(ハーレイ、来てくれるといいんだけれど…)
明日は会えるといいのにな、と小さなブルーが心の中で呟いたこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
昨日も今日も、家に来てくれなかった大好きな恋人。
前の生から愛したハーレイ。
きっと仕事が忙しいのだ、と頭では分かっているけれど。
(でも、会いたいよ…)
ハーレイと会って話したいのに、と零れる溜息。
今日もハーレイには会えなかった、と。
学校では顔を合わせたけれど。
挨拶をして、立ち話だって少し出来たのだけれど。
(あのハーレイは、ハーレイ先生…)
今の自分が通う学校の古典の教師で、「ハーレイ先生」。
けして「ハーレイ」と呼べはしなくて、呼び掛ける時は「ハーレイ先生」。
言葉遣いだって、他の先生と話す時と同じで、きちんと敬語。
切り替えは上手く出来るけれども、そうやって立ち話をする時は…。
(他のみんなと変わらない話…)
恋人同士の会話ではなくて、教師と生徒の会話だけ。
学校では教師と生徒だから。
いくらハーレイが守り役とはいえ、甘えることだって出来ないから。
(元気そうだな、って…)
そんなことしか話してくれない、ハーレイ先生。
「今日の授業は分かりやすかったか?」だとか、もう本当に生徒扱い。
生徒なのだから、仕方ないけれど。
恋人なんです、と言えはしないし、ハーレイの方でも同じこと。
だから、ハーレイとは会えないまま。
昨日も今日も「ハーレイ先生」、恋人のハーレイに会えてはいない。
それがなんとも寂しいから。
ハーレイに会いたくてたまらないから、祈ってしまう。
「明日はハーレイが来ますように」と、「仕事が早く終わりますように」と。
長引く会議や、柔道部の生徒の怪我などは困る。
ハーレイが来られなくなってしまうから、そういったことが無いように。
(ホントにお願い…)
ぼくのお願い、と両手を組んで祈った神様。
特に誰とも思わないまま、「明日はハーレイが来ますように」と。
長引く会議がありませんようにと、柔道部の生徒が怪我をしたりもしませんように、と。
(きっと叶うよね?)
このくらいのささやかな祈りなら。
欲張ってお願いしてはいないし、きっと神様は叶えてくれる。
背を伸ばしたいとか、早くハーレイと結婚したいだとか、我儘は言っていないから。
ほんのちょっぴり、普通の日が欲しいだけだから。
(ハーレイの仕事が早く終わって、柔道部だって順調で…)
そういう一日になるといいな、とお祈りしただけ。
ごくごく普通の一日がいいと、ハーレイに会える日になればいいと。
欲張ってはいない、小さなお祈り。
どの神様が聞いていたって、「そのくらいなら…」と叶えてくれそうなこと。
(それに、柔道部の生徒のためにお祈り…)
怪我をしたりはしませんように、と祈った自分。
まるで知らない誰かのために。
自分のためのお祈りとはいえ、柔道部の生徒の分まで祈った。
無事に練習出来ますように、と。
きっと叶うよ、と思ったお祈り。
どんな神様でも、「この欲張りが」と呆れたりはしない筈だから。
普通の一日が欲しいだけだし、柔道部の生徒の無事まで祈ってあげたのだから。
(欲張りなお祈りは駄目だけど…)
これくらいなら、と考えた所で気が付いた。
チビの自分は、神様にお祈りしたけれど。
どの神様も思い浮かべないままで、「お願いします」と祈ったけれど。
(…前のぼくだと…)
お祈りはもっと真剣だった、と蘇って来た遠い遠い記憶。
何度祈ったか分からない。
白いシャングリラで、ミュウの未来を。
いつか地球へと、平和な時代が来るようにと。
(そうでなくても…)
今日が一日、無事であるようにと祈り続けたソルジャー・ブルー。
シャングリラの、船の仲間たちの無事を祈らない日は無かったと思う。
自分一人の力だけでは、ミュウもシャングリラも守れないから。
物理的には守れたとしても、そんな事態にならないようにと。
(もしも人類に発見されたら…)
直ぐに攻撃されるだろう。
何処まで逃げても、きっと追手がかかるのだろう。
白いシャングリラが沈むまで。
懸命に自分が張ったシールド、それが力を失う時まで。
たとえ振り切れても、一度発見されてしまえば、知れてしまうのが船の存在。
人類軍の全てに回る通達、見付けたならば沈めてしまえと。
そして束の間の平和は無くなる。
長く潜んだ雲海の星を、アルテメシアを追われてしまって。
シャングリラは宇宙を彷徨い続けて、行く先々で発見されては、攻撃を受ける日々が来て。
