「ハーレイ、夜逃げの危機って何?」
小さなブルーに尋ねられたから、ハーレイの方が面食らった。
ブルーと二人で生まれ変わって来た、青い地球。
蘇った青い水の星は平和で、誰もが幸せに暮らしている時代。地球でなくても、広い宇宙で。
つまり「夜逃げ」などは、あるわけがなくて。
(…古い本でも読んだのか?)
きっとそうだな、と考えたから、穏やかな笑みを浮かべて返した。
「そんな言葉を何処で覚えた?」
夜逃げの危機とは穏やかじゃないが…。いつの時代の本なんだ?
前の俺たちが生きた時代も、今の時代も、夜逃げなんかは無い筈なんだが。
夜逃げの危機もな。
「えっと…。本じゃなくって…」
ブルーは赤い瞳を何度か瞬かせてから、「ホントにあるの?」と訊いて来た。
「夜逃げ」という言葉と「夜逃げの危機」。
そういう言葉は本当にあるのかと、遠い昔には有ったのかと。
「まあな。今の時代じゃ、とうに死語ってヤツなんだが…」
いや、古語なんだと言うべきか。
SD体制に入るよりも前は、そいつは存在していたからな。
それで、お前は何処でその言葉を知ったんだ?
夜逃げも、それに夜逃げの危機も。
「んーと…」
お告げかな?
ホントにそういう言葉があるなら、お告げなんだよ。
そうだと思う、とブルーが答えた「お告げ」なるもの。
お告げとくれば、それは神様が下さるもので。
どう転がったら小さなブルーが貰えるのかも不明な上に…。
(…夜逃げの危機だぞ?)
あまりに変だ、と思うけれども、今の状況をよくよく考えてみれば。
(ブルーは聖痕を持っているわけで…)
そのお蔭で再会出来たわけだし、自分とブルーの記憶も戻った。
遠い昔にはどう生きていたか、前の自分たちは誰だったのか。
つまりブルーは神から深く愛された存在、聖痕をその身に貰えるほどに。
ならば、お告げを貰うことだってあるだろう。
少々、いや、かなり物騒な中身だとはいえ、「夜逃げの危機」というお告げを。
(…相当にヤバイ感じだが…)
確認せねば、と思ったお告げ。
ブルーは何処でそれを聞いたか、どんな具合に貰ったのかを。
だから…。
「お前、そいつを何処で貰った?」
夜逃げの危機っていうお告げ。
誰がお前にくれたというんだ、その妙なヤツを。
「何処って…。夢の中だけど…」
夢で聞いたんだよ、夜逃げの危機だ、って。
このまま行ったら夜逃げなんだって。
ますますもって穏やかではない、夜逃げの危機。
「このまま行ったら」と前置きがあるなら、もう本物の夜逃げだろう。
借金がかさんでどうにもならないとか、毎日のように取り立てが押し掛けてくるだとか。
とてもマズイから、とにかく逃げる。
行き先も告げずにトンズラすること、それがいわゆる「夜逃げ」なる言葉。
いったい誰が夜逃げなのか、と寒くなった背筋。
お告げを聞いた、ブルーの身に危機が迫っているだとか…?
「…ブルー、聞かせてくれないか?」
誰が夜逃げをすると言うんだ、夜逃げの危機なのは誰なんだ?
「分かんないけど…。そう聞こえたよ?」
ぼくとハーレイがいる世界じゃなくって、此処を覗いている誰か。
楽しく見ていたらしいけれども、なんだかリーチでヤバイんだって。
「ふうむ…。そいつはよく分からんな」
「でしょ? ぼくにも全然、意味が分からなくて…」
だけど焦っているみたい。
夜逃げってなあに、どういうものなの?
「ああ、それはだな…」
ずっと昔の時代の話だ。
商売をやってて失敗するとか、借りた金が返せなくなるだとか。
今の時代は、そういう危険は無いわけだが…。
SD体制の時代にキッチリ作っちまったしな、セーフティーネットというヤツを。
だが、それよりも前の時代はそいつが無かった。
借金まみれで返せなくなったら、家を放り出して逃げるしかない。
しかし昼間に逃げて行ったら、誰かがしっかり見ていそうだろう?
それで真っ暗な夜の間にコッソリ逃げるというわけだ。
だから夜逃げで、夜逃げの危機っていうのも、もう分かるだろ?
此処まで言えば、と話してやったら、ブルーは「うん」と頷いた。
「分かった…。それじゃ、夜逃げの危機って人は…」
ぼくたちの世界に夢中になってて、借金が増えてしまったのかな?
