(ビックリしちゃった…)
本物の青い鳥だったよ、と小さなブルーが思い返した出来事。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日の昼間に起こった出来事、思いもしなかった小さな事件。
窓のガラスに小鳥がゴツンとぶつかった。
おやつを食べていたダイニングで。
窓に映った庭の景色を、本物の景色と間違えた小鳥。
(ゴツンっていうから…)
何かと思って見に行ってみたら、テラスにコロンと転がった小鳥。白いお腹を上にして。
ぶつかったんだ、と直ぐに分かった。
死んでしまったかと慌てたけれども、暫く経ったら起き上がった小鳥。
けれど、今度は膨れてしまった。
ふくら雀みたいに、真ん丸に。
驚いて羽根が逆立っているのか、真ん丸になってしまった小鳥。
大変なことになっちゃったかも、と思ったけれども、その鳥の羽根。
お腹の方は真っ白なのに、他の部分は目が覚めるように鮮やかな瑠璃。
青い小鳥だ、と気が付いた。
前の自分が憧れた鳥。
幸せを運ぶ青い小鳥で、それを飼いたいと願った自分。
(だけど、シャングリラで青い小鳥は…)
飼えなかった、と今でも零れてしまう溜息。
青い小鳥は、何の役にも立たないから。
船の中だけが全ての世界で、そんな生き物を飼えはしないから。
すっかり忘れてしまっていた夢。
それが一気に蘇ったから、嬉しくなってしまったけれど。
流石は地球だと、青い小鳥が降って来るんだ、と顔が綻んでしまったけれど。
その、降って来た青い鳥。
羽ばたいて何処かへ飛んでゆく代わりに、テラスで真ん丸に膨れたまま。
突っ立ったままで丸く膨れて、ピクリとも動きはしないから。
今度は小鳥が心配になった、このまま死んだりしないだろうかと。
幸せを運ぶ旅の途中で、とんでもない事故に遭ったから。
(そしたら、ハーレイ…)
普段よりも早い時間に来た恋人。
母が買い物から戻らない内に、本当にとても早い時間に。
なんて幸せなんだろう、と思ったけれど。
青い小鳥がちゃんと幸せを運んでくれた、と喜んだけれど、それも一瞬。
ハーレイが早い時間に来てくれた幸せ、それを運んで来てくれた小鳥。
幸せを届けてくれた小鳥は、死にそうだから。
窓ガラスに身体をぶつけてしまって、死んでしまうかもしれないから。
(…命懸けで幸せの配達なんて…)
其処まで頑張ってくれなくてもいい、と小鳥の姿に前の自分が重なった。
ミュウの未来を守るためにと、メギドを沈めて死んでいった自分。
仲間たちに幸せを届けたけれども、未来を届けてあげられたけれど。
前の自分は死んでしまって、もう幸せは配れなかった。
幸せを配りに出掛けるどころか、自分の命も失くしてしまった。
頑張ったことは少しも後悔しないけれども、青い小鳥は其処まで頑張らなくてもいい。
ハーレイを連れて来てくれるために、命まで失くさなくてもいい。
命懸けで幸せを配らなくてもと、そんな悲しいことをしないで、と。
多分、曇っていただろう顔。
「どうしたんだ?」と尋ねた恋人、「急に元気が無くなったぞ」と言ったハーレイ。
だから急いで引っ張って行った。
ハーレイだったら、青い小鳥をどうすればいいか、きっと教えてくれる。
獣医に連れて行くべきだとか、このまま見守ってやればいいとか。
「大変なんだよ」と、「ぼくの青い鳥…」と、ハーレイを連れてダイニングへ。
いつもは両親も一緒の夕食、その時にしか行かない部屋へ。
真ん丸に膨れた小鳥を見るなり、「オオルリだな」とハーレイが口にした名前。
それからサイオンでそっと包んで、探ってくれた小鳥の様子。
(腰が抜けてるだけだ、って…)
ホッと安心した、小鳥の無事。
命懸けではなかった幸せの配達、ちょっぴり事故に遭っただけ。
驚いて動かなくなった身体は、怪我をしていないらしいから。
もう少ししたら縮んで元の姿に戻って、元気に飛んでゆくらしいから。
それを聞いたら、青い小鳥を飼いたくなった。
空から降って来た幸せの使者を、前の自分が欲しかった鳥を。
前の自分の夢だった鳥は、直ぐ目の前にいるのだから。
急いで鳥籠を用意したなら、青い鳥が手に入るのだから。
(飼い方だって、調べて貰って…)
ハーレイに調べて貰う間に、母に鳥籠を強請ってみよう。
「飼ってみたいよ」と頼んだならば、買いに行ってくれるか、父に連絡。
鳥籠も餌も、夜までにちゃんと揃うだろう。
そうして自分は青い鳥を飼える、空から降って来た鳥を。
前の自分の夢だった鳥を。
(…前のぼく、飼えなかったから…)
