(俺はブルーを取り戻したが…)
チビなんだよな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
夜の書斎で、コーヒー片手に。
引き出しから取り出した、『追憶』という名の写真集。
ソルジャー・ブルーの写真ばかりを集めて編まれた本だけれども。
最終章はブルーの最後の飛翔で始まる。メギドに向かって飛ぶブルーの。
爆発するメギドの青い閃光、それが一番最後の写真。
あまりにも辛くて悲しすぎる章、滅多に開いて眺めはしない。
けれど、表紙に刷られたブルー。
真正面を向いた前のブルーの有名な写真。
瞳の奥に秘めた憂いと悲しみ、本当のブルーを捉えたもの。
向き合う度に「ブルーだ」と思う。「お前なんだな」と。
前の自分が失くしたブルーは、こういう瞳をしていたと。
仲間たちの前では決して見せずにいたのだけれども、ブルーの瞳はこうだったと。
(あいつは帰って来てくれたんだが…)
青く蘇った水の星の上に、ブルーは帰って来たけれど。
自分と同じに生まれ変わって来たのだけれども、十四歳にしかならないブルー。
まだまだ子供で、アルタミラで初めて出会った頃と変わらない姿。
幼い身体と無垢な心は、どうしようもなくて。
恋をしていても、キスは出来ない。
頬と額にしか贈れないキス、今の自分がそう決めた。
小さなブルーが前と同じに育つまではと、大きくなるまでキスは駄目だと。
子供が相手では出来ないキス。恋人同士の唇へのキス。
ブルーはそれを欲しがるけれども、きっと分かっていないだろう。
恋人同士のキスを贈れば、驚き慌てて泣き出すだろう。
「こんなのじゃない!」と。
「ハーレイは酷い」と、「ぼくを苛めた」と。
小さくなったブルーの記憶は、多分、ぼやけているだろうから。
唇へのキスに憧れていても、それが欲しいと願っていても。
(気持ち悪かった、と怒るぞ、きっと…)
どうせそういうオチなんだから、とクックッと笑う。
此処で笑えるのが大人の余裕で、立派な大人の証明だけれど。
(そういう意味では失くしたままだな…)
俺のブルーはまだいないんだ、と見詰めた『追憶』の表紙のブルー。
小さなブルーが大人になるまで、この姿にはお目にかかれない。
気高く美しかったブルーは帰って来ない。
再会出来ても、出会えないまま。
前の自分が失くしてしまったブルーには。
誰よりも綺麗だと思ったブルー。
シャングリラの仲間が誇りに思った、天の御使いさながらの美貌。
何度うっとりと眺めたことか。
この人が自分の恋人なのかと、整った顔立ちを、赤い瞳を。
すらりと細くて華奢だったブルー、前の自分の自慢の恋人。
恋人同士だとは明かせなかったから、誰にも自慢出来なかったけれど。
自慢出来る相手はいなかったけれど、それでも誇らしかった恋人。
この美しい人は自分のものだと、「俺のブルーだ」と。
そんなブルーを失くした時には、生きている自分を呪ったほど。
どうしてブルーを追わなかったかと、どうして引き留めなかったのかと。
一人残され、辛い思いをするのなら。
白いシャングリラをたった一人で、地球まで運ばねばならないのなら。
(…いくらあいつの望みでも、だ…)
無視すれば良かったと、何度自分を責めていたことか。
前のブルーが残した言葉をそのまま聞き入れ、物分かり良く見送った自分。
キャプテンだからと、身を切られるような悲しみも辛さも押し殺して。
他の仲間が「ソルジャーは直ぐにお戻りになる」と信じていたように、平気なふりで。
ブルーは二度と戻らないのに。
生きて戻りはしないからこそ、思念でこっそり言葉を残して行ったのに。
(本当に俺は馬鹿だったんだ…)
ブルーを止めずに喪った自分。
追い掛けて共に逝こうとしなかった自分。
「これは罰だ」と何度も思った、ブルーを失くした絶望と孤独。
シャングリラに仲間が何人いても、自分は一人だったから。
前のブルーがいないシャングリラは、空洞のように思えたから。
がらんとして誰もいない船。
たった一人で舵を握って、遠い地球まで。…そういう旅路。
ブルーを止めなかったから。追い掛けてゆくこともしなかったから。
それで一人になってしまったと、愚かだった自分への罰なのだと。
悔やみ続けて、悲しみ続けて終わった前の自分の命。
気付けば青い地球に来ていて、ブルーも帰って来たのだけれど。
愛おしい人を取り戻したけれど、失くしてしまったままのブルー。
(こういうブルーがいないんだよなあ…)
まだまだ当分会えそうにない、と零れた溜息。
『追憶』の表紙を飾るブルーは、まだいない。
生まれ変わったブルーは幼く、子供の姿をしているから。
顔立ちも背丈も子供そのもの、ソルジャー・ブルーだった頃とはまるで違うから。
(これは罰ではない筈なんだが…)
