(青い鳥なあ…)
本物だったぞ、とハーレイが思い返した出来事。
夜の書斎で、コーヒー片手に。
今日、本当にあった小さな出来事、ちょっとした事件。
(俺はちょっぴり早く出掛けただけなんだがな?)
仕事帰りに、ブルーの家に。
いつもは放課後の指導が日課な柔道部。
そちらの方が休みだったから、普段よりも早い時間に行けた。
小さなブルーに予告はしないで。「早めに行くぞ」とは言わないで。
着いてガレージに車を停めて。
チャイムを押したら、出て来たブルー。いつもなら母の方なのに。
(たまたま買い物で留守っていうのは分かるんだが…)
その日を狙っていたかのように、起こった事件。
何も知らずに到着したら、ブルーにグイと腕を引かれた。
「こっち」と、「大変なんだよ」と。
聞けば青い鳥がどうとかこうとか、そんな鳥を見た記憶は無い。
ブルーは「ぼくの青い鳥」と言ったけれども、部屋で見掛けたことが無い鳥。
他の部屋にも鳥籠は無いし、飼っているとも聞かないし…、と思ったら。
(降って来た鳥と来たもんだ)
青い空から、ブルーの家に。
窓のガラスに、真っ直ぐゴツンとぶつかって。
ガラスに映った庭の景色を、本物なのだと勘違いして。
連れてゆかれたダイニング。
普段だったら、夕食の時に入る部屋。
ブルーの両親も一緒に囲む食卓、そのための部屋に昼間に入った。
それもブルーと二人きりで。
「あそこ…」とブルーが指差したテラス。
真ん丸な青い小鳥が一羽。
瑠璃色の羽根で、真っ白なお腹。
一目で名前が分かったオオルリ。声が美しいと評判の小鳥。
けれど、こんなに丸かったろうか、と思うくらいに膨らんだ姿。
ふくら雀でもあるまいに、と驚いたけれど、オオルリはオオルリ。
(ビックリして、羽根が逆立っちまって…)
そのせいか、と思い至ったオオルリの姿。
ブルーが言うには、ぶつかって直ぐは転がっていたらしいから。
死んでしまったのかと慌てるくらいに、お腹の方を上にしてコロンと。
起き上がったまではいいのだけれども、丸く膨れたままだという。
獣医に連れて行った方が、と用意をしようとしていたブルー。
其処へ来たのが自分だった次第、オオルリを調べてやる羽目になった。
具合はどうかと、獣医に行くべきなのかどうかと。
(…詳しいことまでは分からないが、だ…)
サイオンで包めば、なんとなく分かる。
小鳥の気分の欠片らしきものが。
酷く痛むのか、そうではないのか。
暫く経ったら飛んでゆけそうか、飛べそうもなくて困っているか。
そうやって調べてやった結果は…。
(腰が抜けてただけだってな)
痛いだとか、とても苦しいだとか。
そんな気分は感じ取れなくて、ビックリして固まっているらしい小鳥。
いったい何が起こったのかと、ちゃんと飛んでいた筈なのに、と。
(…小鳥の世界に、窓ガラスなんかは無いからなあ…)
無理もないな、と思った事故。
その内に正気に戻るだろうし、何処も傷めてはいないようだから。
小さなブルーに教えてやったら、「良かった…」と嬉しそうだったブルー。
よほど心配していたのだろう、青い小鳥の身体のことを。
死んでしまいはしないかと。
このままパタリと倒れてしまって、それっきりになりはしないかと。
(獣医に行こうとしてたほどだし…)
俺のサイオンが役に立って良かった、とホッとしていたら、小さなブルーが言い出したこと。
なんともないなら、この鳥を飼ってもいいだろうかと。
せっかく庭に飛んで来たから、ぼくが飼いたい、と。
そうは言っても、オオルリは野生の鳥だから。
ペットショップで賑やかに囀る鳥たち、彼らとは違うものだから。
「それは駄目だぞ」とブルーを止めた。
自然のものは自然のままにと、その方が鳥も幸せだから。
自由に大空を飛んでゆける方が、小鳥のためになるのだから。
ところがブルーは未練たらたら、オオルリを家で飼いたいらしい。
鳥籠に入れて、可愛がって。
青い姿を、毎日眺めて。
そんなに気に入ったのだろうか、と思ったオオルリ。
元々、小鳥が飼いたかった所へ、この鳥が飛んで来たのだろうか、と。
けれど違った、ブルーの動機。
欲しかったものは青い小鳥で、しかも青い小鳥が欲しかったのは…。
(…前のあいつの時からなんだ…)
何年越しの夢なんだか、と浮かべてしまった苦笑い。