シャングリラでは駄目だと皆に言われたから、諦めた夢。
幸せを運ぶ青い小鳥が欲しかったのに。
いつか行こうと夢見ていた星、地球と同じ青を纏った小鳥。
それが飼いたいと夢を見たのに、夢は叶いはしなかった。
青い小鳥は、美味しい卵を産んでくれたりしないから。
ペットなのだから食べるのも無理で、本当に役に立たないから。
けれど、諦め切れなかった小鳥。
幸せの青い鳥が欲しくて、せめてと選んだ青い毛皮のナキネズミ。
色々な色の個体がいたのに、「この子がいいよ」と青い毛皮を持った血統を育てると決めた。
青い小鳥が飼えないのならば、青い毛皮のナキネズミがいい。
気分だけでも青い鳥だと、姿はまるで違うけれども、と。
(…でも、今日の青い小鳥は本物…)
本当に本物の青い小鳥で、家に来てくれた幸せの小鳥。
飼ってみたいと考えたから、ハーレイにそう言ったのに。
賛成してくれる筈だと思っていたのに、返った答えは逆様だった。
「それは駄目だぞ」と止めたハーレイ。
オオルリは自然の中で生きる小鳥で、ペットの小鳥とは違うから。
自然のものは自然のままでと、それが一番幸せなんだ、と。
鳥籠に入れて飼っては駄目だ、と咎めた恋人。
ちゃんと飛べるなら空に戻せと、お前の勝手で引き止めるなと。
青い小鳥は、幸せを配る配達の旅の途中だから。
自分の所で止めてしまうなと、もっと沢山の人に幸せを配りにゆくのが仕事だからと。
この欲張りめ、と青い小鳥が飛び去った後にも呆れられた。
オオルリは空へと飛んで帰って、母が買い物から帰って来て。
二階の自分の部屋に戻っても、何度も外を見ていたから。
またオオルリが来てくれないかと、青い小鳥が見えはしないかと。
(…だって、綺麗な声で鳴くって…)
ハーレイが教えてくれたこと。
あのオオルリは、とても綺麗な声を持っていると。
ウグイスにも負けない声で囀ると、そう聞かされたら、なおのこと。
幸せの配達もして欲しいけれど、美しい声も聴きたいから。
「鳴いているね」と、「いい声だよね」と、ハーレイと二人で聴き惚れたいから。
本物の青い小鳥だからこそ、持っているのが美しい声。
庭の木に止まって囀って欲しい、ハーレイと二人で聴き入る時間を届けて欲しい。
そうすればきっと、幸せだから。
青い小鳥の鳴き声を聴いて、「素敵だね」とハーレイと頷き交わして。
地球だからこそ、窓の外に描ける幸せな夢。
青い小鳥が降って来るのが地球だから。
幸せを届けに飛んでいるのが、蘇った青い地球なのだから。
(…前のぼく、地球にも行けなかったし…)
死の星だったと聞かされたけれど、それさえも前の自分は知らない。
地球に着く前に、メギドで死んでしまったから。
まだ座標さえも分からない内に、夢の星を失くしてしまったから。
前の自分の命と一緒に、夢も幸せも、何もかもを。
(…だから、ちょっぴり欲張ったって…)
いいと思うんだけど、と考えてしまう今日の出来事。
青い小鳥にまた出会いたいと、幸せな時間を届けて欲しいと。
(命懸けで幸せを運ばなくてもいいから…)
ほんのちょっぴり、此処にも寄り道して欲しい。
幸せはもちろん欲しいけれども、綺麗な声だけでもかまわないから。
ハーレイと二人で部屋にいる時に、囀ってくれたら嬉しいから。
外から聞こえる綺麗な声は何だろう、と首を傾げたら、きっとハーレイが教えてくれる。
「オオルリだぞ」と、「お前が欲しがった青い鳥だな」と。
そして二人で眺めるのだろう、何処にいるかと。
どの木の枝で囀っているかと、あの瑠璃色が見えはしないかと。
(来て欲しいよね…)
自然のものは自然のままに、と言うのだったら、待っているから。
籠に閉じ込めて飼ったりしないで、来てくれるのを此処で待つから。
(青い鳥、ぼくの夢なんだもの…)
前のぼくだった頃から、ずっと欲しかった鳥なんだもの、と描いた夢。
青い鳥が空から降って来る地球、其処に自分は来たのだから。
幸せを届けて貰ったのだから、幸せの鳥にまた出会いたい。
前の自分は、夢の青い鳥を飼えないままで終わったから。
夢も幸せも全部失くして、メギドで死んでいったから。
やっと来られた青い地球の上で、ほんの少しだけ欲張ってみたい。
美しい声で鳴くというオオルリ、その声をハーレイと聴いてみたいと。
幸せな時を過ごしてみたいと、鳴き声だけでもぼくに届けて、と…。
青い鳥とぼく・了
※ハーレイ先生に「飼うのは駄目だ」と言われてしまった、ブルー君の夢の青い鳥。
幸せを欲張るのも駄目ですけれども、鳴き声のお願い程度なら…。いいですよね、きっとv