(…あんなの、すっかり忘れちゃってた…)
青い目玉のお守りなんて、と小さなブルーがついた溜息。
ハーレイが訪ねて来てくれた日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドの端に腰を下ろして。
「こんなのが出来ているらしいぞ?」と、ハーレイが持って来た一枚の紙。
其処に幾つも、幾つも目玉。
青いガラスで出来たお守り、「メデューサの目」とヒルマンが呼んでいた。
遠く遥かな時の彼方で、シャングリラで。
(ハーレイはなんて言っていたっけ…?)
今の時代のお守りの名前、それを確かに聞いたけれども。
(…ナザール…?)
なんだったっけ、と思い出せない目玉のお守り。
メデューサの目を象っているのは同じだけれども、別の名前がついていた。
あのお守りを土産物にしている地域での名前。
玄関に吊るす大きなものから、ブレスレットやペンダントまで。
沢山あった目玉のお守り、災いを防ぐお守りの目玉。魔除けの目玉。
人を石に変えたと伝わるメデューサの瞳、災いを跳ね返すお守りの目玉。
相手を石に変える代わりに、災いを弾いて持ち主を守る。
青い目玉はそういうお守り、前の自分も知っていた。
ヒルマンが話してくれたから。
SD体制が始まるよりも昔の地球には、それがあったと。
前の自分たちが生きた時代は、メデューサの目は無かったけれど。
青い目玉のお守りは何処にも無かったけれども、今の時代はあるらしい。
復活して来た文化のお蔭で、山のように。
ハーレイが持って来てくれた紙にプリントされていた目玉は、恐らくほんの一部分。
売っている地域へ出掛けて行ったら、他にも沢山あるのだろう。
青い目玉ばかりを扱う専門店だってあるかもしれない。
人気の土産物らしいから。…ハーレイがそう言っていたから。
(メデューサの目は、いいんだけどね…)
青い目玉のお守りならいい、本当にお守りなのだから。
平和な時代に魔除けが必要かどうかはともかく、由緒正しいお守りの目玉。
メデューサはギリシャ神話の怪物、ずっと昔から地球に伝わる神話の登場人物だから。
そう、元々は美しい乙女、艶やかな髪を持っていた。
けれども、女神アテナに憎まれ、怪物の姿に変えられた上に、髪まで蛇にされてしまった。
挙句に退治されてしまって、落とされた首から噴き出した血がペガサスを産んだ。
翼を持った天翔る白馬。
(だから、本物…)
ギリシャ神話の時代からずっと、地球にいたのがメデューサだから。
美しかった乙女が怪物になって退治されても、その首は女神アテナの盾に飾られた。
血から生まれたペガサスは空を走り続けて、後の時代にも人気の天馬。
彫刻になったり、絵に描かれたりと、古代ギリシャが滅びた後も。
神話の神々の神殿を顧みる者がいなくなっても、ギリシャ神話は愛された。
劇にされたり、映画にもなって。
前の自分が生きた時代も、人類軍の船の名前はギリシャ神話から取られていた。
最後の旗艦はゼウスだったし、キースがメギドを持ち込んだ時の船の名前はエンデュミオン。
そんな具合だから、ギリシャ神話は本物だろう。
史実かどうかは疑わしくても、長い長い時を語り継がれた神話だから。
(メデューサの目だって…)
ギリシャ神話から生まれたお守り、相手を石に変える瞳で災いを弾き返して欲しいと。
メデューサの目の力が欲しいと、人が求めて生まれたお守り。
青いガラスで出来た目玉に、祈りをこめて。
けれど…。
(ヒルマンが見付けちゃったから…)
かつて地球には「メデューサの目」というお守りがあった、と知ったヒルマン。
彼はメデューサの目のお守りにあやかりたいと考えた。
ちょうど制服を作ろうとしていた時期だったから。
シンボルとして揃いの石をつけよう、と服飾部門の者たちが出したアイデア。
石の色の候補は赤と青と緑、どれも制服に合いそうだけれど。
「赤い色がいいと思うのだがね」と言い出したのがヒルマンだった。
根拠になったのが青い色をした、お守りの目玉。メデューサの瞳。
それが青なら、ミュウのお守りには赤い色がいいと。
ミュウたちを守るソルジャーの瞳、その色と同じ赤にしようと。
(前のぼくなんか、神話じゃないのに…!)
ギリシャ神話にはとても敵わないのに、ただのちっぽけな人間なのに。
生きた年数も、知名度の方も、ギリシャ神話の端役にすらも及ばないのに。
…どうしたわけだか、長老たちも、前のハーレイも大賛成で。
船の仲間たちにも話が伝わり、「赤色がいい」と選ばれてしまった制服の石。
ソルジャーの瞳と同じ色だと、お守りなのだと。
これが自分たちを守ってくれると、青い目玉ではなくて赤い瞳が、と。
一人で反対してみても無駄で、出来上がった制服に赤い石。
前の自分と多くの仲間は襟元に一つ、長老たちや前のハーレイはマントの飾りに。
ずっと後にはフィシスの首飾りにもなった石だけれど、赤に決まった理由が問題。
(ぼくの瞳がお守りだなんて…!)
