(明日はだな…)
やるべき仕事があれとこれと…、とハーレイが確認してゆく内容。
夜の書斎で、コーヒー片手に。
ブルーの家には寄って来たけれど、今日は平日。
週の半ばで、今週の仕事はまだまだこれから。
明日も仕事で、明後日も仕事。
如何に効率よく進めてゆくかが肝心なことで、しかも仕事が教師なだけに…。
(俺一人の責任だけでは済まないってな)
予定通りに授業が進んでゆかなかったら、生徒が困る。
後から補習という手はあっても、使いたくない教師の奥の手。
(生徒ってヤツは休みたいもんだ)
余計な授業を受けるよりかは、一時間も早く帰りたいもの。
あるいは部活に出掛けるだとか。
本来だったら授業が無い筈の放課後の時間、其処で補習は喜ばない。
(喜ぶヤツがいるとしたなら…)
あいつくらいなものなんだ、と思い浮かべた小さな恋人。
前の生から愛したブルー。
「お前のクラスは今週、補習だ」と言おうものなら、きっと喜ぶ。
いくら「ハーレイ先生」でも。
恋人ではなくて教師の顔でも、会えることには違いないから。
授業を余分に受けられるのだから、大喜びをしそうなブルー。
「今週はハーレイの授業が多い」と。
ただし、自分のクラスでなければ、膨れっ面になるだろうけれど。
「補習があるからハーレイが家に寄ってくれない」と、プンスカ怒っていそうだけれど。
なんとも我儘な小さな恋人、自分のクラス以外の補習は喜ばない。
ついでに自分のクラスの生徒の迷惑だって…。
(少しも考えていないってな)
自分以外は、誰も喜んではいないだなどと。
「ハーレイの授業」で頭が一杯、補習の時間を得した気分で、きっと御機嫌。
他の生徒は「早く帰りたい」と思っているのに。
補習なんかは無くていいから、放課後の自由を寄越してくれと。
(あいつだけしか得をしないのが、補習ってヤツで…)
誰も喜ばないと分かっているから、そういう手段は使わない。
だから授業はきちんと進めて、生徒に迷惑をかけないように。
「俺の都合で遅れちまった」と、「この分は補習で教えるから」と謝らなくて済むように。
それが教師の仕事というもの、他にも色々あるけれど。
学校のことや、会議や研修、柔道部の顧問も、もちろん仕事。
どれだってミスは許されないから、確認することを忘れない。
明日の予定はと、仕事の中身はどうだったかと。
生徒や学校や教師仲間に、迷惑をかけてはならないから。
責任をもって仕事をしてこそ、一人前の教師だから。
(俺の都合でやる補習もマズイし…)
生徒の都合でやる補習。
テストしてみたら酷い成績、そういう生徒は補習の対象。
「お前は残れ」と名指しで残して、放課後に教えるパターンの補習。
それも出来ればやりたくないから、授業のやり方に気を付けて。
居残りで補習を受けた所で、生徒の力は大して伸びない。
「何故、自分だけ」と膨れるだけだし、頭に入りはしないから。
時間を削って教えてやっても、お互い、損をするだけだから。
(俺はブルーの家に寄れる時間が無くなって…)
生徒の方でも放課後の自由が無くなるわけだし、お互いに損。
だから駄目だな、と漏らした苦笑。
遅れていそうな生徒の目星はついているから、授業の時に徹底的に。
「此処が分からないヤツはいるか?」と、自分から問いを投げ掛けて。
分からないなら、もう一度やる、と。
生徒はきっと反応するから、「もう一度だな」と教える内容。
今週の俺の課題はそれだ、と思い浮かべた追加で指導をするクラス。
(でもって、柔道部の方が…)
一つ上のことを教えるべき時期に来ている生徒が、何人か。
技のレベルに合わせて指導をしているけれども、レベルアップをしなければ。
「お前は今日から、こっちの方だ」と練習相手の変更を。
変更するなら、暫くはその子を集中的に指導するべき。
上のレベルでやっていけるか、元のレベルに戻す方がいいか。
(無理をさせてもいかんしなあ…)
生徒は上を目指したがるけれど、無理をしたって伸びない柔道。
身体に合った指導が必要、個性に合わせた練習を。
それが上達するための早道、だからこそ目が離せない。
どの子の何処を伸ばすべきかと、そういう時期に来たかどうかと。
(あいつと、あいつ…)
それから、あいつ、と数えた教え子。
今週の間に決めてやらないとと、週明けに練習相手を変えるとするか、と。
そんなトコだな、と確認を終えた今週の仕事。
週も半ばになっているから、取りこぼしが出て来ないようにと。
うっかりミスでは済まない責任、生徒や学校にかける迷惑。
それでは教師失格だから。
教師でなくても、責任は果たすべきだから。
(どんな仕事でも、同じだってな)
農家だったら、畑の手入れや水やりなどや。
収穫の時期を見極めて世話で、失敗したなら自分も困るし、買う人だって。
海が相手の漁師にしたって、まるで責任無しとはいかない。
「海が荒れたから漁に出られない」というのは良くても、その時に漁をしなかった分。
何処かできちんと取り戻さないと、店から魚が消えて無くなる。
養殖の魚は出回っていても、根強い人気の天然ものが。
「地球の魚はやっぱり違う」と、他の星からの観光客だって喜ぶ魚が。
他の仕事にも責任はつきもの、放り出したら仕事にならない。
(責任を取れる範囲で仕事をしなくちゃな?)
