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幸せな呪文

(…今日は会い損なっちゃった…)
 一度もハーレイに会えなかったよ、と小さなブルーがついた溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドの端っこに腰を下ろして。
 朝、学校に着くなり姿を探した恋人。
 運が良ければ、柔道着を着たハーレイに会える朝もあるから。
(だけど、いなくて…)
 柔道着のハーレイも、スーツ姿のハーレイも。
 そういう朝も珍しくないし、特に気にしていなかった。
 きっと何処かで会えるから。
 廊下でバッタリ顔を合わせるとか、歩いてゆく姿を見掛けるだとか。
 言葉を交わす時間が無くても、見られるだけで充分、幸せ。
 前の生から愛した恋人、それがハーレイなのだから。
 生まれ変わって再び出会えて、恋の続きが始まったから。
(ちょっぴり見られたら、それで幸せ…)
 遠くても、後姿でも。
 挨拶出来たらもっと幸せ、「ハーレイ先生!」と声を掛けられたなら。
 立ち話が出来たら幸せ一杯、なんて幸運だろうと思う。
 「ハーレイ」と呼ぶことは出来ない学校、「ハーレイ先生」と呼ぶしかなくても。
 会えて話が出来れば幸せ、心が空へと舞い上がりそう。
 ハーレイが好きでたまらないから。
 ずっと愛している人だから。
 けれども、運が悪かった今日。
 朝に会えなくて、その後もずっと会えないままで。
(…来てくれるかと思ってたのに…)
 待っていたのに、鳴らなかった来客を知らせるチャイム。
 ハーレイに会えずに終わってしまった、寂しい今日。
 たまに、こんな日もあるけれど。…本当に、たまにあるのだけれど。


 寂しいよ、と零れた溜息。
 ハーレイに会えずに終わった一日、なんとも悲しい気持ちだけれど。
(でも、明日はきっと…)
 会える筈だよね、と思い浮かべた時間割。
 自分のクラスの分と違って、同じ学年の古典の授業。
(…覚えちゃった…)
 年度初めに少し遅れて、ハーレイが赴任して来た、あの日。
 前の自分が帰って来た。
 ハーレイを愛した記憶と一緒に、ソルジャー・ブルーの記憶を連れて。
 そして始まった、まるで奇跡のような恋。
 前の自分の恋の続きを、今の自分が生きている。
 ハーレイが好きで、好きでたまらなくて、学校でも探している自分。
 だから覚えた、他のクラスの時間割。
 何処のクラスに何時間目にハーレイが来るか、それだけを。
 時間割が変わる度に覚えて、覚え直して、今だって。
(明日は隣のクラスだから…)
 自分の授業が終わって直ぐに廊下に出たなら、会える筈。
 ハーレイの方でも、少し待っていてくれるから。
 チビの恋人が顔を出さないか、廊下でほんの少しだけ。
 教科書や資料をチェックしながら、何気ない風で。
 質問のある生徒がやって来ないか、待っているようなふりをして。
(…ホントは、そっちかもしれないけれど…)
 授業の間に手を挙げそびれた、質問のある子。
 それを待つのかもしれないけれども、ほんの僅かな待ち時間。
 急いで廊下に飛び出して行けば、そのハーレイに挨拶が出来る。
 「ハーレイ先生!」と声を掛けたら、立ち話だって。


 だから明日には会えるハーレイ、それは間違いない筈で。
 声だってきっと聞けるのだけれど、会い損なってしまった今日。
 それがなんとも寂しくて悲しい、ほんの一日のことなのに。
 たまにそういう日だってあるのに、もう寂しくてたまらない。
 ハーレイの姿を見られなかったというだけで。
 愛おしい人に挨拶出来なかっただけで。
(…寂しいよ、ハーレイ…)
 会いたいよ、と思うけれども、ハーレイが来るわけがない。
 とうに夜だし、チビの自分は後はベッドに入るだけ。
 そんな時間にハーレイは来ない、家を訪ねて来たりはしない。
 他所の家のチャイムを鳴らしに行くには、もう遅すぎる時間だから。
 気心の知れた大人の客人、そういう人しか遅い時間に訪問したりはしないから。
(…前のぼくなら…)
 この時間でも、ハーレイを待てた。
 キャプテンの仕事は多忙だったから、遅い日はもっと遅かった。
 日付が変わった後になってから、青の間に来た日もしょっちゅうで…。
(お疲れ様、って…)
 ハーレイを迎えて、キスを交わして、それからは二人。
 恋人同士の時間を過ごして、朝まで一緒。
 けれども、今はそうはいかなくて、チビの自分は寝る時間。
 明日も学校があるのだから。
 夜更かししすぎて寝坊するなら、まだマシだけれど…。
(…疲れすぎたら、学校、お休み…)
 それは困る、とベッドに入った。
 もしも欠席してしまったなら、またハーレイに会い損なうから。


