(あいつの夢なあ…)
半分しか叶っていなかったのか、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
ブルーの家に行って来た日に、夜の書斎で。
今日の出来事を鮮やかに思い出しながら。
会うなり、ホットケーキだと口にしたブルー。
「ホットケーキの朝御飯のこと、覚えてる?」と。
何のことかと思ったけれど。
小さなブルーと食べた朝食に、ホットケーキは無かった筈だと考えたけれど。
「前のぼくの夢」と続いた言葉で、「あれか」と思い当たったもの。
ホットケーキの朝食がブルーの夢だった、と。
前のブルーが夢に見ていた、地球で食べたかった朝食なのだ、と。
(本物のメープルシロップをかけて、地球の草で育った牛のバターで…)
そういうホットケーキを食べたい、と前のブルーは夢を描いた。
いつか地球まで辿り着いたら、平和な時が訪れたなら。
前のブルーのお気に入りだった、朝食に出されるホットケーキ。
それを水の星、青い地球ならではの食べ方で。
合成ではなくて、サトウカエデの木から採られたメープルシロップ。
甘い樹液で出来たシロップをたっぷりとかけて、ホットケーキに染み込ませて。
地球の草を食んで育った、牛のミルクから出来たバターも。
ホットケーキの熱でトロリととろけるバター。
金色のバターも、きっと美味しいだろうから。
白いシャングリラで育った牛と地球の牛では、ミルクの質が違うだろうから。
青い地球で食べるホットケーキこそが本物、と夢見たブルー。
いつの日か、地球でそれを食べようと。
シャングリラで地球まで辿り着いたら、平和な時代になったなら。
けれども、叶わなかった夢。
前のブルーは地球に行けなくて、暗い宇宙に散ってしまった。
ミュウの未来を守るためにと、たった一人でメギドを沈めて。
…そうなる前から、ブルーは諦めていたけれど。
寿命が尽きると分かった時から、もう夢見てはいなかったけれど。
(…地球には行けやしないんだから…)
幾つもの夢を諦めたブルー。
自分は地球まで行けはしないと、地球でやりたかったことも出来ないと。
ホットケーキの朝食の夢も、ブルーは語らなくなった。
たまに寂しそうに零しただけで。
青の間で二人で食べた朝食、ソルジャーとキャプテンの朝の風景。
そのテーブルにホットケーキが出て来た時に。
「…ホットケーキを地球で食べたかったな」と、揺れていた瞳。
きっとブルーは、見ていたのだろう。
叶わない夢の朝食を。
ホットケーキの向こうに重ねて、地球で食べるそれを。
本物のメープルシロップをかけて、地球の草で育った牛のミルクのバター。
どんなに美味しいものだろうかと、いつか味わいたかったと。
青い地球まで辿り着けたら、それがあるのに。
…人類とミュウとが和解したなら、きっと食べられる筈なのに、と。
ブルーには時間が無かったけれど。
座標も掴めないままだった地球は、夢の星でしかなかったけれど。
地球を夢見て、幾つもの夢を諦めた末に、宇宙に散ってしまったブルー。
白いシャングリラから遠く離れた、誰もいない場所で。
(…俺の温もりまで失くしちまって…)
泣きじゃくりながら逝ってしまったブルー。
けれど、ブルーは帰って来た。
新しい命と身体を貰って、前のブルーが夢に見た星に。
焦がれ続けた青い地球の上に、前とそっくり同じ姿で。
(…そっくり同じとは、まだ言えないが…)
少々チビになっちまったが、と思い浮かべた小さなブルー。
遠く遥かな時の彼方で、初めてブルーに出会った頃。
あいつはああいう姿だったと、十四歳の姿のままだったしな、と。
だから、ブルーはこれから育つ。
前とそっくり同じ姿に、ソルジャー・ブルーだった頃と同じに。
ついでに、幼くてもブルーはブルー。
前のブルーの記憶を持って、小さなブルーが帰って来た。
一人前の恋人気取りで、それが頭痛の種だけれども。
何かと言えばキスを強請って、「駄目だ」と叱れば膨れるブルー。
(まだチビのくせに…)
唇へのキスを欲しいと言うから、「大きくなるまで駄目だ」と禁じた。
前のブルーと同じ背丈に育つまで。
ソルジャー・ブルーとそっくり同じ姿になるまで、キスは駄目だと。
キスを断られては、仏頂面になっているブルー。
「ハーレイのケチ!」と膨れるブルー。
青い地球まで来られたのだから、少しは我慢すればいいのに。
大きな夢が叶ったのだから、青い星まで来たのだから。
前の自分たちが生きた頃には、青い地球など何処にも無かった。
シャングリラでやっと辿り着いた地球は、生き物の影さえ無かった星。
