(あいつの手…)
ずいぶん小さくなっちまった、とハーレイが眺めた自分の手。
ブルーの家へと出掛けて来た日に、夜の書斎で。
今日もブルーが「温めてよ」と強請った右手。
前の生の最後に冷たく凍えた、小さな右手。
(俺の温もりを失くして凍えた時には…)
小さくなかった筈なのに。
手の持ち主はソルジャー・ブルーだったから。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が愛していた人。
気高く美しかった恋人、生まれ変わって小さなブルーになった人。
(もっと大きな手だったよなあ…)
自分のように、武骨な手ではなかったけれど。
前の自分の記憶の中では、小さくて華奢な手なのだけれど。
(だが、あいつよりは大きい手なんだ)
それは間違いないことだ、と言い切れる。
十四歳にしかならないブルーは、まだ子供。
まだまだ幼い顔と同じで、手だって柔らかな子供の手。
前のブルーとは小ささが違う、華奢な手と幼い手とでは違う。
(俺が若けりゃ、違ったのか?)
今のブルーとそっくりだった、アルタミラで初めて出会ったブルー。
成長を止めていたブルー。
あの頃は自分も若い姿で、青年の姿だったから。
そういう姿で今のブルーに出会っていたら、と考えたけれど。
(…手の大きさは変わらんか…)
俺の方の、と苦笑い。
年を取ってはいなかっただけで、もう充分に大人だったのが当時の自分だったから。
自分の方の手の大きさは、前の生から変わらない。
青年だったか、今と同じに中年の姿だったかの違い。
(もっと年寄りになってたんなら、同じあいつの手でもだな…)
また感覚が違っただろうか、今のブルーの手を握ったら。
(ゼルやヒルマン並みの年寄りだったら…)
皺だらけの手で前のブルーの手を取っていたら、今の小さなブルーの手は…。
(孫みたいなもんかな、可愛らしくて)
ちょっと握ってみたかった、と浮かんだ考え。
どんなに愛らしい手なのだろうか、老いた手で握るブルーの手は。
愛くるしくて無垢な笑顔そのまま、日だまりのように暖かだろうか。
「温めてよ」とブルーが差し出してくる手、それは冷たくないのだから。
ブルーが温もりを恋しがるだけで、けして冷えてはいないのだから。
たまに、本当に冷たい時もあるけれど。
「どうしたんだ?」と驚かされることも、時によってはあるけれど。
(大抵は温かい手をしてるしな?)
孫みたいな手を握れたら、きっと幸せだろう。
「俺のブルーが帰って来た」と思う気持ちも、ひとしおだろう。
こんなに小さな紅葉のような手、孫かと思うくらいの手。
やっと帰って来てくれたのだと、これから大きく育つんだな、と。
小さなブルーが育つのを待つ、その楽しみも大きいだろう。
「今はこんなに小さいんだが、いずれ大きく育つんだしな?」と。
前のブルーと同じ姿に、気高く美しい人に。
(皺だらけの手で、あの手をなあ…)
いいだろうな、と広がる想像。
年を取るのは嫌いではないし、小さなブルーと出会わなかったら…。
(まだまだ年を取っていたんだ)
ゼルやヒルマンほどになったかどうかは分からないけれど、きっと重ねただろう年齢。
だから孫のようなブルーの手も取ってみたい、叶うものなら。
どんな感じか、キュッと握って。
「小さな手だな」と、「柔らかいな」と。
そうして菓子を握らせてやって…、と夢を膨らませていたのだけれど。
(待てよ…?)
皺だらけの手で、小さなブルーの手を握る夢。
今は絶対に出来はしないこと、今よりも年を取るということ。
(あいつ、怒るぞ…)
年を取るのはやめる、と約束したのだから。
前の自分とそっくり同じな今の姿を、このまま保ち続けるために。
なのに自分が年を取ったら、ブルーは間違いなく怒る。
「なんてことをしたの!」と、「元には戻れないんだよ!」と。
それに自分もきっと困ってしまうのだろう。
孫のようなブルーは可愛いけれども、結婚となったらどうなることか。
年の差が大きすぎるカップル、二人で街を歩いたとしても…。
(爺さんと孫にしか見えないよな?)