どちらかと言えばブルーのためで、と引き出しに仕舞った写真集。
このまま眺め続けていたなら、残念な気持ちが増すだけだから。
「こんなブルーに出会いたかった」と、「そしたら離れはしないのに」と。
前のブルーと全く同じなブルーと再会出来ていたなら、全ては変わっていただろう。
夜の書斎に一人でポツンと座る代わりに、ブルーと二人で過ごせただろう。
リビングで、あるいはダイニングで。
ブルーは紅茶で自分はコーヒー、ゆったりとした食後のひと時。
他愛ない話を交わして笑って、ちょっとした菓子をつまんだりもして。
ブルーがチビでなかったならば。
結婚出来る年と姿に育っていたなら、今頃はとうに二人での暮らし。
望んでも、今は無理だけれども。
小さなブルーは、とても幸せな子供時代を過ごすのだから。
前のブルーが失くしてしまった記憶の分まで、失くした子供時代の分まで。
きっとそういう神の采配、だからブルーはチビなのだろう。
ゆっくりと時間をかけて育って、幸せを山ほど味わうために。
両親と一緒に暖かい家で、満ち足りた日々を送るために。
そうだと分かっているのだけれど。
今の自分も、それがいいのだと思うけれども、ふとしたはずみに零れる溜息。
「俺はブルーを失くしたままだ」と、「失くしたブルーには、まだ会えないな」と。
気高く美しかったブルーは、今は小さな子供だから。
大きく育ってくれないことには、キスも贈れはしないのだから。
額と柔らかな頬にしか。
唇を重ねるキスは出来なくて、同じ家でも暮らせない。
今の世界なら、ブルーと結婚出来るのに。堂々とデートも出来るのに。
(小さなあいつも好きなんだがなあ…)
俺のブルーには違いないんだが、と思った所で頭にポンと浮かんだ童話。
仕事に使う斧を失くした、木こりの男の物語。
湖に斧を落としてしまって、出来なくなってしまった仕事。
途方に暮れていたら、湖の精が持って来てくれた金の斧。「これですか?」と。
けれど、男が失くした斧は、平凡な鉄の斧だったから。
正直に「違います」と答えて、今度は銀の斧が出て来た。鉄の斧とは違う斧。
それも愛用の斧ではないから、本当にガッカリした木こり。
自分の斧は戻って来ないと、明日から仕事をどうしようかと。
金の斧でも銀の斧でも、少しも喜ばなかった木こり。
湖の精は、鉄で出来た斧を持って来た。「これがあなたの斧ですか?」と。
大喜びした、欲の無い木こり。これで明日から仕事が出来ると。本当に欲の無い、正直な男。
お蔭で、彼は二つの斧を湖の精から受け取った。
正直者だからこれをあげようと、金の斧と銀の斧との二つを。
大切なものを、正直に答えて選んだ木こり。
金の斧よりも、銀の斧よりも、自分が愛用している斧を。
これが自分ならどうなるだろう、と頭に思い描いた湖。
失くしたブルーは気高く美しいブルーだけれども、小さなブルーが行方不明。
そういう状況、湖にポチャンと落ちてしまって。
もちろん生きてはいるブルー。小さなブルーは湖の底。それを取り戻す術が無いだけ。
其処へ湖の精が出て来て尋ねる、美しく気高いブルーを連れて。
「あなたが失くしたブルーというのは、この人ですか?」と。
なにしろ魔法がある世界だから、ブルーは育ったかもしれない。
湖に落ちて、水の魔法で。前のブルーとそっくり同じに。
(そうだとしたら、嬉しいんだが…)
自分は何と答えるだろうか、見違えるように育ったブルーを前にして。
「この人です!」と狂喜するのか、小さなブルーを案じるのか。
(…どうなんだかなあ?)
育ったブルーは欲しいけれども、直ぐに抱き締めてやりたいけれど。
もしも小さなブルーが湖の底にいるなら、大変だから。
育ったブルーがただの幻なら、迂闊な答えを返したが最後、ブルーは戻って来ないから。
(やっぱり駄目だな、違うと言わんと…)
そして育ったブルーは消えてしまうのだろう。湖の精に連れられて。
戻って来るのは小さなブルーで、今と同じにチビのままのブルー。
(…正直に答えた御褒美ってヤツで…)
育たないものかな、と思うけれども、きっと贅沢というものだろう。
失くしたブルーが戻っただけでも、充分すぎることなのだから。
小さいままでも、チビのままでも。
(うん、贅沢を言っちゃいかんな)
魔法でブルーを育てようだなんて、とコツンと叩いた自分の頭。
小さくても、ブルーはブルーだから。
いつか必ず前と同じに、美しく気高く育つのだから…。
魔法があれば・了
※前のハーレイが失くしたブルーは、育ったブルー。帰って来たブルーはチビのブルー。
魔法で育たないものだろうか、とハーレイ先生が思ってしまうのも無理はないかもv
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