(今日もゆっくり出来たんだけど…)
ハーレイと一緒だったんだけど、と小さなブルーがついた溜息。
休日の夜にパジャマ姿で、ベッドの端に腰を下ろして。
もうハーレイはとうに帰ったから、のんびり浸かって来たお風呂。
ポカポカと温まった身体は、今の幸せな毎日のよう。
大抵の日には会えるハーレイ、前の生から愛した恋人。
学校に行けば挨拶をしたり、ちょっと立ち話も出来たりする。
今のハーレイは古典の教師で、自分が通う学校の教師。
だから平日でも会えるハーレイ、自分が休んでしまわなければ。
ハーレイが研修で出掛けたりして、学校に来られない日でなければ。
(お休みの日だと…)
何か用事が出来ない限りは、ハーレイが家に来てくれる。
午前中から来てくれるのが常で、お茶に食事に、それからお喋り。
今の生での色々な話題、前の生での思い出話。
話す種ならいくらでもあるし、抱き付いて過ごすことだって。
今日もそういう休日の一つ、夕食の時間まで二人きり。
夕食は両親も一緒のテーブル、二人きりの時間はおしまいだけれど。
(今日の食後のお茶は、ぼくの部屋…)
母が部屋まで紅茶を運んでくれたから。
もう一度持てた二人きりの時間、それは幸せだったのだけれど。
のんびりとお茶を楽しんだ後で、ハーレイは帰って行ったのだけれど。
(…今日もキス無し…)
なんで、と眺めたクローゼット。
そうなる理由が其処にあるから、鉛筆で微かに書いてあるから。
前の生での自分の背丈。
ソルジャー・ブルーだった頃の背丈の高さに、線を引いたのは自分だから。
前の自分と同じ背丈に育たない限りは、出来ないキス。
唇を重ねる、恋人同士が交わすキス。
ハーレイはそれをくれはしないし、強請ったならば叱られる。
「キスは駄目だ」と、「俺は子供にキスはしない」と。
今日まで散々頑張ったけれど、少しも揺らがないハーレイの姿勢。
「ぼくにキスして」と強請っても駄目、「キスしてもいいよ」と誘っても駄目。
貰えるキスは子供用のキスで、いつでも頬か額にだけ。
本当に欲しいキスは貰えない、自分がチビで子供の間は。
(酷いんだから…!)
恋人を何だと思っているの、とハーレイに言っても笑われるだけ。
「お前は俺の恋人だが?」と、「少々、小さくなっちまったが」と。
今の姿に相応しい扱い、それをハーレイはしているらしい。
キスはもちろん、恋人同士の戯れも無し。
抱き締めてくれても、それでおしまい。
(ちょっとくらい…)
恋人らしく扱って欲しい、キスにしても、触れる手にしても。
「俺のブルーだ」と言うのだったら、それらしく。
前の自分と同じ扱いで、キスも、その先のことだって。
(本物の恋人同士は無理でも…)
両親もいる家でベッドに行くのはマズイ、と思っているなら、我慢もする。
それでもキスはして欲しいわけで、恋人らしく触れて欲しいとも思う。
抱き締めた後に、意味ありげに滑らせてゆく手。
うなじや、背中や、触れるだけでいいから。
前の自分に、何度もそうしてくれていたように。
けれど、その気が無いハーレイ。
唇へのキスをくれないほどだし、恋人らしい触り方などしない。
(清く、正しく…)
そんな感じのお付き合い。
前の生から、恋人同士だったのに。
青く蘇った水の星の上、生まれ変わって巡り会えたのに。
(キスも駄目って、酷いんだけど…!)
せっかく二人で過ごしているのに、貰えないキス。
抱き締めてくれても、たったそれだけ。
恋人同士で過ごしているのに、お茶と食事とお喋りだけ。
大きな身体に抱き付いていても、ハーレイの目から見た自分は…。
(恋人じゃなくて、ペットなのかも…)
ブルーという名の小さなペット。
猫か何かは知らないけれども、とにかくペット。
優しく撫でて御機嫌を取って、飼い主の方も幸せ一杯。
もしかしたらペットなのかもしれない、と思えば嵌まってゆくピース。
「俺のブルーだ」と名前を呼んで、頭を撫でて。
毛皮にブラシをかける代わりに、ギュッと抱き締めて。
「おやつだぞ?」だとか、「ほら、食事だ」とか、そういった感じ。
ブルーという名のペットと過ごして、ハーレイは帰ってゆくのかもしれない。
ペットをケージに入れる代わりに、「またな」と軽く手を振って。
また次にペットと遊べる日まで、暫しのお別れ。
(ペットのホテルなんかもあるけど…)
自分の場合は、飼い主が別というヤツだろう。
両親が飼っているペットの「ブルー」、それと遊びに来るハーレイ。
なんとも酷い、と思うけれども、やはり自分はペットだろうか。
前の自分とそっくり同じに育たない内は、チビに相応しくペット扱い。
(凄く大きな犬もいるけど…)
ハーレイが隣町の家で一緒に暮らしたペットは、猫だったから。
甘えん坊のミーシャという猫、ハーレイの母のペットの白猫。
だから小さくてチビの自分は、甘えん坊のミーシャと同じ扱い。
「ミーシャ」ではなくて「ブルー」と呼んで。
頭を撫でて、可愛がって。
(…でも、ペットだと…)
飼い主とキスをするペットも沢山。
チュッと唇にキスを貰う猫も、きっと少なくない筈だから。
猫の場合は唇があるのか、少々、悩む所だけれど。
(だけど、ホントに抱き上げてチュッて…)
そういう優しい飼い主は多くて、歩いていたってたまに見掛ける。
頬ずりした後、唇にチュッと。
(猫だって、キスを貰えるのに…!)
