(せっかくハーレイと会えたのに…)
キスは出来ないし結婚も駄目、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
もう何度目だか、数え切れない溜息の数。
今日だけではなくて、もっと前から。
ハーレイと再会して前の自分の記憶が戻った、五月の三日。
その日にはまだ、溜息は一つも出なかったけれど。
「ただいま」と胸が一杯になって。
「帰って来たよ」とハーレイに告げて、抱き締めて貰って、幸せだった日。
メギドで終わった筈の命が、恋が今へと繋がったから。
新しい身体と命だけれども、またハーレイと巡り会えたから。
あの時の幸せは忘れていないし、今も変わらず幸せだけれど。
ハーレイとは恋人同士だけれども、前の自分と同じようにはいかない恋。
今の自分はチビだから。
十四歳にしかならない子供で、結婚出来る十八歳はずっと先。
義務教育さえ終わっていないし、ハーレイと一緒に暮らせはしない。
その上、キスも出来ない有様。
ハーレイはキスをくれるけれども、頬と額にしか貰えないキス。
唇へのキスは一つもくれない、「俺は子供にキスはしない」と。
前の自分と同じ背丈に育つまで貰えない、唇へのキス。
ハーレイがそう決めたから。
どんなにキスを強請ってみたって、「駄目だ」と許してくれないから。
前の自分とハーレイの恋は、誰にも言えなかった恋。
ソルジャーとキャプテン、白いシャングリラを導く二人。
前の自分が守り続けた白い船。ハーレイが舵を握った船。
どちらが欠けても、守れなかったろうシャングリラと船の仲間の命。
そんな二人が恋人同士だと知れてしまったら、大変だから。
シャングリラの命運を左右する二人、ソルジャーとキャプテン。
信頼し合うことは許されても、恋となったらそうはいかない。
自分たちの都合で船の未来を決めるのだろう、と言われそうだから。
けれども、今の自分とハーレイ。
ハーレイはただの古典の教師で、自分は教え子。
たったそれだけ、他はせいぜい…。
(ハーレイがぼくの守り役なだけ…)
ハーレイと再会した日に起こした聖痕現象。
前の自分がメギドでキースに撃たれた傷痕、それとそっくり同じ場所から溢れた鮮血。
目にも肌にも傷は全く無かったけれども、傷の痛みで気絶した自分。
出血の量も多かった上に、遠い昔には聖痕のせいで寝たきりになった人の記録もあったから。
聖痕が二度と出ないようにと、ハーレイが守り役に選ばれた。
だから、いつでも会えるハーレイ。
仕事の無い日は家に来てくれるし、仕事が早く終わった日にも。
(前のぼくたちとは、逆だもんね?)
一緒にいる方がいいとされる二人、そうすれば聖痕は出ないだろうから。
まるで恋人同士みたいに、何度会ってもかまわない二人。
前の自分たちは、懸命に恋を隠したのに。
(今も、バレたら大変だけど…)
それは自分がチビだから。
恋をするには早すぎる年で、おまけに教師と教え子だから。
だから今度は結婚も出来る、十八歳になったなら。
前の自分と同じに育って、両親が許してくれたなら。
前と違って、無い障害。ハッピーエンドを迎えられる二人。
ところが自分はチビの子供で、ハーレイに相手にされない始末。
どう頑張っても、唇へのキスは貰えない。
(本物の恋人同士にだって…)
なれはしなくて、前の自分のようにはいかない。
ハーレイが訪ねて来てくれる部屋に、ベッドはちゃんと置いてあるのに。
本物の恋人同士だったら特別な場所で、甘い時間を過ごす場所。
なのにハーレイは見向きもしないし、ベッドがあるとも思ってはいない。
あくまで、ただの寝場所としか。
(欠伸してたら、寝てこいって言うし…)
病気で寝込んでいる時にだって、優しく世話をしてくれるだけ。
前のハーレイが何度も何度も、作ってくれた野菜のスープ。
それを作って、「ほら」と部屋まで持って来てくれて。
飲み終わったら、「しっかり治せよ」と、横になるよう促されるだけ。
唇へのキスは貰えもしないし、添い寝だってして貰えない。
前の自分なら、病気の時には朝まで添い寝をして貰えたのに。
元気だった時なら、本物の恋人同士の時間。
ベッドで二人、愛を交わして、朝まで一緒だったのに。
(…ぼくが小さいから駄目なんだよね?)
