(ホントに入っていたなんて…)
ちょっとビックリ、と小さなブルーが瞬かせた瞳。
ハーレイと二人で過ごした日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
昨日のハーレイの落とし物。
「またな」と帰って行った後で床に見付けた、瑠璃色のペン。
今のハーレイの愛用のペンで、教師になって直ぐに買ったと聞いた。
ペンの瑠璃色が気に入って。
(あれって、星空みたいだもんね)
人工のラピスラズリで出来たペン。
瑠璃色の地には、金色の小さな粒が幾つも。
鏤められた金色は不揃いなもので、大きさも形も実に様々。
並び方だって不規則だから、本当に本物の星空のよう。
そうでなければ、宇宙に散らばる幾つもの星。
宇宙の色は、瑠璃色ではなくて漆黒だけれど。
星たちも瞬きはしないけれども、星空と宇宙は兄弟のよう。
夜空に輝く星の向こうは、宇宙だから。
薄い大気の層を抜けたら、星たちはもう瞬かないから。
(ハーレイも、宇宙みたいだからって…)
あの瑠璃色のペンが気に入った。
いつも持ち歩くペンなのだけれど、昨日、うっかり落として行った。
それを見付けて、心が躍った。
「ハーレイのペンだ」と。
前の生から愛した恋人、今も変わらず愛おしい人。
子供の自分は連れて帰って貰えないけれど、それでガッカリしていたけれど。
まるでハーレイの代わりみたいに、愛用のペンが落っこちていた。
今夜は一緒、と拾い上げたペン。このペンが一緒にいてくれるよ、と。
ドキドキしながら手に取ったペンは、チビの自分の手には重くて。
持ち主の手の大きさを示しているようで、もう嬉しくて。
しげしげと眺めて、其処に探した星座の模様。
金色の粒が、馴染んだ配置になっていないかと。
(地球の星座とか、アルテメシアとか…)
今の自分が仰ぐ星座や、前の自分が見ていた星座。
それが無いかと、子細に調べた。
もしもあるなら、ハーレイがとうに話していそうな気もしたけれど。
(でも、念のため、って思うよね?)
せっかくこうして手に取れたのだし、じっくり見ようと。
ハーレイが気付いていないだけかもと、隅から隅まで探したのに。
(星座、一つも無かったから…)
やはり無いのか、と残念な気持ち。
けれども、それもほんの一瞬。
ハーレイのペンを持っているのだから、こういう時しか出来ないこと。
どんな書き心地か試してみたくて、早速、紙に向かってみた。
きっとスラスラ書けるんだよ、と。
ところが、難しかったペン。
初めて使った万年筆は、意外に先が引っ掛かるもの。
普通のペンのようにはいかない、書こうとしても。
(百聞は一見に如かずって言うの?)
それとも、もっと適切な言葉があるのだろうか。
ハーレイが使っているのを見ていた時には、如何にも書きやすそうだったのに。
だから自分も、と意気込んだのに、手ごわかったのが万年筆。
チビに書かせてたまるものか、と言わんばかりに。
小さな手にはまだまだ早いと、これは大人のペンなのだから、と。
万年筆を持つには早すぎたけれど、ハーレイがいつも使っているペン。
「ブルー」と綴ったことがあるのか、一度も書かないままなのか。
書いていない、という気がしたから、「ブルー」と自分の名前を書いた。
「これがぼくの名前」と、「覚えておいて」と。
いつかハーレイと結婚したなら、このペンも一緒に暮らすのだから。
ハーレイの側にはこれがあるから、覚えておいて貰おうと。
それが済んだら、持ってベッドに入りたくなった。
いつもハーレイと一緒のペンだし、側にいたいよ、と。
(だけど、壊したら大変だから…)
そうっと枕の下に忍ばせた瑠璃色のペン。
此処にあったら、ハーレイの夢が見られるかも、と。
けれど、ハーレイの夢は来なくて、気付いたら朝になっていて。
残念だけれど、ペンはハーレイに返すしかない。
きっと捜しているのだろうし、このまま持ってはいられないから。
案の定、「俺は落とし物をしていなかったか?」と言って訪ねて来たハーレイ。
瑠璃色のペンを「はい」と渡したら、喜ばれたけれど。
(ぼくの思念、読まれてしまいそうで…)
ペンに残った残留思念。
それを読まれたら、ハーレイに全て分かってしまう。
星座探しは平気だけれども、ペンを使ってみたことだって平気だけれど。
(ブルーって書いて…)
覚えておいて、と語り掛けた上に、一緒に眠っていた自分。
枕の下に入れた瑠璃色のペン。
ハーレイの夢が見られないかと、弾んだ心で眠ったこと。
全部バレちゃう、と慌てた自分。
