(希望なあ…)
ふうむ、とハーレイが目を落としたプリント。
夜の書斎で、コーヒー片手に。
今日の授業で配ったプリント、幾つかのクラスで渡して来た。
授業が無かったクラスの生徒は、明日以降に受け取るわけだけれども。
早い話が宿題プリント、「感想文を出せ」というもの。
教えている古典の教科書の中の、古文の作品。
どれでもいいから一つ選べと、そして感想を書いて来いと。
(読解力ってヤツが大切なんだ)
文章だけなら、誰だって読める。
授業を真面目に聞いていさえすれば、音読は出来て当たり前。
けれども、其処に落とし穴。
音読が出来て、文法的なことが分かっていたって…。
(肝心の作品ってヤツが、分かってないのがいるからな)
書いた作者の心情だとか。
作者不明の作品にしても、其処にこめられたメッセージ。
教訓だったり、今の時代も共感できる内容だったり、それは様々。
其処まで読めて一人前。
やっと古典の世界が分かるし、「他にも読もう」という気にもなる。
それを分かって欲しいものだから、感想文の宿題を出した。
一つ選んで感想を、と。
短くてもいいから、自分の気持ちを書いて来いと。
この作品で、と指定しなかったのは、面白みを知って欲しいから。
教科書に名前が挙がっているなら、本文は其処に無くてもいい。
手持ちの本を読んだっていいし、図書室でもいい。
生徒が興味を持てる作品、それが一番だと思うから。
(好き嫌いってヤツは、あるものなんだ)
今の時代の小説などでも分かれる好み。
推理小説が好きだと言っても、誰のでもというわけにはいかない。
この作者のなら大好きだけれど、他のはちょっと、といった具合に。
(まして古典となったらなあ?)
好きな時代やら、書かれた内容。
もう本当に好みが分かれる、そういう世界。
だから「希望の作品を一つ」、プリントにそう書いておいた。
好きに選べと、短い作品でも長い作品でもかまわない、と。
(そうは書いたんだが…)
コーヒーを飲みながら、ふと見たプリント。
明日も配るから、生徒の悲鳴が聞こえそうだな、と軽い気持ちで。
「宿題ですか!?」と慌てる生徒や、「中止でいいです!」と叫びそうな生徒。
宿題を出されて喜ぶ生徒は、まずいない。
(今日のクラスには一人だけいたが…)
あいつの場合は事情が異なる、と思い浮かべた小さな恋人。
前の生から愛したブルーは、ウキウキとプリントを手にしていたから。
もう見るからに嬉しそうな顔で、他の生徒とは大違い。
(俺に読んで貰える、と喜びやがって…)
通り一遍の宿題ではなくて、感想文。
それも希望の作品を一つ、評価する方も型通りではないのだと分かる。
一枚一枚、きちんと読んでゆくのだろうと。
書き込む評価も、中身に応じて変わるだろうと。
たった一人だけ、宿題を喜んでいたブルー。
明日以降に配ってゆくクラスにも、喜ぶ生徒はいない筈。
あいつだけだ、と思った途端に気が付いたこと。
それが「希望」という言葉。
(軽い気持ちで、「希望」とだな…)
書き込んだのだった、プリントを作った時の自分は。
「好みの作品を一つ選べ」では、軽すぎるだろうと考えたから。
宿題嫌いで悪知恵が働く生徒あたりが、「好みなんです」と選びそうなモノ。
(古典には違いなくてもだ…)
和歌や俳句といった作品、それも「作品」とは言える。
長くて三十一文字なモノを選ばれたのでは、たまらない。
読解力は問えるけれども、あまりに短すぎるから。
(短くても、せめて文章と言えるヤツをだな…)
選ばなくては、と思わせたいから、「希望」と書いた。
もしも短歌を選んで来たなら、「お前の希望は、この程度か?」と睨んでやれる。
ずいぶん小さな希望なんだなと、希望ってヤツはデカイもんだが、と。
皮肉の一つも言ってやれるから、「好み」ではなくて「希望」の文字。
好みよりかは、ずっと大きいのが希望だから。
希望はそういう言葉だから。
(其処までは分かっちゃいたんだが…)
分かっていたから「希望」なんだが、と眺めるプリント。
しかし今ではこうなるのかと、宿題プリントに「希望」の文字かと。
思い付いたから書いたけれども、「好み」よりいいと思ったけれど。
今は「希望」が宿題らしいと。
一冊選んで、感想文を書いて出すのが「希望」の世界、と。
宿題プリントを見ていたブルー。
今は自分の教え子だけれど、遠い昔はソルジャー・ブルー。