ミーシャだってハーレイとキスをしたかもしれない、子供時代のハーレイと。
真っ白な毛皮を撫でて貰って、その後でチュッと。
そうなってくると、キスも貰えないチビの自分は…。
(ペットよりも酷い扱いなわけ?)
キスも貰えやしないんだから、と悲しい気持ち。
いくらハーレイが「俺のブルーだ」と言ってくれても。
抱き締めてくれても、ペット以下。
ペットだったら、飼い主にキスを貰えることも多いのだから。
いい子にしていれば、唇にチュッと。
甘えていたって、チュッと唇に。
(ハーレイと一日、一緒にいたって…)
キスの一つも貰えないペット、「またな」と置いてゆかれるペット。
飼い主は別の人だから。…両親が面倒を見ているから。
ハーレイは家に遊びに来るだけ、ペットの自分を可愛がるために。
「俺のブルーだ」と頭を撫でては、ブラッシングの代わりに抱き締めたりして。
前の自分なら、いくらでもキスを貰えたのに。
ベッドで何度も愛を交わして、本物の恋人同士だったのに。
(…ぼく、他所の家のペットになっちゃった…)
おまけにキスも貰えないんだよ、と零れた溜息。
前の自分がハーレイと一日一緒にいたなら、こんな風にはならないのに。
二人でお茶や食事やお喋り、それだけで済む筈がない。
キスを交わして、愛を交わして、それは甘くて幸せな時間。
二人、溶け合ってしまいそうなほど。
重ねた身体や唇や手から、一つに溶けてしまいそうなほどに。
(…でも、ぼくだと…)
そういう風に過ごせはしなくて、キスも貰えない可哀相なペット。
どんなに甘えて強請ってみたって、唇へのキスは貰えない。
ペットの猫でも、飼い主とキスが出来るのに。
もしかしたら、ハーレイと真っ白なミーシャも、キスをしたかもしれないのに。
(強請っても駄目で、誘っても駄目で…)
午前のお茶から、夕食の後のお茶まで一緒だったのに。
前の自分なら、それだけハーレイと一緒にいたなら、キスくらいでは終わらないのに。
抱き合って、二人、一つに溶け合って。
重ね合った手も、絡み合った足も、すっかり熱の塊になって。
なのに自分はそうはいかない、キスも貰えないペットだから。
ペットの猫でも貰えるキスさえ、自分は貰えないのだから。
これじゃ駄目だと、恋人じゃないと、寂しい気持ちになるけれど。
猫でも飼い主とキスをするのにと、ペットにもなれないと思った所で気が付いた。
今日はハーレイと一緒に過ごして、午前のお茶に、午後のお茶。
昼御飯はもちろん二人きりで食べて、夕食だけが両親と一緒。
夕食の後のお茶もハーレイと二人、そういう一日を過ごしたけれど。
(前のぼくだと…)
そんな時間をハーレイと持てはしなかった。
キャプテンだった前のハーレイは、ブリッジが居場所だったから。
白いシャングリラを預かるキャプテン、昼の間は居るべきブリッジ。
会議や前の自分との視察、そういった用事が無い時は。
休憩時間や食事の時間を抜きにしたなら、キャプテンはブリッジにいるのが仕事。
(一日中、お茶と食事とお喋り…)
いくら相手がソルジャーだとしても、何処かで入っただろう呼び出し。
そうでなくても、ハーレイの方が「失礼します」と出てゆくだろう。
「時間ですので」と、「もうブリッジに戻りませんと」と。
だから独占できなかったハーレイ、今日の自分がやったようには。
今の自分が休日の度に、あの手この手でキスを強請っているような暇は無かったハーレイ。
(…今は時間が山ほどあるんだ…)
ハーレイを独占できてしまうから、欲が出る。
こんなに一緒にいるのに何故、とキスが出来ない不満も漏れる。
ペット扱いされているとか、ペット以下かもしれないだとか。
(贅沢を言ったら駄目だよね…?)
神様の罰が当たっちゃうかも、とコツンと叩いた自分の頭。
今の自分はキスは出来なくても、ハーレイを独占できるから。
ハーレイと二人で過ごせる時間を、山ほど持っているのだから。
それだけで前の自分よりもずっと幸せな筈。
キスは駄目でも、ブルーという名のペットだとしても、キスも貰えないペットだとしても…。
山ほどある時間・了
※自分はハーレイにとってペットなのかも、と思い始めたブルー君。更にはペット以下だとも。
けれど、ハーレイ先生と午前のお茶から夕食まで一緒。贅沢を言ってはいけませんよねv