そうならないよう、前の自分は祈り続けた。
白いシャングリラが見付からないよう、船の仲間たちが無事であるよう。
今日も一日、何事も起こらず過ぎて欲しいと。
(アルテメシアにいた、ミュウの子たちも…)
何人も救い出したけれども、救えない時もあったから。
救出が上手く行った時にも、助けた子供が船に来るまで、気を抜くことは出来なかったから。
(…お祈りしてた…)
人類に追われたミュウの子供が助かるように。
自分たちの迎えが間に合うようにと、前の自分は祈っていた。
一人でも多く助けたいから、殺される子供は一人もいない方がいいから。
(…神様にしか出来ないんだもの…)
ミュウの子供が生まれてくるのは、そうなった子供のせいではなくて。
子供を育てた人工子宮や、交配システムのせいでもなくて。
神の悪戯、神の気まぐれ、そうでなければ神の意志。
前の自分が持っていたサイオン、それがどんなに強いものでも神の力には抗えない。
神が決めたら、世界の全てはそのように動く。
ミュウの子供を作り出すのも、シャングリラが潜む雲海の形を変えてゆくのも。
(…ミュウの未来も、船の未来も…)
どう頑張っても、前の自分の力だけでは守れない。
物理的には守れたとしても、ミュウの子供を殺すシステムや人類軍の存在はどうしようもない。
消えてなくなれと念じた所で、破壊出来るのは一部分だけ。
テラズ・ナンバー・ファイブを倒せたとしても、人類は直ぐに次のを据える。
他の星から運び込んで来て、まるで何事も無かったかのように。
アルテメシアの駐留軍を壊滅させても、その日の内に別の部隊がやって来る。
自分の力は、一部分にしか及ぼせないから。
人類が支配する宇宙の全てを、意のままに出来はしないから。
分かっていたから、神に祈った。
「どうか」と何度も、救いを求めて祈り続けた。
ミュウに未来があるように。シャングリラが無事であるように。
宇宙の全てを司るのは、きっと神だと思ったから。
マザー・システムが何であろうと、それもまた神の手の内だから、と。
ミュウに未来があるとしたなら、神が導いてくれる筈。
今は追われるミュウであっても、いつかは追われずに済む場所へ。
母なる青い地球の上へと、人を生み出した約束の地へと。
(神様だったら、出来そうだから…)
自分には無理でも神なら出来る、と思ったこと。
ミュウの未来を守ってゆくことも、ミュウの箱舟を守り抜くことも。
(だから、お祈り…)
前の自分は何度も祈った。
ミュウに未来をと、シャングリラが人類に見付からぬよう、と。
(神頼みだけじゃなかったけれど…)
自分でも努力していたけれども、それだけで足りはしないから。
広い宇宙を司る神、その神が味方してくれなければ、ミュウの未来は守れないから。
(頑張って、頑張って、それから神様…)
前の自分がしていた祈りは、そういう祈り。
持てる力の限りを尽くして、足りない分の救いを求めた。
人間の身では変えることが出来ない、宇宙の摂理。
神が定めた宇宙の秩序。
変えられるのはきっと神だろうから、「どうか」と祈り続けた自分。
いつかはミュウに未来をと。
約束の地へと、青い地球へと。
(前のぼくのお祈り…)
今と中身が全然違う、とパチクリと何度もしてみた瞬き。
ミュウのためにと、シャングリラのためにと祈り続けたソルジャー・ブルー。
自分の力が及ばない分を、神が補ってくれるよう。
ミュウの未来を、白いシャングリラを神が守ってくれるよう。
それに比べたら、今の自分が祈ったこと。
(柔道部の生徒の分まできちんとお祈りしたよ、って…)
自分のことだけ祈ってはいない、と得意だったのが恥ずかしい。
どの神様が聞いていたって、前の自分の祈りを知ったら、きっと笑い出すことだろう。
同じ人間なのに違うと、まるで違った願い事をする、と。
(でも、今だと…)
こっちの方が普通なんだよ、と思うから。
人間が全てミュウになった今は、もうシャングリラも要らないから。
(ぼくのお祈り、これでいいよね…?)
うんとちっぽけで、自分のためのお祈りだけど、と祈りの続き。
明日はハーレイが来ますようにと、会えますように、と。
柔道部の生徒が怪我をしたりはしませんように、と。
今の自分には、きっと似合いの祈りだから。
ほんの小さな願い事だし、欲張ったわけではないのだから…。
お祈りの中身・了
※明日はハーレイが来ますように、と祈ったブルー君。柔道部の生徒の無事までも。
けれど、ソルジャー・ブルーとは比較にならない、お祈りの中身。平和な時代の証拠ですv