遠く遥かな時の彼方で、ミュウの長として生きていた。
前の自分はキャプテン・ハーレイ、ブルーと二人で船を守った。
箱舟だったシャングリラ。
人類に追われるミュウたちを乗せて、たった一隻で飛んでいた船。
(あそこじゃ、希望というヤツは…)
とても大きくて、大きいどころか手が届かないもの。
人類に追われ続ける身では。
明日をも知れない船の中では、手など届きはしなかった。
これを希望、と口にしたって、大抵は無駄。
あの船で叶った希望というのは、もう本当にささやかなもの。
(せいぜい、食事のメニューってトコで…)
これが食べたい、とその場で言っても通る程度の。
厨房の者たちに余裕がある日に、「目玉焼きより、スクランブルエッグ」と頼める程度。
それくらいしか通りはしなくて、同じ食事でも「シチューを希望」は通らない。
メニューはきちんと決まっているから、個人の希望で変えられはしない。
(もっと大きな希望となると…)
船で担当する仕事。
ブリッジがいいとか、機関部だとか。
責任の重い仕事は無理だ、と思うのだったら掃除係とか。
(あれは一応、進路ってヤツで…)
大きな希望と言えただろう。
必要だったら適性検査で、合格必須のものもあったから。
今日から念願のブリッジクルー、と張り切った者も多かった。
けれど、手の届く希望はそこまで。
シャングリラにあった希望はそこまで、その先はもう…。
無かったっけな、と指でなぞったプリントの文字。
今は気軽に「希望」と書いてしまえるけれども、前の自分は違ったんだ、と。
前のブルーが、前の自分が、皆に与えられた「希望」は、本当に配属先くらい。
その程度ならば叶えてやれたし、後から変更することも出来た。
「自分には向いていないようです」と言われたならば、他を探して。
それが限界、シャングリラでは。
手が届くような希望はそこまで、もうその先には無かった希望。
(…みんな、持ってはいたんだが…)
同時に、それを諦めてもいた。
どうせ無理だと、手に入らないと。
ミュウが人類に追われる間は、けして自分の手は届かないと。
(いつか自由の身になるってヤツで…)
箱舟から降りて、地面の上で生きること。
もう人類には追われないこと。
そういう世界を手に入れるために地球に行くこと、地球を見ること。
どれも簡単に叶いはしないと、希望と言っても夢物語。
(夢と夢物語は違って…)
夢なら、いつか叶いもする。
希望と同じに手が届く日も来そうだけれども、夢物語は絵空事。
お伽話のような世界で、ただ夢に見るということだけ。
そういう世界があればいいなと、何処かにあれば素敵なのに、と。
(前の俺たちが持ってた希望は…)
叶うことのない夢物語。
誰もが諦め、夢を描いていたに過ぎない。
どんなに望んでも、それは無理だと。
そういう時代が長く続いて、ジョミーを迎えた後も続いた。
前のブルーがいなくなるまで。
ナスカを失くして、ジョミーが戦う道を選ぶまで。
(前のあいつが生きてた頃は…)
元気だった頃には、シャングリラには無かった希望。
それはあまりに大きすぎたから、手など届きはしなかったから。
希望したって、せいぜい卵の調理方法、大きな希望が叶う時なら配属先。
本当に希望と呼べそうなものは、夢物語で絵空事。
だから無かった、希望などは。
「希望は大きいものだしな?」などと、考えたりはしなかった。
大きな希望は叶わないから、持っていたって夢見るだけ。
今の時代なら、希望は叶うものなのに。
それに向かって努力したなら、いつか手が届くものなのに。
(…まるで世界が変わっちまった…)
宿題プリントに書いちまったぞ、と見詰める二文字。
前の自分なら、軽い気持ちでそれを記せはしなかったのに。
まして「希望は大きいものだ」と、仲間たちに言えはしなかったのに。
「希望を大きく持っていろ」と檄を飛ばしても、希望に手など届かないから。
却って士気が下がるだけだし、とても口には出来なかった言葉。
(そいつが、今では宿題プリント…)
なんてこった、と苦笑するしかない時代。
誰もが希望を持てる時代は、希望は必ず手に入るから。
希望を大きく持てば持つほど、素晴らしい未来を掴み取れるのが今なのだから…。
希望がある今・了
※ハーレイ先生が軽い気持ちで、「希望」と書いた宿題プリントですけれど。
希望があっても手に入らなかったのがシャングリラ。世界は大きく変わりましたよねv