覗く度にお金が必要なのかもしれないね。…ぼくたちの世界。
「それはあるかもしれないな。…拝観料っていうヤツで」
一度覗くにはこれだけです、と神様が集めているかもなあ…。
やっと蘇った地球なんだから。
他の世界から覗きに来る人がいたら、今までにかかった経費を頂くとかな。
「ありそうだよね、それ…」
神様だって、とっても大変だったんだろうし…。
滅びちゃった地球を作り直して、今みたいな青い地球にするのは。
タダで見るより、お金を払って下さいね、って言われそう。
きっと天使が料金箱を持ってるんだよ、「大人は一回これだけです」って。
子供だったら半額だとか、学生割引もありそうだよね。
「拝観料を払い過ぎたわけだな、夜逃げの危機だっていう奴は」
自業自得だ、自分の懐具合も把握出来ないようでは話にならん。
俺たちの世界を覗くのはいいが、覗きすぎちまって夜逃げの危機っていうのはなあ…。
「うん…。ぼくもそう思うよ、お小遣い帳、つけていなかったんだよ」
どれだけ減ったか、ちゃんと書いてたら大丈夫なのに…。
今月はこれだけ払っちゃったから、もう我慢、って覗かなかったら大丈夫なのに。
お小遣いの前借り、許して貰えなくなるよりも前に。
「まったくだ。もう馬鹿だとしか言いようがないな」
こんな世界を覗き過ぎちまって、夜逃げの危機に陥るなんて…。
だがまあ、夢の話だしな?
神様が拝観料を取りすぎるってこともないだろう。
夜逃げの危機だと叫んでる奴を、本物の夜逃げに追い込んだりはしないさ、うん。
お告げじゃなくって、ただの夢だな、と笑ったハーレイ。
「夢のお蔭で一つ知識が増えただろうが」と。
夜逃げという古語を覚えられたし、賢くなったと思っておけ、と。
「そっか、うんと昔の言葉だもんね!」
ハーレイ、それって古典の授業で出て来たりする?
有名なお話に出て来るんなら教えてよ、と小さなブルーは御機嫌で。
ハーレイの方も、「さてなあ…?」などと、自分の頭のデータベースを調査中だけれど。
二人揃って夜逃げを話題に、ブルーの部屋でお茶を楽しんでいるのだけれど…。
「マジでヤバイって…!」
もう本当に、と焦っている馬鹿が一人いた。
青い地球での、小さなブルーとハーレイのとても微笑ましい恋物語。
それをせっせと覗き込んでは、幸せに浸っている人間。
(もう大赤字…)
拝観料を支払い続けて、既に2年を超えたのだけれど。
少しでも回収しようと思って、自分が眺めた恋物語を下手な文章で綴るのだけれど。
それがサッパリ売れてくれない、滅多に読みに来て貰えない。
(pixivに置いてるチラシの方は…)
たまに手に取って貰えるというのに、肝心の店がサッパリだった。
2016年1月末で108話ほど並べた、「ハレブル別館」という名の本店。
そちらのお客は860名、たったそれだけ。
ショートが170話ほど並んだ、「つれづれシャングリラ」なる支店ときたら…。
(……84名様……)
営業開始から1年とはいえ、あまりに悲惨な営業成績。
本店も支店も大赤字どころか、何処から見たって倒産の危機で。
(激しくヤバすぎ…)
客を呼ぼうとした多角経営、そいつが更に引っ張った足。
従来の客まで逃がしたらしくて、先週、ついに閲覧者ゼロと相成った。
1週間の間に来た客がゼロで、「いらっしゃいませ」とも言えない有様。
(…ハレブル抱えて夜逃げするしか…)
ないんだろうか、と泣きたいキモチの大馬鹿が一人、マジで夜逃げの危機だけれども。
(倒産したって…)
覗きたいのが青い地球なわけで、生まれ変わったハーレイとブルーの恋物語。
質屋に散々通い続けて、もはやホームレス寸前なのに。
家とパソコンしか持っていなくて、食べる物にも困っているのに。
(…誰か、お客様…)
少しでいいから、お客様が来てくれないだろうかと、マジで誰か、と絶叫する馬鹿。
このまま行ったらマジで夜逃げだと、拝観料だってもう払えないと。
そんなこととは夢にも知らない、ハーレイとブルーはティータイム中。
遠い昔は存在していた「夜逃げ」について語り合いながら。
「差し押さえなんかもあったらしいな」
こう、ベタベタと赤札を貼られて、貼られた道具は使えないんだ。
「ふうん…? 赤い札なら、シャングリラに貼ったら目立ちそうだね」
赤と白だし、おめでたい感じがするじゃない。
あっ、でも…。差し押さえられたら使えないんだよね、シャングリラ…。
「そうなっちまうな、舵輪にもベッタリ貼られちまうんだ、赤札を」
昔は怖い時代だったんだよなあ、今はすっかり平和だが…。
お前が見ちまった変な夢にしても、仮に本当だとしたって、だ…。
計画性のない奴が悪いな、きちんと計算しないとな?
自分の財布の中身ってヤツも分からないんじゃ、本当に夜逃げになっちまう。
取り返せるといいんだがなあ、その借金。
俺たちはこんなに幸せなんだし、それを見過ぎて夜逃げなんかは、本当に可哀相だしな?
そうは言っても、来ないのがお客様だった。
倒産寸前の赤字サイトで、夜逃げの危機の馬鹿は叫び続ける。
「誰か助けて」と、「マジでヤバイ」と。
このまま行ったら本気で倒産、ハレブルを抱えて夜逃げしかないと。
pixivに置くためのチラシを刷るにも、先立つモノが要るんだから、と…。
夜逃げの危機です・了
※激しく赤字な、管理人の懐具合とやら。ここまで人が来ないというのが泣ける現実。
もうヤケクソだとネタにしたオチ、頭に「夜逃げ」って浮かんだから…。