 そうは思っても、やっぱり寂しい。
 今日はハーレイに会い損なったし、前の自分なら、この時間でも…。
(…ハーレイ、部屋に来てくれたのに…)
 待っていたなら、いつだって。
 遅くなっても、大急ぎで。
(たまに、ゼルたちとお酒を飲んでて…)
 来そうにないな、と溜息をついて一人で眠った日もあったけれど。
 朝になったら、ちゃんとハーレイの腕の中。
 いつの間にベッドにやって来たのか、隣で眠っていたハーレイ。
 前の自分をしっかりと抱いて、一人にしたりはしなかった。
(…なのに、今だと…)
 独りぼっち、と上掛けの下で丸くなる。
 これから先も独りぼっちで、大きくなるまでずっと一人、と。
 チビの自分は、ハーレイとキスも出来ないから。
 前の自分と同じ背丈にならない限りは、キスを許して貰えないから。
(…ホントのホントに…)
 寂しいよ、と唇から漏れた独り言。
 どうせハーレイには届かないけれど、聞こえても来てはくれないけれど。
(ハーレイのケチ…)
 それに意地悪、と心で零して、それだけではまだ足りない気持ち。
 ケチな恋人に聞かせてやりたい、独りぼっちの自分の嘆き。
「ホントに独りぼっちなんだから…」
 ハーレイのせいで独りぼっち、と声に出してみて、ハッと気付いた。
 もっと悲しい独りぼっちを、自分は知っていたのだと。
 いくら呼んでもハーレイは来ない、二度と会えない独りぼっちを。


 前の自分の悲しすぎた最期。
 右手に持っていたハーレイの温もり、それを失くして一人になった。
 仲間は誰もいないメギドで、命の焔が消えてゆく時に。
(もう会えない、って…)
 二度とハーレイに会えはしない、と泣きじゃくりながら死んでいった自分。
 あれが本当の独りぼっちで、それに比べたら今の自分は…。
(ハーレイのケチ、って…)
 文句も言えるし、悪口も言える。「ハーレイの意地悪」と。
 今はベッドで独り言だけれど、面と向かって言う時だって。
「…ハーレイのケチ…」
 それに意地悪、と声に出したら、ふわりと温かくほどけた心。
 まるでハーレイに届いたかのように、「俺はそんなにケチで意地悪か?」と言われたように。
 ケチと言った声は届かなくても、ハーレイはちゃんといるのだから。
 何ブロックも離れた所で、この時間なら、書斎でのんびりコーヒーかお酒。
(…ハーレイ、ちゃんといてくれて…)
 今日はたまたま会えなかっただけ、明日にはきっと会える筈。
 家にだって寄ってくれるかもしれない、「仕事が早く終わったからな」と。
(独りぼっちじゃないんだ、ぼく…)
 今は一人でも、ハーレイがいるよ、と声にしてみた恋人の名前。
 「ハーレイ」と、其処にいるかのように。
 応えはなくても、愛おしい人を。


「ハーレイ…」
 ねえ、と呼び掛けてみたら、心に溢れた幸せな気持ち。
 魔法の呪文だったかのように、幸せな呪文を唱えたように。
 呼び掛ける声は届かなくても、会って呼んだら、きっと答えが返るから。
 ハーレイも自分も生きているから、恋の続きを生きているから。
「…ハーレイのケチ…」
 意地悪、と言ってみるのだけれども、胸に幸せが満ちてゆく。
 独りぼっちでも、そうさせているハーレイは此処にいないだけ。
 明日は会えるし、いつかはハーレイと一緒に暮らしてゆけるのだから。
 二人、幸せなキスを交わして、結婚式を挙げて。
 それを思うと、幸せな呪文が止まらない。
 瞼が自然に落ちて来るまで、「ハーレイ」と呼んで呼び続けたい。
 「ハーレイのケチ」でも、「ハーレイの意地悪」でも、幸せが心に溢れるから。
 幸せな呪文は恋人の名前で、呼ぶだけで幸せになれるのだから。
「ハーレイのケチ…」
 それに意地悪、と繰り返したって、きっとハーレイは怒らない。
 「またか」と笑って、コツンと額を小突かれるだけ。
 「俺は子供にキスはしない」と、「夜に訪ねはしないぞ」と。
 コツンと額を小突く手だって、ハーレイの手だから、それも幸せ。
 だから幸せな呪文を唱える、恋人の名前が入った言葉。
 織り込んで何度も唱え続ける、「ハーレイのケチ」と、「意地悪」と。
 自然に眠気が訪れるまで。幸せな呪文が寂しさを消して、幸せで満たしてくれるまで…。

 

        幸せな呪文・了


※ハーレイ先生に会い損なった日のブルー君。「寂しいよ」と零してましたけど…。
 幸せな呪文を見付け出したら、「ハーレイ」と何度も繰り返し。素敵な呪文ですものねv





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