キスをすることも、本物の恋人同士になることも。
前の自分と同じ姿に育っていたなら、出会ったその日にキスを貰えていただろう。
「俺のブルーだ」と、感極まったハーレイに。
頬や額へのキスと違って、唇へのキスを。
それを貰ったら、デートに誘われていただろう。
「いつ会える?」と。
何処へ行こうかと、「食事かドライブでもどうだ」と。
そういうデートを何度か重ねて、アッと言う間にプロポーズ。
今頃はとうに二人で暮らしていたかもしれない、結婚式を挙げて。
自分がチビでなかったら。…義務教育中の子供と違って、結婚出来る年だったら。
(前のぼくと同じ姿で会えてたら…)
ハッピーエンドになっていたのか、と思った途端にポンと頭に浮かんだ童話。
カボチャの馬車やら、ガラスの靴やら、ハッピーエンドのための小道具。
魔法使いが用意してくれて、舞踏会に行くお姫様。
そのままの姿では、お城の門さえ通れないのに。
通れたとしても、舞踏会には行けはしなくて、使用人たちの部屋へ案内されるのに。
(だけど、魔法で入れちゃうんだよ…)
夢のように眩く輝く世界へ、シャンデリアが灯る豪華な広間へ。
誰よりも綺麗な衣装を纏って、軽やかな靴で。
王子とダンスを踊って過ごして、魔法はやがて解けるのだけれど。
それでも迎えるハッピーエンド。
お姫様の姿で踊っていた時、王子の心を捉えたから。
「あの人しかいない」と王子が心に決めていたから、貧しい姿に戻っていても。
足にピッタリの靴を履いてみせたら、ちゃんとお妃に選ばれて。
結婚式を挙げてハッピーエンドで、幸せになれるお姫様。
それがぼくなら…、と頭に思い描いた魔法。
ハーレイとハッピーエンドを迎えるためには、いったい何が必要だろう、と。
(小さいせいで、結婚出来ないんだから…)
カボチャが馬車に変わったように、大きくなれる魔法だろうか。
魔法使いの杖で魔法をかけて貰って、前の自分と同じ姿に。
背丈を伸ばして、ぐんと大人っぽい顔に。
(…今の服、着られなくなっちゃうから…)
着られる服も必要だろう。
お姫様のドレスは要らないけれども、ハーレイとデートに行けそうな服。
(ソルジャー・ブルーの服でデートは変だよね?)
何処から見たって仮装パーティー、ハーレイも「それはちょっとなあ…」と言うだろうから。
魔法使いのセンスに任せて、素敵な服を貰わなければ。
靴も今のは小さすぎるし、育った足に丁度いい靴。
服に似合った靴を一足、ガラスの靴は要らないけれど。…普通の靴で充分だけれど。
後はハーレイの家まで行くための車、カボチャのタクシーくらいでいい。
路線パスでもかまわないくらい、行って帰って来られるならば。
(これでいいよね?)
前と同じに育った身体に、デートのための服と靴。
ハーレイの家に出掛けてチャイムを鳴らせば、きっと抱き締めて貰えてキス。
そして二人でデートして食事、帰る頃にはプロポーズ。
きっとそうなる、育った自分がハーレイに会いに行ったなら。
「ちゃんと大きくなったでしょ?」と、前の自分と同じ姿を見せたなら。
後は魔法が解けてしまう前に、急いで家に帰るだけ。
靴は落として来なくてもいい、ハーレイには誰か分かるのだから。
結婚式を挙げるためには、この家へ自分を迎えに来ればいいのだから。
ハッピーエンドになる筈だよね、と笑みが零れてしまった魔法。
豪華なドレスを貰わなくても、デートのための服と靴。
カボチャの馬車と洒落込まなくても、路線バスでもいいくらい。
うんと控えめな注文で済むのが今の自分で、魔法で大きくなれればいい。
ハーレイとデートに行く間だけ。
キスを交わして、プロポーズして貰えるまでの間だけ。
(後は急いで家に帰って…)
もしも魔法が解けてしまったら、チビの自分に戻るのだから。
チビに戻ったら、ハーレイはキスをくれはしないし、プロポーズもしてくれないから。
だから急いで家に帰ること、魔法使いとの約束通り。
カボチャのタクシーか、路線バスに乗って。…靴は落として来なくていいから。
(次の日になったら、ハーレイが迎えに来てくれて…)
結婚式を挙げるんだよ、と思ったけれど。
(…ぼくって、チビに戻ってる…?)
魔法は解けているのだから。
前の自分と同じ姿になっていたのは、魔法使いのお蔭だから。
それじゃ駄目だ、と頭を抱えた、ハッピーエンドにならない結末。
ハーレイはチビの自分を眺めて、きっとポカンとするのだろう。
それから魔法のせいだと気付いて、大笑いをしてくれるのだろう。
「昨日、履いてた靴、今も履けるか?」と。「お前の足にはブカブカだろう」と。
靴がピッタリ足に合わないお姫様では、王子に選んで貰えない。元の童話もそういう話。
(魔法があっても駄目なんだけど…!)
ハッピーエンドになってくれない、とガッカリだけれど、きっといつかは育つから。
魔法が無くても、前とそっくり同じ姿になる筈だから。
それまでの我慢、と魔法の世界は諦めた。
履けない靴では、迎えられないハッピーエンド。
ハーレイに笑われるだけだから。「チビはチビだな」と、大笑いされておしまいだから…。
魔法があったら・了
※魔法で大きくなることが出来たら、と夢見てしまったブルー君。ハッピーエンド、と。
けれど、魔法が解けた後にはチビに戻ってしまうオチ。残念ですけど、使えませんねv