(あいつ、相変わらずチビで…)
それに本当に子供なんだ、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
ブルーの家で過ごした土曜日の夜に。
小さなブルーに「またな」と手を振り、帰って来た家。
いつもの書斎でコーヒー片手に、のんびりと過ごす時間だけれど。
今日も甘えていたブルー。
何かと言っては側に来たがって、抱き付いてみたり、膝に座ったり。
(恋人気取りらしいんだがな?)
キスを強請るから叱ってやった。「まだ早い」と。
十四歳にしかならないブルーに、唇へのキスは早すぎるから。
見た目もまだまだ子供なのだから、駄目だと何度も叱るのに。
(諦めないっていうのがなあ…)
何度頭をコツンとやっても、睨み付けても、諦めないのが小さなブルー。
一人前の恋人気取りで、誘惑しようとしたりもする。
桜色の唇で、「キスしてもいいよ?」と。
両腕を首に絡み付かせて、「ぼくにキスして」と強請ったり。
(いい加減、学習してもいい頃なんだが…)
強請るだけ無駄だと、誘惑したって通じはしないと。
大人だったら、とうの昔に気付くのだろうに、まるで諦めないブルー。
辛抱強く頑張ったならば、キスが貰えると思っているのが愛らしい。
唇へのキスは、頑張ったって貰えないのに。
努力するだけ無駄なのに。
御褒美の類じゃないんだから、とクックッと笑う。
いい子にしていた子供だったら、御褒美に菓子やオモチャやら。
ペットがいい子にしていた時でも、おやつをあげたくなってしまうもの。
「頑張ったな」と、「いい子にしていたな」と。
どうやらブルーの頭の中では、キスも頑張れば貰えるもの。
諦めずに努力していたら。
あの手この手で頑張っていたら、こっちが根負けしてしまって。
(子供やペットが相手だったら、そういうこともあるんだろうが…)
とっくに御褒美をあげた後でも、その愛らしさにコロリと負けて。
「頑張ったから」と輝く瞳や、得意げに揺れている尻尾。
そういったものでクラリと眩む目、気付けば「よし」と差し出す御褒美。
気に入りの菓子を買ってやったり、「ほら」とおやつを渡したり。
(あいつの頭もそんな感じだ)
今日もプウッと膨れたブルー。
「キスは駄目だ」と叱り付けたら、途端に見せた膨れっ面。
お決まりの台詞も飛び出した。
「ハーレイのケチ!」と、「キスしてくれてもいいのに」と。
ぼくはこんなに頑張ったんだから、と書いてあったような気がする顔。
抱き付いて甘えて、膝にも乗って、恋人気取り。
これだけ努力したというのに、御褒美が貰えないなんて、と。
キスくらい御褒美にくれてもいいのに、ケチなんだから、と。
(ああいう所は、本当にチビで…)
子供なんだよな、と思い浮かべる愛おしい人。
前の生から愛し続けて、再び巡り会えた人。
どうしたわけだか、子供になってしまったブルー。
前の自分が失くした時には、ブルーは大人だったのに。
それは気高く美しい人で、とうに子供ではなかったのに。
(チビのあいつも、覚えちゃいるが…)
今と同じにチビだったんだが、と時の彼方のブルーを思う。
少年の姿をしていたブルー。
今と少しも変わらないけれど、あのブルーは…。
(俺より年上だったんだ…)
けれど、そうは見えなかった姿と中身。
遥かに年上だった事実に驚いたことを覚えている。
本当なのかと、子供なのにと。
(それがだな…)
後の時代には、立派に皆を導くソルジャー。
最年長のミュウで、最強のサイオン。
ブルーは皆の長として立って、皆を、シャングリラを導き続けた。
挙句の果てに命まで捨てた、ミュウの未来を守り抜くために。
白いシャングリラが、無事に地球まで行けるようにと。
(もしも、あいつがチビのままなら…)
そんな結末ではなかったろうに。
皆を守って散るよりも前に、きっとキョロキョロしていたろうに。
いったい自分はどうするべきかと、皆を掴まえては質問して。
「このくらいだったら出来るんだけど」と、困ったように首を傾げて。
ソルジャー・ブルーがチビだったならば、全ては変わっていたのだろう。
強いサイオンを持っていたって、自分一人では道を決めかねる子供。
「どうしたらいい?」と皆を掴まえては、取るべき手段を尋ねる子供。
そうなっていたら、ブルーの力は同じでも…。
(俺も、ヒルマンやゼルたちも…)
懸命にブルーを守っただろう、何が最善かを考えて。