ブルーが前と同じに育ったとしても、自分がゼルやヒルマン並みの年寄りならば。
手を繋いで仲良く歩いていたって、祖父と孫にしか見えないだろう。
ちゃんと結婚したというのに、祖父と孫。
それは駄目だ、と自分でも分かる。
分かっているから止めた年齢、前の自分と同じ姿で。
ブルーの方はチビだけれども、まだまだこれから育つのだけれど。
小さなブルーの小さな手。
孫のような手を握りたいけれど、一度握ってみたいけれども。
(出来やしないぞ、どう考えても)
せめて前の俺の感覚だけでもあったなら…、と違う方へと向かった思考。
今の自分が皺だらけの手になれないのならば、前の自分にそういう記憶、と。
(あいつの手が小さくなっちまったことは分かるんだから…)
ちゃんと引き継がれている記憶。
キャプテン・ハーレイとして生きていた頃の、時の彼方の記憶と感覚。
前の自分が皺だらけの手を持っていたなら、それを頼りに想像出来る。
その手でブルーの手を握ったらと、今のブルーの愛らしい手をどう感じるかと。
(そっちだったら、あいつも別に怒りはしないし…)
夢を見るのも俺の勝手だ、と改めて眺めた自分の手。
今は年相応だけれども、皺だらけだったらどんな風かと。
(こんな具合に、こう皺が寄って…)
そういう手を持っていたならなあ…、と前の自分に思いを馳せた。
ゼルやヒルマンと肩を並べて年を取ったら、そんな手になっていたろうに、と。
皺だらけの手を持っていたのだろうし、その感覚を今に活かせる。
あの手でブルーの手を取ったならと、きっと可愛くて柔らかいんだ、と。
(この手で握るより、ずっと…)
愛おしいのに違いない。
なんと愛らしい手で戻って来たかと、生きて帰って来てくれたのかと。
生まれ変わりでも、ブルーは帰って来たのだから。
新しい身体と命を貰って、今の自分と生きてゆくために。
いつか大きく育った時には、自分と結婚するために。
その幸せが何十倍にも、何百倍にも膨らみそうなブルーの手。
孫のような手を実感出来たら、あの小さな手を握れたら。
けれど、生憎と持っていないのが皺だらけになった手の記憶。
前の自分は年を重ねはしなかったから。
今と変わらない姿で止めてしまった年齢、皺だらけの手は持っていなかった。
ゼルやヒルマンたちのお蔭で、容易に想像出来るだけ。
「こんな風だな」と、「こうなるだろう」と。
せっかくブルーが愛らしい手で帰って来たのに、どうやら握れないらしい。
前の自分の記憶と感覚、それを重ねて「可愛い手だ」と。
孫のようだと、なんと柔らかな手なのだろうか、と。
(俺にもお楽しみってヤツがだ…)
あればいいのに、と零れた溜息。
小さなブルーの手を握る時は、充分、幸せなのだけれども。
メギドで凍えた記憶を秘めた手、それを温めてやっている時は。
それでも今夜は欲張ってしまう、夢を描いてしまったから。
年老いた手でブルーの手を握ったらと、きっと幸せが何百倍にも、と。
幸せも、それに愛おしさも。
「本当に帰って来てくれたんだ」と、「俺のブルーだ」と。
皺だらけの手で握れたら。
孫のように思える小さな右手を、その感覚で手に取れたなら。
(なんだって、前の俺はだな…)
もう少し年を取らなかったんだ、と思った所で気が付いた。
青年ではなかった前の自分だけれども、前のブルーと育んだ恋。
白いシャングリラで二人、恋をして、こうして生まれ変わったけれど。
青い地球の上で出会ったけれども、前の自分が年寄りだったら。
ゼルやヒルマンのように年を重ねていたなら、ブルーとの恋はあったのだろうか?
気高く美しかったブルーと、年老いた自分との恋は。
(どうだったんだ…?)
恋は出来たと思うけれども、想いを寄せるだけだったとか。
自分だけがブルーに恋をしていて、ブルーは振り向きもしなかったとか。
(…俺が年寄りだと…)
あったかもしれない、そういうことも。
皺だらけの手はともかく、年老いた顔で、すっかり白髪。
もしかしたら禿げていたかもしれない、ゼルと同じに綺麗サッパリ。
そんな自分がブルーに恋を打ち明けてみても、ブルーの方は…。
(ありがとう、と答えるだけでだな…)
キスさえくれなかったとか。…くれても、額か頬にだったとか。
(それは大いに困るんだが…!)
一方通行で片想いの恋、ブルーの方では笑みを返してくれるだけ。
「ぼくも好きだよ」と言ってくれても、友情からのキス程度。
その可能性に思い至った、皺だらけの手から。
小さなブルーの孫のような手、それを握れたらと夢見たせいで。
(…あの手は握りたいんだが…)
皺だらけの手で、と思うけれども、あまりに危険すぎるから。
ブルーとの恋まで壊れそうだから、夢に留めておくべきだろう。
前の自分がブルーに振り向いて貰えなかったら、今の幸せは無いのだから。
小さなブルーの小さな右手を、温めてやることも出来ないから…。
握ってみたい手・了
※孫のような手を握ってみたい、と思ってしまったハーレイ先生。皺だらけの手で。
叶ったら幸せなんでしょうけど、ブルー君との恋が壊れそう。夢に留めて下さいねv