(まだ半分しか叶ってないよ…)
せっかく地球に来られたのに、と小さなブルーがついた溜息。
ハーレイが訪ねて来てくれた日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドの端に腰を下ろして。
今日の朝食に、母が焼いてくれたホットケーキ。
今の自分も好物だけれど、前の自分もそうだった。
好き嫌いは全く無いのだけれども、前の自分も同じだけれど。
食べて嬉しくなれる食べ物は、やはり好物と言うのだろう。
ホットケーキもその一つ。
焼き立ての熱いホットケーキに、メープルシロップをたっぷりと。
それから熱でトロリととろけるバターも。
(…前のぼくも、好きで…)
白いシャングリラで、自給自足の暮らしが軌道に乗った頃。
その証のように、朝食に出されたホットケーキ。
皆に充分に行き渡る量が、船で焼けるようになったから。
一度に出しても、足りなくなりはしなかったから。
それが嬉しくて、前の自分のお気に入りになった、朝食に出されるホットケーキ。
よくハーレイと食べていた。
ソルジャーとキャプテンとしてだけれども、朝食は二人一緒だったから。
沢山食べるハーレイのために、前の自分よりも多く焼かれていたホットケーキ。
それをペロリと平らげたハーレイ、前の自分が見ている前で。
幸せだった朝の光景、邪魔が入りはしなかったから。
ソルジャーとキャプテンの制服をそれぞれ纏ってはいても、甘い言葉は交わせたから。
そんな世界で、いつしか描き始めた夢。
シャングリラで地球に辿り着いたら、平和な時代が訪れたなら。
地球でハーレイとホットケーキを食べようと。
美味しいホットケーキの朝食、それを二人で食べなくては、と。
地球に着いたら、きっとある筈の合成ではないメープルシロップ。
サトウカエデの樹液を煮詰めた、本物のメープルシロップがあることだろう。
青い地球には、サトウカエデの森が広がっているだろうから。
その木から採れる樹液を集めて、本物のメープルシロップを作っているだろうから。
(…それに、バターも…)
地球の草を食んで育った、牛のミルクから作られるバター。
青い水の星で育てられた牛のミルクだけでも、きっと美味しいに違いない。
ミルクの美味しさをギュッと閉じ込めた、金色のバターもきっと味わい深い筈。
そのまま口に放り込んでも、豊かな味がするのだろう。
そういうバターをホットケーキにたっぷりと塗って、メープルシロップをたっぷりとかけて。
頬っぺたが落ちそうなホットケーキになるに違いない、と夢を描いた。
ハーレイと二人、「美味しいね」と微笑み交わして食べる朝食。
青い地球の上で、二人で頬張るホットケーキ。
夢の星まで来られた幸せを、ゆっくり噛み締めながら。
平和な世界を楽しみながら。
けれど、叶わなかった夢。
前の自分は死んでしまって、青い地球には行けなかった。
白いシャングリラを、ミュウの未来を守る代わりに、失った命。
どのみち、地球には行けなかったけれど。
…寿命が尽きると気付いた時に、夢は諦めていたのだけれど。
自分は地球まで行けはしないと、その前に命尽きるのだと。
ホットケーキの朝食を地球で食べるという夢、それは決して叶いはしないと。
(…分かってたけど…)
それでも、朝食にホットケーキが出て来た時には、思い出した夢。
この朝食を地球で食べたかったと、地球には本物があるのに、と。
サトウカエデの森が広がっているだろう地球。
牛たちがのんびり歩く牧場、それが幾つもあるだろう地球。
…出来ることなら、行きたかったと。
ハーレイと二人でホットケーキを食べたかったと、幸せな朝を過ごしたかったと。
夢は砕けてしまったけれど。
前の自分が思った以上に、悲しい形で。
ハーレイの温もりさえも失くして、前の自分はメギドで逝った。
暗い宇宙で、たった一人で。
独りぼっちになってしまったと、泣きじゃくりながら。
二度とハーレイに会えはしないと、深い孤独と絶望の中で。
そうして終わってしまった命。
メギドに散った、ソルジャー・ブルー。
なのに、自分は時を越えて来た。
ハーレイと二人で生まれ変わって、青く蘇った地球の上まで。
そして気付けば、ホットケーキを食べていた。
前の自分が夢に見ていた、ホットケーキの朝食を。
料理上手な母に美味しく焼いて貰って、今日の朝にも。
メープルシロップをたっぷりとかけて、バターを乗せて。
それを食べていて、蘇った記憶。
前の自分も、これが好きだったと。
青い水の星を夢に見ながら食べていたのだと。
(…地球には、ちゃんと来られたんだけど…)
夢だったホットケーキの朝食、それも自分は食べられるけれど。
サトウカエデの森から生まれた、本物のメープルシロップをかけて。
地球の草を食んで育った牛のミルクで出来たバターを、好きなだけ乗せて。