何度も皆で会議を重ねて、シャングリラの未来を検討して。
(でもって、次はこうしたいんだが、と…)
ブルーに伝えていただろう進路。
この方法でやっていけるかと、「お前の力で何とかなるか?」と。
ブルーが子供だったなら。
力はあっても、進む道を自分で決めてゆけない子供なら。
(…そっちだったら、俺はあいつを…)
失くしちゃいない、とハタと気付いた。
ブルーの進路を決めてゆくのが、キャプテンの仕事だったなら。
ゼルたちと何度も相談してから、「こうだ」とブルーに伝えたならば。
(…キースがメギドを持って来たって…)
第一波を防いだ後のブルーは、きっと尋ねて来たのだろう。
「どうすればいい?」と、「次の攻撃が来そうだけれど」と、思念波で。
打って出るのか、防御に回るか、どっちの道がいいのかと。
(訊いて来ていたら、あいつを回収…)
急いで戻れ、と飛ばしたろう指示。
ナスカに残った仲間たちも回収するからと。
攻撃が来る前にワープするからと、「お前も急いで戻って来い」と。
きっと戻って来ただろうブルー。
自分では道を決められないから、「分かった」と急いでシャングリラに。
そしてブリッジで周りを見回していたのだろう。
「本当にいいの?」と、「メギドを放っておいてもいい?」と不安そうな顔で。
此処から無事に逃げられるだろうかと、次の攻撃が来たらどうしよう、と。
(そうしたら、肩を叩いてやって…)
大丈夫だ、と安心させてやったろう自分。
「シャングリラは俺に任せておけ」と。
これはキャプテンの仕事だからと、ゼルやブラウもいるのだからと。
(あいつを乗せて、そのままワープ…)
ジョミーがナスカから戻ったら。ワープの指示が下ったら。
白いシャングリラは逃げ切れただろう、ブルーの犠牲が無かったとしても。
逃げる方へと道を決めていたら、皆が急いだ筈だから。
「早くしろ」と何度もナスカに向かって呼び掛け、一刻も早く逃れる方へ。
力はあっても子供のブルーを、一緒に乗せて。
(…本当に、あいつが子供だったら…)
全ては違っていたのだろう。
前の自分も、それにエラたちも、ブルーを補佐して助けただろう。
見た目通りに年下だったら、サイオンが強いだけの子供だったら。
(いつまでも子供ってことはなくても…)
最初の印象は強いものだし、築かれてゆく関係だって。
ブルーが遥かに年上でなければ、きっと変わっていたのだろう。
「ちょっと待ちな」とブラウが止めに入るとか。
それを言われたら、ブルーも大人しく意見を聞いていただとか。
(メギドに行っちまう前にしたって…)
ブルーは「どうしよう?]と訊いて来るのだし、引き止めるだけ。
「早く戻れ」と、「ナスカを捨てて脱出する」と。
今となっては夢物語で、ブルーは年上だったのだけれど。
それに相応しく育ってしまって、命まで捨ててしまったけれど。
(今のあいつは、本当に子供…)
俺よりもずっと年下なんだ、と零れる笑み。
「キスは駄目だ」と何度叱っても、学習しないようなチビ。
見た目通りにチビの子供で、叱られる度に膨れっ面。
前のブルーは、そんな顔などしなかったのに。
いつの間にやら、皆を導くソルジャーとして立っていたのに。
(今度のあいつは、俺よりもチビで…)
ずっと年下で、どう頑張っても追い越せない年。
ブルーが一歳年を取ったら、自分も一歳先へ進んでゆくのだから。
外見の年齢は止めていたって、中身はきちんと重ねてゆく年。
ブルーが一歩成長したなら、自分の方も。
小さなブルーが前と同じに育ったとしても、遥かに前を行っている自分。
「ほら」と「手を出せ」と、ブルーの手を引いて歩いてゆける。
今度は自分が年上だから。
ずっと年上で、今のブルーの父と近いほどの年なのだから。
(チビのあいつが大きくなるまで、待たされちまうが…)
キスも出来ずに待ちぼうけだけれど、これで良かった、と笑みが深くなる。
前のブルーでも、年下だったら、守って、失くさなかった筈。
だから今度はしっかりと守る、チビのブルーを。自分よりもずっと年下だから。
(年上で良かった…)
当分はチビに振り回されるが、と思うけれども、幸せな気分。
ずっと年上に生まれた自分。
いつまでもブルーの先をゆくから、守って歩いてゆけるのだから…。
年上で良かった・了
※ブルー君よりも、ずっと年上のハーレイ先生。大人の余裕もたっぷりです。
前のブルーが年下だったら、と考えてみたら幸せな気分。今度は本当に守れますものねv