それはあまりに恥ずかしすぎるし、それほどの力も持ってはいない。
ギリシャ神話のメデューサの目とは違うのだから。
あやかっただけで、ただのこじつけ。
人間を石に変えられはしないし、災いを防ぐ力だって無い。
(なのに、お守り…)
誰の制服にも赤い石。
自分の瞳の色をした石、お守りだという思いをこめて。
(あんまり恥ずかしかったから…)
いつか新しい仲間を迎えることがあったら、知られたくないと思った自分。
赤い石が選ばれた理由など。
自分の瞳がお守りなのだと、そういう意味の石だなどとは。
後々までも伝わるなどは御免蒙る、と敷いた緘口令。
「新しい仲間には絶対に言うな」と。
もちろん自分も言いはしないし、ジョミーにだって話さなかった。
制服の赤い石については、ただの一言も。
赤い理由も、お守りのことも。
だからジョミーは、シンボルだと信じていたことだろう。
アルテメシアから加わった仲間が、そうだったように。
「シャングリラでは誰もがつけるらしい」と、「ミュウのシンボルは赤い石だ」と。
そうやって見事に隠しおおせた、あの赤い石の由来だけれど。
今の時代まで伝わりはせずに、時の彼方に消えたけれども。
(…前のぼく、時々、思い出しちゃって…)
いたたまれない思いをしていたのだった、皆の制服についている石に。
赤い石にふと気付いてしまえば、誰の服にも自分の瞳。
その制服を着ている者が、石の由来を知らなくても。
ただのシンボルだと考えていても、前の自分は本当のことを知っていたから…。
(あっちにも、こっちにも、お守りの目玉…)
お守りにされた自分の瞳が、シャングリラ中に散らばっていた。
仲間の数だけ、お守りの目玉。赤い瞳のお守りなるもの。
どんなに恥ずかしい思いをしていたか、ハーレイはきっと知らないだろう。
現に今日だって、青い目玉が山ほど印刷された紙をウキウキ持って来たから。
少しでも「申し訳ない」と思っていたなら、あれを持っては来ないだろうから。
(…そりゃあ、ちょっぴり懐かしかったけど…)
青い目玉のお守りが復活していることが分かって嬉しかったけれど。
それとこれとは別問題で、赤い瞳のお守りの方は忘れたい。
あまりに恥ずかしすぎるから。
前の自分はメデューサほどの力も知名度も無かったのだから。
今でこそ伝説の英雄扱い、ソルジャー・ブルーを知らない者などいないとはいえ、それも別。
歴史の悪戯で英雄になって、有名人になっただけのこと。
瞳をお守りにされた頃の自分は、シャングリラにいた仲間たちしか知らない存在。
人類にとっては、アルタミラごと滅ぼしたつもりのミュウの一人で、不要なもの。
そういう境遇だった自分の瞳が、メデューサの目と並ぶなど…。
(おこがましいよね?)
思い上がりも甚だしい、という気になるから、もう忘れたい。
青い目玉のお守りの方も、お守りにされた自分の瞳も。
でも…。
(お守りの目玉…)
ハーレイが持って来た紙に刷られていた、土産物だというメデューサの目。
青い色をした目玉のお守り、あれがちょっぴり欲しい気がする。
前の自分は、お守りの目玉を持っていなかったから。
赤い石のお守りは自分の瞳で、それではお守りにならないから。
(ちょっと欲しいな…)
今は平和な時代なのだし、魔除けは必要無いけれど。
青い目玉も飾りのようなものだろうけれど、せっかく本物がある時代。
本当のお守りの目玉はこれだと、青い色だと、一つ持ってみたい。
ハーレイに話したら、反対はされなかったから。
(もし、忘れないで覚えていたら…)
一つと言わず、山ほど買ってみようか、あれを?
ハーレイが「家中、目玉だらけか?」と驚いていたから、青い目玉をドッサリと。
「シャングリラにいた頃の、ぼくの気分はこうだったけど!」と。
(自分の瞳が山ほどっていう気分を、ハーレイに味わって貰うんだったら…)
青ではなくて、鳶色だけれど。
鳶色の目玉のお守りが山ほど要るのだけれども、それは無いから、青色で。
今の自分のお守りに一つ、ハーレイを苛めるために山ほど。
ふふっ、と笑ったお守りの目玉。
覚えていたなら一つ欲しいと、ハーレイのためには山ほどだよね、と…。
お守りの目玉・了
※生まれ変わっても、瞳をお守りにされてしまった恥ずかしさが忘れられないブルー君。
いつかメデューサの目をドッサリと買って、ハーレイ先生を苛めるかもですねv
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