(ぼくの頭の中…)
ハーレイで一杯、と小さなブルーが思い浮かべた恋人の顔。
どんな時でも一杯みたい、と。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
ふと気付いたら、考えているハーレイのこと。
「この時間だとコーヒーかな?」だとか、「お酒かも」だとか。
そう思ったら気になってくるのが、ハーレイの居場所。
お気に入りだという書斎にいるのか、他の部屋で何かしているのか。
(書斎だったら、読書なんだと思うんだけど…)
他の部屋だったら、出来そうなことは幾つでも。
「腹が減ったな」と夜食だとか。
夜食にしようと、キッチンに立っているだとか。
(何か作っているにしたって…)
鼻歌交じりに作っているなら、その鼻歌が気にかかる。
自分が聞いたら「あれだ!」と直ぐにピンと来るのか、来ないのか。
聞いた途端に分かる歌でも、今の歌なのか、昔の歌か。
(前のハーレイも歌っていたのか、そうじゃないのか、どっちなわけ?)
ハーレイは学校の教師なのだし、今の歌にも詳しいだろう。
生徒の間で流行っていたなら、きっと覚えて歌う筈。
そういう歌を歌っているのか、もっと昔に流行った歌か。
昔と言っても、今の自分が赤ん坊だった頃とか、ハーレイの子供時代とか。
二十四歳も年が離れているから、流行った歌でも小さな自分が知らない歌はきっと沢山。
(…鼻歌、なあに?)
それとも本当に歌を歌っているのだろうか。
前の生から好きでたまらない、あの温かい声で楽しげに。
歌か、それとも鼻歌なのか。
作っている夜食は何だろうか、と考え始めている自分。
また一杯、とコツンと軽く叩いた頭。
ハーレイで一杯になっちゃった、と。
(…すぐ一杯になるんだから…)
ちょっとしたことが切っ掛けで。
今、一杯になった切っ掛けは、「コーヒーかな?」と思ったこと。
この時間なら、ハーレイはコーヒーを飲んでいるのかも、と。
そうしたらポンと浮かんだのがお酒、ハーレイがたまに飲むらしい酒。
次に居場所が気になってきたら、やっていることが気になって…。
(夜食かな、って思っただけなのに…)
ぐんぐん膨らんだ頭の中身。
ハーレイが夜食を作っているなら、どんな歌を歌っているのだろうと。
流行りの歌か、古い歌なのか、鼻歌か、本当に歌っているか。
たった一杯のコーヒーを頭に描いた所から、ハーレイが歌う歌声にまで膨らんだ。
ハーレイなんだ、と思っただけで。
恋人のことが気になっただけで。
(もしも、お料理の方を考えてたら…)
夜食は何か、と考えたのなら、別の方へと行ったろう。
冷蔵庫を覗いて材料を探すハーレイだとか、棚を覗いている姿とか。
これがあった、とウキウキ作り始める夜食。
フライパンで何か焼こうとするのか、小さな鍋の出番になるか。
鼻歌交じりに作る夜食は何だろう?
熱い間が美味しい料理か、冷ました方が美味しいものか。
それを作って何処で食べるのか、コーヒーが合うのか、お酒の方か。
(…夜食って…)
ピザとかドリアだとか、と膨らんでゆく頭の中身。
ハーレイが作るのは、どんな夜食、と。
またまた一杯になっていた頭、今度はハーレイの夜食のせいで。
何を作るのか、何を食べるのかと、頭の中身はハーレイのことで溢れそう。
(…ぼくは夜食は食べないのに…)
そんなに沢山、食べられるわけがない食事。
夕食だって、盛り付けられた分を残さずに食べるのが精一杯。
夜食にはとても辿り着けない、どう頑張っても。
(でも、ハーレイは食事も沢山食べるから…)
いつもおかわりしているもんね、と両親も一緒の夕食の席を思い出す。
「おかわりは如何ですか?」と母に尋ねられたら、「頂きます」と答えるハーレイ。
二人きりで食べる昼食の時は、ハーレイの分が明らかに大盛り。
(あんなにあっても、平気でペロリと食べちゃうんだもの…)
そういえば、と蘇って来た学校のランチタイムの記憶。
沢山食べたら背が伸びるかも、と注文してみた大盛りランチ。
食べられそうもなくて困っていたら、ハーレイが助けてくれたのだった。
「俺に寄越せ」と、綺麗に食べて。
自分用のランチのトレイも持っていたくせに、大盛りランチの残りまで。
(ハーレイ、ホントに凄いよね…)
だから柔道も強いんだよね、と顔が綻ぶ。
大盛りランチは、運動部員の御用達だから。
しっかり食べて体力作りを、と提供される大盛りランチ。
きっとハーレイも、自分くらいの年の頃には学校で食べていたのだろう。
ランチタイムは大盛りランチで、全部ペロリと平らげて。
それの他にも、休み時間になったなら…。
(パンとか、食べていそうだよね?)
