。
 今もやっぱり似合いそうにない、と考えるハーレイ先生です。薔薇の花もジャムもv





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