(…でも、叶った夢は半分だけ…)
前の自分の夢は半分叶ったけれども、もう半分が叶わない。
遠く遥かな時の彼方では、夢ではなかったハーレイと二人で食べる朝食。
いつも二人で食べていたから、前の自分には当たり前のこと。
それが出来ない、小さな自分。
ハーレイは家族とは違うのだから。
結婚して一緒に暮らせる日までは、訪ねて来てくれるだけだから。
ホットケーキの朝食を二人で食べようとしても、叶わない夢。
叶ったとしても、その日限りに過ぎないイベント。
ハーレイは夜になったら、「またな」と帰ってゆくのだから。
次の日の朝まで、一緒にいてはくれないから。
(ぼくの夢、ホントに半分だけ…)
どうして上手くいかないのだろう、ハーレイと二人で地球に来たのに。
夢だった本物のメープルシロップも、美味しいバターも、今は食べ放題なのに。
ホットケーキの朝食だって、きっと好きなだけ食べられる。
母に「作って」と頼みさえすれば。
毎朝は駄目でも、増やして貰えるだろう回数。
「前のぼくの夢の朝御飯だから」と、ホットケーキが夢だったことを話したら。
地球に着いたらそれを食べたいと、夢に見ていたと伝えたら。
(…其処までは簡単なんだけど…)
もう半分の夢は、まだ叶わない。
ハーレイと一緒に暮らせないから、二人で朝食を食べられないから。
チビの自分は、ハーレイとキスさえ出来ない日々。
結婚などは夢のまた夢、プロポーズもして貰っていない。
いつになったら、ハーレイと朝食を食べられるのか。
前の自分が夢に見続け、諦め、失くしてしまった、青い地球で食べる素敵な朝食。
ハーレイと二人でホットケーキの朝御飯。
サトウカエデの森の恵みの、本物のメープルシロップをたっぷりとかけて。
地球の草を食んで育った牛のミルクの、太陽の金色のバターを添えて。
(ホントのホントに、夢だったのに…)
やっと地球までやって来たのに、まだ半分しか叶わない夢。
ハーレイと結婚するまでは。
二人で暮らせる時が来るまでは、夢は半分だけのまま。
ホットケーキの朝食はあっても、そのテーブルにいないハーレイ。
前の生なら、ハーレイと一緒に食べられたのに。
ホットケーキの時も、トーストの時も、朝食は一緒だったのに。
なんとも残念でたまらないけれど、どうにもならない今の現実。
(…ホットケーキも、メープルシロップも、バターもあるのに…)
ハーレイが足りない、と溜息を零しても、ハーレイは来ない。
何ブロックも離れた所に住んでいるから。
ホットケーキの朝食のために、わざわざ来てはくれないから。
来てくれたとしても、その時限り。
毎朝、ハーレイと一緒ではなくて、ポツンと家に残される。
両親もいてくれるけれども、気分は一人。
「ハーレイに置いて行かれちゃった」と。
半分だけしか叶わなかった夢、ホットケーキの朝食の方が叶うよりかは…。
(…ハーレイと一緒の方が良かった?)
そう考えてしまったけれども、慌てて首を左右に振った。
前の自分が焦がれ続けた、地球に生まれて来たのだから。
…今は無理でも、いつか育てば、ハーレイと二人で暮らせるのだから。
(今だけの我慢…)
結婚出来るまでの我慢、と自分の胸に言い聞かせる。
ハーレイがくれた新しい夢が詰まった胸。
前の自分が持っていた夢を、もっと大きく膨らませた夢。
(サトウカエデの森を見に行こう、って…)
ハーレイはそう誘ってくれた。
雪の季節から春先にかけて、メープルシロップの材料の樹液を集める森。
其処へ行こうと、採れたばかりのシロップを煮詰めて、キャンディー作りも出来るらしいと。
(煮詰めたシロップを、雪で冷やして…)
柔らかいのを、棒に巻き付けると教えてくれたハーレイ。
そういう遊びをやりに行こうと、サトウカエデの森に行こうと。
ハーレイと二人で旅に行く時は、きっと幸せなのだろう。
はしゃぎながらサトウカエデの森を歩いて、あちこち眺めて回るのだろう。
キャンディーを作って、二人で食べて。
…ホテルではきっと、ホットケーキの朝食だって。
(それまでにだって、ホットケーキ…)
ハーレイなら、きっと朝食に何度も、何枚も焼いてくれるから。
ホットケーキの夢の残り半分を、叶えてくれるに決まっているから。
(…ぼくが大きく育つまで、我慢…)
前の自分が描いていた夢、ホットケーキを地球で朝食に食べる夢。
それの残りは、もう少しだけ我慢しておこう。
夢は必ず叶うから。
ハーレイといつか、サトウカエデの森にも出掛けてゆくのだから…。
ホットケーキの夢・了
※ソルジャー・ブルーだった頃の、夢の朝食。それが半分だけ叶ったブルー君の今。
残り半分は、まだ先になるようですけれど…。待つだけの価値はありますよねv
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