運動部員のクラスメイトは、そうだから。
「食べないと、とても身体が持たない」と、休み時間に食べているパン。
家から持って来ているパンとか、学校で買ったパンだとか。
ハーレイだったら、どっちだろう、と想像してみた子供時代。
大盛りランチの他に食べるパンは、学校で買ったか、家から持って行ったのか。
(…学校に行く途中に、美味しいパン屋さんがあったかも…)
其処に入って買ったかもしれない、いつもお小遣いを握り締めて。
どれを買おうか散々迷って、「これにしよう」とトレイに一個。
(二個だったかも…?)
もっと凄くて三個だったとか、そういうこともあるかもしれない。
三個の内の一個は必ず、毎日同じパンだったとか。
(お気に入りのパン、ありそうだものね?)
好き嫌いの無いハーレイだけれど、それは自分も同じだけれど。
これがいいな、と思う料理はあるわけなのだし、パンだって、きっと。
(どんなのかな、ハーレイがお気に入りだったパン…)
子供時代のハーレイが買っていたパンは…、と今度はパンで頭が一杯。
ハーレイが学校へ行くまでの道に、パンを売っている店があったかどうかも知らないのに。
店があっても、其処で買わずに、学校で買ったかもしれないのに。
(…パンで一杯になっちゃった…)
夜食のことを考えてたのに、と思わず零れてしまった溜息。
どうして一杯になるんだろうと、すぐにハーレイで溢れちゃうよ、と。
(勉強している時は大丈夫だけど…)
ハーレイで一杯になっていることはないんだけれど、と思ったけれど。
そのハーレイが授業をしている古典の時間はどうだろう?
(…当てて欲しくて、手を挙げてるし…)
他の誰かが指名されたら、ガッカリしてしまうハーレイの授業。
やっぱり一杯なのかもしれない、勉強の時も。
ハーレイの姿が見える時には、ハーレイが教える時間には。
それに体育の授業を見学する時、いつも一度は考えること。
「ハーレイがやったら、カッコいいよね」だとか、「ハーレイでも教えられそう」だとか。
サッカーでも、マット運動でも。バスケットボールも、走り高跳びも。
きっと、とってもカッコいいんだ、と体育の指導をするハーレイを思い描いていて。
(また一杯になっちゃってるよ…)
どうしてパンから体育になるの、と呆れるしかない自分の頭。
すぐにハーレイで一杯になって、溢れそうになる頭の中身。
一杯だよ、と気が付いたって、今度は違うものがポンと浮かんで膨らんでゆく。
ハーレイだったら、と思った途端に。
夜食からパンに化けてしまったり、パンが体育に化けてしまったり。
そして一杯になる頭。
ハーレイのことで、すぐに一杯。
(…だって、ハーレイなんだもの…)
前の生から好きだった人で、また巡り会えて恋人同士。
けれど、まだ一緒には暮らせないから、離れている時は、ついつい気になる。
ハーレイは今、どうしているかと、いったい何をしているのかと。
二人一緒にお茶を飲んでいても、やっぱり気になるハーレイのこと。
何を話そうか、何を話してくれるのかと。
気付けば、いつでも頭の中身はハーレイのこと。
会っている時も、離れている時も、何をしていても浮かぶハーレイ。
(ぼく、ハーレイに捕まっちゃってる…)
ハーレイが頭から離れないもの、と褐色の肌の恋人を想う。
此処にいなくても、ぼくを捕まえているみたい、と。
捕まってるから、いつも頭がハーレイで一杯、と。
(こういうの、確か…)
恋の虜って言うんだよね、とヒョイと頭に浮かんだ言葉。
何処かで聞いた歌の歌詞だったか、何かの本で読んだのか。
恋に夢中で、捕まった人。…恋の相手に捕まった人。
(ぼくは、ハーレイに捕まったから…)
恋の虜で、ハーレイの虜なのだろう。
ハーレイの褐色の腕に囚われて、逃げられなくなっているのだろう。
その腕は、今は無いけれど。
チビの自分を、捕まえていてはくれないけれど。
(だけど、ぼくが大きく育ったら…)
もう本当に捕まるのだろう、あの腕の中に、広い胸の中に。
「逃がさないぞ」とギュッと抱き締められて、閉じ込められてしまうのだろう。
けれど、そういう檻の中ならかまわない。
とうにハーレイの虜だから。
「君だけだよ」と、前の生から想う恋人。「君の虜」と思うだけで胸に溢れる想い。
ハーレイのことしか考えられない、幸せな牢獄に住んでいる自分。
ずっと牢獄で生きてゆくから、ハーレイの虜なのだから…。
君の虜・了
※ふと気付いたら、ハーレイ先生のことで頭が一杯らしいブルー君。次から次へと。
まだチビなのに恋の虜で、牢獄にいるみたいです。これからもずっと、それが幸せv