「駄目よ、グレイブ!」
そっちへ行っちゃ、とブルーの耳に届いた声。
(グレイブ?)
マードック大佐、と直ぐにピンと来た英雄の名前。
SD体制が崩壊した時、地球を救った偉大な軍人。
グランド・マザーが指示を下した、メギドによる地球の破壊を阻止して。
乗っていた船ごと体当たりをして沈めたメギド。
歴史の授業で必ず教わる、グレイブ・マードック大佐の名前。
写真も教科書に載っているから、今の自分も知っている顔。
(えーっと…?)
グレイブは何処、と振り返った学校からの帰り道。
路線バスを降りて家まで歩く途中で、この近所には…。
(グレイブって名前の子供、いないよ?)
きっと遊びに来た子供だろう、友達の家か親戚の家に。
母に連れられて、バスか徒歩かで。
グレイブは直ぐに見付かったけれど。
(……嘘……)
ちっとも似てない、と驚かされた幼い男の子。
眼鏡なんかはかけていないし、髪の色だって全く違う。
どちらかと言えばサムなのでは、と思うくらいに似ていない子供。
けれど、母の声も聞かずに走ってゆく子の名前はグレイブ。
何度も「グレイブ!」と呼んでいる母、「平気だもーん!」と走るグレイブ。
とうとう派手に転んでしまった、バランスを崩してアッと言う間に。
平気どころか、後は大泣き。「痛いよ」と「ママ」と、そればっかりで。
凄いグレイブだったんだけど、と帰り着いてからも思い出し笑い。
制服を脱いで着替える間も、おやつを食べる間にも。
(マードック大佐って、あんな子だったわけ…?)
まさかね、と可笑しくなってくる。
伝説の英雄は、教育ステーションにいた時代からエリートだったらしいから。
さっき出会ったような子供だと、エリートコースに入るどころか…。
(ジョミーみたいに叱られてばかりで、メンバーズなんて…)
夢のまた夢、と前の自分の記憶を眺める。
ジョミーもああいう子供だったと、小さい頃からその片鱗が、と。
(さっきのグレイブ…)
いったい誰の趣味なのだろうか、父親か、それとも母親か。
マードック大佐のファンも少なくない時代。
正義漢だったマードック大佐、おまけに女性に優しくもあった。
彼に最後までついていった女性がいたほどに。
メギドに突っ込むと分かっていた船、其処に残ったパイパー少尉。
そんな具合だから、子供に「グレイブ」と名付けたい親もいるだろう。
マードック大佐にあやかって。
強い子供に育って欲しいと、あるいは強くて優しい子に、と。
さっきの子供がどちらなのかは分からないけれど。
(でも、グレイブ…)
似てもいないのに、あの子はグレイブ、と零れる笑み。
どちらかと言えばジョミーなのにと、きっとそういう風に育つよ、と。
もっとも、ジョミーにも全く似てはいないのだけれど。
ジョミーよりかはサムに似た子で、金髪ですらもなかったけれど。
面白いよね、と戻った二階の自分の部屋。
勉強机に頬杖をついて、思い浮かべたさっきのグレイブ。
(中身はジョミーにそっくりな子でも…)
あの子の名前はグレイブのまま。
学校で「ジョミー」と渾名が付こうが、本名はグレイブなのだから。
クラスのムードメーカーになるような子に育ったって、名前はやっぱりグレイブのまま。
(グレイブらしくしろよ、って言われるんだよ)
きっと学校の先生に。
ジョミーが叱られていた先生よろしく、入った学校の先生に。
(ハーレイだったら、どう言うのかな?)
あのグレイブが育った生徒が、受け持ちのクラスに来たならば。
ジョミーみたいにヤンチャばかりで、叱る立場になったなら。
(おいこら、そこのマードック大佐、って…)
言いそうだな、と思ったハーレイ。
キャプテン・ハーレイだったことなど隠したままで、澄ました顔で。
「規律違反だ、軍法会議モノだな、それは」と、「軍法会議は今は無いがな」と。
それでも軍法会議にかけるぞ、と笑って脅かしそうなハーレイ。
「次の成績表が楽しみだよな?」と、「軍法会議は俺が開く」と。
如何にもやりそうなのがハーレイ、生徒の名前がグレイブならば。
「軍人だったら大人しくしろ」と、「成績、下げて欲しいのか?」と。
平和になった今の世界に、軍人などはいないのに。
軍法会議もありはしなくて、歴史かドラマの世界なのに。
(ハーレイがやったら、威厳たっぷり…)
なにしろキャプテン・ハーレイにそっくりだから。
キャプテンの制服を着ていないだけで、顔も髪型もそのままだから。
(人類軍じゃなくって、ミュウだけれども…)
あの時代の偉い人間だったことに変わりはないから、「軍法会議」と言っても似合う。
今のハーレイがそれを開いた結果が、さっきの子供の成績でも。
叱られてばかりの生徒のグレイブ、彼の古典が酷い評価になったとしても。
(キャプテン・ハーレイにやられちゃったら仕方ないよね)
きっと反省するのだろうし、新学期は頑張ることだろう。
軍法会議にかけられないよう、成績が元に戻るよう。
(グレイブ、ハーレイには気を付けてね?)
