(ふうむ…)
明日からの予定は、とハーレイが頭に浮かべた一週間分のスケジュール。
ブルーと過ごした日曜日の夜、いつもの書斎で。
こうだったっけな、とコーヒー片手に。
一週間分のスケジュールと言っても、平日の分なのだけど。
月曜日から金曜日までの学校がある日、仕事がある日の五日分。
(週末には何も無いからな…)
今日と同じに、ブルーの家へと出掛けてゆける。
小さなブルーと一緒に過ごせる、お茶を飲んだり、食事をしたり。
今ではすっかり習慣になった、仕事の無い日の過ごし方。
(あれも立派にデートなんだ…)
何処に出掛けるわけでもないが、と顔が綻ぶ。
恋人と一緒にいられるのだから、二人きりの時間を持てるのだから。
(…次のデートは週末としても…)
他にも機会はありそうだな、と仕事がある日のスケジュールを思う。
長引きそうな会議は入っていないし、柔道部だって普段の通り。
急な用事が飛び込まなければ…。
(一回や二回は行けるだろうさ)
ブルーの家に、と考える。
仕事帰りに出掛けて行っても、全く問題無いのだから。
小さなブルーは大喜びだし、ブルーの両親も大歓迎。
夕食のテーブルに混ぜて貰って、ブルーの家族と普段着の食事。
気取った御馳走なんかではなくて、何処の夕食にもあるようなメニュー。
それが嬉しい、平日のデート。
あれもデートと呼ぶのなら。
今ではすっかり家族の一員扱いになった自分だけれど。
ブルーの両親も、笑顔で迎えてくれるけれども。
(やっぱり土日は、普段よりはなあ…)
御馳走といった雰囲気のメニュー、せっかくの休日なのだから、と。
自分と同じに仕事に出掛ける、ブルーの父も休みになる日。
朝からのんびり出来る日だから、御馳走になってしまいがち。
何処の家でも、きっと似たようなものだろう。
子供も学校が休みなのだし、「あれが食べたい!」と強請ったりして。
自分にだって経験があるから、よく分かる。
休日は普段よりも御馳走、それは自然なことなのだと。
(ああいう食事もいいんだが…)
フラリと寄った日の飯も好きなんだ、と考えることは贅沢だろうか?
そういう食事の方がいいな、と思ったりする日もあるなんて。
(今日も御馳走になっておきながら、贅沢の極み…)
ついでに昨日も御馳走だった、と土曜日のメニューも思い出すけれど。
凝った料理よりも普段着の料理、そっちの方に惹かれてしまう。
客扱いではないと分かるから。
本当に家族の一員扱い、「おかわりもどうぞ」と掛けられる声。
皿に綺麗に盛り付けられた御馳走も悪くないけれど…。
(大皿から好きなだけ取るってヤツもだ…)
家族になった気がするんだよな、と思うから。
何処から取ってもかまわない料理、形が崩れるわけではないから。
ブルーの母の手を煩わせなくても、自分で好きに取り分けて。
さて、明日からの一週間の間に、出会えるだろうか、そういう夕食。
スケジュール通りに運んだのなら、何処かで一度は行けそうな家。
仕事帰りに、普段とは違う方へと車を走らせて。
今からだったら充分行ける、とブルーの家へ向かう道へと。
夕食の支度に間に合う時間に、きちんと辿り着けそうならば。
通い慣れた家の門扉の横のチャイム、それを鳴らすことが出来そうならば。
(…今の所は行けそうなんだが…)
特に用事も無さそうだから、と思い浮かべた職場の学校。
行事の予定は何も無いのだし、柔道部の指導も順調なもの。
(俺の予定が駄目になるとしたら…)
柔道部の方くらいなモンか、と頭に描いた教え子たち。
「気を付けろよ」と言っているのに、たまに無茶をするものだから。
まだまだ早いと注意している技を使って、失敗するのはまだいいけれど…。
(たまに病院行きになるんだ)
あの馬鹿どもは、と浮かんでくる怪我をしそうな生徒の名前。
既に何度か怪我をした子や、運よく助かった生徒やら。
(ブラックリストというヤツで…)
あいつらが俺の足を引っ張るということも…、と考えてしまう放課後のこと。
「今日はブルーの家に行こう」と思っていたのに、車の行き先は近くの病院。
しょげている生徒を車に乗っけて、付き添いで。
診察が済んだら家まで送って、すっかり遅くなる時間。
ブルーの家には出掛けられなくて、車で家へと帰るしかない。
「とんだ目に遭った」と呟きながら。
だから何度も注意したのにと、あの馬鹿がまたやってくれたと。
