(宿題、やるの忘れてた…)
忘れちゃってた、と小さなブルーが慌てて出した鞄の中身。
お風呂上がりにパジャマ姿で、アタフタと。
今日、学校で出された宿題。
提出が明日の宿題プリント、数学の分。
(ハーレイが寄ってくれたから…)
話に夢中で、宿題のことは頭から綺麗に消えていた。
部屋で二人でゆっくり話して、その後は両親も一緒の夕食。
食後のお茶も部屋でのんびり、「またな」と帰って行ったハーレイ。
見送った後も幸せ一杯、ゆったり浸かった温かなお風呂。
それから自分の部屋に戻って、「やっていたよね?」と眺めた鞄。
明日の時間割に合わせた中身は、きちんと入れてた筈だったっけ、と。
けれど、何処かが怪しい記憶。
学校から帰って、おやつを食べて、母とダイニングで楽しくお喋り。
たっぷり話して、足取りも軽く戻った部屋。
「これだったっけ」と本棚から出した、母とのお喋りの中で出て来た本。
小さな頃から繰り返し読んだ、お気に入りの一冊だったから。
(机の所に持ってって…)
何度もページをめくり直して、じっくりと読んでいた記憶。
読み直す度に、新鮮な発見があるものだから。
その時々の気分に合わせて、本の見え方も変わってくるから、お気に入り。
せっせと読んで読み返す内に、ハーレイがやって来たわけで…。
(教科書、入れ替えていなかった?)
もしかしたら、と開けた通学鞄の中には、今日の授業で使った教科書。
やっていなかった明日の用意と、数学のノートに挟んだプリント。
(宿題、出てた…!)
明日に出さなきゃいけないのに、と引っ張り出した宿題プリント。
大変だよ、と。
宿題プリントも問題だけれど、明日の授業の用意も必要。
教科書もノートも入れ替えなければ、明日に合わせて。
(えーっと…)
時間割を眺めて、ドキリと跳ねた心臓。
二時間目にあるハーレイの古典、それはとっても嬉しいけれど。
(…教科書、忘れていくトコだった…)
それにノートも、鞄に入れずに。
鞄の中身を確かめようと思わなかったら、そうなっていた。
学校に着いて鞄を開けても、入っていない古典の教科書。
授業の度に張り切って書く、ハーレイの言葉やボードの文字を纏めたノートも。
(教科書は誰かに借りられるけど…)
古典の授業があるだろうクラス、其処へ行ったら手に入る教科書。
誰の教科書も見た目は全く同じなのだし、忘れたことはバレないけれど。
(ノートが問題…)
他の教科のノートを広げて、持っているふりは出来る筈。
けれど、ハーレイが「この前の授業で言ったよな?」とボードをコンと叩いたら。
「ノートに書けと言った筈だぞ」と見回したならば、たちまちピンチ。
誰かに書いて貰うとするかな、と当てる生徒を探すハーレイ。
(他の誰かが当たればいいけど…)
きっとそういう時に限って、呼ばれるのだろう、「ブルー君」と。
(何を書くかは分かるだろうけど…)
思い出せると思うのだけれど、ノートは持って行かねばならない。
それを見ながら、ノートの通りにボードに書くのが、当たった生徒の役目だから。
当然、ハーレイは覗き込むだろう、自分のノートを。
他の教科のノートなのだとバレてしまって、赤っ恥。
「よろしい」と言って貰えても。
よく出来たな、とボードに書いた答えを褒めて貰っても。
とんでもないことになるトコだった、と急いで入れた古典の教科書。
ノートも鞄にしっかりと入れて、「大丈夫だよね」と何度も確認。
危うく、忘れる所だったから。
教科書もノートも持たずに出掛けて、大恥をかく所だったから。
(ハーレイの授業で忘れるだなんて…)
恥ずかしい上に、いたたまれない。
ウッカリ当たって前のボードに書くことになったら、穴があったら入りたいほど。
自分はノートを持っていなくて、別の教科のノートだから。
それを広げて、持っているふりをしていたのだから。
(いろんな意味で、ドキドキすぎるよ…)
明日の用意を忘れてたなんて、と他の教科書も入れ替えてゆく。
それにノートも、必要な分を。
数学の教科書は明日も使うから、そのまま入っているけれど。
(こっちは宿題…)
忘れて行ったらホントに大変、とプリントを掴んで向かった机。
宿題を忘れたことなど無いから、数学の時間に赤っ恥になる所だったよ、と。
(クラスのみんなに笑われちゃって…)
先生には叱られてしまうのだろうか、それとも「次は気を付けて」という注意だろうか。
けれども、きっとそれでは済まない。
先生同士は仲がいいから、ハーレイの耳に入るのだろう。
宿題を忘れて行ったこと。
普段からやっていたのだったら、先生も「またか」と思う程度でおしまいだけれど。
わざわざ話題にしないけれども、宿題を忘れない自分。
それが忘れたら、格好の話題。
ハーレイと何処かでバッタリ会ったら、笑って話してしまうのだろう。
「ブルー君が宿題を忘れましたよ」と、「珍しいこともあるものですね」と。
なにしろ、ハーレイは聖痕を持つ自分の守り役だから。
どの先生でも知っているから、数学の先生がハーレイにバッタリ会ったら、宿題の話。
大恥な上に大ピンチだよ、と机に向かって必死に宿題。
数学のプリントくらいだったら、急げば直ぐに出来るから。
問題を解いて答えを書くだけ、悩まなくても簡単だから。
(古典の宿題じゃなくて良かった…)
そっちだったら、解いてゆくだけでは済まないことも多い宿題。
感想を書いて添えるものとか、生徒の数だけ答えの種類がありそうなタイプ。
ハーレイに「頑張ったんだな」と思って欲しいから、きっと色々考える。
「こう書こうかな?」だとか、「こっちがいい?」とか。
なまじ教師がハーレイなだけに、時間がかかってしまう宿題。
数学のプリントのようにはいかない、サラサラと解いて終わりだなんて。
(これで良し、っと…!)