(…前のあいつが夢見てたことは…)
何一つ叶わなかったろう。
ブルーが生きて地球に着いても、ほんの小さな夢さえも。
「地球に着いたら、ホットケーキを食べたい」という、ささやかな夢も。
ユグドラシルの中でも、頼めばそれは出ただろうけれど。
「朝食はホットケーキがいい」と注文したなら、焼いては貰えただろうけれども。
…それはブルーが夢に見ていたホットケーキとは違ったもの。
材料は地球のものでさえもなくて、他の星から運ばれたもの。
小麦粉も、卵も、牛乳も。
ホットケーキにかけるメープルシロップも、乗せるバターも。
(…そいつを思えば、今のあいつは…)
もう充分に恵まれている。
青く蘇った地球に生まれて、ホットケーキを食べているのだから。
地球で育った小麦を粉にした、小麦粉で出来たホットケーキを。
卵も牛乳も、砂糖も全部。
何もかも全部、地球産の材料で、ブルーの母が焼くホットケーキ。
それにたっぷりとメープルシロップ、もちろん本物のサトウカエデから採れたもの。
バターも地球の草で育った牛のバターで、好きなだけ贅沢に乗せられる。
ホットケーキを重ねた上に、金色のバターの塊をポンと。
焼き立てのホットケーキに、とろけるバターとメープルシロップ。
今のブルーには、ごくごく普通の朝食だから。
毎日そうではないだろうけれど、トーストの日も多いのだろうけど。
そんな具合に、夢の朝食を食べているブルー。
青い地球に来て、前の自分が夢に見ていたホットケーキを。
なのに、「足りない」と零したブルー。
「ぼくの夢、半分だけしか叶ってないよ」と。
半分だけとはどういうことか、と思ったら。
何が足りないのかと首を捻ったら…。
(…俺が足りないと来たもんだ…)
小さなブルーがホットケーキの朝食を食べる、そのテーブルに。
それはそうだろう、自分はブルーの家族ではないし、それで当然。
いつかブルーが大きく育って、一緒に暮らし始めるまでは。
二人きりで朝食を摂れはしないし、朝から二人でホットケーキは食べられない。
(…あいつの気持ちは分かるんだが…)
今は我慢して貰うしかない。
唇へのキスが駄目なのと同じで、ブルーが小さい間は無理。
だから、新しい夢を与えておいた。
青い地球だからこそ、見られる夢を。
いつか本物のサトウカエデの森に行こうと、メープルシロップが採れる森に行こうと。
樹液を集めて、メープルシロップを作る季節に。
雪の季節から春先までがシーズンだから。
その頃に行けば、メープルシロップを煮詰めてキャンディー作りも出来る。
熱いシロップを雪で冷やして、柔らかく固めて、棒に巻き付けて。
二人でそういう遊びをしようと、出来立てのシロップを食べようと。
ブルーの夢のホットケーキも、きっと食べられるだろうから。
出来たばかりのメープルシロップをたっぷりとかけて、地球で育った牛のバターで。
(もう何年か、かかるんだがな…?)
小さなブルーが大きく育って、二人で旅に行くまでは。
サトウカエデの森を訪ねて、出来立てのメープルシロップをホットケーキにかけるまでには。
けれど、その時には丸ごと叶うブルーの夢。
自分も一緒に食べる朝食、ホットケーキを二人でゆっくり。
(だが、それまでにだ…)
食べさせておいてやらないと…、と思い浮かべたホットケーキの作り方。
結婚したなら、ブルーのために作ってやろう。
とびきり美味しいホットケーキを、腕によりをかけて。
間違えたって、出来合いの粉など買っては来ない。
材料を最初から合わせてあるような粉などは。
ちゃんと極上の小麦粉をふるって、美味しい卵や牛乳を入れて。
(生クリームも入れると美味いんだ…)
それからバニラエッセンスもだ、と指を折る。
母に習った自慢のレシピ。
しっとりとしたホットケーキが焼き上がるレシピ。
いつかブルーと二人で食べよう、前の自分たちが夢見た星に来たのだから。
前のブルーが夢に見ていた、朝食を二人で食べるのだから。
ホットケーキに本物のメープルシロップ、地球の草で育った牛のミルクのバターを乗せて。
「ハーレイが足りないんだよ」と零したブルーの夢が叶う日。
最高に美味しいホットケーキを作って、二人で一緒に朝食を食べて…。
夢のホットケーキ・了
※前のブルーの夢だった、地球で食べるホットケーキの朝食。ハーレイも覚えていたようです。
結婚したら、二人でホットケーキ。ハーレイ先生のホットケーキ、美味しそうですよねv
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