頼むからやってくれるなよ、と願うクラブ活動中の怪我。
小さなブルーの家に出掛ける楽しみを奪う、ちょっとした事故。
御馳走ではなくて普段着の夕食、それを食べにゆく楽しみを。
家族の一員扱いの気分、それを満喫できる日を。
(ブルーと少しデートをしてだな…)
その後に家族で夕食なんだ、と心地良い時間を思い浮かべる。
ブルーと二人きりでなくても、とても幸せな時間だから。
いつかは本当に家族になれるブルーの両親、その人たちと一緒の食事。
まだまだ先だろうブルーとの結婚、それが連れてくる新しい家族。
幸せな未来を先取りしたようで、なんとも温かな気持ちになれる。
この人たちといつか家族になれるんだ、と。
(行ける筈だと思うんだが…)
あの馬鹿どもが怪我をしなければ、と確認してゆくスケジュール。
何も無いなと、他に俺の足を引っ張りそうな代物は、と。
(厄介な会議ってヤツは無いから…)
問題はクラブの事故だけなんだ、とフウと溜息。
こればっかりは俺の力ではどうにもならん、と。
なにしろヤンチャ盛りの年頃、叱った所で馬耳東風。
実力を過信しがちな年頃、いくら言っても聞きなどしない。
怪我をしてから、やっと反省する有様。
(それも、反省の中身がだな…)
指導する自分への詫びではなくて、生徒自身の気持ちの問題。
「明日から当分、練習できない」と、「クラブ活動は見学なんだ」と。
休んでいる間に力は落ちるし、ロクなことにはならないから。
不運な目に遭ったことを嘆いて、「しまった」と反省するだけだから。
(すみませんでした、とは言うんだがなあ…)
口だけだよな、と期待はしない教え子たち。
「やってくれるなよ」と願うしかない、自分の足を引っ張る事故。
車の行き先が病院になって、ブルーの家には行けないから。
普段着の食事を楽しむどころか、病院の付き添いで待合室に座る羽目になるから。
(本当に、俺じゃどうにもならんし…)
あいつらが勝手にやらかすんだから、と事故なるものを思ったけれど。
なんとも困ると、起こしてくれるなと考えたけれど。
(待てよ…?)
ただの生徒の怪我じゃないか、と気が付いた。
病院に連れて行けばいいだけ、叱って家まで送ればいいだけ。
(いったい俺は、何を心配してるんだ…?)
たかが怪我だ、と重なった前の自分の記憶。
遠く遥かな時の彼方で、白いシャングリラの舵を握っていた自分。
キャプテン・ハーレイだった頃の自分は、どういう日々を送っていたか。
船の中だけが世界の全ての、あの船でどう生きたのか。
(…事故と言ったら…)
もう本物の事故だった。
船の故障で済めばまだマシ、アルテメシアを離れた後には…。
(嫌というほど事故ってヤツが…)
事故と呼ぶのか分からないけれど、人類軍と遭遇した時や機雷群やら。
自分の予定が消し飛ぶどころか、船が消し飛びそうだった。
一つ間違えたら、宇宙の藻屑。
自分ばかりか、眠っていた前のブルーまで。
大勢のミュウの仲間たちまで、明日を失いそうだった。
今の自分とは桁違いの事故、前の自分が見舞われたのは。
なんてことだ、と思い返した「事故」という言葉。
柔道部で事故が起こらなければいいが、と願っていたのが今の自分。
たかが生徒の怪我なのに。
シャングリラで事故が起こった時には、そんな怪我では済まなかったのに。
(俺が病院まで付き添う前に、だ…)
搬送されて行った仲間たち。
医療班の者たちが駆け付け、メディカル・ルームへ。
そして自分には山のような役目、病院の待合室に座る代わりに。
白いシャングリラを守り抜くために、懸命に指揮を執り続けること。
事故のあった区画を閉鎖しろとか、航路を変更しろだとか。
人類軍の船が追ってくるなら、迎撃しろとか、そういったこと。
(今じゃ、生徒の怪我になっちまった…)
事故のレベルが違いすぎるぞ、と分かったから。
そうなったのも、今は自分がただの教師で、キャプテンとは違うせいだから。
(…人間、普通が一番ってことか…)
普段着の夕食と同じことだな、と浮かべた笑み。
食事のメニューも、人生の方も、普通が一番幸せだと。
平凡なようでも普通が一番、普通だからこそ幸せなんだ、と…。
普通が幸せ・了
※ハーレイ先生の平凡な日々。ブルー君の家で普通の食事、と願っているわけですけれど。
そういう普通なことが出来るのも、今は普通の人生だから。普通が一番幸せなのですv