出来もしないのに「やれます」などは言語道断、必ず誰かに迷惑がかかる。
そういうタイプも、特に珍しくはないけれど。
同じ古典の教師にしたって、何人も見ては来たのだけれど。
(普段は人気者なんだがなあ…)
授業の途中で脱線するから、生徒に人気の楽しい教師。
けれども、何処かで補習が必要、そういう時には嫌われる。
「補習は嫌です」と。
もっとも、補習が済んでしまったら、またまた復活する人気。
脱線ばかりの授業は楽しいものだから。
授業と言うより、愉快な話を聞く時間だから。
(俺も幸い、人気はあるが…)
補習をやったら嫌われるな、という自覚はあるから、避けたい補習。
生徒のためにも、自分の時間を作るためにも。
(ブルーしか喜ばない補習じゃなあ…)
話にならん、と果たすべき責任を思ったけれど。
(…待てよ?)
ブルーか、と心に引っ掛かったこと。
前の生から愛した恋人、今は教え子の小さなブルー。
遠く遥かな時の彼方で、ブルーと暮らしたシャングリラ。
あの船でキャプテンだった自分は、今よりもずっと忙しかった。
来る日も来る日もブリッジに行って、舵を握ったり、指示を出したり。
(…今の俺とはまるで違うぞ?)
仕事の中身も違うけれども、責任だって。
もしもキャプテンがミスをしたなら、船の未来が消えかねない。
判断ミスで事故を招いたら、シャングリラは沈むだろうから。
いくらブルーが守ったとしても、自力で飛べなくなったなら。
(船もそうだし…)
乗っていた仲間の生活までが、前の自分にかかっていた。
船の物資は足りているかと、気を配ることもキャプテンの仕事。
食料が充分にあるかどうかも、他の様々な物資にしても。
船の仲間たちが生きてゆくために必要な全て、それを自分が担っていた。
データをチェックし、何か欠けてはいたりしないかと調べたり。
気象に合わせて船の進路を選んだり。
一つ間違えたら、重大な危機を招きかねなかったキャプテンの仕事。
責任の重さがまるで違うと、今の俺とは違い過ぎる、と。
今の自分が失敗したって、生徒に嫌われるだけのこと。
授業の進み具合を読み誤って、補習になって。
理解出来ていない生徒を作ってしまって、その子に補習を言い渡して。
(生徒も損だが、俺も大損…)
ブルーの家に寄る時間が取れずに、ガッカリだろう補習をする日。
両成敗とも言える結末、今の自分は失敗したってその程度。
学校の仕事も、柔道部の指導も、やり損なっても…。
(やり直せるし、謝ってきちんと俺の仕事をしたら…)
何処からも文句は来ないわけだし、いつもの日々が続いてゆく。
船ごと沈んで、それで終わりにはならないから。
仲間たちが飢えに苦しむわけでもないのだから。
(…仕事が変わると、こうも変わるか…)
俺の責任、軽くなっちまった、と肩を竦めた。
こんな程度で責任も何もと、前の俺なら責任と呼びもしないだろうな、と。
(しかしだ、これが今の俺だし…)
あいつにも文句は言わせないぞ、と前の自分を思い浮かべる。
俺には俺の責任ってヤツがあるんだから、と。
仕事をきちんとしないと補習で、ブルーが膨れてしまうんだしな、と。
ブルーだけは今も変わらないから。
誰よりも愛おしい大切な人で、今もブルーが一番だから…。
俺の責任・了
※ハーレイ先生の責任は、古典の教師の仕事の範囲。キャプテンだった頃とは違うのです。
責任とも呼べない代物ですけど、ブルー君と過ごす時間のためには、きちんと仕事v