出来た、と眺めた宿題プリント。
計算間違いをしてはいないかと順に確かめて、無事に完成。
恥をかくのは免れた、と数学のノートにしっかり挟んだ。
明日の授業で「集めます」と言われた時には、サッと素早く取り出せる。
忘れていたなら、真っ青になっていただろうけれど。
数学の時間は一時間目だし、もしも鞄を調べないままで登校したら…。
(授業でノートを出そうとしたら、宿題プリント…)
其処で気付いても、もう遅い。
書き込んでいる時間はまるで無いから、白紙か、せいぜい一つか二つ解いてあるだけ。
(忘れて行くのも恥ずかしいけど…)
そっちも酷い、と情けない気分。
宿題をやるのを忘れていたとバレるだろうし、やっぱりハーレイの耳に入りそう。
「今日のブルー君は…」と、会った途端に話題にされて。
調べて良かった、とパタンと閉じた通学鞄。
普段だったら、用意なんかは早めにやってしまうのに。
ハーレイが寄ってくれた時には、宿題も明日の授業の準備も、すっかり出来ているものなのに。
(学校の生徒は、それが大切…)
宿題も教科書も忘れないこと。
もちろん勉強も大切だけれど、学校に行くなら教科書にノート、宿題だって。
それが生徒の仕事なんだし、と「危なかった」と腰掛けたベッド。
もう少しで忘れる所だったと、大恥をかいて酷い目に、と。
(やっちゃっても、ぼくの責任だけど…)
通学鞄を開けないままで放っておいた自分の責任。
宿題を忘れて出掛けたことも、必要な教科書やノートを忘れて来たことも。
誰にも文句を言えはしなくて、大恥をかいて、笑われて。
(ママのせいでも、ハーレイのせいでも…)
ないんだよね、と零れた溜息。
母と話が弾んだせいで、本に夢中になったのは自分。
其処へハーレイがやって来たから、そのまま忘れていたのも自分。
(ぼくの責任なんだから…)
赤っ恥でも仕方ないよ、とピシャリと叩いた自分の頬っぺた。
「うっかり者め」と、「これに懲りたら、次からはちゃんと」と。
どんなに楽しいことがあっても、まずは学校の生徒の仕事。
明日の授業の用意をすること、宿題もきちんとやっておくこと。
それが済んだら、思い切り楽しいことをする。
本を読むにしても、考え事でも、自分のお城で、好きなだけ。
忘れちゃ駄目、と自分自身に言い聞かせていて気が付いた。
今の自分がすべき仕事は、学校の生徒で…。
(授業の用意をしていくことと、宿題と…)
責任があるのはそれくらい、と見詰めた自分の通学鞄。
あれの中身にさえ責任を持てば、それが全部のようなもの。
学校で授業を受けるためには、鞄の中身が必要だから。
生徒の仕事は学校で勉強、家に帰って宿題と次の日の授業の準備をすることで…。
(…前のぼくのと全然違う…)
責任の中身が違い過ぎるよ、と見開いた瞳。
ミュウの未来は背負っていないし、白いシャングリラを守ってもいない。
通学鞄の中身が全部で、それの責任を背負っているだけ。
なのに自分は忘れかけたから。
ほんのちっぽけな責任というのを、危うく忘れる所だったから。
(前のぼくにも、今のハーレイにも笑われちゃうよ…)
気を付けなくちゃ、と改めて自分に誓ったこと。
「ぼくの責任はしっかりと」と。
前よりもずっと軽いのだから、通学鞄の責任はしっかり、忘れないよう背負うこと、と…。
ぼくの責任・了
※宿題も、古典の教科書とノートも忘れそうになったブルー君。危うく大恥をかく所。
でも、そのお蔭で気付いたようです、今のブルー君が背負う責任。通学鞄の分だけですv