オオルリだって欲しくもなるさと、飼いたくなるのも無理はないな、と。
青い小鳥を欲しがったのは、ソルジャー・ブルーだったから。
幸福を運ぶ青い小鳥が欲しい、と夢を描いた前のブルー。
そういう本を読んだから。
幸せの青い鳥が欲しいと、地球の色をした青い小鳥を飼ってみたいと。
前のブルーはそう願ったのに、叶わなかった青い小鳥を飼う夢。
青い鳥は役に立たないから。
シャングリラの中だけが全ての世界で生きてゆくには、無駄なものだから。
美味しい卵を産みはしないし、もちろん食べるわけにもいかない。
青い小鳥は肉には出来ない、飼うならペットなのだから。
ペットを食べるなど言語道断、けして許されはしないから。
(あいつの夢は、却下されちまって…)
誰も賛成しなかった。
青い鳥が欲しい、と願った前のブルーの夢。
ブルーはそれが欲しかったのに。
幸せを運ぶ青い小鳥が、青い地球の色を纏った鳥が。
夢を諦めたブルーだけれども、青い小鳥は覚えていた。
飼いたかった、と忘れなかった。
だからナキネズミを開発した時、青い毛皮のを選んだほど。
この血統を育ててゆこうと、青い毛皮のナキネズミがいい、と。
毛皮の色は他にも色々あったのに。
どれを選ぶのも自由だったのに、前のブルーは迷わず選んだ。
「青がいいよ」と、「この子にしよう」と。
欲しかった青い小鳥の代わりに、青い毛皮のナキネズミ。
それを飼えるなら、と前のブルーが重ねていた鳥。飼えなかった幸せの青い鳥。
(…しつこく覚えていたってわけだな)
生まれ変わっても執念深く、とクックッと笑う。
思い出した途端に欲しくなったかと、それまで忘れていたくせに、と。
今のブルーなら、青い小鳥はいくらでも好きに飼えるのだから。
「欲しいよ」と両親に強請ったら直ぐに、青い小鳥が来るだろうから。
ペットショップに連れて行って貰って、「どれが飼いたい?」と訊いて貰って。
青い鳥を選んだら、お次は鳥籠。
部屋に似合うのはどれだろうかと、どの鳥籠を選びたいかと。
アッと言う間に、ブルーは手に入れられるのだけれど。
青い小鳥を飼えるのだけれど、すっかり忘れていたらしい。
前の自分が欲しがったことも、幸せの青い小鳥のことも。
幸せの青い鳥の話は知っていたって、自分と重ねなかったのだろう。
綺麗サッパリ忘れていたから。
あのオオルリが降って来るまで、思い出しさえしなかったから。
欲張りになった小さなブルー。
窓ガラスにぶつかってしまったオオルリ、それを飼おうとしたブルー。
「駄目だ」と止めたら残念そうで、元気になったオオルリが空へと飛び去った後も…。
(庭の方ばかり見ていやがって…)
いつもだったら、けして他所見はしないのに。
向かい合わせで座った自分をじっと見ているのに、今日は何度も庭を見ていた。
またオオルリが飛んで来ないかと、来たらいいなと思っている顔。
(幸せの青い鳥だしなあ…)
欲しい気持ちはよく分かる。前のブルーの夢なのだから。
百年などではとても足りない、前のブルーが青い小鳥を夢見た歳月。
それが空から降って来たなら、もっと、と思いもするだろう。
幸せを沢山持っていたって、青い小鳥が欲しいだろう。
(なんたって、前のあいつの夢…)
そいつが飛び込んで来たんだからな、と思うけれども、それは欲張り。
前のブルーなら止めないけれども、今のブルーは幸せだから。
山ほどの幸せを持って生まれて、これからも幾つも降って来る幸せ。
青い小鳥に頼まなくても、「もっと欲しい」と願わなくても。
だからブルーを止めたけれども、「自然のものは自然のままに」と諭したけれど。
(あいつ、幸せになったんだよなあ…)
青い鳥の方から来るくらいにな、と零れた笑み。
シャングリラには青い小鳥はいなかったけれど、今は空から降って来るから。
「幸せをどうぞ」と配達中の青い小鳥が来るのだから。
前のブルーが焦がれた星で。
青い地球の上で、青い小鳥たちが配る幸せ。
それをブルーは受け取れるから。
青い鳥が欲しいと願わなくても、空から降って来るのだから…。
青い鳥とあいつ・了
※ブルー君が「飼いたい」と願ったオオルリ。「駄目だ」と止めたハーレイ先生ですけれど。
欲しい気持ちは分かるようです、前のブルーの夢だけに。でも、家で飼うのは駄目ですよねv