それはあまりに恥ずかしすぎると、ハーレイの気を逸らさなければ、と。
どうしようか、と焦っていたら、ポンと浮かんだ星座のこと。
これに限る、とハーレイに向かって切り出した。
「そのペン、ホントに星空みたいだけれども、星座は一つも無いんだね」と。
本当に思ったことだから。
ちゃんと星座を探したのだから、嘘とは違って本当のこと。
ハーレイは「なんだ、探したのか?」と話に乗って来たから、しめたもの。
残留思念を読まれないためには、星座の話を続けなければ。
だから、せっせと星座の話。
「地球やアルテメシアの星座は無いけど、他の星はあるかもしれないね」と。
前の自分が知らない星座。…見ていない星座。
長い眠りに就いていた間に旅をした宇宙や、前の自分がいなくなった後。
ハーレイは星たちを見ただろうから、そういった星は無いのか、と。
「ふむ…」とペンに視線を落としたハーレイ。
どうだろうな、と探しているから、もう安全だと思ったら。
「おっ…!」とハーレイが上げた声。
「此処を見てみろ」と、褐色の指がつついた瑠璃色のペン。
不規則に並んだ七つの金色。
瑠璃色の地に、ポツリポツリと散っている点。
ハーレイの目が懐かしそうに細められていて、遠く遥かな時の彼方を見ている瞳。
そして呟いた、「ナスカでこいつを見ていたな」と。
いつの星だったかと、ハーレイが遡ってゆく記憶。
今はもう無い、赤い星。
その星の夜空を思い浮かべて、遠い記憶を辿っていって。
「種まきをする季節の星だ」と、ハーレイの記憶が戻って来た。
ナスカの春に昇った星だと、こういう七つの星があったと。
特に名前もつけなかったが、と。
まさか本当にあっただなんて、と驚いた星座。
今のハーレイが愛用している瑠璃色のペンに、ナスカの星座。
赤いナスカは、とうに無いのに。
それよりも前に、ハーレイは気付いていなかったのに。
瑠璃色のペンに鏤められた、小さな七つの金色の粒。
幾つも散らばる粒の中の七つが、赤いナスカの星座だなんて。
(あれを買ったのは、ずうっと昔で…)
ハーレイは知りもしなかった。
ナスカからどんな星が見えたか、自分がそれを見たことさえも。
前のハーレイの記憶は戻っていなかったから。
記憶が無いなら、それだと分かる筈もないから。
(ペンがハーレイを選んだんだ、って…)
そう思ったから、ハーレイにそれを伝えたけれど。
ハーレイが言うには、ペンは「選んで買った」もの。
同じペンを何本も出して貰って、試し書きなどをしてみた後で。
一番しっくりくるのを買ったと、それを愛用しているのだと。
(ハーレイが選んだペンらしいけど…)
でも違うよね、という気がする。
ハーレイが書き心地を試す間に、ペンの方も語り掛けたのだろう。
まだハーレイが思い出してもいなかった星が、自分の上にあるからと。
この七粒の金色がそうだと、だから自分を選んでくれと。
そうやってペンが呼び掛けていたから、ハーレイはナスカの星を選んだ。
このペンがいいと、手に馴染むからと。
まるで運命の出会いだったように、その一本を買って帰った。
「これにします」と差し出して。
包んで貰って、ハーレイの家へ。
きっとそうだよ、と考えずにはいられない不思議。
ハーレイのペンにナスカの星座があったこと。
(あの星、ぼくは知らなかった…)
どんな星だったの、とハーレイの記憶を見せて貰った七つの星。
ナスカの春に、種まきの季節に昇った星座。
誰も名前をつけなかったけれど、愛されていたからハーレイも覚えていたのだろう。
あの星が昇れば種まきの季節の始まりなのだ、と。
(前のぼくは眠っていたけれど…)
ナスカには一度も降りはしなくて、種まきの季節の星も知らないままだったけれど。
それをハーレイが教えてくれた。
前の自分が守ろうとした星、メギドの炎に砕かれた星の夜空にあった星座を。
「これだ」と遠い昔の記憶を。
今のハーレイのペンに隠れていた星座の姿を。
(凄く不思議だけど、きっと他にも…)
運命だとしか思えないことがあるのだろう。
今の自分と、今のハーレイとが巡り会えたように。
沢山の不思議が、運命が、奇跡が、きっとこれから先も幾つも。
ハーレイのペンにはナスカの星座があるのだから。
記憶が戻るよりもずっと前から、ハーレイは七つの星と一緒にいたのだから…。
ペンにある星座・了
※ブルー君が言い出したことから、発見されたハーレイ先生のペンにある星座。
まさか本当にあったなんて、と驚くブルー君ですけど、運命ってそういうものですよねv