いつかハーレイに教わるのなら、と心で呼び掛けた幼いグレイブ。
帰り道で出会った男の子。
あの子のお蔭で面白かったと、想像の世界が広がったよ、と思ったけれど。
ハーレイだったら、軍法会議も似合いそうだと考えたけれど。
(ちょっと待ってよ…?)
マードック大佐に似ていない子がグレイブだったら、似たようなことは多いのだろう。
自分は出会っていないけれども、まるで似ていないジョミーやキース。
ヒルマンやゼルもいるかもしれない、憧れる人はいるのだから。
博識なヒルマンや、器用だったゼルに。
似合わない名前がついている子供や、大人が大勢いるのだったら…。
(ハーレイだって…)
違う名前になっていたかもしれない。
キャプテン・ハーレイに瓜二つなのに、もっと平凡な普通の名前。
前の生と同じウィリアムなんかはまだマシな方で、マイケルだとか。
ジェイムズやニールや、アーチーなんかも。
(ハーレイじゃなくて、ニールにアーチー…)
それはちょっと、と愕然とさせられたハーレイの名前。
前と全く同じ姿でも、名前がマイケル。
ジェイムズだったり、ニールだったり、アーチーだったり。
(どれもハーレイじゃないんだけれど…!)
ウィリアムですらもないんだけれど、と当てはめてみた恋人の名前。
前の自分は、ウィリアムの名前でハーレイを呼びはしなかった。
最初にハーレイが名乗った名前は、「ウィリアム」の方ではなかったから。
ハーレイ自身も、滅多にそちらを口にしたりはしなかったから。
(たまにヒルマンが呼んでたくらいで…)
誰もが「ハーレイ」と呼んでいた世界。
前の自分もそう呼んでいたし、ウィリアムはどうもしっくり来ない。
元からあったウィリアムでもその有様なのに…。
(マイケルでジェイムズでアーチーなの?)
おまけにニール、とハーレイの姿を思い描いても、少しも重なってくれないイメージ。
ハーレイじゃない、と。
それはそうだろう、そういう名前なら、最初から「ハーレイ」ではないのだから。
マイケルやジェイムズやアーチーだったり、ニールだったりするのだから。
(周りの人だって、きっと…)
「おい、マイケル!」と呼ぶのだろうし、アーチーもニールも、そういった感じ。
ハーレイ自身も「俺はジェイムズだ」と自己紹介したり、握手をしたりするのだろう。
それがごくごく当たり前のことで、自然なこと。
今のハーレイの名前がそれなら、動かし難い現実というもの。
ジェイムズだろうが、アーチーだろうが、ニールだろうが。
そんなハーレイはとても困る、と思ったけれども、起こり得たこと。
青い地球の上でまた巡り会えた、恋人の名前が違うということ。
「ただいま、ハーレイ」と呼び掛けたけれど、抱き締めてくれたハーレイだけれど。
そうやって自分を抱き締めながら、耳元で告げられていたかもしれない。
「今はニールだ」と、「今の俺の名前はニールなんだ」と。
皆の前ではそう呼んでくれと、特に学校では気を付けてくれ、と。
(ぼくも、とっても困るんだけど…)
ハーレイだって、きっと困惑するのだろう。
二人きりの時に「ハーレイ」と名前を呼んだなら。
今の名前の方が身近で、「ハーレイ」よりも馴染んだ名前だろうから。
もしかしたら、直ぐには分からないかもしれない、「自分のことだ」と。
「ねえ、ハーレイ」と呼び掛けたって。
今のハーレイの頭の中では、名前は「ニール」なのだから。
ジェイムズだったり、アーチーだったり、マイケルだったりするのだから。
(…そんなの、酷い…)
ぼくはハーレイのことが好きなのに、と泣きそうな気持ち。
それを想像しただけで。
「俺の名前はニールなんだが」とか、「ジェイムズなんだが」とか言うハーレイを。
ハーレイのことが好きなのに。
前の生から何度も何度も、繰り返し呼んだ名前なのに。
(でも、ハーレイは今もハーレイで…)
ハーレイのまま、とホッと零れた安堵の溜息。
ジェイムズでもニールでもアーチーでもない、今のハーレイ。
(マイケルだって御免だものね)
愛した人の名前が変わるだなんて、それを呼ばねばならないだなんて。
今もハーレイのままで良かった、と感謝した今日の帰り道の出来事。
あのグレイブに出会わなかったら、今も気付いていなかったから。
前と同じにハーレイと呼べる幸せに。恋人の名前が、今も昔も変わらないことに…。
君の名前・了
※ハーレイの名前が前と同じで良かった、とホッとしているブルー君。
そりゃそうですよね、せっかく再会出来たというのに別の名前なんて。同じ名前が一番ですv
ズラズラ鏤めた名前の一部は、海外ドラマの「ワンス・アポン・ア・タイム」から。
ちょこっとオマージュ、ミスター・ゴールドと息子のニールに捧ぐ。