(希望のを一つ…)
何にしようかな、と小さなブルーが眺めたプリント。
今日の授業で配られた宿題、ハーレイの古典の時間に貰った。
「何でもいいから、希望のを一つ」という宿題。
古典の教科書から一つ選んで、感想文を書いて出せばいい。
(ハーレイが読んでくれるんだよ)
いつも出される宿題よりも、念入りに。
どの生徒のも、心をこめて。
作品の指定が無いというのは、そういうこと。
流れ作業で読めはしなくて、評価するためにじっくり読む筈。
(頑張らなくちゃ…)
短くても難解だと思うヤツを選ぶか、定番の作品をしっかり読むか。
「こんな解釈も出来るのか」と、意外に思って貰えるのもいい。
ハーレイの目を惹き付けたいなら、どういうのが効果的だろう?
「これで来たか」とハッとさせるか、「あいつらしいな」と微笑まれるか。
なんとも迷ってしまう所で、選ぶ前からワクワク出来る。
どれにしようかと、何で感想を書こうかと。
(みんな、ブツブツ言ってたけれど…)
いっそ俳句で書いてやろうか、と言った男子もいたけれど。
自分にとっては、ハーレイにアピールするチャンス。
授業をきちんと聞いていますと、こんなに真面目にやりましたと。
普段の宿題や試験などでは出来ない評価。
それをハーレイがしてくれるチャンス、頑張って自分を売り込まなくては。
前の生から愛し続けるハーレイに。
今は学校の教師でもある、好きでたまらないハーレイに。
やっぱり恋のがいいだろうか、と思い浮かべた教科書の中身。
恋の話も幾つもあるから、其処から一つ。
(ハッピーエンドのヤツがいいかな?)
それとも悲恋がいいのだろうか、死んだ後にもきっと離れない恋人たち。
まるで自分たちの恋のようだし、そういうチョイスもいいかもしれない。
自分もハーレイも生まれ変わって、前の続きを生きているから。
青く蘇った水の星の上で、恋の続きが始まったから。
(…そっちがいいかな…)
悲恋のお話も幾つもあるし、と選ぶべき話を考える。
どれがいいかと、ホントに迷う、と。
(希望のを一つ、っていうのがね…)
嬉しいけれども悩んじゃうよね、と見詰めるプリント。
クラスメイトたちが悲鳴を上げた宿題プリント、けれど自分には魅力の塊。
何を選んでも、ハーレイが読んでくれるから。
「あいつはこれを選んだのか」と、大きく頷くハーレイが見えるようだから。
ハーレイが喜んでくれそうな作品がいいし、どうせならそれを選びたい。
いったいどちらが好みなのだろうか、ハッピーエンドか悲恋なのか。
(前のぼくたちと重なっちゃったら、ハーレイ、泣くかな…)
それも可哀相、と思うけれども、捨て難い悲恋。
こんな悲しい恋もあるけど、今のぼくたちは幸せだよ、と思うから。
前の自分たちの悲しすぎた恋。
さよならのキスも出来ないままで、引き裂かれるように終わった恋。
それの続きを生きているから、今は最高に幸せだから。
悲恋に終わった恋の話も、結びの後はきっと幸せだろう。
二人で何処かに生まれ変わって。
もう離れない、と手を繋ぎ合って。
きっと二人は幸せになったと思います、と感想を書いて出したなら。
「こんな風に」と想像の翼を羽ばたかせたなら。
(…うんと印象深いかも…)
あいつらしい、とハーレイが思ってくれそうな感じ。
元の物語は締め括られても、恋する二人は鳥になって飛んでゆくだとか。
それまで辺りにいなかった鳥が、つがいで仲良く住み着いたとか。
(白鳥が飛んで行くのもいいし…)
見上げた人たちが、「何の鳥だろう?」と噂し合うような鳥でもいい。
何処から来たのかと、まるであの二人が鳥になったようだ、と噂する鳥。
そういう感想文を書くのもいいよね、と膨らむ夢。
きっとハーレイなら分かってくれると、書いた自分の気持ちを、と。
白鳥も、つがいで住み着いた鳥も、今の自分たちに重ねてあると。
青い地球の上でまた巡り会えた自分たち。
だから、この物語が好きなんです、と。
(ハーレイが読んで泣いちゃっても…)
今は幸せな恋なのだった、と気付けば止まるだろう涙。
それに、ハーレイが出した宿題。
「何でもいいから、希望のを一つ」と。
自分はそれに応えたわけだし、ハーレイも怒りはしない筈。
「やられちまった」と思ったとしても、頭を掻いて苦笑い。
「あいつのことを忘れていたな」と、読む話を絞るべきだったと。
ズラズラとプリントに書いて並べて、「この中から一つ」と。
同じ「希望のを一つ」にしたって、候補を絞ればいいのだから。
悲恋の話を選べないように、最初からそれを外しておいて。
「此処から一つ」と、好きな話を選ばせる。
そうすれば悲恋は選べないから、ハーレイは泣かずに済む筈で…。
好きに選ばせたハーレイのせいだ、と候補は悲恋。
泣いて貰って、今の幸せを思って貰って、ハッピーエンド。
(それでいいよね?)
希望のヤツを一つだもんね、と指先でチョンとつついたプリント。
こう書いたのはハーレイだもの、と。
「希望のを一つ」、そういう指定。
だから希望のを選ぶわけだし、それでハーレイが泣く羽目になってもかまわない。
ハーレイの宿題の出し方が問題、と「希望」の文字を眺めたけれど。
(…えっと…?)
何を選ぶのも自分の自由、と思った根拠。
プリントにハーレイが書いて来た「希望」、それが心にクイと引っ掛かった。
自分は宿題用に何を読もうか、それを考えていたけれど。
(希望って…)
よく聞く言葉で、よく使う言葉。
昼休みに食堂へ行く時にだって、ランチ仲間に訊かれたりする。
「先に行って席を取っておくけど、希望の場所は?」といった具合に。
ランチの時にも、「今日は選べるみたいだぜ?」と、希望のメニューの種類とか。
当たり前のように溢れる言葉で、何度も聞いた。
自分も何度も口にして来たし、もちろん希望は幾つもある。
(卒業したら、ハーレイのお嫁さんになって…)
うんと幸せに暮らすんだから、と夢を見るのも希望の一つ。
将来の夢で、大きな希望。
それがあるから、いつも幸せ。
未来で希望が待っているから、いつか必ず手に入るから。
他にも沢山、幾つもの希望。
幸せ一杯の未来の夢には、希望が山ほど詰まっているから。
あれもこれも、と幾つもの夢。
希望に溢れた夢が未来で、きっと自分は手に入れられる。
ハーレイと二人で地球に来たから、今度は結婚出来るのだから。
(前と違って、ホントに幸せ…)
恋人同士だと明かしても良くて、何処へ行くにも繋いでゆける手。
考えただけでも幸せな未来、自分は希望を手に入れるけれど。
(…前のぼくたち…)
希望なんかは無かったっけ、と今頃になって気が付いた。
自分もそうだし、宿題プリントに「希望」と書いたハーレイだって。
白いシャングリラの仲間たちだって、希望を持ってはいなかった。
正確に言うなら、持っていたけれど…。
(…希望には手が届かないんだよ…)
どんなに懸命に手を伸ばしたって、欲しいと努力を積み重ねたって。
そもそも、しようがなかった努力。
シャングリラだけが、世界の全てだったから。
人類に追われるミュウの箱舟、生きてゆくだけで精一杯。
生きてゆける自由を手に入れただけでも、幸運だった自分たち。
それよりも上は望めなかった。
望んだところで、それが叶いはしなかった。
どう頑張っても、マザー・システムはミュウを認めはしなかったから。
人類のために作られた世界に、ミュウの居場所は無かったから。
紛れ込んだなら、殺される。
そういう世界で努力したって、追われる仲間を救い出せるだけ。
シャングリラに迎え入れて終わりで、その先にはもう無かった希望。
踏みしめる地面を手に入れることも、自由を謳歌することも。
誰もが焦がれる青い水の星、地球まで辿り着くことも。
だから無かった、と気付いた希望。
希望を胸に抱いてはいても、それが叶いはしないから。
けして叶わないだろう希望は、夢物語と何処も変わりはしないから。
「こんな世界があったらいいな」と、夢見るお伽話の世界。
努力したって掴み取れない、お伽話の中にある世界。
(ホントのホントに、ただの夢だけで…)
あれは希望と言えなかった、と今だからこそ痛切に思う。
前の自分は「いつか地球へ」と夢見たけれども、本当に夢。
どうすれば地球へ辿り着けるか、それを知ってはいなかった。
いつかは道が開けるのでは、と思っただけで。
地球へ行くのだと夢を掲げて、その夢に縋り続けただけで。
(…ジョミーは地球まで行ってくれたけど…)
そのジョミーでさえ、決意するまでに長くかかった。
戦いの道を選び取るまで、地球に向かえはしなかった。
(ナスカに住もうとしたくらいだもの…)
きっとジョミーも、地球へ行くという希望を掴んでいなかった。
何度も掴み損ねては泣いて、ようやっと決意したのがナスカ崩壊の後。
それまでは、白いシャングリラには…。
(希望、ホントに無かったんだよ…)
ほんのささやかな、船の中でも持てる小さな希望くらいしか。
将来はブリッジクルーになろうとか、いつか操舵士になりたいだとか。
それを思えば、今の世界は…。
(宿題プリント…)
今のハーレイが出した宿題、其処に「希望」と書かれた文字。
希望が溢れた時代だからこそ、こんなプリントに「希望」の文字。
今は誰でも、希望を掴み取れるから。
それに向かって走りさえすれば、希望はしっかり両手で掴めるものなのだから…。
希望のある今・了
※ハーレイ先生の宿題プリントで、夢を膨らませたブルー君。何で感想を書こうかと。
けれど、プリントの「希望」の文字。前の自分が生きた世界と比べてビックリみたいですv